第1話:少女は出会う
「なぁ、これから同じクラスで一緒に過ごすんだしさ、親睦会を兼ねて皆でカラオケとか行かね?」
「いいね~!クラス皆で行こっか!」
都内某所に位置する藍兎学院高校。前方の出入り口に『2-A』とプレートが添えられている教室で、数人の男子生徒を中心にそういった話題で盛り上がっていた。
新学期初日。授業はなく半日で放課後を迎えた教室。クラス替えで各々にとって知らない顔ぶれが多くいるこの状況。そういった話題になるのは当然ともいえる。
「ねぇ?二ツ森さん、だよね?来るよね?」
盛り上がっている男子の1人が、端の方の席に座る女生徒へと声をかけた。
返事をしようと口を開くよりも前に、それを聞いていた別の女子が口を開く。
「いやいや、二ツ森さんは来ないって!私、1年の時に同じクラスだったんだけどさぁ……この人、ノリが悪いんだよね。勉強出来ないし、ボッチだし、寝てること多いしさ。」
「そうなの?」と声をかけた男子は驚いたような、不思議に感じたような、そんな声を上げた。
そう評価された少女は肩の辺りに触れる程の長さの綺麗な黒髪。手入れをしているのか、毛先が少しウェーブかかっている。目鼻立ちも整っており、端的に言えば美人だ。
「でもさ、せっかくクラス替えでこのメンバーになったんだしさ、出来れば皆で行きたいんだよね。どう?二ツ森さん?」
この男子に限らず、このクラスの男子がほぼ全員、来てほしいと思っていた。間違いなく、クラス一の美人。仲良くなりたい。連絡先を手に入れたいと思っているのであった。
「あー……えっと……。」
男子から声をかけられ、そして近くの女子から分かりやすく嫌味を言われた少女──二ツ森夕桔は返答に困った。
これ……どうするのが正解なんだろ?
元々、女子に言われた通り、親睦会に行く気はなかった。人付き合いは煩わしいと思うし(主に学校で)、カラオケは行ったことないけど嫌な場所だ。人前で歌いたくない。
ただ、第一印象からそういうクラスに馴染めない奴、という風に決まってしまって良いのだろうか。これからを穏便に、平穏に過ごしていくためには、こういったクラスの行事に参加することが大切なのでは……?
それが出来てなかったわけだから、1年生の時は変な奴扱いをされていたわけだし……。
「……うん。行くよ。でも歌うの苦手だから、歌わなくてもいい?」
「全然いいって!来てくれるだけでも!おーい!二ツ森さん、参加するってよ!」
報告を受けた男子集団から雄叫びのような歓喜の声が上がった。それを聞いて、参加予定の女子のうち数人がつまらなさそうな顔をする。
あー……選択肢、間違えたかなぁ……。
周囲の反応を見て夕桔はそう思ったが、今更やっぱり行かない、というわけにはいかない。ここでそうしたら、それはあまりにも心証が悪い。
私の目的は、穏便に学校生活を送ること。可能な限り、無難な選択肢を選び続ければ変な展開にはならないはず。
改めてそう決意し、メンバーが決まり移動し始めたクラスメイトの後ろをついていった。
学校を出て、皆でカラオケへと向かう。都内とは言えど、下町と呼ばれるような場所だ。人通りは多いが発展した都市の雰囲気とは少し異なる、昔ながらと言って差し支えない独特のそれがある。
夕桔はその空気感が好きだった。
高層ビルに囲まれている場所よりも、背の低い色々な建物があった方が良い。
そんなことを考えながら黙って歩き、クラスメイトたちの会話を聞いていた。
「そういや知ってる?最近、日本でも魔法少女が現れたって。」
「知ってるに決まってるだろ?つーか、この辺りだってニュースで言ってたよな。会えねぇかな?」
「なんか事件でもあれば来るんじゃね?」
魔法少女──いつから現れたのかは定かではないが、いつの間にか存在しており、認知されている存在だ。
世界各国に魔法少女は存在し、事件が起こるとどこからともなく駆けつけ、そして解決するとどこかへ去っていく。メディアへの露出の差はあれど、その素性は明らかになっていない。
「なんて名前だっけ?なんとかヒスイって言ってたよな?」
