ニューハイペリウム
――遠い昔。
「これは……!?」
「そ、空に浮かぶ島……!」
「ペガーナ文明の遺産ね……きっと何万年も昔から、誰にも気づかれずこうして空に浮いていたんだわ」
「ロザリンド凄い! どうやって見つけたの!?」
仲間たちが目を丸くしながら感嘆する。
称賛を浴びたロザリンドは、誇らしげに胸を張った。
「アンタたちね、そんなことどうだっていいじゃない。それよりこの島さえあれば、もう放浪はおしまいよ! よく聞きなさい、ここを新しい国とするわ!」
新たに発見した手つかずの土地の前で、ロザリンドは宣言した。
まるで世界全てが、彼女たちを祝福しているかのような気分だった。
「まずはこの場所を調べましょう。危険なものがあるかも」
「ああ。詳しい地図が必要だ」
「じゃああたしとイスカとロザリンドでちょっと調べてみよう!」
「その間に私とコラリアは植生や土壌を調べて見るわ。どういう植物が育つのか分かれば、植えられる作物がはっきりすると思う」
「よーし、みんな頑張ろう!」
「ちょっと、私が見つけた土地なのになんでセイカが仕切るのよ!」
……。
ロザリンドはハッとして目を見開いた。
いつの間にか、ウトウトと眠りに落ちていたらしい。
もう二百年も前の、夢。
「どうなされました、ロザリンド様?」
近衛兵の一人が顔の傍まで飛んできて心配そうに様子を窺う。
「何でもないわ。ちょっと眠くなっただけ。ふぁ~あ!」
ロザリンドはわざとらしく大きなあくびをすると、目から出た涙をぬぐった。
女王の涙は、あくびが起こした生理的反応ではなく、もはやセイカもイスカもコラリアもベスターも、この世にいない為に流れたものだということを、誰が知ろう。
それでも、いまの自分がいるのは、あの夢の続きの場所。それを思えば悲しむ暇もない。
――この国は、私が守るのだ。
ババババババ……。
けたましい音を立てて回転翼機のローターが風を切る。
唸りを上げているのは技術部が開発した大型輸送回転翼機……の試作機である。
搭乗する際にタラリスは顔をしかめてアーサーの方を向いた。
「アーサー、これ本当に大丈夫なんでしょうね?」
「君らしくない、そう心配するな! この機体はまだ不具合を起こしたことはない!」
そのこと自体は事実だった。
ただし同型機体を五機製作して二機が墜落している。
もちろんタラリスもそのことは承知である。
「物は言いようだね。もしアンタが自分は乗らないって言ったら絶対乗らないんだけど」
「大丈夫だって。まずかったところは修正した!」
タラリスはキョロキョロしながら輸送機の中に入り、マロに跨ったローズが続く。
「んで操縦席はどこ? 運転したいんだけど」
「今回は我慢してくれタラリス。木にぶつける以外の方法で車を止められるようになったら、こいつの飛ばし方を教えよう。空に木はないからな!」
馬鹿話をしている間に、派遣団の技術者や騎士たちは続々と輸送機に乗り込んでいく。
最後の人員を乗り込んだのを確認すると、アーヴェインがパイロットに合図した。
「いいぞ、出せ!」
ローターの回転がさらに速度を増すと、まるで眠っていた巨人が身を起こすように、輸送機はゆっくりと大地を離れ空へ浮かび上がった。
輸送機が向かう方向はタラリスには見覚えがあった。
遺跡調査を行ったゴルドー地方の方角である。
眼下では数か月前に自分たちが乗ったのと同じ機関車が、黒い煙を吐き出しながらレールの上を走っているのが見える。
「……」
今はすっかり肌寒くなったが、あの時は夏の初めで、相当に暑い日が続いていた。
黒い煙を見たとき、エミールの肌が、戦うエルフのように黒く日焼けしていたのを思い出す。
最後の瞬間まで、私はその日焼けした手を握っていた。
そして、遺跡に落ちていた羽が、セイレーンのものだということを告げると、エミールは……。
機関車は山を迂回し、集落の方向に大きく曲がりくねると山の影に消えた。
