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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第四章 天空の戦乱
33/40

陰謀の匂い

「な、なんてこった!」

 エレベーターから降りたアーサー卿は大きな感嘆の声を上げた。

 ニューハイペリウムのほぼ最下層となる、第二百八十層。

 そこで見たのは、端が見えないほど広大で薄暗い空間と、そこにぽつぽつと聳える赤い光の柱だった。

 この場所こそ、ニューハイペリウムを天に浮かべる浮力を生み出す、巨大なシステムそのものであった。

 光の正体を見極めようとしたアーサー卿は、真っ先に一番手近にある赤い光の柱に駆け寄った。

 他の人間も急ぎ足でアーサーを追い、光源へと向かう。

 光の柱の正体は、極めて長いガラス質のパイプだった。そしてその中で、ふわふわと浮遊しているのは赤く輝く結晶体である。

「……!」

 アーサー卿は、それを見て絶句した。

「これはまさか……」

 科学者たちが顔を見合わせる中、ローズが言った。

重力遮断物質(ケーバライト)ですね!」

「た、確かに、どんなに低く見積もっても、ニューハイペリウムの質量は三兆トンは下らない! それを空に浮かべるとなると、ケーバライトを使うのが最も手っ取り早いが……それにしても、なんて量だ! ここにある全ての光柱がケーバライトの輝きだというのか! 我々でもほんのひと欠片しか所有していない希少物質が、ここにはどれだけあるんだ!?」

