ぽっちゃり令嬢の逆襲
「お前みたいな豚が婚約者だと俺の品位が落ちる!お前との婚約を破棄させてもらう!」
もぐもぐ
「最初は食べている君が可愛いとは思っていたが……」
もぐもぐ
「でも日に日に量も増えて…見た目にも」
もぐもぐ
「だから……」
もぐもぐ
「食べるのを止めろ!!」
「え、ごめんなさい。ここのお肉の焼き加減が絶妙で夢中になってました」
「……そちらの家にはこっちから連絡しておく。 お前とはもう関係ないからな!」
そう言って去って行く元婚約者。
「え?」
※
この国はリーゼル国といい、私はヘレナ・スコット伯爵令嬢。ぱっちりとした目、金髪碧眼の美少女……体型以外は。
両親も金髪碧眼で美男美女から産まれたはずなのに何故か今は子豚。周りは一人娘の私を花よ蝶よ可愛がっていた為、体型については誰も言ってこなかった。
だからまさか婚約破棄されるなんて思わなかったし、自分が太っている事に対して何も感じてなかったのだ。
ベッドの上で枕に向かって叫ぶ。
「ふざけんなぁ!」
涙は出ず、出るのは怒りだけ。
婚約者だったヨハン・ベル侯爵令息は栗色の髪に黒い瞳で優しい雰囲気の人だった。「食べる君が好きだ」と言っていた笑顔が段々引き攣るようになった。
「確かに食べる度に顔色が悪くなっているなとは思っていたけど! まだ今日はランチのステーキ(大)セットとデザートのケーキ四個しか食べていないのに!」
デートだからこれでも抑えたのに……。
バンバンと枕を殴る。
その後、我が家に正式に婚約破棄の手紙が来る。それを知った両親は「こんなに可愛いヘレナの何が不満なんだ!」「そんな男こっちから願い下げよ!」と怒り狂っていた。
ヘレナに激甘な両親だった。
そして、その事を親友のオリヴィアに相談すると……。
「まぁ……ヨハン様の気持ちも分からない事も無いわ」
「オリヴィアは私の味方じゃないの!?」
彼女は私と同じ伯爵令嬢でなんでも話せる仲だ。そんな彼女はすらっとした体型に、出ている所は出ている抜群のプロポーションである。
「そりぁ、婚約者が段々太っていくのを見ていつまでも笑顔でいられる婚約者は中々いないわよ。 むしろここまでよく我慢したと思うわ」
「ひどい……」
確かに最近ドレスもキツくて数人がかりでコルセットを締めている。
自分とオリヴィアの体型を見比べる。
「オリヴィアはどうしてそんなにすらっとしているの?」
「もちろん、努力しているからよ」
「努力で変わるものなの?」
「これは、常日頃から気を付けているから保てているのよ。後は、婚約者にいつでも素敵だと思って欲しいからっていうのもあるわね」
オリヴィアの婚約者は、オリヴィアを溺愛していて毎日手紙や花を送っている。更に婚約者も美男でかなりお似合いなのだ。
「でもさ、悔しくない?」
「え、」
「いくらヘレナが太っているからって婚約破棄はやりすぎだし、ヘレナを傷付けるなんて許せない!」
「まぁ、本当の事だし……」
「見返してやりましょう!」
「へ?」
「綺麗になったヘレナを見て、逃した事を後悔する顔を見たいと思わない?」
「確かにこのままは悔しい」
「でしょ!」
「分かった! 私ダイエットする!」
おぉー!と二人で拳を突き上げる。
その日から料理長にお願いしてヘルシーな料理を出してもらう事にした。最初は驚きに目が見開いていたけどダイエットする事を伝えると納得して栄養もあって満腹感も感じられる様に工夫すると言ってくれた。
こうして私のダイエット生活が始まる。
※
ダイエットするにあたって目標を決めた。
期間は半年ぐらいかけてゆっくりと落とす。無理すると私の場合、すぐ嫌になってしまうのは目に見えているので焦らないと決めた。
庭を散歩と称してひたすら歩き回る。最初は運動不足だった為、すぐに息切れしていたが二週間程経つと体力も増えてきた。
見た目にはそんなすぐには分からないものの、今までのドレスで少し余裕が出来た事が凄く嬉しかった。モチベーションも上がり更にやる気になる。
