広がりゆく戦火
「おお、また揺れた」
捕らわれたペガーナの騎士たちは、グラグラと揺れる部屋の中で眉を顰めた。
揺れは徐々に大きくなっている気がする。
明らかに何か異常な事態が進行していた。
「この部屋ぱっと見は普通だけど、造りはかなり頑丈みたい。軟禁するための部屋だな」
タラリスは部屋の中を歩き回り、壁をコンコンと叩いた。
「お前でも壊せないくらい頑丈か?」
ソファに腰かけたアーヴェイン団長が顔だけ向けて尋ねた。
「それはないね」
かなり頑丈と言ったのは、普通の人にとってという意味だ。
もし自分がその気なら、壊すのは簡単だろうという自信があった。
アーサー卿も同調する。
「団長、タラリスを閉じ込められるのは、ペガーナ城にあるタラリス用の檻だけさ。それだっていつまで閉じ込めておけるやら分からんよ」
「ああ、次は壊して出てやるから」
「次、ということは、入れられたことがあるのですか……」
「馬鹿なこと言ってる場合じゃないぞ。そろそろ外の様子が知りたい」
「じゃあ行ってきましょうか、団長?」
ボキボキとタラリスが指を鳴らした、そのときだった。
突然ドアが勢いよく開き、捕吏に連行されたはずのシャイアが現れた。
「みなさん申し訳ございません! すぐに避難をしてください、ここは戦場になります!」
開口一番シャイアがそういうと、ペガーナの騎士たちの雰囲気が変わったのをタラリスは感じた。
エルフ的な表現を使えば肌が黒くなった、というところだろう。
「どういうことだ?」
とアーヴェインが聞くと、シャイアは手短に状況を説明した。
シャイアが話し終えると、アーヴェインが吐き捨てるように言う。
「侵略者……それは不死の同盟だ。それほどの兵器を所有している相手は他に考えられん。だが……」
奴らの狙いは何だ?
アーヴェインは考えを巡らせる。
上空に浮かぶニューハイペリウムは、それだけで敵を寄せ付けない最高の要害だ。
不死の同盟が飛行戦艦まで所有していることは予想外だったが、それをもってしても送り込める兵力はたかが知れている。
人口百万を超えるニューハイペリウムを制圧できるかどうか、相当に際どい。いや、恐らく不可能だ。
だとすれば……。
「この攻撃は陽動だ。奴らの目的は他にある」
「陽動!? 戦艦まで持ち出してか?」
「自分もそれなりの血を流さなければ、敵を欺くなど無理だ。無論、あわよくば制圧しようという腹もあるだろうが、真の目的は別にある」
「それは?」
「分からん」
アーヴェインはかぶりを振ったあと、アーサー卿に向き直った。
「アーサー。君がここで見た中で、一番価値あるものは?
「いまのところはケーバライトの山と、それを動かすシステムだな! あれだけの数があれば、地球どころか太陽の引力だって遮断できるかもしれない!」
「なら狙いはそれだ。タラリス卿とローズは私と来い。ゴーシュ卿は半数の騎士を率いてニューハイペリウム軍に加勢しろ。残りの騎士は非戦闘員の護衛だ。さて、シャイア殿、我々の武器は安全に保管されているでしょうな? 返していただきたい」
「はい。しかし、気持ちはありがたいですが、まずは皆さん騎士団の安全が第一です。我々が抑えている間に脱出してください!」
「シャイア殿」
アーヴェインはやや語気を強めた。
「我々ペガーナ騎士団はAAを悪用する輩と戦うために、つまり今のような状況に対処するために存在する。気遣いは無用だ」
「そうそう気にするなって」
バン、とタラリスはシャイアの尻を叩いた。
「私たちは正義の味方だからさ! 行くぞお前ら! いまある世界のために!」
「いまある世界の為に!」
ゴーシュが騎士を率いて外へ出ると、まず目に飛び込んできたのは巨大な戦艦が炎上しながら墜落していくところだった。
戦艦はそのままニューハイペリウムの地表に激突し、さらなる爆発が起きる。
