第四話 二人の一日
十月に入り、秋の香りも濃くなってきた。今日は桜瀬さんと天神デートの日だ。大学四年生は、一週間のうち、決まった量だけ研究をやればいいので、平日も休日もあまり関係ない。なので、人が少ない平日に行くことになった。
十一時の三分前に香椎駅に到着した。改札前の柱に寄りかかり、なんとなくスマホを弄っていた。
しばらくすると、桜瀬さんがぴょこぴょこと駆け寄ってきた。
「ごめんね~、待った~?」
大丈夫です!この瞬間があるなら僕は何時間でも待ちます!!
そう心でつぶやきながら
「さっき来たよ!」
と言った。
丈が長めのデニムのスカートに、上はベージュのスウェットを着ている。なるほど、かわいい。
心のなかでそう思いつつ、二人で改札を抜けていく。
ここ香椎から天神まで行くには、途中博多駅で地下鉄に乗り換えることになる。バスで行ってもいいのだが、ここからだと天神三丁目という、中心部から外れた場所に着くので、電車で行くことにした。それに、電車のほうがデートっぽいじゃん。
電車を待っていると、桜瀬さんは
「連絡返してなくて本当にごめん」
と謝った。僕は
「別に構わないよ」
と言った。
そう言っても何度も謝っていたのだが
「僕にもそういうときがあるかもしれないからお互い様だよ」
と言った。
実際そんなことがあるのか分からないが、僕もうつ病だったときはずっと連絡を返すことができなかった。たとえそれが親友であっても、好きな人であっても。思考回路がエラーを起こしたような感覚になってしまうのだ。
電車に乗る頃には中間発表の話だったり、乗り換えの博多駅で、パンの香りが漂ってきた頃にはやはりアニメやゲームの話をしていた。
「まもなく天神、天神です。地下鉄七隈線と西鉄天神大牟田線はお乗り換えです」
放送が流れると天神に到着した。平日の昼間ということもあり、人通りは少なかった。これはこれで少し寂しい気もする。
二人とも昼ごはんは食べていたので、ゲーセンに行くことにした。金沢駅か!と突っ込みたくなるような入り口をくぐると、そこには天国が広がっていた。
桜瀬さんも、大量のUFOキャッチャーに、大量に入ったグッズを見て、目をキラキラさせている。そして、彼女は
「あれやりたい!」
と言って、子供のように走っていった。
そして、彼女は、先月まで放送されていたアニメのフィギュアが入った機械に二百円を投入していた。結局それは取れなかったが、その後、僕は近くにあった小さい機械で、ゲームキャラのストラップを二つゲットした。その熱心に取る姿を見られて、
「かわいい」
と言われた。そしてそのうちの一つを桜瀬さんに渡す。そして
「ありがとう」
と彼女は言う。
このストラップは宝物になりそうだ。
ゲーセンを出た後も、また別のゲーセンに入っていた。ここ天神には、いくつかゲーセンが集まっている。三ヶ所ほど回ったところで、アニメの専門店へ行くことになった。
しばらく歩いて、店内に入るとすぐに、二人が大好きなゲームのぬいぐるみがあった。
「え~かわいい~」
と言いながら、桜瀬さんはぬいぐるみを手に取った。
あなたが手に取っているその姿こそかわいいのだが。
あまり見かけない珍しいものだったので、気づけはそれを持ってレジに並んでいた。
それからは、そのぬいぐるみを持ってプリを撮ったりした。二人でやりたいポーズがあると言ったのでドキドキしていると、昔ネットで流行った、一人はグッド、もう一人はハートを作るものだった。
天神の街も徐々に夜の姿を見せ始めた頃、お腹も空いてきたので、なにか食べようと思い、新天町を歩いていた。飲食店が多く集まる商店街だ。しかしこういう場所だといろいろありすぎて、分からなくなってしまう。結局、僕たちはどこにでもあるようなファーストフード店へ入った。ここの二階の席は、ゆっくりできるから良かったのかもしれない。二人でチーズバーガーとコーラの乗ったトレーを両手で持って、二階へと上がった。
二人でチーズバーガーを食べ終わると、桜瀬さんは口を開いた。
「私、急に連絡来なくなると思うけど、気にしなくて大丈夫だから」
店内のざわめきが静まったように感じた。
「桜瀬さんも、返信できないこと気にしなくていいからね」
この言葉が正解なのか分からないが、僕も伝えたかったことを伝えた。そして、彼女は
「優しいね、高橋くんは」
と言った。
一日中歩いていたこともあり、帰りは疲れていてあまり喋らなかった。博多駅のパンの店には、サラリーマンの列ができている。博多駅から香椎駅までの鹿児島本線は、座れはしなかったものの思ったより空いていた。二十時にもなれば空いてくるのか。世の中は意外とホワイトな企業が多いんだなと感心しつつ電車に乗っていた。
「まもなく香椎です。香椎線はお乗り換えです」
あぁ、楽しかった一日も終わるんだな。車内に響くアナウンスを聞きながらそう思った。桜瀬さんも同じ気持ちなのかな。そんなことを考えながら電車を降り、改札を抜けた。そして、彼女は手を振りながら
「またね」
と言った。