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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第四章 天空の戦乱
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思い出は形となりて

 どうやら生物というものは、食事を共にした相手に親密さを感じるらしい。

 この生物的習性は、古来より外交手段として用いられてきた。

 ペガーナ騎士団を歓迎する晩餐会が開かれるのは必然だったと言えよう。


 セイレーンたちが出した料理は、ニューハイペリウム独特のものではなく、騎士団の職員たちが普段地上で食べる料理と同じものだった。

 その材料も、わざわざ地上に降りて入手したものを使っている。ニューハイペリウムにとっては貴重なものだ

「せっかくならこっちの料理を出してくれたらよかったのに」

 と、タラリスなどは不満げだったが、これは招いた客人を少しでも安心させたいという配慮なのは言うまでもない。

 しかしそれでも、その貴重な料理に手を付けたのはアーヴェイン団長と技術者たちだけである。

 警護役である騎士たちは、遠目で宴を眺めていた。


 中でも盛り上がっていたのはアーサー卿の周囲である。

 アーサーは普段の大声は控えていたものの、ニューハイペリウムの技師を交え活発な意見交換が行われていた。

 最も多く話された話題は、この巨大なニューハイペリウムはどうやって浮いているのか、なぜ急に不具合が起き始めたのかという話題だった。

「飛行能力こそまさにニューハイペリウムの最も重要な部分なのですが……」

 とセイレーンの技師は歯切れ悪く口を濁した。

「よく分かっていないと?」

「はい。分っているのはプロペラや翼で揚力を得るとか、軽い気体や熱した気体で浮力を得るとか、そういう方法ではないということです。いまの我々の理解を超えている方法で浮いてるとしか……」

「ふうむ。飛行原理が分らないとシステムを直しようがないな。どうしたものかな」

 騎士団側の技術者が言った。

「しかしですよ、そもそもニューハイペリウムは何万年も、いや、もしかしたらそれ以上の期間勝手に浮いていたわけでしょう? そんな頑丈なシステムがセイレーン族が発見して高々二百年で不調を起こしますかね?」

「長期間保存されていたことは、未来においても大丈夫という保証にはならないと思うのです。このローズもいつか壊れるのです」

 ごく自然にローズは技師や科学者の会話に混ざっていた。

「確かにそうだ。君は原因に何か心当たりはあるかローズ?」

「例えば太陽フレアの活発化により、一部のAAが不調に陥る現象が報告されているのです。そのようなことが起きたのではないでしょうか」

「太陽風か。しかし太陽の存在が前提のシステムが、その程度の対策をしていないとは思えないな。ずっと問題はなかったわけだから、人が住んだことによって各施設が稼働を始め、徐々に電力不足に陥った、という方がありそうだが」

「そんな簡単な問題で解決したらいいんですがね、部長。いずれにせよ実際のシステムを見てみないことには何とも言えませんよ」

 