残るのはただ吐き出した煙だけ。その煙もすぐに宙に霧散してかき消えていった。
輸送機はかつて悲劇の起こった遺跡を通り過ぎ、いよいよ人の痕跡もまばらな荒野の上空を突き進んでいく。
「ねえ、これ場所あってる? この先しばらく何もなさそうだけど」
「落ち着けタラリス。方向は合っている。ここからは先導付きだ。見ろ」
アーヴェインはフロントガラスの向こうを指差した。
その先に見えたのは、立派な翼を力強く上下させ、行く手を先導するセイレーンたちの姿だった。
「彼がシャイアだ。ここは彼について行こう」
先導者が姿を見せると、騎士たちがぽつりぽつりとシャイアたちを値踏みした。
輸送機は蒸気機関車を楽に追い越す速度で飛んでいるが、それに後れを取らないどころか先行して飛んでいる。
そのことが騎士たちの興味を引いたのだ。
「……中々やるな」
「まあこれくらいは当然だろ」
「ああ。エルフの狼だってこれくらいの速さは出せる」
「セイレーンはみんなこれくらいの速度で飛べるのか? それともアイツらが特別なのかな」
「タラリス、お前はどう見る?」
「ん、お前らよりイケメンだと思う」
「お前、俺たちよりあんな奴がいいのか? 戦友だろ!」
「そもそも、私がいま一番愛してるのはそこに壁に掛けてあるパラシュートよ」
「ちい、口の減らねえエルフだ」
そうやって談笑している間も輸送機はけたたましいローターの回転音を轟かせながら荒野を進んで行く。
やがて機体がガタガタと揺れ始めた。
「少し風が強いな」
騎士たちはすました顔のままだが、技術者たちは落ち着かない様子で互いに顔を見る。
見かねたタラリスが声を出した。
「どうした先生方? 問題でも起きた?」
「いや、なんでもない」
「何でもなくないですよ、アーサー卿! どんどん揺れが強くなってる!」
「俺もだんだんパラシュートが好きになってきたぞ、抱きしめてていいか?」
「何かがおかしい。こんな穏やかな日にこれほどの突風は不自然です。これ以上進んだらまずいですよ!」
「計算上はまだ平気だ! 行ってくれ! それにシャイアは飛んでるぞ! 私たちの機体にもできる!」
しかし、そこから少し進んだだけで、急激に風が強くなっていく。まるで乱気流の中に迷い込んだかのようだ。
パイロットが悲鳴に似た声を上げる。
「あ、アーサー卿これ以上は無理です! 墜ちる!」
「いや待て、見ろ!」
アーサーは輸送機の前にいるシャイアを指差した。
シャイアがゆっくりと右腕を上げると、彼の腕に嵌められていたブレスレットが青く輝く。
その光が発せられた瞬間、突如として荒れ狂っていた風が消えた。
それだけでなく空中の一角が剥がれ落ちる様に変化し、その先には全く別の光景が広がっていた。
「光学迷彩だ! それも我々の物より大規模で高度な!」
アーサーは興奮気味に目の前で起こった現象についての仮説をまくしたてた。
「これまで見つからなかったはずだ! 恐らく光媒質を歪めて、どこか別の場所の光景を投影し彼らの国全体を覆い隠していたに違いない! さっきの風も人工の物だろう。きっと目に見えないだけで、そこら中にプロペラファンが浮いているぞ!」
シャイアは空中に空いた穴に入っていく。
「行こう!」とアーサー卿が言うまでもなく輸送機は再び前進を始めた。
「うおっ!」
空中に空いた穴をくぐった一行は、目の前に広がる光景に絶句した。
突如として出現したのは、途方もなく巨大な白い壁である。驚くべきことにその壁面には繋ぎ目などは一切見当たらない。
それが視界いっぱいに広がっている。
中でもアーサーは二重の驚きに叫んだ。
「あああ……ああああああ! あの色、あの青みがかった白! ゴルドーの遺跡群の物と同じだ! くそ! エミール、お前はなぜここに居ない!」
アーサーの熱に当てられたのか、他の技術者たちも身を乗り出す中、アーヴェインは冷静にシャイアの姿を見続け、彼が上を指差すのを見逃さなかった。
