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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第四章 天空の戦乱
35/40

いと高き女王

「……中々の演説ね」

 オルバの絶叫をよそにロザリンドは静かに言った。

「セイレーン族の解放者……翼を騫げ遠く飛ばん……。お前がそんなことを考えていたとは、思いもしなかったわ。私の恵渥が臣の心に沁みなかったのは、私の不覚よ」

 口調こそ平易な口調なものだったが、ロザリンドの目は、拘束され玉座から蹴落とされようとしている者の目とはほど遠い。

 それは野望に燃えるオルバを凍り付かせるような、秋霜の目だった。

「まあそれはそれとして、お前のしたことは許しがたいわ。分かっているでしょうね、オルバ」

「俺を睨んでも無駄だぞ、ロザリンド! そのままハイドラ・プラントに食われるがいい!」

 食獣性の凶悪な木は、成長の第一段階を終え、次の段階へと入ろうとしていた。

 貪欲に周囲の動物を食らい、さらなる成長を行う段階である。

 枝の先端は開閉する顎の機構を備え、内部には牙のような棘が並ぶ。

 多頭竜の威容を持った樹木は、まず取り押さえていたロザリンドに牙を向けた。


 しかし、女王は揺らがない。

「あのねえ、お前。私のことを、偉そうに座ってるだけのおばさんだと思ってないか?」

 まるでロザリンドが巨大な火の玉になったなったかのように、その場にいた者は熱と光を感じた。

 そして輝き始めた巨大な女王は、鋼の強度を持った拘束を力づくで引きちぎる。

「私は、ロザリンド・タイタニス・ハイペリオン! 世界一強く、世界一美しいセイレーンよ!」

「うおっ……」

 女王はさらに輝きを増していく。


「おおおっ……」

「自分の勝手で国を危険に晒すような奴が王になれるか、この大馬鹿者ぉぉぉぉぉっ!」

 オルバの驚愕と同時に、女王の怒号が飛ぶ。

 その声は怒りに満ちてなお、はるか遠くまでよく通る声だった。

 混乱の最中にある群衆、その一人一人にまで届くような王者の声質――その声にオルバの足が竦んだ。翼が震えた。

 それだけではない。

 女王が広げた大いなる翼は、それ自体が光を放ち黄金の如く輝いていた。


 これが女王の戦う姿か。

 オルバはその光景に言葉を失った。

 常々感じていた女王の不遜さは、この場においては気高さとなった。

 思うまま振舞う傍若無人ぶりは、この場において何にも動じぬ剛直へと変わった。

 オルバは震えた。

 ――こいつは、やっちまったか。

 これまでニューハイペリウムは、セイレーン族を閉じ込める鳥カゴだと思っていた。

 しかし一方で、ニューハイペリウムは女王にとっても枷だったんじゃねえか?

 そして俺はその枷を半ば解き放ってしまったんじゃないか。


 女王の気迫に圧倒されつつも、オルバは逃げずに踏みとどまった。

 野心がオルバの中で渦巻き、かえって闘志を燃え上がらせた。

 輝く女王の神々しさは、言葉にさえ出来ない。

 ロザリンドは恐らく……AAによって肉体を強化している。そうでなければ、あの巨体と輝く翼は説明が付かない。

 つまり、人知を超えたところにいる存在だ。

 しかしそれゆえ、この女王の屍を超えたとき、俺は王を超えた王となる!