 難しい会話をしている端で、セイレーン側の警備、つまりシャイアとオルバがお互い目を合わせず囁き合った。

「なあ。さっきのあの女はなんだよ」

「どの女だ?」

「陛下に口出した女だ」

「タラリス卿か……ああ見えてペガーナ騎士団の精鋭の中でも随一の使い手だと聞いている」

「本当かよ!」

「物怖じしないのは自信の表れだろう」

「は~。勘弁してくれよ。陛下がイラついたら近衛兵(オレたち)がとばっちり受けるんだぞ」

「女王様は気に入ってるみたいだ。そう悪いことにはならんさ」

「お前は気楽でいいよな……」

「気楽なもんか。使者を仰せつかってから緊張で眠れん」



 翌日、ペガーナ騎士団の面々はさっそくニューハイペリウムの深奥たる制御室や機関室を見てみることになった。

「お待ちください」

 だがそこに向かう途中、一人のセイレーンが一行を呼び止める。

「タラリス卿、女王がお呼びです。申し訳ありませんが我々と来てくれませんか」

「女王様が? あー……」

 タラリスはちらりとアーヴェインの方を向いた。

「こっちは問題ない。行って来い」

 と、アーヴェイン。

「んじゃ私は別行動で。ローズをよろしく団長。マロ、お前はこっちよ」

 オオカミを引き連れて、タラリスはロザリンド女王の元に向かった。


 ロザリンド女王は、ニューハイペリウムの宮殿や町から離れたところにある人工の湖畔に佇んでいた。

 ちょうどニューハイペリウムの端の辺りで、先日崩落事故のあった場所の近くであり、そのせいで市民には周囲に近づくことが禁止されていた。

 女王にとっては思いがけずできた、人目を気にしないで安らげる場所になっていたのだ。


 女王の周囲には側役のセイレーンたちが飛び交っているが、巨大な女王の前ではまるで人形のようだった

 タラリスの姿に気付いたロザリンド女王は手を振ってタラリスを呼んだ。

「こっちよ!」

 見ればわかるよ、女王様デカいから。

 そう思ったが、流石にタラリスも何度も同じネタを擦ることはしなかった。

「おはようございます、女王様」

「おはよう。よく来てくれたわ、タラリス卿。昨日はよく眠れたかしら」

「エベレストより高い所にしては快適でしたね」

「結構。オルバ、少し外しなさい」

 突然の女王の命令に、やや離れたところで主君を警護していた近衛隊長はぎょっとした。

「えっ。しかしそれは……」

「いいから」

 有無を言わさぬ口調にオルバは説得を諦めて一礼した。

「……承知致しました。それではごゆっくりと……」

 近衛兵たちがさらに距離を取ると、女王はタラリスに向かって言った。

「ねえ。少し二人で散歩しない?」

「それは構いませんが――」

 タラリスがそう言った途端、セイレーンの女王はタラリスをひょいと掴み、自分の右肩へ、そしてマロを左肩へと置いた。

「ねえ、タラリス卿、いまは敬語なんてやめない? 堅苦しいわ」

 いま一つ状況を掴めずタラリスは目を丸くした。

「え……まあ女王様がそう言うなら――」

「ロザリンドよ」

 と、巨大なセイレーンはタラリスを言い含めた。

「ああ、そう。じゃあ私のこともタラリスでいいよ、ロザリンド」

 ロザリンド女王は両肩にタラリスとマロを乗せたまま、のしのしと歩き出した。


「ねえタラリス。昨日、アーヴェイン団長に聞いたんだけど。あなた故郷では英雄だったそうね」

「そんな大したものじゃないね。私なんて父さんのオマケみたいなもんよ」

「じゃあオマケ扱いが嫌でペガーナの騎士になったってこと? 人間世界の水に慣れるのは大変だったでしょう」

「いや。そういうワケじゃないよ。別に向こうで不満はなかったけど。なんだろうね、怖いもの見たさって奴だと思う。本当に世界を滅ぼすような代物があるなら、私はこの目で見てみたいって思っちゃう性分なの」

「ひょっとしてそれを手に入れて、この世の支配者になりたい?」

「まさか! 私はただ、AAの力で調子に乗ってる支配者気取りを殴りたいんだよ。自分が支配者になろうなんて思ってもない……あ」

 言ってからタラリスは気付いた。

 いま自分が会話してるのは、AAの力で浮かんでる国の支配者だ。

「あー……別にそんなつもりは……要するに悪い奴を何とかしたいってだけで」

「フフ、分かってるわ」


「……で、なんでロザリンドはわざわざ私を呼んだの。何か用事があったんじゃないの?」

「用事……」

 少し考えてからロザリンドは口を開いた。

「いや特にないわ」

「なら呼ぶなよ」

 思わず素で返してしまったが、ロザリンドは気にしてないようだった。

「用がなきゃ呼んじゃダメかしら」

「ま、まあ別にそんなことはないけど」

「強いていうなら、そうね。誰かに愚痴を聞いて欲しかったかも知れない。私のことを肩書を抜いて話してくれる誰かにね……ほら、私目立つでしょ、どこへ行っても女王ってバレちゃうのよ。おかげで息抜きもできない!」