「凄い可愛いよね。やっぱりそういう子が魔法少女になるのかな?」
女子もその会話に加わり、容姿の話題で盛り上がっていった。
魔法少女は皆、アニメに出てくるようなフリフリのドレスのような衣装に身を包み、非現実的な雰囲気を放っている。
日本に出現した魔法少女は、緑色の長く綺麗な髪をし、和服のようなドレスという格好をしていた。そういった容姿で強盗事件の現場に颯爽と登場し、人間離れした身体能力で犯人たちをあっという間に全員やっつけていった。
通行人がその一部始終をスマホで撮影しており、それに気づいた魔法少女は名乗ると「この国の平和は私が守ります。」と宣言し、一礼して去っていった。
それがたちまちニュースとなり話題が話題を呼び、遂に日本にも魔法少女が現れたと世間は盛り上がっていた。
「色んなところで言われてるけど、高校生から大学生くらいって話だよな。もしかしたら、うちの学校にいる人だったりして……おっ、ここのカラオケだ。ここ、この時間安いんだよ。」
目的地に着いたことで魔法少女の話題は終わり、ぞろぞろと店に入る。大部屋へと案内され、そのまま入った順に座り、カラオケを提案した男子がマイクを握る。
「それじゃ俺からいくぜ!皆!盛り上がっていこうぜ!」
それから夕桔は、ボーっと過ごした。クラスメイトが歌う流行りの曲は何一つ知らないし、人前で歌うという目立つ行為はしたくない。そもそも、披露出来る歌もない。
スマホは持っているが、SNSの類は一切やっていない。使っている機能は、電話とメールくらいだ。
だから何もせず、上手いとは言い難い高校生たちの歌声を聞きながらジュースを気まぐれに飲んで過ごした。歌い終わった男子が感想や好きな曲、アーティストを尋ねてきたが、良かったと褒め、その人が歌っていた曲の歌手の名前を言ってやり過ごした。
……暇だ。こんなにも退屈な時間になるなんて。いつ終わるんだろ?
なんてことを考えながら過ごすこと数時間。
男女のペアが歌って盛り上がっている時、スマホが振動した。見るとメールが一通。『差出人:花時丸ちゃん』と書かれたメールを開くと、そこには『準備が整いました。』とだけ書かれたシンプルな文面があった。
「……ごめん。親から帰ってこいって来たから、私もう帰るね。」
「えっ!?もう門限!?早くね!?」
男子が口々にそう言ったが、引き留めてくる者は1人もいなかった。
無理に引き留めては心証が悪くなると感じたのか、この盛り上がっている空気を壊したくないと思ったのか、その真相は分からない。
時刻は午後6時過ぎをさしたところ。確かに高校生が遊ぶのを引き上げるには早いと言える。もっとも、通しでカラオケにいるわけだから、そうでなくても飽きてくる時間ではある。
それはともかく、連絡がきたのであれば長居は無用である。
「うん。まぁそんな感じ。楽しんでね。」
嫌な雰囲気の視線を感じながら夕桔は立ち上がり、逃げるようにその場を後にした。
カラオケ店を出て、駆け足にならない程度に歩き、迷路のように入り組んだ道を進み、夕桔は自宅へ到着した。偶然でも見つけにくい、意図的に入り組んだ最奥地に隠すように建てられた家屋。夕桔はそこに住んでいる。
「ただいま。」
鍵を開けて一言そう言い、電気の点いていない真っ暗な廊下を歩く。普通の住宅に比べ窓が少なく、日の光が全く差し込まないところもある。
「おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」
とあるドアを開けた先に薄暗い部屋があり、そこには大きなパソコンと複数のモニター。そしてその前に座る少女がぶっきらぼうにそう問いかけた。
手入れをまるでしていないようなボサボサの髪、薄汚れた分厚い眼鏡。不健康という言葉がよく似合う。(素材は良いのに味付けが駄目な典型だと夕桔は思っている)
「カラオケ。クラスの皆に誘われたからね。」
その返事に「ふーん……。」と興味なさげに声を出し、少女はタブレットを差し出した。
「これが今回の?」
映し出されているものを夕桔はまじまじと見つめる。
「はい。」