「まだ上昇できるか」
とパイロットに囁く。
「はい。あの穴をくぐった瞬間、周囲の風ががらりと変わりました。十分に行けます」
「ついて行け」
シャイアと輸送機はさらにぐんぐんと上昇した。
初めは果てなどないように思えた白い壁もやがて終わり、頂上に達した途端息を呑む光景が現れる。
セイレーンたちの国、ニューハイペリウム。
それは島とも城とも取れるような巨大な構造物だった。
全体の形は横倒しにした鶏卵を上下真っ二つにして、上側を取ったような形をしている。
タラリスたちはいまその卵の切断面に当たる部分を眼下に見下ろしていた。
そこには無機質だった壁面と違って極めて精巧に作られた自然があった。
まず荒々しい山……そこから流れる幾つもの川、湖。そして森。
自然環境を保全するための保護区のような雰囲気がある。
そこから少し離れたところに、神々しく輝くニューハイペリウムの都は作られていた。
翼を持つ鳥人たちの都は、既知のどの様式にも似ていなかった。強いて言えば、木の上に住居を作る伝統的なエルフの集落と、僅かに共通点があると言えなくもない。
恐らく元々高い建物が立ち並ぶ区画だったのだろうが、地べたを這いずる必要のない彼らは、それに加えて自分たちの手による塔を何棟も建設したようだった。
今ではセイレーンの都は、様々な形の摩天楼が軒を連ねる多重構造体の趣を見せている。
セイレーンの美的センスなのだろうか。建物はどれも見たこともないような宝石やガラス細工によって装飾され、陽光を受けるとキラキラと輝く。
そしてその輝く塔の合間を縫うように、多くのセイレーンたちが飛び交っていた。
都の中央にはガラスで覆われたドーム状の建物が一つあり、シャイアはそのドームのすぐ傍へと着陸するよう輸送機を誘導した。
「ようこそ、ニューハイペリウムへ。遠路はるばるお越し下さり感謝に堪えません」
輸送機が指定された場所へ着陸し一行が外に出ると、誘導していたシャイアが改めてあいさつした。
出迎えたのはシャイアだけではなく、華やかな軍装に身を包んだ儀仗兵がずらりと並んでいた。
さらに、地上の者を一目見ようと集まった市民たちが押し寄せて、まるでお祭りのような活気に包まれていた。
「女王陛下以下、我らニューハイペリウムのセイレーンはペガーナ騎士団を歓迎します」
「いや過分の歓待。痛み入ります」
改めてシャイアの案内の元、一行はドームの中へと入っていく。
初めはこのドームが女王の居城だろうかと一行は考えたが、その予想は外れた。
どうやら巨大なドームはただの入り口にすぎないらしい。
ドームが隠していたのは、ニューハイペリウムの真の驚異である内部へと続く巨大な穴だった。
穴の直径は五十メートル近く、明るい照明で照らされているというのに底が見えないほど深い。
その巨大な穴の外壁に沿って各層への入り口が設けられているのだが、階段などは殆どない。穴の縁に手すりもない。
空を飛ぶセイレーンにはそんなもの不要なのだろう。
おっかなびっくりアーサー卿が穴を覗き込むと、シャイアがニューハイペリウムの大まかな地理を簡単に説明した。
ニューハイペリウムという巨大な卵の切断面――いま自分たちが立っているこの場所は、住人たちからは『ステージ』と呼ばれている区画であること。
『ステージ』を最上部としてニューハイペリウムには実に二百五十層以上の階層があるという。
「この穴の深さは八千メートル以上あります。ニューハイペリウムの底と頂上である『ステージ』を繋げる直通通路です」
「ひょっとしてここを降りていくのか! ちょっと待っててくれないか、翼を家に置いてきてしまった!」
アーサー卿はおどけて言ったが深刻な問題になりそうだった。
この国の建物は、やたら高低があるくせに階段がない。
そんな心配を安心させるためにシャイアが言った。