 ほんの数瞬の僅かな逡巡の後。

 オルバもまた声を上げて部下に命令を出す。

「近衛兵ーーっ! 女王を殺せ!」

「遅いわっ!」

 大口径の銃、というよりもギリギリ携帯可能な小さな砲を持った近衛兵が、狙いをロザリンドに定める。

 しかし、それが発射されるより早く、ロザリンドの足は謁見の間の床を踏み砕き、さらに輝く翼をはためかせると、室内に旋風が荒れ狂った。

「お、おおおお……!」

 謀叛を起こした近衛兵も、女王配下の将校たちも、共にその旋風に巻き込まれ、一気に状況は混戦の様相を呈した。

 巨大な女王は、枝を伸ばして再度向かってくるハイドラ・プラントと壮絶な戦いを演じた。

 双方が動くたび暴風と共に空気は裂け、肉体と幹がぶつかるたび、衝撃が起こった。

 多数の竜の顎が女王の体に噛みつき、鮮血が流れると、負けじと女王はそれらを引き裂いて、ハイドラ・プラントの枝を薙ぎ払う。

 巨大怪獣の決闘を思わせる二体の戦いは、荘厳な謁見の間を破壊していった。


 その足元では、巻き起こる旋風に翻弄されながらも、セイレーンの将校と反乱した近衛隊の戦いも行われていた。

 赤い翼の近衛隊と、青や黄色の翼の守備隊将校がお互いに銃と剣を抜き、怒号を上げて相手方に飛び掛かる。

 もっとも不意を突いた奇襲の有利がなくなったいま、近衛隊側の不利は否めなかった。

 巨鳥と巨樹の激突が引き起こす轟音で、謁見の間での異変に気が付いた兵たちが次々と女王側に参戦していったからである

「クソッ退け、退け!」

 状況が不利と見るや、オルバ以下の近衛兵たちは一目散に飛び去っていく。

 敗走ではあるが逃亡ではない。

 まだ、終わりではない。

 歯噛みしながらオルバはそう思っていた。

 内通していた外部勢力と合流して、態勢を整える腹積りである。

「逃がすかーーっ! 朱の翼を汚した馬鹿者どもォォォォ!」

 ハイドラ・プラントと大立ち回りを演じながらも、女王は元凶であるオルバが退いたのを見逃さなかった。

 鋭利な足の爪でハイドラ・プラントの幹を切り裂くと、猛禽の如き瞳をオルバの背中に向ける。

「この場は放棄! 生き残った将校は別の場所に本営を再構築しなさい! 戦いはこれからよ! それと、シャイアとペガーナ騎士団を解放しておきなさい!」

「女王はどちらへ?」

「私の国を侵した者どもを叩きだす! いつでも空を見上げれば、そこに私は居るわ!」

 それだけ言うと、女王は新たな戦場へ向って翼を広げた。



 突如として国土を覆った暗闇。

 そして闇に乗じて現れた侵略者たち。

 都市は砲撃を受け、安全だったはずの楽園が蹂躙されていく。

 二百年間で初めての事態に、セイレーン族の不安と恐怖はどれほどの物だっただろうか。

 だが絶望が突如として現れたのと同じく、それに対抗する希望もまた、前触れなしに現れた。

 輝く翼をもって闇を引き裂き、巨大な女王がニューハイペリウムを照らしたのだ。

「おお……」

 押されていたセイレーンの兵士たちは、太陽のように輝く女王を見て固唾を呑んだ。

「私の子どもたちよ! 恐れることはないわ! ここにロザリンドがいる! さあいまこそ奮い立ち、私たちの戦いぶりを祖霊に見せるわよ!  させれば神霊の加護を得ん! 守備隊は私に続け! 敵の主力を落とす!」

 ロザリンドは群衆に向ってそう叫び、ただ一人敵の軍勢へと向かって再び翼を羽ばたかせた。

「じょ……!?」

 ぎょっとしたのは守備隊の兵士達である。

 闇、敵の侵攻、そして戦いの最前線に立つ女王。

 何が起こったのか現実を受け入れるまで、僅かに間があった。

  

 だが女王が現れるのとほぼ同時に、守備隊に伝令が届いた。

「神霊を呼べ! 火を熾せ!」

 その命令は瞬く間に全軍に広がった。篝火が引き出され、次々に火が灯されていく

 守備隊だけでなく、市民の中でも勇敢なものは地上に降りて松明を掲げた。

 初めは小さな火である。だがその火は空に輝く女王に呼応するかのように、赤々と燃える炎の海の様相を呈した。

 火は風を生む。

 そしてその風を浴びて、セイレーンの戦士は強く羽ばたくのである。


不屈なり(アダマス)

