外なる侵略、そして内なる反逆
「た、大変です!」
ニューハイペリウムが揺れた原因を調べに行った官吏が、けたたましい声とともに謁見の間へと戻ってきた。
「どうしたの? そう焦らず報告しなさい」
ロザリンドは眉を顰めた。
次から次へとトラブルが舞い込んでくる。嫌な感じだ。
「はっ! 先ほど外縁部守備隊から連絡があり、何者かにニューハイペリウムを覆う光学迷彩及び遮蔽風システムが破壊されたとのことです!」
「なんですって!?」
ニューハイペリウムを覆う大規模光学迷彩と人工乱気流は、外部からの招かれざる者の侵入を防ぐ、いわば防壁である。
その二つが破壊されたということは、ニューハイペリウムが丸裸にされたということに等しい。
ロザリンドはカッと目を怒らせ、叫ぶように言った。
「急いでニューハイペリウムを移動させるように、機関室に通達を出しなさい! 針路を南に向け五百キロメートル移動! 早く!」
「し、しかし! ペガーナ騎士団も我が方の科学者も、ニューハイペリウムの崩壊は浮遊制御システムに十分なエネルギーが行き渡っていないことが原因だと推測しております! いまニューハイペリウムを移動させ、浮遊システムに負担を掛ければ崩壊が早まるのでは!?」
「構わない! いま動かさなければ狙い撃ちされるわ! それと全市民を第十五層以下に避難させなさい! 緊急事態よ!」
ロザリンドは玉座から立ち上がり、さらに声を張り上げた。
「しばらく私が見張りに立つわ! 近衛隊、付いてきなさい!」
「陛下、それは守備隊に任せご自重下さい!」
「オルバ! 誰に物を言ってるの!」
ロザリンドは気色ばんで言った。
このような事態になったとき、自ら先頭に立ちたがるのが、彼女の生来の気質だった。
もっとも普通に考えれば、それが許される立場ではない。
オルバも声を張り上げた。目に怒りを灯した女王に一歩も退かぬ構えである。
「陛下! このような事態であれば陛下はご自身の安全を第一にお考え下さい! 女王が歩哨に立ってどうするんですか! それに攻撃があると決まってはいません!」
「……」
ロザリンド女王は言葉を呑みこみ、考えを巡らせたようだった。
その間、オルバは女王の癇癪が静まるのを願った。
女王の知恵が老いに侵されておらず、まだ良識が残っているのを願った。
ニューハイペリウムにとって、彼女はただの君主ではなく、滅びかけたセイレーン族を救った英雄、伝説的な建国者、神にも等しい絶対者である。
彼女の短気を抑えることができるのは、彼女自身の良識だけだ。
それがまだ働いてくれるのを願った。
「……」
どすん、とロザリンドは何も言わず玉座に座った。
とりあえず諫言を聞き入れたということだろう。
オルバはホッと胸を撫で下ろした。
「……オルバ近衛隊長」
ロザリンドは不満を隠そうともせず、狼のように唸りながら言った。
「攻撃は来るわよ。準備しなさい」
その言葉は正しかった。
既に敵はニューハイペリウムに忍び寄っていたのだ。
初めに周囲の異変に気が付いたのは、『ステージ』の都市から避難中の市民と、警戒に当たる守備隊だった。
雲一つない秋晴れの日である。
なにも視界を遮るものなどない。
しかし、突如として空気に寒々とした冷気が混じり、それに伴って周囲は暗闇に閉ざされた。
雲で少々影ができたとか、日食などというレベルではない。
闇。
一寸先も見えない、触れられるほどの闇である。
その闇がニューハイペリウムを包み込んでいた。
市民の一人は茫然として呟いた。
「よ、夜が来た……」
わけがわからず視線を上げると、暗黒に染まった空の中から、巨大な武装飛行船が三隻、その姿を現した。
直後、飛行戦艦は自分たちの来訪目的を雄弁に告げた。
飛行戦艦はニューハイペリウムに向けて、据え付けられたレーザー砲台から熱光線を照射し、塔の一つを焼き払ったのである。
塔はガラガラという轟音を立てて崩れた。
戦艦は砲撃だけにとどまらず、侵略の尖兵を吐き出した。
無数の羽ばたき飛行機械と、さらにずっと小型で蜂のようなフォルムをした自動飛行機械が飛び立ち、ニューハイペリウムに猛然と襲い掛かった。
ニューハイペリウムに迫る飛行戦艦の内部。
不死の同盟のメンバーたちは、そこからニューハイペリウムを見下ろしていた。
「……いい軍だ。中々やるじゃないか、ストラス」
キラキラした破片と飛び散らせなら砕けていく塔を見て、うっとりしながらアキレイアは言った。
ストラスが何も言わず頷く。
普段は馬の合わない二人だが、戦場で喧嘩をするほど愚かではない。
アキレイアという女は短気で口喧しいが、口出しする分の金は出す。この軍備を整える際も、かなりの額を融通した。