「ご安心を。エレベーターがありますので。それに我々だって大きな荷物を運ぶときは、車輪の付いた台車を押しますよ。あなた方と同じです」
そのエレベーターは派遣された二十人以上の一行と、巨大な獣であるマロを一度に入れられるほど大きなものだった。
元々はよほど大きなものを運ぶために造られたらしい。
下降中、アーサー卿は目を輝かせながらシャイアにあれこれと尋ねた。
「このエレベーターは君たちが造ったものではないな?」
「はい。元々あったものを使用しています」
「素晴らしい。ペガーナ文明の遺物が、いまもこれほど見事に稼働しているとは! では、あの穴はどういうことなんだ? あれじゃあセイレーン以外は各層に下りられないと思うんだが」
「あの穴自体は初めからあったものですが、初めは金属製の階段や通路が各層を繋いでいたと聞いています。しかしそれらは取り外され、溶かされ再利用されました」
「なるほど。これを動かしている電気はどうやって生み出しているんだい?」
「太陽光発電です。恐らくは、ですが。恥ずかしい話ですがニューハイペリウムの中枢システムは未解明な部分が多いのです」
「もしそうならローズと同じなのです!」
「そうだな。ペガーナ文字D6を解読できたことからも、ローズとここのシステムになんらかの共通点があるかも知れない!」
エレベーターが止まり、次に一行が通されたのは大きな扉の前だった。
「この先に女王がお待ちです。が、あの……」
となにやらシャイアが口ごもった。
「どうしました?」
「いえ、女王の姿は少し変わっているので驚かないでいただきたい」
一同は顔を見合わせた。
「問題ないです」
「ペガーナ騎士団は変わった物を見るのが仕事なので」
「では……」
僅かな金属の擦れ音を立てて、大扉が開いていく。
謁見の間――そこはさながら万神殿のような荘厳な雰囲気で満たされていた。
円柱の柱によって支えられた広い空間。
その奥の一段高い場所に、きらびやかな格好をしたセイレーンの女王が座る王座がある。
「ん?」
だが一歩一歩と女王の御前に近づくにつれて、徐々に何かがおかしいと一同の心を騒ぎ立てた。
「……」
ペガーナ騎士団の面々が王座の前までやって来ると、女王は王座から立ち上がり、壇上を降りて軽く頭を下げる。
「我が招きに応じててくれたことに感謝します。私はロザリンド・タイタニス・ハイペリオン。歓迎するわ、地上の友人たち」
「お会いできて光栄ですロザリンド女王。ペガーナ騎士団団長アーヴェイン・トレハーンと申します。我らを頼りになられた以上、全力を持って事態の収拾に務める所存」
「実に頼もしい言葉、心強いわ」
そこまで言うと、女王は表情を緩めた。
「堅苦しい挨拶はここまでにしましょう。あなた方もどうか緊張なさらず。何か気になることがあれば、なんでも気兼ねなく言ってくれるとありがたいわ」
「……」
女王とアーヴェインがやり取りしてる間、タラリスはずっと言いたいことを我慢していた。
というか、その場にいた全員が同じことを思っていた。
だから女王が何でも気兼ねなく言っていいと言ったとき、タラリスは思い切って手を上げていた。
「はい。そちらの方、なにかしら?」
「あの……女王様、超でっけえけど、なんでそんなにデカいの!?」
あいつ言いやがった!
ペガーナ騎士団、女王の家臣団、全員の目がタラリスに注がれた。
絶句する者に混じって、歯に衣着せぬ言葉に吹き出す者まで現れる始末。
だが確かに女王はデカかった。
目測で十五、六メートルは確実にある。明らかに他のセイレーンとは違う。
タラリスからすれば、地元の森の生き物を思い出すサイズ感である。
皆が恐る恐る女王の顔を見上げると、女王はフフッと自信ありげな笑みを浮かべた。
「それは勿論、女王だからよ! でもいいことばかりじゃないのよ、体に合う服が売ってなくてね」
タラリスが笑い返したらなんか気に入られた。