呟くようにそう答え、少女はモニターに向き合った。もう興味がない、といった様子だ。
「ありがと。じゃあ夜中まで寝るから。花時丸ちゃんもほどほどにね。こんな暗い部屋でずっとパソコン弄ってたら、目が悪くなっちゃうよ。」
「もう悪いんで大丈夫です。失明しなきゃ、別にどうだって……いや、そうなっても脳波を読み取って出力できれば……。」
「はいはい。じゃ、おやすみー。」
ブツブツと何か思いついたように呟く、花時丸と呼ばれた少女を無視し、夕桔は部屋を出た。
自室に入ると受け取ったタブレットをローテーブルに置き、制服を脱いで床に放り投げ、下着姿でベッドに倒れ込む。
あぁ……慣れないことがあると疲れる……。
でも今日は生徒会が素行だの成績だの言ってこなかったから、そこだけはちょっと楽か。同じことを何度も言われるのは、煩わしくて仕方がない。
思考を巡らせているも、身体をベッドに預けているおかげか瞼は重くなり、いつの間にか眠りに落ちていた。
それから数時間後──目覚ましをかけていたわけでもなく、夕桔は起きた。身体に染み付いた感覚というやつだろう。
起き上がってタブレットの画面を見つめ、その内容を頭に叩き込む。
「……よし。」
電源を落として置き、クローゼットを開けて黒を基調とした燕尾服を模した衣装を着る。ゴムで髪を結い、姿見で確認する。
「うん。今日もバッチリ決まってる。」
結んだ髪型──ツインテール姿を角度を変えて念入りにチェックし、夕桔は笑った。
仕上げにヴェネチアンマスクと呼ばれるアイマスクと白い手袋を身に着ける。
「夕桔、そろそろ時間……もう準備、出来てるみたいですね。」
ノックもなしに花時丸が部屋に入ってきたが、互いにそれが正常であるといった様子を見せる。
「まぁね。」
恰好に不備がないか最終確認を行い、問題がないことを確かめると窓を開けた。
「じゃ、行ってくるね。」
そう言って返事を聞く前に飛び出し、屋根の上を跳ねるように移動していく。
【怪盗ツインテール】
それが裏社会で密かに呼ばれている彼女の異名である。
どこの組織にも属さず、そのシルエット以上のことを誰も知らない。警察も当然彼女のことを追っているが、その足取りすら掴めず捜査は失敗続きとなっている。
闇夜を切り裂くかのように駆けていき、それでいて物音を立てずに夕桔は目的地へと到着した。
そこで一度立ち止まり、息を整えつつ事前にタブレットに入っていた情報を振り返る。
ふぅ……1時間くらい走ると、流石に少し疲れるなぁ。8割くらいの力とはいえ。
さて……今回のターゲットは、あの大きな一軒家。政治家があそこに住んでるんだったよね。金を勝手に使っているとか情報にあったけど、私にとってはどうでもいいことだ。
価値あるモノを盗めるのであれば、そこにある事情も何も関係ない。
「……よし。落ち着いてきたところでいきますかっ。」
夕桔が意気込んで目的の家屋へと浸入する頃、自宅に残る少女──花時丸栞里もまた、パソコンに向かい作業をしていた。
「監視カメラのダミー映像……警備システムの一時停止……その他諸々、不備なし。まぁ今回は簡単な部類ですし、ヘマしなければ何も問題ないですかね。」
複数のモニターに映し出された映像を睨みつつ、コーヒーを啜る。
ハッキングで開けておいてくれた扉から入って……ここまでは楽勝だね。
そんなことを思いつつ、夕桔は暗闇の屋内をスイスイ進んでいく。
周囲には警備員もいたが、監視カメラやセンサー等のシステムに頼っているためか、簡単に掻い潜って侵入することが出来た。
花時丸ちゃん様様だね。このマスクのおかげで闇夜でもよく見えるし。
それで、どうしよっかな。今回はターゲットがないから、テキトーに盗むことになるけど……無難なのは宝石類か、現金か……。
建物の見取り図を思い浮かべ、それを元に推理しながら物音を一切立てずに移動する。
賊に入られないことは大前提だけど、それでも万が一のことを考えているはず。大事な物を隠すなら、窓がなく奥まったところにある部屋。……いや、汚い金で稼いでいるのなら、ガサ入れ対策で動かしやすいところに……?