一拍子遅れてやってきた爆音と衝撃が騎士たちの胸を叩いた。
さらに上空を見上げれば、セイレーンの守備隊と、小型羽ばたき飛行機械に乗った不死の同盟軍の兵が激しい戦いを繰り広げている。
そのうちの一機が騎士たちの方へ機関銃を斉射しながら猛然と襲い掛かってきた。
「サヒーラ!」
ゴーシュが騎士の一人の名を呼ぶと、その騎士は半透明の盾のものを出現させ、機銃の斉射を防いだ。
そして斉射が途切れた瞬間、サヒーラの相棒であるアーシムという騎士が、周囲の建物の壁を駆けあがるようにして登り、再び攻撃しようとしてる羽ばたき飛行機械に飛び乗った。
「!?」
羽ばたき飛行機械の操縦士を機体から放り出すと、制御不能となった機体から飛び降りてアーシムは再びチームに合流していた。
「戦艦を落とすぞ。乗り込む足を見つけろ」
「了解」
一方その頃、その戦艦が浮かぶところでは、二隻の戦艦を相手に、ロザリンド女王が大立ち回りを演じていた。
まず一隻。
と、撃墜し落下していく戦艦を一瞥すると、ロザリンドは次の戦艦に狙いを定めた。
あと二隻。このまま押し切ってやるわ。
揚々と羽ばたくロザリンドの前に、蛇のように体をくねらせる東洋風の竜が現れ、行く手を阻んだ
咒慍天師が変化した、雷豪君なる竜である。
「む……」
ロザリンドにその姿は奇怪に映る。あまり馴染みのない遠い異郷の世界の竜だ。
大きさは自分と同じくらいだろうか。
しかし、例え未知の相手でも、恐れはない。
古今、蛇の天敵は鳥である。
向こうが私を恐れるべきだと思った。
「無礼なミミズね。そこを退け!」
「私がミミズがどうか試してみたまえ」
次の瞬間、雷豪君は大口を開き、稲妻を吐き出した。
閃光と共に走った紫電がロザリンドの体を焼く。
「がっ……」
熱と斬撃を混ぜたような未知の痛みが、ロザリンドの体を駆け抜けた。
激しい電撃に一瞬、ロザリンドの意識に空白が生じる。
だがそれも僅かな間だけだ。
焼けた自身の肉とオゾンの臭いが漂う中、すぐさまロザリンドは反撃に転じようと雷豪君へ翼を向けた。
「視野が狭まっているぞ。失望させるな」
新手の声がした。
声の主は、獰猛なヴィーカの不死者、バハラーンである。
ロザリンドの意識に空白が生じた隙に、バハラーンは一気に距離を詰めていた。
目の前に突如出現した竜人を叩き潰そうと、ロザリンドは反射的に手を伸ばす。
だが、バハラーンはロザリンドの腕を潜り抜け、あっさり間合いを詰めると、コツンと自らの掌をロザリンドの顎に当てた。
ヴゥゥゥゥン。
奇妙な音が鳴ると、再びロザリンドは衝撃に襲われた。
先ほどの雷撃とはまた違う衝撃だ。
打突のようでいて、そうでないような、これまで食らったことのない類の攻め。
大柄のヴィーカ、と言ってもロザリンドからすれば掌に乗るサイズでしかない。
そんな小さな相手が自分を後退させ、痛みを与える打撃を放ったことがロザリンドには驚きだった。
「おのれ、チョロチョロと……」
といいつつ、ロザリンドは一旦大きく退いて態勢を整えた。
そこへ戦艦のレーザーがロザリンドを追い立てる様に放たれる。
「くっ」
ロザリンドは唇を咬んだ。距離を詰めれば雷豪君とバハラーンが待ち構えている。かといって距離を置けば戦艦のレーザー砲の餌食だ。
未知の敵。未知の攻撃。
まずいかも知れない。
ロザリンドの心が、ほんの少しだけ弱気に傾いた。
こちらは相手のことは何も知らない。だが相手は、ある程度私のことを調べているだろう。
不死の霊薬によって支えられた巨体は、驚異的な再生能力を持つ。
しかしそれでも、無から有を生み出しているわけではない。
再生のたび体力が削られ、連続して傷つけば、再生能力にも限界が来る。
戦艦の周りには赤い旗翼が見えた。
忌々しい。裏切り者の近衛隊どもだ。
私は奴らに釣りだされたか?
