第十六話 恋人の資格
三月に入った。大学の卒業式は二週間後である。咲は福岡市内でシステムエンジニアになるらしく、しばらくはここ香椎に住むと出会ったときに聞いていた。僕は、地元、佐賀県伊万里市の工場で働くことになっている。つまり、僕はあと二週間でこの町を離れるのだ。
僕は近くの古本屋へ行った。残りの二週間、やることがないので、本でも読もうと思ったのだ。
「いらっしゃいませ~」
癖の強いあいさつが店内に響く。僕は百円マンガ本コーナーへと向かう。
最近の気になる本は一通り読んだので、店内奥の十年以上前の本が並ぶ場所へと向かった。
三十分ほどだろうか。いろいろ見た結果、紙が黄色に変色している戦闘系の本を全五巻、手に抱えた。
レジへと向かう途中、医学のコーナーがあった。なんとなく見てみると
「双極性障害」
そう書かれた本を見つけた。価格は百円。安いから良いかと思い、一緒にレジへ持っていった。
家に着くと、部屋の隅に六冊の本を重ねる。そのうちの一冊を手に取った。双極性障害の家族、友人、恋人を支えるあなたへ。破れかかった帯にそう書かれていた。
僕は床に座り、本を開いた。
「双極性障害とは、躁状態とうつ状態を繰り返す病気のこと。」
パソコンやスマホの画面で何度も見た文章だ。
「うつ病の場合、うつ状態の治療が重要とされるが、双極性障害の場合は、躁状態をなるべく落ち着かせることで、うつ状態への反動を小さくすることが大切である。」
その文章は初めて読んだものだった。僕は咲の病気を全く理解していなかったのだ。僕は彼女の病気を理解しているつもりで全く理解していないのだ。そんな人間が一番鬱陶しいことも知っていたのに。
「睡眠のリズムが崩れることで、激しい躁転を起こすこともある」
僕は旅行の時、朝八時に待ち合わせをしてしまった。そのせいで睡眠のリズムが崩れたのかもしれない。そのせいで今、咲は辛くなっているのかもしれない。
彼女を支えるどころか、辛い思いをさせてしまった。
僕は、彼女の隣にいる資格などない人間だった。
僕は最悪の彼氏だ。
四百ページ以上ある本を、一日かけて読んだ。僕と同じような病気だと思っていたが、全く違った。今度咲に会ったとき、どんな顔をすれば良いのだろう。謝るべきだろうか。でも、そんなことをしてしまえば、常に気を遣っていると思わせてしまう。もしそうなれば、お互い普通に生活することもできなくなるだろう。僕は眠りにつくまで考えたが、答えは分からなかった。




