第七話 始まる鮮やかな日々
人生で初めての彼女が出来た。
今朝起きると、雲ひとつない天気だったので、近くの香椎浜へと足を運んだ。入り組んだ形の海とその周りにそびえ立つビルの景色が好きだったりする。いつも見ているこの風景がなんだか鮮やかに見えた。君と出会ってから世界が変わったなんて小説とかでよく言うが、確かに、そんな気がする。明度と彩度が高くなったようなかんじだ。浜辺に座って笑い合っているカップルも今では微笑ましく思う。
ぼんやりとそんなことを考えながら
「おはよう」
とメッセージを送信した。すると
「おはよう」
と返ってくる。相手は誰かって?
僕の彼女である桜瀬咲だ。
僕は一度家に帰ると、パソコンとノートを一冊持って、大学へと向かった。
大学に着くと、僕と一緒に卒業研究をしている清水寛太と、一人で独自の研究をやっている、川崎太一がいた。川崎は北九州市の門司に住んでおり、ここまで電車で片道一時間以上かかることもあって、最近は自宅で卒業研究を進めていた。
僕が研究室に入るなり、川崎は
「高橋じゃーん、久しぶりー」
と言って、近づいてきた。少し気持ち悪かったのと、自慢したい気持ちがあったので
「僕は浮気をするつもりはないぞ」
と言っておいた。すると、研究室の奥でパソコンの画面とにらめっこしていた清水が、こっちを向いてニヤニヤしてくる。川崎はというと、状況が解らず困惑した顔をしていた。
僕に彼女が出来たと言う話は、十二時を回った頃には機械科全体に広まっていた。僕も隠すつもりはなかったし、イジられても嫌じゃなかった。むしろ少し嬉しかった。
学食を食べ終わり、研究室に戻ると、しばらくの間、清水と話していた。
「彼女ってあの子?」
「まぁ、そうだね」
「なんかおもしろいな」
「何がだよ」
「高橋でも彼女できるなら俺にも彼女できるじゃん」
「僕でできたんだから世界中の男に希望があるよ」
そんな会話をしていた。
「でもお前、お金あるのか?」
「そうなんだよなー」
僕は今、アルバイトをやっていなかった。卒業研究に専念したいこともあって、一年生のときからやっていたスーパーのアルバイトは、今年の八月で辞めていた。
「彼女できてもお金なかったら何も出来ないぞー」
清水がそう言うと、そこへ教授がやってきた。父と同じくらいの年齢だが、体格がよく、少し若く見える。
「アルバイト探してるのか?機械科のサポーターが足りてないから来ないか?」
聞くところによると、教授の授業のサポートをするものだった。科目は製図。一週間の間に百八十分の授業が二回ある。時給は千円。悪くない。一週間で六千円貰えるのなら十分だ。それに卒業研究も順調だ。僕はそのアルバイトを引き受けることにした。
それから三日後、僕は製図室の教壇の横に立っていた。桜瀬さんへは
「教授のサポートをすることになった」
と言っている。
「覗きに行く」
と言われたが、僕は必死に説得し、なんとか阻止することができた。
僕はやがて教壇に立って
「今日から皆さんのサポートをします、高橋伸一です。よろしくお願いします」
と言った。五十人ほどいる一年生達は、僕を見るなり前後で喋ったり、隣同士向かい合ってやはり喋っていた。
生徒たちは真面目だった。
「ネジはどうやって書くんですか」
であったり
「このRa25って何ですか」
などと質問された。製図は割と頑張っていたので、一つひとつ丁寧に教えた。
製図は二コマ通して授業があるので、途中、休憩が十五分ある。その間僕はボーっと椅子に座っていた。すると、機械科にしては少し派手な茶髪二人組がこちらへやってきた。
「先輩、今四年っすか?」
楽しそうに二人は聞いてきた。オタクが大半を占めるこの学科では、こういった明るめの人たちは友達が少ないのだ。
「そうだよー」
と答えた。すると
「彼女とかいるんっすか?」
と小馬鹿にしたような顔で言われた。彼女がいることを広めるつもりは無かったが、少しムカついたので
「いるよ」
と言った。すると
「またまたご冗談を」
と言ってきた。何この一年生、かわいくない。そう思いつつ、財布にしまっているプリを見せてやった。すると
「マジだ、彼女の写真持ち歩くとか先輩かわいいっすね」
僕のほうがかわいいと思われてしまった。少し恥ずかしかった。
後半の九十分も同じ調子で時間が過ぎていった。変わったことといえば、さっきまでつまらなそうな顔をしていた茶髪二人組が、明るい表情になっていた。久しぶりの恋バナでエネルギーを蓄えたのだろう。そんな彼らが少しかわいく見えた。
アルバイト代は毎月十日に支払われるらしく、久々に貰った給料に少し嬉しくなった。と言っても、アルバイトを始めてから六時間しか働いていないので、六千円ほどだ。
今夜は桜瀬さんと一緒に食事をすることになっていた。大学の近くにある全国チェーンのファミレスである。もう少し良い店にしようとも思ったが
「安くても高橋くんと一緒ならどこでもいい」
そう言われた。
校門でしばらく待っていると
「今終わったからいく!」
そう連絡が来た。そしてしばらくすると
「おまたせ~」
彼女はぴょこぴょことやってきた。