 それからロザリンドは、ふ~と息を吐いた。

「前はこんなのじゃなかったのに」

「……ひょっとしてロザリンドは女王なのが嫌、だとか?」

「まさか! それはないわ! 私はまだまだ引退するつもりはないわよ!」

 そう力強く言ったものの、声を小さくしてロザリンドは続けた。

「ただね。女王じゃない私を知ってる人がいないのが、ちょっとだけ寂しいのよ。本当にちょ~っとだけだけど。私はね、生まれながらに女王ってわけじゃなかったから……」

 ロザリンドは過去に浸りながら言った。

「昔は普通の友達がいたわ……この私に気安く絡んでくる奴とか、偉そうにお説教する奴とか。変なことするとき、やたらやる気出す奴とか、気弱なくせに誰にでも優しかった子もいたな……昨日のあなたは、少し私の友達に似てたわ。だから呼んだの」

「なるほど、そういうことか……あなたはいつから女王になったの?」

「……二百年前の話よ。戦争に負けて、私たちの最後の都市が陥落したとき、多くのセイレーンが行き場を失って難民になった。当時の私と仲間はそんな難民のグループの一つを率いていた……」


 いつの間にかロザリンドは立ち止まり、その目は遠くを見ていた。

 瞳に映るのは果てしない青空とニューハイペリウムの輝く都市。しかし心には別の光景が映っているのだろう。

「いま振り返れば放浪の期間はそれほど長くはなかったけど、そのときは終わりがないかも知れないって、流石に気が滅入っていたわ。だけど本当に偶然、私がここを見つけた。飛び上がって喜んだわ。地上の勢力には決して見つからない聖域! 新しい国土!」

「それで女王に?」

「いえ。それでも初めのうちは女王じゃなかったのよ。決まりごとはなんでも仲間と一緒に決めたし、危険なことも仲間と一緒にやったわ。この土地に危険なものがないか冒険したり、他の種族に見つからないようにしながら、少しづつセイレーンの生き残りをここに呼んだり……そうやって国を作っていった。懐かしいわ。それからあっという間に時間が経って、仲間はみんな死んでしまった。そして最後の友達が死んだとき、私は女王になったの。この国は……私の全てよ」