 興奮気味のアーサーに釣られて他の人間も早口でまくし立てる。

「もっとスマートな仕組みかと思いましたが、ありったけのケーバライトを使い浮かべるとは。これは力技ですねえ」

「後期ペガーナ文明ですら、ニューハイペリウムという持続可能な小世界(スポーム)の製作は一大事業だったに違いありません!」


 浮かれる技術部員を落ち着かせるよう、コホンと咳払いしてアーヴェインが言った。

「つまりここにあるのは、全く未知の技術というわけではないんだな? 少なくとも、我々が触れたことのある技術が使われている、とそういうことでいいな?」

「ううむ。そういうことだ団長」

「では直せそうか、アーサー卿?」

「それは分からない。しかし不調の原因を調べることくらいは出来るだろう」

「パッと見た感じだと、ケーバライトの色がおかしいのです」

 そう言ったのはローズだった。

「本来、ケーバライトは青や緑色の光を出すものなのです。赤色に輝くということはエネルギー供給が不足していると思われるのです」

「どういうことだローズ!?」

「ここのシステムが、私の知識にあるものと同じ理論で動いているなら、ケーバライトはそのように反応するのです」

「素晴らしい! さっそく確認作業に移ろう!」

「そうであれば、ここの管理や制御を行っている部屋に案内して欲しいのです。そこで調べたらもっと詳しいこと分かると思うのです」

「それはこの上の階です。しかし制御室での操作については我々もあまり詳しく説明できません」

 と、ニューハオペリウム側の技師が言った。

「うむ。もう少しここを調べてからそちらも見てよう」

「もしかしたら、ローズなら動かせるかもしれないのです!」

 役に立てるかもしれないと、ローズは張り切った。


 一行は再びエレベーターに戻り、壁に設置されたパネルを操作するとエレベーターは音もなく上昇していく。

 その様子を見てアーサーがぽつりと言った。

「この昇降機もワイヤーと滑車で吊るしているのではなく、ケーバライトの力を使って上下させているな」

「そうでしょうねえ。なんせ上から下まで八キロもの長さですから。ワイヤーで上下させてるとしたら、検査も一苦労ですし」

 けたたましい警報が鳴ったのはその時だった。

 ビービーという不快な音に、ペガーナ騎士団側の人間だけではなく、セイレーンたちも眉間に皺をよせ、眉をしかめる。

「な、なんだ?」

「お待ちください」

 一行の不安を宥める様に、シャイアが穏やかにそう言い、エレベーターの操作パネルのスイッチを押していく。

 操作パネルには集音装置とスピーカーが付いており、外部と連絡が取れるようになっていた。

 シャイアは集音装置に向かって話かけた。

「こちらシャイアだ。どうした、なにあったのか?」

「シャイア千人長、下に降りた全員を連れて、至急ステージまでお戻りください」

 と、スピーカーからは強張った声が帰ってきた。

「なにがあったか聞いているのだが?」

 シャイアがもう一度訊ねたが、向こう口のセイレーンは質問に答えず、先ほどの言葉を繰り返しただけだった。

 だが二度目はさらにこう付け加えていた。

「来れないというのなら、こちらから迎えに行かねばなりません。また、その昇降機はこちらの制御下にあります」

 その言葉に不穏なものを感じたシャイアは、それ以上の押し問答を避け、向こうに従うようにした。

「……分った。全員を連れてすぐ戻る」

「賢明です」

 通信はそれで終わった。


 悪い予感がする。

 そう思いつつも、務めて冷静にシャイアは一同に向かって言った。

「申し訳ありません、何かトラブルが起きたようで、一旦ステージまで戻ります」

「うん? それならしょうがないな」

「なにがあったんでしょう?」

 アーヴェインは少し顔をしかめながら言った。

「さあな。上でタラリス卿が何かやらかしたんじゃないことを祈れ」

「むう~。団長、それは酷いのです! タラリスはみんなが言うほどいい加減ではないのです!」

 ローズがぷりぷり怒り出したとき、一行を乗せた昇降機が再び動きだし、ステージに向って上昇を始めた。


 昇降機の移動中、一行はそれぞれ好きに雑談をしていた。

 最上階「ステージ」と最下層の重力制御室はおよそ八キロの距離があるが、昇降機の移動時間は五分とかからない。

 単純計算で昇降機は百キロ前後の速度で移動していることになるが、乗っている人間には、その速度感や加速している違和感などは一切感じさせない、快適な乗り心地だった。

 