 戦士たちを励ますよう、灯を掲げるセイレーンの口から自然とその言葉が出た。

不屈なり(アダマス)! 不屈なり(アダマス)! 不屈なり(アダマス)!」

不屈なり(アダマス)! 不屈なり(アダマス)! 不屈なり(アダマス)!」

 囁きの如く、小さな呟きだったその言葉は、瞬く間に鬨のうねりとなって、ニューハイペリウムの空に轟いた。

「順風だ。女王様に後れを取るなぁぁぁっ! 行くぞ我ら征たれざる(アダマス)なり!」


 気勢を取り戻したニューハイペリウム軍は、不死の同盟軍と真正面からぶつかり合った。

 羽ばたき飛行機械(オーニソプター)から放たれる銃弾がセイレーンを掠め、赤熱するセイレーンの槍が鉄の装甲を抉る。

 中でも目覚しい戦いぶりを見せるのは、やはりロザリンド女王だった。

 近衛隊の鮮やかな朱色に囲まれていなくとも、光輝を放つ女王は否がおうにも目立つ。

 当然敵軍の機銃は女王に集中した。

 普通の動物ならば一瞬でひき肉。

 しかし、照準器越しに女王の姿を見た者たちは、顔を引きつらせた。

 ――と、止まらん。

 銃撃が効かない。


螺旋(ヘリックス)……アタァァーック!!」

 ロザリンドは空中で空中で身をよじると、次の瞬間、螺旋を描きながら急発進した。

 軍勢を抉る竜巻となったロザリンド女王は、多くの不死の同盟軍を巻き込みながら直進していく。

 ロザリンドは瞬く間に、三十機近くの羽ばたき飛行機械(オーニソプター)を撃墜した

 闇を払い、鉄の軍勢を引き裂いて、戦場に光の道が出現すると、その道に殺気立った無数の翼が殺到した。

 先頭を行くロザリンドは雑兵には目もくれず、敵戦艦の一隻に取り付いていた。

 戦艦に搭載された機関砲が回転し、無数の弾丸をロザリンドへと叩き込む。

 艦載攻撃機の物より二回りも口径が大きく、鉄を裂き肉を粉微塵に変える弾の雨である。

 しかし、ロザリンドはそれらをほぼ無視した。

「痛っ。痛いわァーーっ!」

 口ではそう言いながらロザリンドは止まらない

 鋭い爪を装甲に突き立てて、思うまま戦艦を蹂躙した。

「私の国から出ていけ!」

 飛行能力に支障が出始めた戦艦が大きく傾いた。



 ロザリンド女王の戦いぶりを、旗艦ザーネースの艦橋から眺めていた咒慍天師は深く嘆息した。

「なんという女だ。生身で武装飛行戦艦(エイメース)と戦っているぞ」

「天師、殺してない敵を褒めるなよ」

 アキレイアがアマゾン風の言い回しで言った。

「それで、女王のあの巨体、あの力、ありゃあ不死の霊薬(ネクタール)か?」

「恐らくはそうだ。それも、我々のうち誰よりも多く不死の霊薬(ネクタール)を口にしているだろう。それでもまだ自我を保てているのは驚嘆に値する」

「しかし、少々目障りだ」

 ストラスは顎髭を撫でると、艦の主砲をロザリンドに向けるように部下に指示した。

 ぎょっとした部下が思わず聞き返す。

「しかし、それではエイメースにも当たってしまいます!」

 ふん、とストラスは鼻を鳴らした。

「いいから早く撃て。どの道エイメースはもう墜ちる。それよりあの女王に取り付かれたら、このザーネースとて無事ではすまんぞ」

 ストラスの部下は僅かに逡巡したあと、砲手に命令を下した。

「砲門を女王へ向けろ。最高火力で焼き払え!」


 旗艦(ザーネース)のエンジンがまるで生きているように、一際大きな唸りを上げた。

