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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第一章 大いなる森のエルフ
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若者の傲慢

 勝てなかったにせよヴェルエルとの引き分けは父さんも喜んだ。周りの評価も変わって私も自信がついてきた。

 そんなとき、タイミングよく私の弓が完成して手元に届いた。

 それまでずっとお兄ちゃんの弓を使っていたけど、私自身の弓を作ろうという話は前々からあって、父さんがあちこちの鍛冶に話を持ち掛けていた。

 けど誰も見たことも作ったこともない強弓だったから弓作りは難航していた。

 何度も試作を繰り返して、一年以上かけてやっとそれが完成した。

 父さんにもヴェルエルにも引くことができない、史上最強の鉄弓。この世界に非ざる怪物を殺すための弓。それが私の弓。

 初めてその弓を引いたとき、私の二つ名は決まった。父さんは強き弓のハバエル。それより強い弓を使う私は『より強きタラリス』だ。


 私は調子に乗った。

 どんな凄い二つ名の持ち主も私には敵わない。だって私は相手よりも『より強い』んだからね。

 あの怖かった父さんとも今や同格以上だと思った。

 自分を世界最高のエルフだと自惚れた若者がどうなるか、説明しなくてもだいたい分かるだろう。

 私は三年も苦しんだんだ。

 その時間を取り戻すかのように、だんだん私は父さんの言う事を聞かなくなった。

 少し遅めの反抗期だ。

 まず最初にやめたのは地面をほじくり返してカブトムシを食うことだ。

 カブトムシの幼虫がどんな味が知ってるかな?

 カブトムシの味がするんだ。

 あんなものもう二度と食わん。


 次に訓練をサボるようになった。サボって何するかというとデートよ。

 毎日のようにとっかえひっかえ相手を変えて、男の子とも女の子ともデートした。


 ……いま客観的に思い返すと酷いな。

 三年前、画家に描かせた美しい姿の少女も、ストイックに特訓に明け暮れる戦士の卵もいなかった。

 あのときあそこにいたのは勘違いしたアホだな。

 だけど酷くなるのはここからだ。

 ……。

 シラフじゃきついからビール下さい。


 それで……もう誰にも制御不能になった私は最後に父さんと大喧嘩した。

 発端になった理由は私が訓練をサボって遊びに行ったからさ。


 片方は頑固者でエルフ随一の勇者。

 もう片方は生意気盛りの娘。

 二人とも腕に覚えのある戦士だ。口喧嘩なんてまどろっこしい真似はしない。

 取っ組み合い、殴り合いよ。

 二人でジリジリと円を描くように動き、父さんが初めに仕掛けた。

 私はそれをかわしつつ、父さんから教えてもらったパンチで父さんを殴り、倒れた父さんを蹴っ飛ばして、父さんから教えてもらった技で首を絞めて失神させた。

 そして家から飛び出したわ。

 最悪。

 時間を遡れたらあのときの自分を殺しに行きたい。

 でもタイムマシンができるのはあと千年はかかるだろうから、長生きしなくっちゃ……。


 飛び出した私はずーっと走り続けて、気が付いたら知らん山の中にいた。

 エルフだからってリノーフの森の全てを知ってるわけじゃない。

 むしろエルフの手が入ってない場所は危険だから近づかないように言われてたから、知らない場所なんてのはいくらでもある。

 だけど私の手には無敵の弓があった。それさえあれば何も怖くなんかなかった。


 半日くらいフラフラと彷徨って日が暮れかけると、辺りに「ボォォォォォォォォ、ボォォォォォォォォ」という音が響いた。法螺貝の笛みたいな音だ。

 ガサガサと周りの木が揺れて、私の近くで大きな何かが立ち上がった。

 現れたのは夕吠え(ユウボエ)という名前の怪物だった。体長十メートルくらいのカマキリだと思えばいい。

 家で飼うにはちょっと難しい大きさだ。

 そいつは春の終わりごろの夕方になると、羽をこすり合わせて「ボォォォォォォ」っていう大きな音を出して繁殖相手を呼ぶ習性がある。

 ユウボエの好物はエルフ。

 でも私は食われるつもりはない。

 矢を番えて放つと、一発で巨大な怪物の頭が消し飛んだ。

 どぉぉんと倒れるユウボエを見下ろして、「ふん」と私は鼻で笑った。

 危険生物と呼ばれる相手も私の前じゃやっぱりこの程度か……と思った。

 でも二、三回は吠えられたので、別のユウボエが寄って来るかも知れないと思って少し辺りを警戒して耳を澄ませた。

 