と、ロザリンドに焦りが生じる。
そのとき、生暖かい風が吹きつけて、ロザリンドの翼を揚げた。
兵士を励ますため、王国民たちが灯した炬火が起こした風である。
神霊は大いなる風となる、とセイレーンは信じているが、このときロザリンドはまさに友の存在を感じた。
頑張れよと肩を叩かれ、励まされた気がした。
「女王さま、ご無事で!」
その声は友のものではなかったが、幻などではなかった。
風と共に、自分を慕う兵たちが現れた。
皆満身創痍だが、その目は死んでいない。
その中にはシャイアの姿もあった。一度は疑われ拘束されそうになった身だが、まだ私に尽くしてくれるらしい。
裏切る者もいれば、こうして付いて来てくれる者もいる。
「ええ。みんな、あと一息よ!」
そう声に出すと突然弱気な心も消え、自信が湧いてきた。
釣りだされただと……いや、いや待て。そんなはずはないわ。
相手の立場になって考えれば分かる。
戦艦を墜とされて、慌てて飛び出してきたのは向こうだ。
押しているのは私。敵を引っ張り出したのは私。
焦ることはない。
「風が吹いているわ。順風よ!」
一呼吸おいたロザリンドは泰然とした雰囲気を取り戻し、ゆるりと羽ばたいた。
「おう、覚悟を決めたか、セイレーンの王! いざ尋常に勝負!」
バハラーンはロザリンドを迎え撃つ構えを見せ、気炎を上げた。
しかし、そのとき、一機の羽ばたき飛行機械がその場に割り込んで、戦闘を妨げた。
「させんぞ!」
羽ばたき飛行機械から野太い声が響く。
機体から顔を出したのは不死の同盟軍の兵士ではなく、ゴーシュ、サヒーラ、アーシムの三人だった。
騎士たちは奪った羽ばたき飛行機械をバハラーン目掛け突っ込ませた。
「雑魚どもが邪魔をするな!」
バハラーンは吠えるように叫び、タラリスを思わせるような怪力で、突っ込んできた機体を受け止める。
そのとき再びヴゥゥゥゥンという異音が鳴った。
音が発せられた直後、羽ばたき飛行機械がバラバラに崩壊した。
三人は素早く、半壊した羽ばたき飛行機械から飛び降りる。
高度は五十メートルほど。通常なら死を免れない高さだが、サヒーラは半透明の盾を中空に浮かべ、それを足場として大地へと駆け下りた。
驚異的な身軽さを持つアーシムはもっと素早く、大胆に着地した。
つまり特別なことはなにもせず、舞い落ちる木の葉のように、重力に身を任せたのである。
それでも苦も無く着地したアーシムは、まだ上空に居る敵を目で追った。
そしてゴーシュは、機体から飛び降りると同時に、二振りの魔剣、炎剣と氷剣を振るい、バハラーンへと斬りかかっていた。
しかし、火の刃も氷の刃もあと数寸というところでバハラーンへは届かない。
何か見えないものがバハラーンの身を守っていた。
剣を通して、奇妙な感覚がゴーシュの腕に伝わる。
「ぬうあああっ!」
それでもゴーシュは力を込めてバハラーンを押し込んだ。
揉み合いになりながら両戦士は大地に着地する。
ゴーシュの左右を先に着地したサヒーラとアーシムが素早く固めた。
「何だありゃ。アレもヴィーカなのか?」
と、アーシムが疑問を口にした。
翼に角。バハラーンの姿は、同じくヴィーカ種族であるゴーシュにはない特徴がある。
ゴーシュが短く答えた。
「五齢、亜竜態のヴィーカだ……! 俺も初めて見る」
五齢? 亜竜態?
知らない単語を言われてアーシムは戸惑ったが、手ごわい相手であることだけは伝わった。
少し補足するなら、まずヴィーカの生態を説明しなくてはならない。
爬虫類的に似た外見を持つヴィーカは、年齢を年でなく脱皮回数で数える。
通常は四齢、つまり四回目の脱皮を終えた時点でヴィーカは完全な成体となり、それ以上の脱皮は起きない。
が、極まれに五回目の脱皮が起きたヴィーカが現れる。
バハラーンがまさにそれだった。
通常のヴィーカにはない、翼や角が現れているのはそのためである。
「ほうセイレーンの女王には及ばんが、ペガーナの騎士が三人か。いいだろう、獲物としては悪くない」
バハラーンは三人を圧するように翼を広げた。
『ステージ』及びその上空での戦いが激しさを増すころ、アーヴェイン、タラリス、ローズ、マロ、アーサーそしてアーヴェインの秘書官アリアは、再びニューハイペリウムの深奥へと向っていた。
時折周囲が振動すると、アーサーは不安げに言った。
「妙だな」
「何が?」
「この揺れだ。ニューハイペリウムは上方の『ステージ』から底部まで差し渡し何キロメートルもの深さがある。いくら外での戦闘が激しくてもここまで揺れが届くだろうか?」
「言われてみれば変な感じかも」