そんなある日。
「ヘレナ本当にダイエットしてるんだ」
「レオ」
いつもの様に庭を散歩していたらレオがやって来た。
彼は幼なじみのレオ・スチュアート伯爵令息。恐らく両親から私がダイエットしていると聞きやって来たのだろう。
「そんなに婚約破棄がショックだったの?」
「きっかけはそうだったかも知れないけど、自分の為でもあるの。綺麗になって見返してやるのよ」
「……もう既に綺麗なのに」
「え? レオなんて言ったの?」
「ううん、なんでもない。僕も応援するよ」
「ありがとう!」
レオは時間がある時は一緒に散歩してくれたり、身体にいい食材なども持ってきてくれた。挫折しそうな時は励ましてくれたり精神的にも助けてくれてとても心強かった。
そして、半年が経ち――
「とっても綺麗だよヘレナ」
「ありがとう。レオのお陰よ、いつも気にかけてくれて嬉しかったわ」
「ヘレナの努力の結果だよ」
「はぁ……久しぶりの夜会だから緊張するわ」
「ヘレナを見たら皆びっくりするんじゃないかな」
「そりゃあ、あんな子豚がここまで変わればね」
オリヴィアとレオと料理長のお陰で、見る見る痩せたヘレナは美しい令嬢になっていた。
すっきりとした顎のラインにきゅっと引き締まったくびれ、後れ毛を出して纏めた髪の項は色気を放っていた。
この日の為に新調したドレスはシンプルなAラインに背中が大きく開き、広がった裾にはキラキラとした刺繍が施され、肘まであるロンググローブはレースで出来ていた。
久しぶりの夜会にはレオがエスコートしてくれるので安心である。
「さぁ、行きましょう」
「うん」
夜会の会場に入ると参加者からの視線を一身に受ける。
こんなに見られるとは思ってなかった為、少し固まるが大丈夫だと言う様にレオが手をぎゅっと握ってくれたので背筋を伸ばし堂々と歩く。
「あのご令嬢はどちらの……」
「なんて美しいんだ」
「スチュアート令息の婚約者か?」
男性は頬を染め、女性は憧れを抱く様な目でヘレナを見つめる。
「ヘレナ! 久しぶり、見違える様に綺麗になったわね!」
「ありがとうオリヴィア」
婚約者と一緒にやって来たオリヴィアの一言に周りが驚く。
「ヘレナってあのスコット家の令嬢!?」
「確か彼女は体型が……」
子豚で知られていたヘレナの変わり様に驚きを隠せないのであろう。
「貴女の美しさに令息達がそわそわしているわよ」
耳打ちしてきた言葉にちらりと周りを見ると、ヘレナに声を掛けたそうにそわそわしている令息達が見えた。
「今後は婚約の申し込みが殺到しそうね」
「まさか」
それは言い過ぎだろうと思ったがオリヴィアは。
「馬鹿ね。今日でヘレナの事が知れ渡るだろうし、あのヘレナがこんなに綺麗だった事を知った令息達が、放っておく訳ないじゃない」
そんなものかな……と思いながらオリヴィアと別れる。
レオとダンスを踊り、飲み物を取ってきてくれる間一人で待っていると。
「ヘレナ?」
「ヨハン様……」
そこには、可愛らしい令嬢と一緒の元婚約者がいた。
「お久しぶりです」
「その姿は…一体」
ヘレナの姿に驚きを隠せないヨハン。その横の令嬢が突然「あぁ!」と言い。
「貴女ヨハンの元婚約者ね!」
「おい、失礼だろ」
「何よ、貴方だってあんな子豚が婚約者だったなんて恥ずかしいって言ってたじゃない」
「なっ!」
まさかの言葉に、やっぱりそんな風に思われていたのかと思いつつ、別に未練があった訳でもないのでショックを感じたりはしなかった。
「へ、ヘレナ。これはその……」
「いえ、ヨハン様の言う通りです。あんな子豚が婚約者では嫌だったと思います。でも私は特に気にしていませんし、あれがきっかけで変われたのでそこは感謝しております」
「……」
「それではこれで」
その場を離れようとすると、突然腕を掴まれる。
「……なにか?」
「君は今…婚約者がいるのか?」
「いえ」
半年前に貴方に破棄されましたけど?