長い廊下の左右にある扉を開け、中を確認しながら思考する。
普通は情報から予め推測を済ませ、それから行動するものなのだろうが、夕桔はそうすることが少ない。思考しながら動く方が集中出来る、というのが彼女の持論である。
「んっ……。」
リビングの扉を開けたところで、思わず声を出してしまった。勿論、最小限のもので誰かに聞こえるものではないのだが。
声が漏れてしまった理由は、リビングに巨大な金庫が堂々と置かれていたためだ。
えぇ~……罠……じゃないよね?どこかのシステムに繫がっているのなら、栞里が気付いているはずだし。独立した警備システムであればお手上げだけど……供給なしで電池で動く、か。……ないな。
見た目で判断するのは良くないが、いかにもといったデザインのダイヤル式金庫だ。
パスワードを入力するデジタル式なら諦める他ないが、こういった代物なら対応が効く。
聴診器で出来るヤツなら楽だけど……。
衣装の内ポケットから収縮式の道具を取り出し、それを金庫に当てて白い手袋をはめた手でダイヤルを慎重に回していく。
うん……いけそう。もしかして、万が一に備えて分かりやすい金庫を置いているのかな?だとしたら、中身は無難な物だけかもだけど……あっ、これだ。
事情諸々を考えつつ作業すること数分。解錠に成功し丁寧に扉を開ける。
中には大量の札束。逆に言えばそれしか入っていなかった。他にも貴重品が幾つも入っていても不思議ではないのだが、それだけである。
やっぱり……大切な物はココにしまってますっていうポーズを取るようの金庫か。バレたくないものは別のトコに隠してあるんだ。まぁ怪盗としては、依頼じゃない限りそんなものに興味ないから、こっちの方が有り難いけどね。
札束を手に取って、パッと見では分からない衣装の収納スペースに入れていく。
全部を持っていくことは流石に難しそうなので、無理ない範囲でしまっていく。数えたら相当な金額になりそうだが、それでも恐らくこの政治家にとっては大したことない額なのだろう。
こんなもんかな。ちょっと重い……。
これ以上は動きづらい。そう思えるところまで盗み、金庫の扉を閉めてダイヤルをテキトーに回しておく。そしてさっさとその場を後にして脱出する。
侵入するのが簡単であれば、脱出するのも簡単だ。気付かれていないということは、警備員にしてみれば侵入されていないことだ。ミスしなければ逃走に困ることはない。
こうして【怪盗ツインテール】はあっという間に盗みを終えた。
その帰り道──。
「何かあったのかな……?」
パトカーと救急車が停まっているのを発見した。通り道にあるのなら、自分の盗みが通報されたというわけではなさそうだ。それに救急車も停まっていることから、酔っ払いの喧嘩でもあったのだろう。
「それはともかく、見つからないようにしないと。」
距離はあるし己を照らすものはない。ここから見つかる可能性は限りなくゼロに近いが、念には念を入れて迂回する。
野次馬が撮影していたら嫌だから、屋根の上を跳んでいくのは止めておこう。
そう考え路地裏を歩いてパトカーの地点から離れつつ帰るその途中。
「……え?」
驚き、その歩みを止めた。
人だ。人が倒れている。
いや、それだけなら無視出来た。
だが、その恰好に驚き、反応してしまった。
倒れていた人物──若い女性だ。20歳前後に見える。問題はその見た目──ピンク色のドレス風の衣装に身を包み、同じくピンク色の長い髪を後頭部で結いポニーテールにしている。
ニュースに出たという容姿とは異なる。しかし確信に近いものがあった。
「魔法少女だ……。」
夕桔の口から出た言葉に反応したのか、はたまた気配を感じ取ったのか、倒れていた女性は顔を上げた。
不思議な顔立ちだ。日本人と言われればそう見えるし、白人と言われればそうとも見える。分かることは、とても可愛らしいということだけだ。
「あ、貴女……!」
女性は力を振り絞るように何かを握りしめた右手を突き出してきた。そしてハッとした表情になり、すぐに左手で右腕を押さえる。
「ダメ……逃げて……!」
その表情は、とても苦しそうだった。
倒れていたことから考えて、血が流れている様子はないが怪我か何かしているのかもしれない。
そんな人物が縋るように声を掛けてきた。
ここで立ち去ることが出来るだろうか?
夕桔は半ば吸い寄せられるように倒れている女性へと近づいた。
「私に何か、出来ますか?」
そう尋ねると、魔法少女は絶望したような表情を一瞬見せ、すぐに晴れやかな顔へと変わった。
「……良かった。これで繋ぐことが出来る。」
そう呟き、右手に握りしめていたものを見せてくる。
それはピンク色の不透明な石だった。紐が付いていることからペンダントなのだと窺える。
「時間がないの……。よく聞いて。私は魔法少女【ペルセウス・コーラル】。イタリアからやって来たわ。事情があって、この肉体はもうすぐ消えてしまうの……。だからその前に、これを受け取って。」
右手を差し出すと、落とすようにペンダントを渡された。
「これは……?」
「魔法少女になるためのアイテムだと思ってもらえればいいわ。それを肌身離さず持ってね……これで……継承出来たから……私の…………。」
徐々に声は小さくなっていき、魔法少女は地面に突っ伏した。
その身体から光が泡のように出、天へと昇っていく。それを見届けると、女性の身体は消えてしまった。
「……どうか安らかに。」
手を合わせてそう呟き、託されたペンダントを見つめる。
詳しいことは分からないけど、これを使うことで私も魔法少女に変身する……ってことでいいんだよね。世界各国に存在する、正義の味方とでも言うべき存在に。
私、怪盗だから真逆と言って良い存在なんだけどなぁ。
最後の力を振り絞って託してくれたのだから、捨てたりせずに持っておくけど……使う機会、くるのかな?
とりあえず、誰にもバレないようにしとこ。
そんなことを思いつつ、夕桔は再び帰り道を進み始めた。