 やがてステージに到着した昇降機は、ピンポーンという軽快な音と共に停止した。

 扉が開くと、シャイアは少し語気を強め、威圧しながら呼び出した理由を問いただした。

「で、一体何なんだ? 折角お越しいただいているペガーナ騎士団の方々をわざわざ呼び戻すとは、相応の理由があるんだろうな?」

 だが次の瞬間、シャイアは思わず瞠目していた。

 昇降機の扉が開き、目に飛び込んできたのは、整然と並び武器を構えたセイレーンの近衛兵の姿だった。

 近衛兵の中心に立つのは、シャイアの友人、オルバである。

「オルバ!? これはなんのつもりだ! 」

 シャイアは声を上げ動揺していたが、その後ろでペガーナの騎士たちは瞬時に攻撃準備を完了していた。

 無言で技術者たちを後ろに下げ、自分たちが前面に立つ。

 彼らがまだ飛び掛かっていないのは、アーヴェイン団長が攻撃の指示を出していないからである。


 オルバはシャイアの言葉をほぼ無視し、抑揚の欠いた声で言った。

「シャイア千人長、お前にニューハイペリウムに対する背信容疑がかかっている。大人しく同行して欲しい」

「背信だと!? 何の話をしている!」

「申し開きは陛下の前でしろ。ここで言ってもしょうがないだろうが」

「冗談にしてはやりすぎだぞオルバ!」

「冗談じゃない。体を調べさせてもらうぞ」

「勝手にしろ! 何も出やせん!」

「……失礼」

 そのとき一人の近衛兵が、何かの機械を持って現れた。

 その機械は一種の測定機器らしく、機器本体から伸びた受信機をシャイアに近づける。

 するとその測定器がビービーと反応する。

 オルバはその近衛兵を下がらせると、悲しそうな顔でシャイアの服に付いている懐のポケットに手を入れた。

「これはなんだ?」

「……は?」

 オルバの手にあったのは、シャイアには全く見覚えのない小さな機械だった。


「これから電波が出ている。通信機械のようだな。これで外部の勢力と連絡を取っていたんじゃないか? 例え通話ができなくても、これでニューハイペリウムの位置が分かる」

「わ、私はそんなもの知らんぞ!?」

「だからそれは陛下に言え」

「オルバ! 頼む信じてくれ! 私は何もしていない! これは陰謀だ! 誰かが私を陥れようとしている!」

「……大人しくしろシャイア! 見苦しいぞ!」

 オルバは強い言葉でそう言ったあと、他には聞こえない小さな声で付け加えた。

「分ってる。お前が背信なんてありえねえよ。だが、ここは大人しく捕まってくれ。ここで暴れてもお前の立場が悪くなるだけだ。俺がお前を嵌めた相手を見つけてやる。それまで我慢しろ」

「……くっ」


 悔しさを滲ませながらも、シャイアは抵抗を諦めた。確かにここで暴れてもどうにもできない。

 シャイアが連行されていくと、ペガーナ騎士団も一時用意された部屋で待機するよう言われた。

「ペガーナ騎士団の皆様も、一旦別室で待機してください」

 言葉こそ穏やかだったものの、近衛隊の態度はペガーナ騎士団も背信行為に関わっているのではないか、という猜疑の目が向けられていた。

 実際、新たに案内された部屋に入室する際、ペガーナ騎士団は武装の解除を指示されたのである。


「武器をお渡しください」

 そう言われたとき、ゴーシュや秘書官のアリアなどは目を剥いてセイレーンを睨みつけたが、アーヴェインがそれを制止した。

「やめろ。渡してやれ」

「しかし、団長……」

「私たちは争いに来たわけじゃない。言う通りにしろ」

 しぶしぶ騎士たちはアーヴェインに従い、武器を預けていく。

 だが、最後にアーヴェインは自分の武器――それは一見鞘に納まった何の変哲もない剣に見える――を預けるときにこう言った。

「我々の武器は非常に特殊なものだ。扱いには十分に気を付けてくれ」

「そうしたら命の保証がないと?」

「いや。明日もニューハイペリウムが浮かんでいる保証がない。これは脅しや冗談ではないよ。非常に危険なんだ。飾っておく分には問題ないがね」

 武器を預かるセイレーンの肩をポンと叩き、アーヴェインは部下を率いて案内された大部屋へと入っていく。

「一行様ごあんな~い」

 部屋の中には、先に通されていたタラリスがソファの上で寛いでいた。

「なんかトラブルが起きてるみたいだけど、大丈夫だよね?」

 タラリスが言うと、アーヴェインは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

「状況が分からん。あのシャイアとかいうセイレーンが背信行為をしたというだけなら、我々には関係がない。だが……」

「だが?」

「それ以上のなにかが起こっているなら、ペガーナ騎士団が介入する可能性はある」

 

