アクシア
戦闘の事後処理により、ペガーナ騎士団の滞在は長引いていた。
数週間後。
救助作業がひと段落すると、ロザリンド女王はペガーナ騎士団と国民に向けていった。
「あなた方の働きでで最悪の事態は避けられたわ。心からの感謝を申し上げる、ペガーナ騎士団」
玉座に座っていた女王は、すっと立ち上がり、なるべく身を屈めながらアーヴェイン団長に礼を述べる。
「いまここにある世界の為に。我々は約束を果たしたまでです」
「謙遜を……。セイレーンの民は、危難に置いて手を差し伸べてくれたペガーナ騎士団のことを、永久に忘れはしません」
「危難はまだ去ったとは言えません。これからが大変だ」
「ええ。一つの時代は終わり、新たな時代がやってきます。しかし我々は恐れていません。セイレーンの歴史は苦難の連続でした。その過去が我々を強くする。我々はいつも失った物以上の物を得てきた。今日得たものは『信頼』です、アーヴェイン団長。なによりも価値あるものです。」
「そう言ってもらえると、我々も報われます」
「こちらから一つ提案があるのですが」
「なんですか、ロザリンド女王陛下」
「シャイア」
「はっ」
女王に名を呼ばれるとシャイア千人長がスッと前に進み出た。
「この者を、ペガーナ騎士団に預けることはできるかしら。騎士団の槍持ちなどに使って欲しい」
「槍持ちなど……シャイア千人長は今回も大功を挙げた、優秀な人材だ。是非我が騎士団の一員として迎え入れたい」
「微力を尽くします」
「期待しているぞ、シャイア千人長」
「はっ……!」
ロザリンドはペガーナ騎士団の中でも、一際小さな人影に目を留めた。
「功と言えば、今回の戦功第一はあなたね、リビングドール・ローズ。おかげでニューハイペリウムを失わずに済んだわ。ありがとう」
「女王様に褒められると照れるのです」
「今日は誇りなさい。あなた自身と、あなたに関わった全ての人の為に!」
ローズはちょっと困ったようにタラリスの方を向いて、それからはにかんだ微笑を浮かべた。
「……はい。私がここまでできたのは、騎士団の仲間のおかげなのです!」
ローズは自分に過去がないことが、少し寂しかった。
自分の由緒については、まだ分からない。
だがそれでも、今日という日は、確かに誇らしい過去となるだろう。
さらにロザリンドはタラリスにも声をかけた。
「ローズはいい子ね、タラリス」
「私の相棒だからね。いい戦士でり、それ以上でもある」
「ええ。まさかあの子に、ニューハイペリウムを一人で制御できる機能があるとは思わなかったわ」
「凄いでしょ? ウチのローズは」
「……ええ。全く凄いわ。しかもローズの同類が、まだどこかにいるかも知れないと考えると、ワクワクするというかゾッとするというか」
「え? どういうこと?」
「抜けてるわね。リビングドールが座る椅子は二つあったでしょ。少なくとも二体以上は作られたはずよ。いやおそらくは何百何千と。きっとローズは、その中の一つ」
「もし私に兄弟姉妹がいるなら、会って友達になりたいのです!」
「未来に対していい目的ができたわね。仕事に張りが出てくるわよ」
「はい! 過ぎ去った日と、いまある世界と、より良い未来の為に!」
過去、現在、未来。
ローズは時を超えて在る自分に、不思議な高揚感を感じていた。
そしてきっと未来は、より輝いているだろうと。
ストラス伯爵領、ニューハイペリウムを襲った不死の同盟軍の宿営地。
激しい戦闘に傷ついた軍隊は、ゆっくりと再編作業を始めていた。
不死の同盟軍に刻まれた爪の痕が、セイレーンたちの抵抗の激しさを物語っている。
たった四時間の戦闘で、武装飛行戦艦二隻を含む多く戦力を失った。
客観的に見て、ニューハイペリウム軍の武勇は称えられるべきだろう。
無論、それに助力したペガーナ騎士団の騎士たちも。
「だが、それでも勝ったのは我々だ」
ストラスは奪った重力遮断物質の山を眺め、満足げに顎髭を撫でる。
咒慍天師は、仮面の奥でその様子に眉を顰めた。
彼もまた無慈悲な男だが、その彼でさえストラスは少し楽観しすぎではないか、という思いが拭えない。
味方の損害に無頓着すぎると、思わぬ厄介ごとが生じる危険がある。そのことをストラスは分かっているのか、と危惧した。
「今日は確かに勝った。多くの犠牲と引き換えにな。我々の戦力の半分は吹き飛んだだろう。アキレイアも行方不明だ」
「あの女はあれくらいでは死なん。そのうちひょっこり顔を見せる」
「……さらに厄介なことは、これでペガーナ騎士団とニューハイペリウムが強く結びついたということだ。轡を並べて戦った仲だ。互いに信頼しあっている。我々にとっては懸念すべきこと」
「信頼、だと?」
ストラスは吹き出すのを我慢しきれず、思わず哄笑した。
「ハッ……ハハハハ! 天師よお主らしくもないな! 本当にペガーナ騎士団がセイレーンどもを信じていると思うか、『あの』アーヴェインが!?」
「どういうことだ?」
「なぜあの場にアーヴェインがいたと思う? それに確認できるだけで、あの場には十名近い騎士がいた。これが何を意味するか……」
「……」
咒慍天師は肩をすくめて、分からないということを示した後、話を先に進めろというジェスチャーをした。
「奴は最悪の場合、ニューハイペリウムを破壊するつもりだったのだ。もしもセイレーンが敵対的だったりした際などはな」
「……まさか」
「それ以外ない。十名の騎士と、奴のAAの力があればそれくらいはできる。奴は誰も信じてなどいない。いまも、そしてこれからもな。信頼など幻想に過ぎん」
「乾坤似虚、か。だが、我らもいまはその虚の中にいる」
「これだけの重力遮断物質があれば状況は変わる。この霧の如く脆い世界で――わしらが確固たる力を手に入れるのだ」
ペガーナ騎士団と不死の同盟。
どちらがより価値あるものを手に入れたのか。まだそれを知るものはいない。
四章完。




