第十七話 卒業式
卒業式前日、僕は変わらずワンルームのアパートで一人過ごしていた。
この部屋もあと何日かすれば僕の部屋では無くなるのだが。
僕はこの日、咲との唯一の共通の友人である星宮まきに電話をした。
「高橋くん久しぶりー」
星宮が電話に出た。
「咲とは幸せかい?」
「どうだろう、僕は一緒にいると幸せだと思っている」
意味深な答えを返す。
「今日は星宮にお願いがあって電話した」
僕は続ける。
「もし咲と会って、僕の話になったら、『いつまでも待ち続ける。それがどんな答えであってもと言ってた』そう伝えてほしい」
沈黙が続いた。そして
「分かった。明日の卒業式、ちゃんと来てよ」
「分かってるって」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
そう言って電話を切った。正解ではないと思うが、これが僕の出した答えだった。
朝八時、僕はスーツを着て学校へと向かった。この道を歩くのも最後だろう。二ヶ月ぶりに来た大学は、どこか懐かしく思った。文系学科の人たちは、五人ほど固まって会場に入っているが、機械科の友人は皆、一人だった。
「清水おはよう」
「あー、おはよう」
会場となる体育館の入り口で清水を見つけたので、一緒に受付に行く。
「清水は二ヶ月何やってた?」
「日本一周したな。休み長すぎてもう一周するところだったよ」
「大学生らしいな」
「高橋も彼女と楽しい二ヶ月を過ごしたんだろ」
「お、おう。楽しかったぞ」
本当は連絡すら取っていないのだが、咲の病気のことを僕の口から他の人に話すべきではないと思うので、それっぽい返事をした。
「これからも幸せでいろよ」
そう言われた。
「もちろん」
体育館へ入ると、大量の椅子が並べてある。場所は自由らしく、僕たちは中央付近へ座った。
「あれ川崎じゃね?」
「ホントだ、どんな顔してるんだよ」
友達を見つけてはそんな会話をする。星宮も前の方にいた。
「一同、起立願います」
ガタガタと音が鳴る。
「礼」
自然と身についているリズムで礼をする。
「着席願います」
再びガタガタと音が鳴る。
「只今から、卒業証書、学位記授与式を開式いたします」
周囲では、隣同士話している者、寝ている者なんかもいた。僕はボーッと前を見ていた。
――――― 卒業式が終わると、学科ごとに教室に行き、学位記や成績表、記念品を貰う。高校までとは違い、全員が前に出て卒業証書を貰うなんてことはしない。数千人いる卒業生が一人ひとり前に出るとなると、一日以上かかるだろう。成績上位の数名が前に出て終わりなのだ。
「これからは皆さん社会にでて、社会を支える立場となります。ー」
――――― 長い話も終わり、解散となった。大学の卒業式で泣く人はいなかった。まあ、こんなものだろう。僕は、家に帰ろうと思い、スマホの時計を見ると、一件のメッセージが来ていた。
「終わったら体育館前に来て」
桜瀬咲からだった。僕は走った。保護者と生徒、生徒と話す先生で前がよく見えない廊下を走った。一段とばしで階段を下りる。途中で次の段が分からなくなったが、なんとか転ばずに済んだ。外へ出ると、体育館までの坂を走る。スーツは走りづらいと思っていたが、それも気にならなくなった。そして、坂の上の体育館へ行った。そこには、袴を着た、美しい姿をした、咲がいた。
僕は咲の前に立つ。
そして、咲は言った。
「今日で最後にしよう」
僕は頭の中が一瞬だけ真っ白になった。
咲は続けて言う。
「伸一のことは好き。だけど、これ以上迷惑はかけられない」
咲がそう言うと、無意識だったのだろうか、僕は口を開いていた。
「それが本心なら別れたくない」
僕は続ける。
「僕はうつ病になったことを後悔していた。でも、この病気のおかげで咲を好きになれた。咲も好きだと思ってくれた。それだけで救われた気持ちになった。だから、迷惑をかけているだなんて言わないで」
言った後に、まだうつ状態だと思われる咲に言ってはいけない言葉があったかもしれないと思い、我に返る。すると、咲は言った。
「ありがとう。これが本心なの。今度連絡できるのは、何ヶ月先になるか分からない。一年以上先になるかもしれない。それでも待っていてくれる?」
僕は言った。
「もちろん。何ヶ月だって、何年だって待つよ。気が向いたときにでも連絡してくれたらいいよ」
「私とだったら普通の恋愛はできないよ」
「普通じゃないほうが面白いさ」
「そっか。それなら良かった」
そして、僕たちは
「またね」
そう言って、別々の方向へと歩き出した。