タラリスはアーサーの言葉を素直に受け取った。
すぐに長い耳を地面につけて周囲を探る。
「……」
ゾワッ。
と冷たい感覚がタラリスの全身に広がった。それと同時に白い肌が褐色へと変化していく。
何か巨大なものがすぐ近くまで来ている。
「みんな走れ!」
そう叫んだとき、周囲の通路に亀裂が走り、破砕音と共に壁が崩壊した。
「ジャァァァァッァァァッッ!」
蛇の歯擦音を百倍も不快にしたような音を轟かせ、木でできた大蛇が現れた。
「こいつがなんでこんなところに!?」
唯一その怪物の知識をもっていたタラリスが、驚きの声を上げる。
タラリスは素早く矢を鉄弓に番えて、鋭い歯を備えたハイドラ・プラントを射った。
ハイドラ・プラントの上顎から上が吹っ飛び、相手は後退する。
しかしそれも一時的なものだ。タラリスが払ったのは枝の一つに過ぎない。同じものは数十、数百と存在する。
結局本体を伐らねば意味がない。
「団長は先に行ってて! ここは私とローズが何とかする」
「分かった。タラリス卿……」
「なに!? 早く行って!」
「頼りにしているぞ」
思いがけないアーヴェインの言葉に、一瞬タラリスの顔に微笑が浮かんだ。
「ふっ。すぐ追い付くわ」
アーヴェインはこくりと頷くと、アリアと共にニューハイペリウムの深部へと向かって行った。
「ローズ!」
「はいなのです!」
「枝を相手にしても意味がない。こいつの本体を攻撃する。まずは――」
タラリスがそこまで言いかけたとき、不意に暗がりから人影が現れた。
銀の甲冑に身を包み、槍を持ったその姿は、逃げまどって迷い込んだ一般人ではないことをはっきり表している。
誰だ?
と、タラリスは内心首をかしげたが、甲冑の戦士が発した一言で正体が分った。
「ステァ……会いたかったぞ」
「アキレイアか!」
まずいことになった。
不死の同盟の正メンバーは、ハイドラ・プラントと同時に戦える相手ではない。
タラリスが憂いたとき、すぐ横のローズがどんと胸を叩いた。
「タラリス、あの木の相手は任せるのです」
「ローズ……」
「私もペガーナの騎士なのです!」
タラリスはほんの少し逡巡した。
ハイドラ・プラント――エルフの言葉でラジャ・マスファーダは、エルフ世界でも最上級に危険な植物だ。しかも、あれほど大きなものは見たことも聞いたこともない。
ローズ一人に任せるのはまずいのではないか。
そんな思いを抱えながらも、結局タラリスは頷いた。
サファイアのように輝くローズの眼差しは、タラリスに信じさせるだけの説得力を持っていた。
ローズは無謀な真似はしない。勝算があるからこそ、任せて欲しいと言ったのだろう。
「……よし! じゃあ頼んだ!」
と言いながら、マロが運んでいた荷物の一部をバッグごとローズに投げた。
ローズは少々後退しながらバッグを受け取る。
「これは?」
「除草剤みたいなものよ。上手く使いなさい」
「了解!」
互いに目配せし合うと、ローズはバッグを抱えハイドラ・プラントの枝が出現した方向へ向かって行った。
それを見ていたアキレイアは冷笑を浮かべる。
「冷たいなステァ。あの機械人形は捨て駒か」
「あの子は捨て駒じゃないよ。けど、私に当てられたお前はどうかな?」
「減らず口を!」
ニューハイペリウムの最下層、重力遮断物質の光柱が立ち並ぶ空間にアーヴェイン、アリア、アーサーの三人は足を踏み入れた。
「さっき見た時と変わらないな。異常は無いようだ!」
「しっ」
アーヴェインは咎めるように短く息を吐いた。
どうした。
そうアーサーが口にしようとしたとき、電光の如き素早さでアーヴェインは動いていた。
目にも止まらぬ速さで抜き放たれた剣が、何もない空間を走る。
剣風に裂かれ、かちゃりと音を立てて床に落ちたのは、機械でできた虫であった。
機械の虫は、両断された瞬間、何もない所から出現したように見える。
「光学迷彩!」
驚いたアーサーの口が塞がぬ前に、一人の男が虚空から出現した。
「よくぞ見破った。流石というべきかな、不死殺しアーヴェイン」
その男を見てアーヴェインの片眉が上がる。
「おう。今日貴様を殺せるとは、これは僥倖だ。騎士狩りストラス」
刹那、アーヴェインの剣が光を放った。
その光は一瞬のうちに波紋のように広がり、ストラスが隠蔽していた戦力を露わにした。
それはストラスの背後に控える夥しい数の機械の甲虫である。
光学迷彩を破られた機械虫は一斉に飛び立ち、威嚇するかのように不快な羽音をかき鳴らした。
「アリア、アーサー守れ。少し離れていろ」
そう言い終えると、アーヴェインは組織の長という衣を脱ぎ捨て、久々に一介の騎士へと戻った。




