第六話 僕の想い
十月も終わりに近づき、服装も半袖から長袖へと変わっていた。といっても、中にはまだ半袖を一応着ている。
桜瀬咲との約束は十月中旬頃だったが
「ごめん、うつが来たからまた来週でも良い?」
と連絡が来た。僕は
「回復まで待ってるよ!」
と送った。どうやら翌週には気分も回復したようで
「ごめんね~、今度の日曜日大丈夫だよ」
と連絡が来た。
二人の唯一の共通の友人、星宮まきは
「咲ちゃん病気でしばらく会えない時がある」
と言っていた。桜瀬さんは、星宮にも病気のことを話しているそう。
この三週間、僕は会えない期間が長く、もどかしい気持ちだった。同じ大学とはいえ、高い建物が十棟ほどある広大なキャンパスに五千人の学生がいるのだから、学校で会うこともなかった。
恋愛経験ゼロの僕でも、自分が恋をしていることくらい気づいていた。しかし、桜瀬さんは現在軽いうつ状態なのだろう。想いを伝えるのはまだ先のほうが良さそうだ。というか、伝える勇気はない。
いつも通り、香椎駅の改札前の四角い柱に寄りかかっていた。今日は二人で博多に行くことになった。九州の人は福岡に行けばなんでもあると思っている人が多いが、出かけるとなると、天神と博多くらいしか行くところがない。それにしても、この場所にいると、柱の広告が見えなくなるのだが大丈夫なの?怒られたりしない?薬局さんごめんね。そう思っていると、桜瀬さんがやってきた。
今日は淡いピンク色のスウェットにロング丈のデニムスカートだった。お気に入りのスカートらしい。
「ごめん~」
と言いながら、一分遅れの午後一時一分にやってきた。
そして、香椎駅の改札を通る。桜瀬さんもそれに続く。そして二番のりばへと向かった。
オシャレな秋服を着た若者が行き交う休日の博多駅の階段を下りながら
「どこか行きたいところある?」
と聞いた。すると
「駅前のカメラの店行って良い?新作のゲーム見たくて」
「いいよ~、いこ~」
などと話していた。
店の名前にカメラと書いてあっても、実際には家電量販店であることが多い。僕たちはそこに行くことにした。
博多駅筑紫口を出て、店内に入ると、桜瀬さんは早歩きでゲームコーナーへと向かった。僕もそれについて行く。
そこには新作のゲームのコーナーがあった。モニターに映されたプロモーションを見ている彼女は目を輝かせていた。そして、残り少なくなっているソフトのパッケージを持ってレジへと並んだ。
結局その店には二時間以上いた。誰に向けて作ったのか分からないガチャガチャをやったり、マッサージ機に座ってみたりしていた。
四階のヴィレヴァンでは、謎のイラストが描かれた靴下を見ていると、桜瀬さんは
「この靴下履くと、俯いたときにかわいいイラストが目に入って少し元気になるよ」
と教えてくれた。なので、ぼくは笑顔のお寿司の靴下を手に取った。すると、彼女もそれを手に取って
「私も買う!」
と言った。僕は思わず
「あっ、お揃い...」
と言ってしまった。その言葉を聞いた桜瀬さんは顔を赤くしていた。
店を出る頃には、午後四時を回っていた。彼女の手にはカメラの店の名前が書かれた袋がある。僕が持つよと言ったのに、自分で持つと言って、その袋を離さなかった。僕はガチャガチャの景品と靴下で少し膨れたサコッシュを掛けていた。
まだお腹が空く時間でもないので、ゲーセンにでも行くことにした。休日の博多駅へ一度入り、反対側の博多口へと向かった。
ゲーセンは、出口近くのビルにある。というか駅と繋がっている。細めのエスカレータで二人上がっていき、ゲーセンへと向かった。
そこのゲーセンは、大きいとは言わないまでも、基本的な筐体は揃っている。僕たちは店内を一周したところで
「あのゲームしよう」
「僕、得意なやつだけど大丈夫?」
と言って、レースゲームをすることにした。アイテムを投げ合う方ではなく、ギアをガチャガチャする方だ。
彼女の見事なハンドルテクニックと、軽やかなギアチェンジで僕が完敗したところで、次はUFOキャッチャーへと向かった。先月までやっていたアニメのフィギュアがあったので、桜瀬さんは五百円玉を投入した。しかし全然取れなかった。
「もう無理だ~」
と言っていたが、UFOキャッチャー好きの清水が次で取れると言っていた角度だった。技の名前もあった気がするが、それは忘れた。僕は
「いや、取れそうだよ」
と言って二百円で取って見せた。
レースゲーム分の名誉挽回をしたところで、午後六時前になっていたので、ガチャガチャを見て回った後、ご飯を食べることにした。
二十分くらい歩いて見た結果、博多の街の夜景が見える蕎麦屋へと入った。
和風の店内でざる蕎麦を食べながら僕は
「体調はどう?」
と聞いていた。言葉を選んだつもりだったが、結局ストレートな言い方になってしまい
「やっぱり大丈夫」
と言ってしまう。すると
「今日起きたら元気になってた」
と言う。本心ではなく、気を遣って言ったのかもしれないが、今日の彼女はいつもより元気だった気がする。僕は
「それは良かった」
そう言って残りの蕎麦を食べていた。
コシが強くて美味しかった蕎麦屋を出ると、何気ない会話をしながら博多駅へと向かっていた。
「最近、大学はどう?」
僕は聞く。
「論文を書き始めたんだけど、文章が苦手で...」
「そうだよね。しかも、ソフトの使い方も慣れなくて」
「あ~、そうそう」
こんな話をしていた。
「高橋くんは?」
桜瀬さんが聞いてくる。
「なんかこの間天神で一緒にいるところを見られてたみたいで、彼女が出来たって思われてる」
「そうなの!」
「うん、なんかごめんね」
僕なんかの彼女だって思われるのは申し訳ない。ずっと影で生きてきたような人間だ。もっと明るくて輝いている男のほうが良いに決まっている。そう思っていると
「そんなことないよ。相手が高橋くんだったら、彼女と思われてもいい」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。嬉しかった。しばらく沈黙が続いて、僕は言った。
「僕も桜瀬さんが彼女だったら嬉しい」
続けて僕は言った。
「僕で良ければ付き合ってください」
彼女は両手で鼻と口を隠しながら、やがて僕の顔を見た。そして、答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
──── 僕は香椎駅からアパートまでの夜道を歩いていた。付き合ってくださいってストレート過ぎない?もっと小説みたいな伝え方なかったの?そう思いながら歩いていた。告白なんてしたことがなかったので、これが普通なのかも分からなかった。
そんなことを考えながら、僕は一人、夜空を見上げた。街の灯りで少し窮屈そうな空には、星が一つ輝いていた。