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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第四章 天空の戦乱
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墜ちゆく楽園

 ニューハイペリウムを制御する中央管理制御室には、既に絶望感が漂っていた。

「地上の皆さんは今のうちに避難してください」

 セイレーンの一人が懇願するように言う。

 だがアーサーは首を振る。

「ふざけるな。ペガーナ騎士団は世界の崩壊を防ぐためにいるんだ。俺たちはどこにも逃げない! アーサー卿!」

 やり場のない怒りに、アーヴェインは怒声を放った。

「何とかしろ! ニューハイペリウムを落とすな!」

「分っている。少し静かにしていてくれたまえ」

 アーサー卿は低く小さな声で言った。

 苛立ちを隠せない言い方で、アーサー卿にしては珍しい反応だった。


 セイレーンの技術者とペガーナ騎士団の技術者たちは、管理制御室を右往左往しながら必死にニューハイペリウムが落下するのを食い止めようとした。

 だが、元々エネルギー伝達システムに何らかの不具合が生じていたところに、相当量のケーバライトが持ち去られた。

 故障箇所すらよく分かっていないものを直せ。

 ただし完全に直したとしてもパーツは歯抜けだ、というわけだ。

 時間も知識も物資も、何もかもが圧倒的に足りない。

 高度は無情にも下がっていく。

「くそっ。なんでこんな巨大なものを浮かび上がらせる時、安全装置を付けなかったんだ! もし、落ちたらどうなるか考えなかったのか?」

「ペガーナ文明を作ったのは神サマみたいな連中だ。安全装置なんて付けるかよ」

 青い顔をした技術者たちは頭を抱えた。

 専門用語が飛び交う中、技術的なことにはとんと疎いタラリスは、そのちょっとした会話に違和感を覚えた。


 それは、おかしい。

「ちょっと待って」

「タラリス後にしてくれ」

「いいから聞いて。古代ペガーナ人は、落ちたらどうなるか考えなかったはずがない。あいつらは私たちより少しだけ賢かったかもしれないけど、普通の人間だ」

「……?」

「ニューハイペリウムから階段と手すりを取っ払ったのは、羽のあるセイレーンでしょ! 元々は窓にだって警告文があった! ペガーナ人は高い所から落ちたら死ぬ。ニューハイペリウムが落ちたら大惨事になる! 予防策があったはずよ!」

「その通りです!」

 と、ローズが同意した。

「こういった緊急時の為、メインシステムと独立した予備システムがあるはずです!」

「なるほど、論理的だ。よし、故障を直すのは後だ! その予備システムとやらを起動させる方法を見つけよう」

「では、まだ未解明な部分ですね。例えばこちらです。何か特殊な方法でシステムを動かしていたようですが……」

 セイレーンが指し示したのは、不思議な座席だった。

 椅子があり、その上にはなにかの機械類が天井から垂れ下がっている。

 それが部屋の左右に一つづつ、計二座席が存在していた。

 部屋の中心に近い所に置かれており、何か重要なものであることは間違いないが、セイレーンたちにはそれが何か分からなかった。

「……」

 アーサーは天井から垂れ下がっている機械をぐるりと見て回った。

「置かれた位置からして、この席は……恐らくニューハイペリウムの管理者が座る席だ。今はニューハイペリウムを区画ごとに手動で動かしているが、それは蒸気船に乗りながらガレー船のように櫂を使って動かしているようなもので、本来の操作方法ではない」