彼の言いたい事が分からず首を傾げる。
「その、都合のいい事を言っていると思うけど。もう一度やり直さないか?」
「はい?」
「ちょっとヨハン!」
何言っているのかしらこの人は。
隣の令嬢も声を上げる。
「私は貴方に婚約破棄されたのですけど」
「それはっ……まさかこんなに変わるとは思ってなかったんだ」
「ヨハン様は私が痩せたからやり直したいんですよね。それって私の見た目しか見てないって事ですよね」
「いや、そんな事は」
「私、最初は貴方が食べている姿が好きと言ってくださったから嬉しかったですし、もっと見てもらいたいと思ったからたくさん食べていました。 それを貴方は太っているからと婚約破棄して、次は痩せたからまたやり直したいって最低じゃないですか?」
「っ……」
「それに、貴方には彼女がいるじゃないですか」
「か、彼女とはそういう仲ではない」
「私、貴方に未練はありません」
「ヘレナっ」
「そちらの新しい方とどうぞお幸せに」
ヨハンの心変わりに、隣に居た令嬢は「こっちだってあんたが一人で可哀想だから、一緒に行ってあげただけよ!」と怒り、どこかに行ってしまった。
元婚約者がこんな人だったなんてがっかりしたが、むしろ知れて良かったのかもしれない。
「っ……なんだよ。ちょっと痩せて綺麗になったからってお高くなりやがってっ」
「痛っ!」
掴んでいた腕を強く引っ張られる。
「ちょ、止めて! 離して!」
「俺がもう一度婚約してやろうって言ってるんだぞ!」
「だから! 結構です!」
「なにっ」
痛くて涙が滲んできた時。
「彼女を離せ!」
引っ張られていた腕が離れ、誰かの胸の中に抱き締められる。
「レオ!」
「遅くなってごめんヘレナ」
「ふんっ、スチュアート家か。悪いがヘレナは俺と話しているんだ」
「嫌がっている様に見えましたが?」
「彼女は照れているんだよ」
「ははっ、まさか。そうだったとしても、こんなに騒いで人が注目しているなんて誘うの下手くそなんですね」
「なっ…」
私達の周りでは何事だ、と様子を見ている貴族達がたくさんいた。
「ヨハン様。貴方と私はもう関係ありません、そう言ったのは貴方でしょう」
「っ」
「それに痩せたのは貴方のためではありません。自分の為です」
真っ直ぐ彼の目を見ながら
「自惚れるのもいい加減にして下さいね」
笑顔で言い放ちその場を後にする。
※
庭に出て夜の風を感じながら身体を伸ばす。
「あぁー! すっきりした!」
「僕が遅くなったからあんな事に……ごめん」
「何言っているの、レオのせいじゃないわ。それにあんな人だとは思わなかった」
「ヘレナ」
「彼の最後の顔見た? 呆然としていて笑いそうになったわ」
ふふっ、と笑う姿は月の光が照らしているのも相まって女神の様な美しさだった。
「ヘレナ、僕君にずっと言おうと思っていた事があるんだ」
「え」
「僕、君の事が好きだ」
「れ、お」
「努力家でご飯を美味しそうに食べている姿が可愛いくて、太っていても痩せていても僕はどっちでもいい。ヘレナが好きなんだ」
顔を真っ赤にしながら言うレオにぷっと吹き出してしまう。
「ごめ、食べている姿が可愛いって……ヨハン様と同じ事を言っているわよ」
「あ、いや僕は!」
「うそうそ、分かっているわ。貴方は本当にそのままの意味なんでしょうね」
嬉しくなってレオに抱き着く。
「ヘレナ!?」
「嬉しいわレオ。私も貴方が好き」
「……僕も嬉しい。美味しいものたくさん一緒に食べよう」
「あら、そんな事したらまた太っちゃうじゃない」
「太っていても可愛いよ?」
「……タラシめ」
赤くなった顔を隠す様に更に引っ付き、レオもぎゅっと抱き締めた。
一夜にしてヘレナの美しさは瞬く間に広がり多くの婚約打診の手紙が届いたが、レオと婚約した事を知った令息達はがっくりと項垂れ、逃した魚は大きかったのだと知った。
読んで頂きありがとうございます。
ぽっちゃりの話を書いていて自分にグサッと刺さり、私も痩せなければと思いました……。