第五話 学校の日常
朝日が照らす、ワンルームのアパートで、僕はベッドでうつ伏せになり、枕を抱きしめていた。
桜瀬咲のことが頭から離れなくなっていた。
少女漫画の乙女かよ、俺は。
彼女が欲しいなんて思ったことはない。好きなことをやって、楽しく生きる。それが最高の人生だと思っていた。でも、どうしてだろう。そんな楽しそうな人生よりも、桜瀬さんの隣にいるほうが、幸せな人生だと思ってしまう。
僕にも女友達はいる。大学一年生の頃から親しくしている星宮まきだ。大学に入学してすぐ、普通自動車免許を取りに、大学の近くの自動車学校に行っていた。星宮とは学科教習で何度か同じになり、いつしか仲良くなっていた。でも、ただの友人である。恋愛感情も抱かない。星宮だって優しくて良い人柄だと思う。将来恋人となる人は幸せだろう。しかし、桜瀬さんには他の人とは違う何かがある気がする。言葉ではうまく表せない何かが。
そんなこともあり、今日は大学へ着いたのは十二時を回ってからだ。昼の学食の時間には間に合ったようだ。食堂へ入ると、清水寛太とすれ違った。彼は、いつも三百円のカレーライスを数分で平らげてしまう。タイムアタックでもやっているのだろうか。だから、十二時をちょっと過ぎたくらいに着いた僕とすれ違ったのだ。それにしても、その時僕の方を見てニヤニヤしていたのは何だったのだろう。少し嫌な予感がした。
僕は、四百円の牛丼をゆっくりと食べた後、研究室へと向かった。すると、清水の他に、機械科の人たちが三人いた。すると清水がニヤニヤしながら
「お前、昨日天神で誰といた?」
と言ってきた。僕は咄嗟に、
「いやだなぁ、友達といただけだよ~」
と答えた。
「友達ねぇ、最近の若者はただの友達とプリ撮ったりするんだ~」
そうか、こいついつもゲーセンで遊んでるんだった。
「でも、デートでファーストフードはねぇ」
ちょっと待て、お前どこまで知ってるんだよ。ストーカーじゃねぇか。
清水が話していると、他の人にも熱が入る。
「それで清水、相手はどんな人だった?」
「えーっと、長い黒髪でかわいい系だったよ」
同じ大学と言っても、生徒は全部で五千人ほどいる。桜瀬さんは情報学部情報科だったので、彼女を知る者はいなかった。
「まじで!友達なら紹介してくれよ、高橋」
紹介はしたくなかった。ここはもう僕が折れるしかなさそうだ。
「友達というか、まぁ、いい人だなとは思っている」
僕がそう言うと、いつもは静かな研究室に、男たちの歓声が響いた。
どうしてそんなこと言ってしまったのだろう。話は盛りに盛られて、夕方頃には
「高橋!彼女できたんだ!」
などと言われていた。
どうしてこうなっちゃうのだろう。伝言ゲーム下手すぎない?
「できてねぇよ。デマ流すなよ」
僕はそう言いつつも、何故か悪い気はしなかった。
日が落ち、スーパーで、すでに半額になっていた弁当を買うと、僕は家に帰った。そういえば、先月の回転寿司も、昨日の天神も、桜瀬さんから誘ってきていた。よし、今度は僕から誘おう。僕は、彼女の連絡先を開き
「また一緒に出掛けたいので、暇なとき教えてください!」
と送信した。すると、
「再来週大丈夫です!!」
そう返ってきた。