「しかし、この機械は動きません」

「確かに、スイッチの類が全くない。手が出せないな……だが、人間以外の者ならどうかな」

「えっ!?」

「ローズ、座って見てくれ」

「ちょっ……待って!」

 足を踏み出そうとするローズを、タラリスが後ろから引っ張って止めた。

 そのまま顔を上げてアーサーを睨みつける。

「アーサー、それはやめて」

 タラリスは滅多に抱くことのない恐怖を感じた。

 彼女は危険を楽しむ女だ。自分の生死には頓着しない。

 また戦場は彼女の領域だ。まるで自分の部屋にいるように感じる。

 だが、ローズを一万年も放置されていた機械に接続するのは反対だった。

 もし何かあれば……。

 そう考えれば恐怖で脳が揺さぶられる。

「タラリス、いまは時間がないんだ」

「じゃあ、さっさと予備システムとやらを立ち上げる方法を考えて。ここには天才が揃ってるでしょ」

「タラリス卿……」

 そっとアーヴェインがタラリスの肩に手を置いた。

「頼む、団長。それだけはやめて」

 タラリスは引き下がらない。懇願するようにアーヴェインの顔を覗き込んだ。

「ローズにやらせてみよう」

「でも……」

「タラリス、私なら大丈夫なのです!」

 悲痛なタラリスの声と対照的な、底抜けに明るい声が響いた。

「とにかく今は何でも試してみるべきなのです!」

「……」

 タラリスはかつてない無力感に苛まれた。

 山のような怪物には立ち向かえても、こういったテクノロジーには手も足も出ない。

 だが、戦士としての本能がこう言っていた。

 こういうときは、メソメソして引き留めるんじゃない。励まして、奮い立たせてやるべきだと。

「くそっ! ローズ、あなたは私の相棒だ。バシッと決めなさいよ。でも、なにか変だと感じたら、すぐに中止よ!」

「はい! いまある世界の為に!」

 ペガーナ騎士団のモットーにタラリスは付け加えた。

「……そして、あなたの過去が、あなたを守ってくれますように」


 ローズはその座席に座った。

 その間も、大半の技術者は落下を止めようと別の方法を探っていたが、タラリスはその様子をじっと見守っていた。

 ローズは肘掛けに両手を置き、背もたれに体重を乗せていく。

 何も起きない。

 一瞬そう思われたが、ローズの頭がヘッドレストに触れた瞬間、ローズの髪が激しく反応した。

 バチバチと何かが弾けた音をさせながら、ローズの髪が発光する。

 タラリスはぎょっとした。

「ローズ降りろ!」

「いえ、大丈夫なのです」

 やがて発光が治まると、座席の上にある機器が反応した。

 吊り下げられた機器がゆっくりと降りてきて、そこからニューッと一本のコードがローズの首筋へ伸びていく。

 その動きはまるで、木の上から獲物を狙う蛇のようで、タラリスはその蛇を叩き殺したい衝動を押さえなければならなかった。

 コードはローズのうなじにある差し込み口にカチリと嵌った。


 その瞬間、ローズはニューハイペリウムの実体よりも、さらに広大な電脳空間(サイバースペース)へと投げ出されていた。

 ローズの小さな頭にある人工ニューロンを通して、膨大な情報が流れ込み、ローズの電脳がチリチリと痛んだ。

 最初に飛び込んできた情報の殆どは、経年劣化と戦闘による傷を伝えるための警告で、要するにまずい状況だということを伝えていた。

 OK。それは知っているのです。

 情報の洪水を脇に押しやりながら、ローズはとにかく今すぐニューハイペリウムの高度を維持する方法を探した。

 それは例えるなら、狂ったように吠え続ける犬に囲まれながら、厚さ一メートルもある分厚い辞書を引いて、砂粒ほどの大きさで書かれた単語を探すような作業だった。

 ローズが孤軍奮戦してる間も、ニューハイペリウムの高度はどんどん下がっていく。

 普段のニューハイペリウムは、雲よりも上に存在しているが、いまは島の底部が雲に触れている。

 戦闘が終わったのも束の間、セイレーンたちは今度は自分たちの国が落下していることを知って、市中は再びパニックになっていた。

 それだけではない。島の縁では国土の崩壊が始まっていた。

 ボロボロとニューハイペリウムが崩れていく。

 このままでは、地上に落下するよりも前に、ニューハイペリウムはバラバラに砕けそうだった。


「ローズ? 大丈夫?」

「……………………」

 タラリスの呼びかけに、ローズは全く反応しなかった。

 電脳空間での作業に忙殺されているため、現実空間(リアルスペース)まで意識を振り分ける余裕がない。

 だが、電脳空間で数字と格闘した末、ついに必要な情報を見つけた。両空間でローズの口がシンクロして動く。

「サブシステム起動準備完了。五秒後に起動します」

「おお!」

 その声を聴いた技術者たちがハッと顔を向けたが、ローズは機械的に言葉を続けた。

「5、4、3、2、1、予備エンジン起動します」

 その場にいた者たちは一斉に息を呑む。

 ローズが宣言しても、初めのうちは何も起こらなった。

 失敗か?

 最悪の予想が頭をよぎる。

 だがニューハイペリウムの奥底で、長年死んだように眠っていた機械たちが徐々にその身を起こした。


「電力レベルが回復しています!」

 若いセイレーンの技師が言ったのとほぼ同時に、部屋がパッと明るくなった。非常灯から通常の照明に切り替わったのである。

 助かった……?

