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第三話 心の穴

またねと言われて嬉しかった。


ただ、僕は一つやらなければいけないことがあった。


そう、我々工学部(こうがくぶ)機械科(きかいか)にとって恐怖のイベント、卒業研究(そつぎょうけんきゅう)中間発表(ちゅうかんはっぴょう)が一週間後に控えていた。大学四年生は、自分なりの研究をやって論文(ろんぶん)にまとめる、卒業研究があるのだが、その研究の途中経過を発表するものが中間発表だ。その発表では、どんなに頑張っても罵声(ばせい)がくる。まだ学生の僕たちにも容赦(ようしゃ)なく質問攻めする。地獄の十分間だ。


桜瀬(さくらせ)さんとまたご飯を食べに行きたかったが、来週の中間発表まで待ってほしいと言うと、じゃあ終わったら天神(てんじん)にでも遊びに行こうと言われた。おい、天神(てんじん)ってあの天神(てんじん)か。福岡(ふくおか)で一番カップルが多い場所か。恋愛経験の一切無い僕にとって、一日女性と出かけるなんてなかったから叫びたいくらい嬉しかった。


だが、この青春キラキライベントの前に、地獄のイベントがあるわけで、それにも軽い気持ちで望むわけにはいかなかった。いつもは研究室で、過去の先輩が置いていったのであろうロクヨンを一緒にやっている清水寛太(しみずかんた)と、今日はロボットの研究に(いそ)しんでいた。


「なぁ高橋(たかはし)、プログラムで…円周率(えんしゅうりつ)書くときはPI(パイ)で良かったか?」

「大丈夫だよ」

「そっか、ありがとう」

「別にいいよ」

「なんかPI(パイ)がいっぱい並んでるのエロいな」

「お前は中学生か」

「それは中学生に失礼だ」

こんなくだらない会話が延々と続く中、世の役に立つかもわからないロボットか出来上がってゆく。


「ところで高橋(たかはし)、最近なんかあったか?」

「なんで?」

「いや、なんか最近楽しそうと言うか、明るいと言うか...」

「んー、今やってるアニメが面白くて続きが楽しみだからかなー」

「あー、あの女の子2人が協力して世界を守っているやつね」

「そうそう、それそれ」

多分違う理由な気はするが、ここは理系。しかも工学部の機械科だ。最近仲良いい女の子ができたなんて言ったら裏切り者扱いされてしまう。まぁ、実際には本心で言っているわけではないが、面白がられて面倒(めんどう)であることには変わりない。

しかし、小説なんかで、あの人と出会ってから変わったとかよくあるが、あれは本当だったんだな。


忙しい一週間も終わり、地獄の中間発表も終わった。結論から言うと、散々だった。実験データを出せば、それを数式(すうしき)で示せと言われ、結論を言えば、根拠(こんきょ)がないと言われた。数式で出せないから実験したし、根拠があっての結論を言ったはずなのに、それではダメだの一点張りだった。そっちのほうが根拠がないじゃないかと言いたかったが、ここは反省しておいたほうが教授には好かれるので、一月の最終発表(さいしゅうはっぴょう)までに訂正しますと言っておいた。一緒に発表した清水は、喋ることもできそうになかった


結果はどうであれ、忙しかった一週間も終わった。早速僕は、桜瀬(さくらせ)さんに中間発表終わったよとメッセージを送った。そして久々に清水(しみず)と三年生も呼んで、日が落ちるまでロクヨンをやっていた。学校を出る頃にはまだ桜瀬(さくらせ)さんからの返信は来なかった。


帰りはいつものスーパーで唐揚げとポテトサラダ、チョコミントのアイスを買った。このアイスを歯磨き粉と言う奴は許せない。そう思っている。


ごはんも食べ、シャワーも浴び、寝る頃になっても返信は来なかった。まぁ、明日には来るよなと思いながら、僕は眠りに就いた。


しかし、朝になっても連絡は来なかった。更には次の日も、また次の日も、来なかった。さすがに心配になっていたが、病気で返信できないことも考えられる。あの頃の自分もそうだった。なので、信じて待つことを選んだ。


心にぽっかりと穴が空いたまま十月を迎えたある日、ピロンとスマホが鳴った。なんと、桜瀬(さくらせ)さんからだった。五日経っての返信だった。

ごめん、気分が沈んでいて、連絡できなかった。もう大丈夫!

メッセージを見た瞬間、僕は泣きそうになった。いや、泣いていたのかもしれない。そのメッセージが今まで貰ったどんなモノよりも、どんな言葉よりも、嬉しかったのだ。

僕は、少し見えづらくなった画面を見ながら、よかった!いつ行けそう?とキーボードを打っていた。

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