今日のところは、少しくらいの放言には目を瞑るべきだろう。
それにしても、としばしストラスは思いに耽った。
全長二百メートルを超すエイメス級武装飛行戦艦を三隻、小型攻撃機およそ千機、それらを動かす人員。
さらにAAを解析して作った、闇を灯す機械――冷暗灯。
我ながらよくも準備したものよ。
と、ストラスは僅かな感慨にふけった。
「さて、セイレーンたちはどう出るかね。このままどこぞに逃げてくれればありがたいのだが」
と、咒慍天師が言った。
ストラスは首を振る。
「それはないぞ天師。この五つの世界に奴らが逃げるところなどない。これより死に物狂いの抵抗が始まるであろう。我らも相当の被害を覚悟せねばならぬ」
「例の内通者がもう一波乱起こしても?」
「わしは過剰な期待はせん」
「やれやれ。折角整えた軍備に被害が出るのは惜しいな」
「ふ、これより手に入るものに比べたらなんのことはない。ニューハイペリウム……まさに神々の住処だ。天の尊父オオドの居城に相応しい」
「信心深いなストラス。神を手に入れるのが目的だったのか?」
アキレイアは皮肉を込めて笑ったが、ストラスは一際峻厳な表情をして答えた。
「欲しいのは神ではない。神の中の機械だ」
捕吏に捕らえられ、連行されていたシャイアは、陥穽の衝撃から立ち直りつつあった。
歩きながらシャイアは考えをまとめ、思案する。
女王様は私に慈悲を見せた。
つまり、いますぐに反逆者の汚名を着せられて処刑されることはないだろう。
女王様のくれたこの猶予の間に、自分を陥れた犯人を見つけなくてはならない。
いや、とシャイアは思い直した。
本当に外界と通じた陰謀があるのだとすれば、ニューハイペリウムの一大事。自分の進退などという小さい問題ではない。
――だがしかし、一体誰が?
シャイアは何度もそう問いかけた。
外界の勢力と通じるためには、無線による通信ではダメだ。
今回自分が嵌められたように、電送手帳やその他の電波通信では 管制局にたちどころに感知される。
だいたい闇雲に電波を垂れ流したところで、まともな応答がある保証はない。
少なくとも一度は、地上に下りて直接接触する必要があるだろう。
だが。ニューハイペリウムと地上との往来は、厳しく管理されている。
それはどういうことかというと、ニューハイペリウムを覆う人工嵐のせいである。
翼ある空の民セイレーンといえど、その嵐の前には翼や手足の骨を砕かれ墜落死してしまう。
地上に降りる者は、人工嵐を一時的に停止する腕輪を女王から貸与され、それなくして外部との出入りはできない。
かつて生身で人工嵐を突破したのは、ロザリンド女王と伝説的なその仲間だけだ。
つまり女王が許可しなければ、何人も決してニューハイペリウムの外に出ることはできない。
直近で地上に降りたたのは、ペガーナ騎士団との交渉を任された自分とその部下だけだ。
その前となると、諜報部隊の何人かが外界の調査をしている。
裏切り者がいるとすれば、その中の誰かということになる―――待てよ。
ぞっと背筋が凍った。
シャイアは自分の考えに慄然し、思わず足が止まる。
「おい、何をしている! 歩け!」
捕吏は吠える様に言ったが、シャイアの耳には届かない。
あの時、地上に降りていたのは自分とその従者だけではなかった。
ああ、そして。
地上と交信したという通信機を、私の懐から出したのは誰だったか。
「……女王様が危ない」
裏切り者は女王の傍に居る。手を伸ばせば触れられるほど近く。寝首を掻けるほど近く。
「AA兵器による暗闇によって市民の避難が遅れています! さらに衝突事故も多発して怪我人が多数出ています!」
「クソ、投光器で避難経路を照らせ!」
「バカな、狙い撃ちにされるぞ!」
「敵艦隊は『ステージ』東南方面から砲撃を行っている模様!」
「敵艦に随伴する攻撃機が多く近寄れません! 今すぐ増援を!」
謁見の間は俄かに作戦司令部の様相を呈した。
将軍、幕僚たちは現場から聞こえてくる悲鳴のような報告に対処するため、少しでも的確な指示を飛ばそうと脳漿を絞っていた。
「オルバ近衛隊長」
急速に不利になっていく戦況を聞きながらロザリンド女王は重々しく口を開いた。
「はっ」
「ここで近衛兵を遊ばせていてもしょうがないわ。二名だけ残し、あなたは近衛隊を率いて敵の戦艦を叩きなさい。それと、ペガーナ騎士団を今すぐ解放してここへ呼んでちょうだい」
きたな。ついにこの時が。
オルバは口を結んで、巨大な女王を見上げた。
無言だがその胸は緊張で高鳴っている。
ロザリンドは文字通りの巨人。そして外見よりなお大きな伝説の持ち主。
だが、それも今日までだ、とオルバは思った。