 私の全て――その台詞は、発した言葉そのものが質量を持っているかのように重かった。

 あえてその重さを打ち消すように、なるべく軽く明るい口調でタラリスは言った。

「私でいいならいつでも遊び相手になってあげるよ。それにしても女王なんて大変ねえ。私には耐えられそうにないなあ」

「いやいや。愚痴っといてなんだけど、勿論楽しいことの方が多いのよ。この国が繁栄していくのを見るのは楽しいし、お料理だって最高よ」

「……私も食べたかったなあ。ニューハイペリウムの料理」

「あ……」

 今度はロザリンドはしまった、と思った。

 昨晩はもてなしの晩餐会を開いたが、騎士たちは料理に手を付けず護衛に徹していた。

 双方の交流はまだ始まったばかり。万が一を想定し、料理を口にできないのは当然と言えた。

「こ、これからお互いの信頼関係が築かれれば機会はいくらでもあるから」

「いや待てない。お腹空いた」


 そう言ってタラリスはピョンと女王の肩から飛び降りた。

 そして近くにあった木の根元にしゃがみ込み、ニ、三度地面を叩いてから地面に耳を当てる。

「どうしたの……?」

 ロザリンドは不思議そうその様子を眺めていた。

 すばらくすると、何かを聞き取ったタラリスは地面をほじくり返し始める。

「何を……?」

「これよ」

 といってタラリスは見つけたものを掌に載せて女王に見せた。

 カブトムシの幼虫である。

「……?」

 ロザリンドの疑問符がいよいよ増えた瞬間、タラリスは丸々太っていたその幼虫を自分の口の中に放り込んだ。

「えっ!?」

 驚くロザリンドに構わず、タラリスはグチョグチョと幼虫を咀嚼する。

 タラリスがその幼虫を呑みこむと、絶句していたロザリンドがようやく口を開いた。

「そ、それ……お、美味しいの?」

「そんなわけないでしょ。ただ苦いだけでゲロマズだよ」

「じゃあなんで食べたの……?」

「あなたが女王なら、私は戦士だからね。いつだってどこだって万全に戦えるように、なんだって食べるわ」

「ウゲ……た、大変ね」

「そうでもないよ、楽しいことだってたくさんあるし。それに本当につらいことは、こんなことじゃない」

「……それは言えてるわね」

 タラリスの言葉の裏に潜む陰に気付いたロザリンドは小さく頷いた。

「ねえ、お願いがあるんだけど」

「なにかしら?」

「もっと近くで崩れた場所が見たい」

「いいけど危ないわよ」

「ああ、私が落ちたら地面にぶつかる前に拾ってちょうだい。セイレーンの女王様」


 その後二人は崩落した場所へ向かった。

『ステージ』の上から覗いたり、少し下の階から剥き出しになった断面を見て回る。

 しばらくしてタラリスは眉間に皺を寄せた。

「……」

「どうしたの?」

「いま気づいたけど、この辺は向こうと窓の形が違うね」

「へえ。よく気付いたわね。実はニューハイペリウム……というよりその土台になったペガーナ文明の建物の特徴なんだけれど、縁にある場所の窓は全部丸窓になってるのよ。中の建物の窓は四角なんだけど」

「……なるほど。丸窓は島の端であるサインってことね。『危険なので、丸窓には寄りかからないで下さい』か……」


「何の話?」

「ニューハイペリウムの落ちた部分をずっと調べていた子が、ペガーナ文字の警告文を見つけたの。解読したらそう書いていたわ」

「へえ。今日は来ていないの」

「もう来れないわ。絶対に」

「あ、それは……」

 タラリスが言わんとすることに気付いて、女王は口を詰まらせた。

 しかし構わずタラリスは続ける。

「可愛くて頭のいい子だったよ。あなたたちがここに住んでいることも見破ったし。ニューハイペリウムが地上に落ちるかも知れないことを、随分気にしていたわ」

「……私たちもその事態だけは何としても避けたいわ」

「大丈夫。きっとアーサー卿たちが何とかするはずよ。それがあいつらの戦場だから」

 最後にタラリスは僅かに微笑んで付け加えた。

(バグ)だって取って食べるかも」

「ふふふ。それは頼もしいわ」



「陛下! 陛下!」

 ロザリンドとタラリスが談笑しながら散策しているところへ、一人のセイレーンが血相を変え文字通り飛び込んできた。

 翼をはためかせて、二人の間に割って入ったのは、ロザリンドを警護するオルバ近衛隊長だった。

「騒々しいわね。少し外せと言ったはずよ、オルバ」

「お楽しみのところを邪魔して申し訳ございません。ですが、予期せぬ問題が起きたのでご容赦ください!」

「もういいわ。で、なんなの?」

「ここでは申し上げられません。急ぎ宮殿までお戻りください! 緊急事態なのです!」

「はあ? いい加減にしないと怒るわよ」

 巨大な女王は、ピクリと片眉を上げ片目でオルバを睨んだ。

 しかし部下の方もその圧に動じず言い返す。

「いま、陛下の御身に関わる事態が起きつつあるのです。私の使命は何があっても陛下をお守りすること。そしてその為の権限を、他ならぬロザリンド女王陛下御自身から与えられています。陛下とてこの場は私の指示に従って頂く!」

 予期せぬ部下の強い口調と迫力に、ロザリンドはそれ以上言い返せず、モゴモゴと口ごもった。

「な、なんなのよ……まあいいわ。そこまで言うなら帰るわよ」

「あー……私はどうしたらいい?」

「タラリス卿も我々と一緒に来てください。少々お聞きしたいことがあるので」


 そうして会話もそこそこにロザリンドとタラリスは宮殿へ戻ることになった。

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