 その場にいた者たちが安堵の息を吐きかけた瞬間、別のセイレーンが言う。

「ダメです! 落下の速度は鈍化しても、高度の低下自体は止まりません!」

「な、なんだと」

「地上に激突する……」

 最悪の想定がいよいよ現実のものとなったとき、さっと静寂が下りた。

 誰もが言葉をなくし、立ち尽くした。

 だが、ただ一人、アーサー卿だけは違った。

 壮年を過ぎた科学者は、この絶望的な状況下で、戦場で戦う騎士たちにも劣らぬ不屈さを発揮した。

「現在の降下速度とニューハイペリウムの移動速度を教えてくれ!」

 コンピュータとは、元来計算手のことである。

 このとき、アーサー卿は一個のコンピュータとなった。

 空いている壁にチョークで長ったらしい数式を書き込み、それに数字を当てはめていく。

 カッとチョークを叩きつける様に、最後の計算式を殴り書きすると、アーサーは顔を上げた。

「ニューハイペリウムの針路を南南西へ! 海に出れば海水の浮力を使って安全に着水できる!」

「聞こえたかローズ! 島を南南西に走らせろ! 海に着水する!」


 エラー。エラー。エラー。

 エラーの洪水。

 高度の低下は減速したものの止まらない、重力場が安定を欠き、島が崩れる。

 その中でローズはアーヴェイン団長の声を聴いた。

 海に着水しろ、という指示が聞こえる。

 良い手なのです。

 しかし……きわどい。

 いまのニューハイペリウムが、それなりに深度のある沖合まで辿り着けるかは、五分五分だ。

 やるだけやったが、最後は、運だろう。

 ローズはニューハイペリウムの針路を南南西へと向けた。



 その頃、ロザリンド女王は瓦礫を押しのけて身を起こした。

 くそ。やられたわ。

 全身、打ち身と骨折と裂傷と火傷だらけだ。

 勿論それらの傷は、不死の霊薬(ネクタール)の力ですぐに治るが……。

「うぷ……」

 反射的にロザリンドは口を塞いだ。しかし、込み上げる吐き気には抗いきれず、胃の中身を吐き出した。

 外傷のせいではない。

 ロザリンドの中で、ネクタールが暴れているせいである。ロザリンドの体を乗っ取ろうとしているのだ。

 どんなものにも代償はある。

「……でも、後悔なんてしないわよ」

 ロザリンドは自分自身に言い聞かせた。

 そのとき、自分を呼ぶ声が聞こえた。見れば守備隊の一隊がこちらに飛び寄って来る。

 馳せ参じたのはシャイア千人長だった。

「女王様、ご無事で!?」

「大事ないわ。それより状況はどうなったの? 侵略者は?」

「はっ。敵軍は撃退しました。しかし、ニューハイペリウムの飛行システムが損傷を受けました。ペガーナ騎士団の科学者たちが対応しておりますが、非常にまずい状況にあります」

「非常にまずいとは、具体的にどういうことよ?」

 シャイアは覚悟を決めたように一瞬を息を飲んでから答えた。

「……墜落の危険があります」

「あああ、もう! やっぱり聞きかなきゃよかった!」

「ですが現在、被害を最小限にするため、ニューハイペリウムを海に着水させる作戦を実行中です。女王様の許可なく、ニューハイペリウムの針路を変えたことをお許しください」

「海に……」

 ロザリンドは顎に手を当てた。

「結構距離があるけど、それまで保つの?」

「計算上、順風ならばなんとか……ということでした」

「……分かったわ。ペガーナ騎士団には、そのまま頼むと伝えなさい」

 ロザリンドは再び黄金の翼を広げた。羽と羽がこすれ合い、バサバサという音が鳴る。

「それと、手を動かせるセイレーン全員を、ニューハイペリウムの後方に集めなさい」

「女王様、いったい何を……」

「決まってるじゃない。みんなでニューハイペリウムを押すのよ。それとも私一人にさせる気?」


 ニューハイペリウムは巨大である。

 八千メートル級の山塊ほどの大きさがあると言えば、大まかな想像がつくだろう。

 それを人の手で押すということが、どれほど無謀かも。

 だが、女王の言葉が伝わると、一もなく二もなくセイレーンたちは集まってきた。

「さあ、いくわよ!」

 セイレーンたちは冷たい壁面に手を突いて、力の限りニューハイペリウムを押した。

 無数の羽ばたきの音が、ざわめきのように木霊する。

 何も変わったようには思えない。

 だが、例えそうであっても、セイレーンたちは不撓不屈の闘志を発揮した。

 ロザリンドもまた力の限り羽ばたき、全身全霊でニューハイペリウムを押す。

 自分が女王となったのは、この国を守るため。

 ここで働けなきゃ、この身を異形に変えた意味がない。

「だから……だから、アンタたちも手伝いなさいよ! セイカァァァァァアアア!」

 ロザリンドが亡き友の名前を呼ぶと、その声に応えるかのように、強く激しい、だが暖かい風がセイレーンたちの背中を押した。

 セイレーンに押され、神霊に押され、空に浮かぶ国が動いた。

「いける! いけえええええ!」


 かつてない速度で疾走を始めたニューハイペリウムは、徐々に高度を落としながら海を目指した。

 海岸を超えさらに、さらに深度の深い海域を目指し、ついに辿り着いた時には、ニューハイペリウムの底が海面に触れていた。

「ローズもういい、速度を落としてゆっくりと着水だ」

「はい、なのです」

 ローズはニューハイペリウムを可能な限りゆっくりと着水させた。

 つまり大波を起こし、海鳴りを轟かせ、周辺に住む海中生物たちを、世界の終末を感じさせるほど驚かせたという意味だが、それでもニューハイペリウムは形を留めたまま、その動きを止めた。

 最悪の事態は回避された。

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