近衛隊長は、女王の命令を無視した。
苛立ったロザリンドは一段低い声で言う。
「聞こえなかったの! 近衛隊は敵艦を攻撃しなさい!」
「その命令には承服できかねます。女王陛下」
怒りでロザリンドの頬が紅潮した。
ロザリンドはあまり気が長い方ではない。
「近衛隊長、これはさっきの気持ちが先走った命令と違うわよ。早くしなさい!」
「はっ。やはり愚かな人だ。もうあなたの命令は聞けないと言っているんだ、ロザリンド!」
「なにを……!?」
オルバの豹変に、一瞬ロザリンドとその場にいた将校たちは呆気にとられた。
その瞬間、赤い翼の近衛兵たちは、一斉に女王とそ将校に武器を向ける。
「オルバ! これは何の真似よ!」
「見て分からないか? 王を捕らえ国家の首脳部を掌握した。クーデター以外の何物でもないだろうが」
「ハア? この程度で私を抑え込んだつもりかしら」
「勿論、これでは足りない。仕上げだ!」
オルバはそう言って、金属製のカプセルを女王の足元へと叩きつけた。
閃光を伴い、カプセルは勢いよく弾けた。
爆弾か。
ロザリンドはそう思ったが、その予想は外れた。
カプセルの中に入っていたのは、一個の種子であった。
無論ただの種子ではない。不死の同盟が造り上げ、オルバに授けた、特殊な植物の種子である。
保存カプセルから解き放たれた種子は、周囲の光と空気に触れた途端、爆発的に成長を開始した。
一瞬で数千数万もの年月が経過したかのように、幹を肥大化させ、コンクリートを割りながら根を下ろし、枝を触手のように伸ばす。
その植物はロザリンドが楽に立てる高い天井に一瞬で到達し、さらに天井を割って貪欲に成長を続ける。
さらにそれは植物ながらも、同時に動物的な性質を持っているらしく、成長の過程で素早く枝をロザリンドの体に巻きつけると、がっちりと固定してしまった。
「な……なによ、これは!」
「とても動けないだろう。こいつはエルフ世界原産の食獣植物を品種改良したものだ。人呼んでハイドラ・プラントだ!」
オルバは嘲る調子で言った。
ただし、言葉に侮蔑が混じっているのは、女王を捕らえた安心感のせいではなく、緊張からだ。
はっきり言ってしまえば虚勢である。
オルバはロザリンドが放つ圧力を全身で感じていた。
恐ろしい。
それがオルバの偽らざる本心だった。
武装した兵で取り囲み、鋼の如き木で拘束しても、なお女王は恐ろしい、とオルバは思った。
その女王を弑し、二百年の歴史を変革しようとしている自分を考えると、体が震えそうになった。
それでも、断固としてやんなきゃなんねえ。オルバはそう思った。
対するロザリンドも、オルバの虚勢を見抜いていた。
こいつはまだ自分を恐れている。だからこそ分からない。なぜそうまでして私を、ニューハイペリウムを裏切ったのか。
女王は怒鳴りそうになる自分を抑え、可能な限り平静を保ち声を発した。
「オルバ近衛隊長。なぜ裏切ったの?」
「いまこの場でそんなこと聞くかね、普通。理由なんてどうでもいいだろ」
「いいわけない! お前は自分のしていることがわかっているの! どうでもいい理由だなんて言わせないわ!」
「ふっ」
オルバは自嘲を含んだ乾いた笑いを発した。
「燕雀安くんぞ、鴻鵠の志を知らんや」
「……なんですって」
この私を燕雀だと。誰に向って物を言っている。
と、ますますロザリンドの顔に赤が差した。
「逆に聞こう。アンタは王座に登ってこれまでなにをした? 自ら不死と権力を独占し、この小さな箱庭に俺たちを閉じ込めていただけだろうが!」
初めは緊張で固く、上滑りしていたオルバの声が、次第に熱を帯び始めた。
「風光絶佳の都、ニューハイペリウム! アンタはそう自画自賛してるが、実態は違う! ここはアンタの作った箱庭だ! セイレーン族を閉じ込める小さな鳥カゴだ! そして俺は、それを糺す解放者だ!」
オルバは叫んだ。
「このままじゃ、俺たちは一生アンタの爪磨きだ! だがそんなことはもうさせん! 貴様にも誰にも、セイレーン族を奴隷になどさせん!」
オルバはこれまで誰にも明かすことなかった秘めた心を、むき出しにしていた。
いつの頃からか幼心に芽生えた小さな違和感。
なぜここから出てはならないのか。
なぜ地上から隠れ住むのか。
ここで不老の女王に仕え、死んでいくだけの一生でいいのか。
その考えはオルバの心に根を張り、野心となって膨れ上がり、いまや反逆という名の花を咲かせた。
「いまこそ! 猛志、四海に逸せ、翼を騫げ遠く飛ばん! 俺の翼の下で世界は再びセイレーンを知るだろう。その未来に、お前は邪魔だロザリンド! そのままハイドラ・プラントの餌になれ!」