 すると遠くでカチカチカチという音がした。

 カチカチカチ、カチカチカチ、カチカチカチ……ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ。

 音がどんどん大きく近づいてきて、メキメキと木が倒れ始めた。

 まだ相手の姿は見えないけど、背筋が凍るような恐怖を覚えた。

 人間はそういう時、鳥肌が立つけど、エルフは代わりに肌の色が褐色に変わる。

 エルフがそうなるのは、そいつ(・・・)の目から逃れるためだ。

 エルフの耳が大きいのは、そいつの足音をいち早く察知するためだ。

 エルフは本能的に明るくて見通しの良い場所に行きたがらない。そういう場所でそいつに襲われたらどうしようもないからだ。


 ラジャス。

 守り手の宿敵。

 全エルフの天敵。

 その名前すら忌まわしい。

 ユウボエの声に引き寄せられてそいつが私の前に現れた。

 前も言ったけど、ラジャスってのはクジラよりデカいムカデのお化けみたいな奴だ。

 そいつが無数の脚をガチャガチャと動かして、木を薙ぎ倒しながら向かってきた。


 骨身が凍るような恐怖に私は一歩も動けなかった。

 一瞬で自信も虚栄心もプライドも吹き飛び、思い知らされた。エルフの身体はラジャスと戦うようにできていないってことをね。

 できるのはまだ遠くにいる間に逃げることだけ。ラジャスに近づかれたらエルフは金縛りにあったみたいに動けなくなる。

 オオカミに出会ったウサギが気絶するのを見たことがあるけど、自分がそういう生き物だと初めて知った。呼吸さえ満足にできなくなる。

 

 ガチガチに固まったまま、今まで見下していたエルフ(ひと)たちの凄さを知った。

 父さんやヴェルエル、その他全ての守り手たちの凄さを。

 こんな奴と戦うなんて無理だ。だって動けなくなるんだもの。

 

 死を覚悟したとき、ぶわーっといろんな事が頭を駆け巡った。走馬燈って奴。

 体は動かないけど頭だけがフル回転する。

 それで思ったことは自分は一人では何もできないってこと。

 全ての存在は繋がっている。孤高などありえない。

 無敵の弓を作ったのは鍛冶の人だ。

 ヴェルエルと引き分けられたのはショコラのおかげ。

 大会で勝ちまくったのは、父さんが鍛えてくれたからだ。

 っていうか鍛冶の人が弓作ってくれたのも父さんのコネだし、ショコラ育てたのも父さんだ。


 私と父さんは特に強い関係で繋がっている。

 父さんと母さんがいなければ、私は生まれることすらできなかった。

 それなのに、酷いことした。愛の意味をもっとよく考えるべきだった。

 それで私が思考が最後に辿り着いたのは懺悔だった。

 自分がこれまでにやったバカなことの全てへの謝罪。エルフの神である終わりなきもの(エンドレス)への謝罪。そして両親への謝罪。


 みんな、みんな。ごめんなさい、許して――。


 でも私は死ななかった。

 ラジャスが私の方に迫った時、横からオオカミに乗ったエルフが現れて、私を人形みたいに肩に担いでいった。

 ドンッと乱暴にかっさわれたけど、そのオオカミの赤茶けたブラウンの毛並みには見覚えがあった。ショコラだ。

 ショコラに乗るのは私以外じゃ一人しかいない。いま一番会いたくて一番会いたくない人だ。

 ラジャスへの恐怖とは別の震えがしたよ。


 ぶらーんと宙吊りみたいになったまま、私はただ見てることしかできなかった。

 父さんは私を担いだままハンドサインを出した。『今だ、射て』の合図。

 そして周りから一斉に矢が放たれて、ラジャスが薄気味悪い咆哮を上げた。

「ギャァァァァァァァァァァッ」という地獄の悪魔の泣き声みたいな叫び声。


 狼に跨ったエルフの戦士たちが木々の影から一斉に姿を現した。

 そのうちの一人が私たちに寄ってきてサインを出す。

『下がれ、あとは任せろ』の合図。

『分かった』と父さんが返す。

 任せろとサインを出したのは不死身のヴェルエルだった。

 あいつと戦ったのは随分前に感じられた。実際は三ヵ月も経ってない。

 私は逆さまになりながら、守り手を率いてラジャスに向かっていくヴェルエルを見ていた。

 ラジャスは長い体を起こして、四つの腕を大きく広げる。

 まるで天を衝くような要塞。それも時速百キロで動く移動要塞だ。

 でもヴェルエルたちはオオカミの手綱を握り鬨の声を上げて、怪物に向かっていく。

 まさに命知らずのタフガイってやつよ。

 

 父さんは戦場からだいぶ離れた場所で私を下ろした。

 でも一言も何も言わない。

 私も何言えなかった。

 さっき死にかけたとき、あんなに言いたかった言葉が出てこなかった。

 そしてお互いに何も言わないまま、父さんはラジャスとの戦いに向かっていった。

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