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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第一章 大いなる森のエルフ
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再起

 そのあとはどこをどうやって家に戻ったものか……よく覚えていないけど、多分戦いが終わって守り手に連れられて帰ったんだろう。

 ラジャスとの戦いで被害は殆ど出ていなかった。

 当代きっての戦士が三人もいたんだから当然だ。そのうち二人は勇敢に戦い、一人は銅像としてやっていけるくらい見事に固まっていたんだから。


 犠牲もなしにラジャスを倒して、守り手たちも他のエルフもお祭り騒ぎだった。

 篝火を目いっぱい焚いての宴さ。ただし守り手はこういうときでも酒を飲まないのが人間の宴と違う。

 戦士たちがお互いに称え合い浮かれて騒ぐ中で、私は惨めだった。

 誰とも会いたくなくて私は自分の部屋に隠れてたけど、突然部屋のドアがバンバン叩かれて、訪ねてきた来た人がいた。

 ヴェルエルだよ。

 訪ねてきたっていうか無理やり押し入ってきた。

 ハゲゴリラにはデリカシーってものがないらしく、勝手に入ってきたくせにあいつは言った。


「こんなところで何してる?」

「それは私のセリフ。ここは私の部屋。出てって」

「ふ……生意気なのは相変わらずだな。ハバエルもさぞ苦労してると見える」

 父さんの名前を出されて、私はカッとした。

「出ていけ!」

「俺に当たるんじゃねえよ。聞いたぞ、ハバエルと喧嘩したんだってな。お前に蹴られた腹をさすりながら、ラジャスよりも娘の方が手強いって言ってたぜ」

「……父さん怪我してるの?」

「知るか。自分で聞け」

「ハァー……どんな顔して会えっていうんだよ。父さんを傷つけた上に失望させたんだよ。私はとてもじゃないけどラジャスと戦えない。あれだけ鍛えてもらったのに身が竦んで動けないの。とてもじゃないけどお兄ちゃんの仇なんて討てない、無価値だわ」

 沈み込む私をヴェルエルは不思議そうに眺めていた。

「……ハバエルから闘いの水のことを聞いてないのか?」

「?」

「闘いの水だ」

 ヴェルエルは繰り返したけど、そのとき初めて聞くものだった。

 もちろん父さんからも何も聞いてない。

「なにそれ」

「ラジャスに出会うと体が固まるのは本能だ。何十万何白万年という年月をかけて、俺たちの体に刻み込まれたものだ。一人のエルフが背伸びしたくらいで、その年月の重みを跳ね返すことなどできない。どんな奴でも必ずそうなる。恥じることじゃない」

「でもみんなはラジャスと戦えてる……」

「だから新米の守り手は闘いの水を飲むんだよ。本能を麻痺させて、ラジャスを前にしても動けるようになる。そのうち飲まなくても平気になる」

「そんな話……いま初めて聞いた」

「それは、ハバエルもお前をラジャスと戦わせるかまだ迷っているということだ。ハバエルはお前をこの世で一番大切に思っている。父親だからな。それを会わせる顔がないだと? 奴はお前が垂れたクソの世話だって喜んでしてたんだぞ。喧嘩したくらい謝れば許すに決まっている」

「そうかな」

「そうだ。疑うな。だが俺は違うぞ!」

 ヴェルエルは声を荒げた。

「俺はお前の親じゃない! だから言うぞ、それほどの力を持っていてラジャスと戦わないのは犯罪的だ! 女みたいにウジウジしてないで立ち上がって戦え! お前にはその義務がある!」

「私、女」

「知ったことか! お前は悔しくないのか! 俺たちの体が固まるのは、何百万年もラジャスがエルフをネズミのように追い立てて殺し続けたせいだ! 先祖の無念を想えば俺は我慢ならん! お前は違うのか。兄貴を殺されているんじゃないのか!?」

 ヴェルエルは怒りを燃やしながら、吠える様に言い続けた。

「俺の夢はいつかラジャスどもに同じ思いをさせることだ。エルフの足跡を見ただけであいつらが震えて逃げ出すにようにしてやる! 俺の代では無理だろう、俺の孫の代でも、孫の孫の代でも無理だろう。だがいつか絶対そうしてやる!」


 すごい迫力で私は感心してしまった。思わず言ったよ。

「なんか……ヴェルエルって、結構ロマンチストだね。詩人みたいだよ」

「当たり前だ! エルフの戦士こそ最も雄弁な詩人なのだ! 歌と竪琴ではなく、血と筋肉(にく)と弓で吟じる詩人だ! そらっお前の弓だ! 落ちてたぞ! こいつを届けに来たんだ!」