 アーヴェインがその言葉を言い終えるかどうかというときに騎士団のいる部屋ごと、地面がグラグラと揺れた。

「地震なのです!」

「馬鹿なことは言わないで、ローズ。ここは空に浮かぶイースターエッグの上だぞ」

「……良くないことが起こっているな」



 一方その頃。

 身に覚えのない疑いを掛けられたシャイアは、ロザリンド女王並びに重臣たちの前で釈明に追われていた。

「こんなことはデタラメです! 私は何も知らないし、やっていない! いったいなぜここに呼ばれたのかも分らないのです!」

「とぼけるつもりか? 何者かが外部と通信した形跡があった。君がやったんじゃないかね」

「言うまでもなく、ニューハイペリウムの座標は極秘だ。まだペガーナ騎士団以外の地上勢力に知られるわけには行かん」

「そのことはペガーナ騎士団にも何度も説明している」

 将来的には再び地上と交流を再開する予定だが、それはニューハイペリウムの崩壊を止めてからの話である。

 一度滅亡したセイレーンたちは慎重だった。

 セイレーンの心には、いまもまだ亡国の記憶がトラウマとなって刻み込まれている。

 外部にニューハイペリウムの存在を漏らすようなことがあったなら、それは一大事である。

 しかし、それが起こったというのだ。

 しかも自分がそれをやった――ということになっていると知り、シャイアは青ざめた。

「そ、そんなまさか。私がそんなことはしていません!」

「だが、証拠は出ているそうじゃないか。近衛隊からはお前が発信機を持っていたと報告が上がっているぞ」

「そもそも、今回ニューハイペリウムを出たのは、お前と供の者だけだ。下界の勢力と結託できるチャンスがあった者は他に居ない」

「そしてペガーナ騎士団だ。お前の真の目的は、奴らと共にこのニューハイペリウムを掌握することではないのか?

「そんな……そんなことは決してありません! 私も彼らもそんなことは考えていません!」


 シャイアは必死に身の潔白を訴え続けたが、実際に証拠が出てしまっている以上、疑惑を晴らすことは極めて難しかった。

 自分は無実だという説得力のある説明ができない。

 そのもどかしさに、シャイアは苦悶の表情を浮かべる。

 だがそのとき、親友のオルバが手を差し伸べた。

「大臣……小官の発言をお許しください」

「なんだね、オルバ近衛隊長?」

「はっ。小官にはシャイア千人長が背信行為をしていたとは思えません」

「なぜそうお思う? シャイア千人長に不審な動きがある、と報告してきたのは近衛隊ではないか」

「シャイア千人長はこれまでニューハイペリウムに忠実であり、そのようなそぶりさえありませんでした。また地上と交流を再開することに異議を唱えた、唯一の男です。そんな男が地上の勢力と結び反乱を企てるなど、小官にはどうしても思えません」

「オルバ近衛隊長。それはお前がシャイア千人長と個人的な友人だからそう思うのではないか? それに発信機の件はどう説明する?」

「何者かがシャイア千人長に罪をなすりつけようとした可能性もあります」

「仮にそうだとするなら……一番疑わしいのはペガーナ騎士団だぞ」


 疑心暗鬼がその場を支配していた。

 誰が正しく、誰が裏切り者なのか考えていくうちに、泥沼にはまり込んでいくような感覚に、一同の息がつまりそうだった。

「もういいわ」

 美しく厳かな声が響いた。

「女王さま……!」

 巨大なセイレーンは、シャイアを見下ろしながら声をかけた。

「シャイア千人長、お前はニューハイペリウムを裏切ったのか?」

「いいえ! この身は女王陛下とニューハイペリウムのもの! 決してそのようなことはありません!」

「では私が良いというまで蟄居(ちっきょ)を命じるわ」

「……はっ」

「それともう一つ。その身はニューハイペリウムのものだということに偽りはないわね?」

「勿論でございます!」

「ならば自ら命を絶つことは決して許されないと、ゆめゆめ忘れぬよう心に留め置きなさい。あなたの命は私のものよ」

「はっ……女王さまのご温情、痛み入ります」

 シャイアは深くロザリンドに一礼し、衛兵に連れられてよろよろと謁見の間を後にした。


「さて、次はペガーナ騎士団の聞き込みかしらね。誰かアーヴェイン団長を連れてきてちょうだい」

 しかし、その命令が実行されることはなかった。

 そのとき謁見の間全体が、グラグラと揺れ出したのである。

 揺れはしばらくして治まったものの、そのとき心に生まれた不安は消えず、セイレーンたちは不安そうに顔を見つめ合った。

 セイレーン族がニューハイペリウムに移住して以来二百年、このような揺れが起こったことはない。

「いまのはなに!?」

 ロザリンドが厳しい顔でそういうと、廷臣のセイレーンたちは泡を食って走り出した。

「す、すぐに原因を調べます!」


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