 その主砲は、ローズの頭部に搭載されているものと同じ原理をもった、レーザービームである。

 電力を作り出す動力源が恐ろしい巨大な音を出しながら稼働しているのに対し、主砲を構成するメカニズムは極めて静かに、そして精密に動いた。

 火薬で撃ち出す砲と違い、レーザーには発射の際も派手な爆発音などはない。

 旗艦(ザーネース)の主砲から放たれのは、無音で対象を焼き切る光の刃である。


 レーザーは戦艦(エイメース)の船体を切り裂いた。

 光の刃に触れた戦艦(エイメース)の装甲は飴細工のように融解し、切れ込みの入れられた戦艦(エイメース)の船体は完全にバランスを失って、折れ曲がりながら急速に高度を下げていく。

 そして戦艦を切り裂きながら迫るレーザーは、女王腹部及び胸部に命中した。

 もし近くに居たら女王の肉が焼け焦げるジュウジュウという音が聞こえただろう。

「ぎゃあっ」

 ロザリンド女王は短く悲鳴を上げたが、鋼の装甲を焼き切る高温を二十秒以上照射されても、女王の体は繋がったままだった。

「そこかあ……」

 なおも数多くの攻撃機に取り巻かれた敵の旗艦に向って、ロザリンド女王は睨みつけた。

 傷つくたび、その心の内の炎はますますと燃えがる。

 自らを異形の巨体に変えたのも、全てこのような日が来たときのための処置。

 友と共にこの地を見つけたとき、もう二度とセイレーン族を亡国の民にはしないと、彼女は誓った。

 神聖な誓いの瞬間を知る者は、もはや女王以外いない。

 しかし、その誓いを想うたび、女王は傍らに友の存在を感じた。

 友の魂は神霊となり、神霊は風となり、いまも自らと共にある。

 今こそ、その誓いを果たす時だった。

 イスカ。ベスター。コラリア。セイカ。

 みんな、行くわよ。いつものように。

「はああああああっ!」

 ロザリンドの輝きがさらに増す。

 そして不死の同盟者たちからは、残っていた余裕が消えた。


「あのセイレーンの女王の首が欲しくなった! ストラス、俺は出撃()るぞ。文句はないな!?」

「この戦いの趨勢を握っているのは女王だ。私も行こう。彼女を叩けばセイレーン軍は止まる」

 女王の討伐に名乗りを上げたのは、竜形のトカゲ人間(ヴィーカ)であるバハラーンと太極図仮面の道士、咒慍天師である。

 不死の同盟者のリーダー格であるストラスは頷いた。

「任せたぞ。仕留めずとも、時間を稼げればそれでよい。お主はどうするアキレイア?」

「そっちはパスだな。私は……ペガーナ騎士団に借りがある」

「ならばわしを手伝え。わしはこの国の奥まで行かねばならぬ。途中必ずやペガーナ騎士団が立ち塞がるだろう」

「ちっ。よりによってお前と一緒か」

「嫌なら構わんが。わしが例のエルフを殺しても逆恨みなどするなよ」

「一緒に行かねえとは言ってないだろうが。それにステァはそう簡単に殺せねえよ。アイツは私が殺す」

「……よかろう。では、ついて来るがいい」

「ストラス公とアキレイアか。これは珍しい組み合わせだ。乾坤似虚……この世はなにもかも虚ろ。(しん)の吐く幻そのものよな」

 咒慍天師はぶつくさと陰気な皮肉を言うと、歩罡踏斗を踏み、呪文を唱え始めた。

「召請神霊、雷豪君、急急如律令……」

 黒霧が渦巻き、咒慍天師の体が変異していく……。

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