 ヴェルエルは乱暴に弓を投げてよこした。

 三十キロを優に超える鉄塊をまるで薪みたいに放ったんだ。

 気が付かなかったけど、そういえばどこかに落としていた。

 多分、父さんに担がれた時だ。


「弓は守り手の命だ! もう落とすんじゃないぞ!」

 言うだけ言ってヴェルエルは立ち去ろうとした。

 なんて無茶苦茶で勝手なじい様だ。

 だけどヴェルエルの言葉には、誤りはあっても嘘はない。忖度も遠慮もない。自分が思ったことしか言わない男だ。

 その傲慢さを前にしていると、少しでも小賢しく立ち回ろうとする自分が馬鹿みたいに思えてきて、なんか元気が湧いてきた。

「……ヴェルエル、ありがとう」

「礼など要らん。それよりも後で俺とまた戦え! 今度は勝つ!」

 そう言って男はのしのしと大股で立ち去った。

 嵐が去ると急に部屋がしーんと静まり返った。けど、不死身の男は私に勇気を残していった。

 私は自分の顔にビンタして、父さんを探しに行った。


 父さんは火を囲んで他の守り手と話していた。私が近づいていくと、他の戦士は気を利かせて離れていった。

 そして、父さんが口を開く。

 大目玉を食らうと思ったけど、父さんが言ったのはたった一言だけ。

「……それで?」

泣くまいとは思ってたけど、無理だった。

 父さんを前にすると、自然に涙が出て、喉が震えてきた。

 結局グシャグシャ泣きながら手を合わせて拝んだわ。

「ごめんなさい……許してください」

 実際は泣いてたせいでそんなにはっきり発音できなかったけど父さんには伝わった。

「……分かった。それはもういい。仲直りしよう」

 そう言って父さんは右手を差し出した。仲直りの握手よ。

 私も右手を出して父さんの手を握った。


 でも掴んだ瞬間、クソ親父はそのまま腕をひねって私をぶん投げようとした。

 私はまだ泣いてたけど、体が勝手に動いて投げ返してたわ。

 びっくりだよ!

 もういいとか言いながら根に持ってやがった。超負けず嫌い。

 流石私のパパだ。本当言うと私も握手の時点でなんか変だなって思って身構えてた。

 ただ、地面に叩きつけられても父さんは笑ってたわ。

「ううっくそっ!」とか言いながら地面を叩いて痛がってたけど嬉しそうだった。

 負けたことよりも私の成長を喜んでた。


 ヴェルエルといい父さんといい、この調子だ。落ち込む気も失せる。私も笑っちゃったよ。

 二人して笑いあった後、父さんが聞いてきた。

「ラジャスはどうだった?」

「闘いの水のことはヴェルエルに聞いた。今度はああならない」

「そうか。だが母さんと約束したのは三年だけだ。やめるならいまだぞ」

「こんなところまで付き合わせといてやめろ!? 馬鹿言わないで。お兄ちゃんの仇を討つのは私だ」

「そうか……いいだろう。実は明日から集団訓練が始まる。お前も参加しろ」

「集団訓練?」

「そうだ。ヴェルエルさんのような大物が偶然やって来ると思うか? ヴェルエルさんだけじゃない、ここに集まっているのは各部族の守り手の中からさらに選抜された精鋭だ。お前も見ただろう、ラジャスをほとんど損害なく倒したところを」

「待ってよ、そんな人たちがここに固まってたら、ここ以外のところはまずいんじゃないの?」

「当然だ。正直言って負担は大きい。だから実現にこぎつけるまで三年もかかったんだ。責任重大だがやる価値はある……次にアンリノーフリィが現れたとき、俺たちがそれを殺す。そのための訓練だ」

「へえ……なんか、面白そうだな」

「ああ、楽しくなる。今日ラジャスが現れたのは偶然だが、いい景気づけになった。幸先がいい……みんなの前で後れを取るなよ、タラ。今日は早く寝ろ」

「うん」

 それで私は部屋に戻ろうとしたけど、言い忘れたことがあって途中で振り返って父さんを呼んだ。

 どうしても言っておきたかった。

「父さん!」

「なんだ?」

「期待してて」

「……勿論だ」

 父さんにそう言われたことは心に沁みた。

 私を見ていてくれている。私を認めて期待しているって嬉しくて口笛吹いてスキップしそうになったよ。

 結構、私ってファザコンかもな。

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