鳥と土竜
小会議室には、タラリスとローズ、技術開発部のアーサー卿、諜報部のオズワルド卿、そして騎士団長アーヴェインが揃っていた。
タラリスからの報告を聞くと、アーヴェインは少し不満そうに眉間に皺を寄せる。
「アキレイアを逃がし、不死の霊薬のサンプルも手に入らずか。不手際だったな、タラリス卿」
「むっ」
「まあまあ。技術部としては不死の霊薬は残念だったが、元々の目的は資金源となる組織の壊滅だったはずだろう。ここは小成功ということにしようじゃないか。それにタラリスが無事でなによりだ」
とアーサーが窘めた。
「いや。確かに私のミスだった。もう少しでアキレイアも不死の霊薬も手に入れられのに」
「しかし、考えようによっては不死の霊薬を焼いたことは、将来の不死の同盟のメンバーを一人潰したのと同じですぞ」
ふん、とアーヴェインは鼻を鳴らした。
「確かにオズワルド卿の言う通りだ。手に入らぬまでも破壊したのはよくやった」
それから四人は事務的な話し合いを始め、全てが終わるとローズがピンと手を上げて言った。
「はい! 聞きたいことがあるのです!」
「何かね、ローズ」
「私たちが交戦した怪物は、本当に不死の霊薬だったのですか? 不死の霊薬とは一体なんなのです?」
しばらく考えてからアーヴェインが口を開いた。
「……ふん、まあいいだろう。アーサー卿、簡単に説明してやれ。それとアリアは、後でローズにクラス2/1445番の資料を見せてやるように」
「はい」
と、顔焼けのアリアは静かに頷く。
対照的にアーサーは大げさな身振りをして、困ったような楽しそうな調子で言った。
「不死の霊薬か! さてどう説明すればいいものか……ローズ、不死の霊薬と呼ばれるものは世界中にあることは知っているね?」
「はい。ネクタール、ソーマ、金丹……チョコレートも元はそうだったと本で読んだのです」
「その通りだ! 中々詳しいな! 大抵の不老不死の薬は偽物だが、中には今回のような本物もある。いや世界中の不老不死の霊薬伝説は、元々たった一種類の本物から派生したものだと考えられている! ワクワクするだろう!」
「しかし、あれは薬というよりは生き物だったのです」
「まさしく! 不死の霊薬の正体は、太古のペガーナ文明が製造した人造生物なのだ! 古くはエイボンの書にも、その存在は記されている……」
「人造生物……?」
「そうだ。正確には生物の原形質そのものとでも呼ぶべきだろうか。あれを摂取すると、あの生物は対象の細胞に浸透し、老化の抑制、停止、さらには若返り、驚異的な再生能力、筋力の増強などの恩恵を与える。一方で副作用が起きたケースも報告されている」
そこでオズワルドがそっと付け加えた。
「ま、あんなものを摂取して、全く無事なわけないということですな。精神的には人格が変化し狂暴になったとか、躁鬱による情緒不安定。肉体的には体の一部、または全体の巨大化、酷いのになると摂取した途端に細胞が変化に耐えられず爆発したという話もありますぞ」
「恐らく摂取時に適量というものがあるんだろう。もしくは何らかの薬物と同時に服用するか……その点については、我々より不死の同盟の方がノウハウを持っていると考えられる」
「むむむ。いま検索しましたが、ローズのメモリーにもそのような物のデータはないのです」
「……ふーむ。人間の不死化には問題も多い。ひょっとしたらペガーナ文明でも秘匿されていた技術かも知れんな」
「それは考えたって仕方ないでしょ」
とタラリス。
「まあそうなんだが。失われしペガーナ文明がどんなものだったか、知りたい気持ちは抑えられないよ」
「アーサー、過去より未来に目を向けようよ」
「過去を知らずに未来が知りえようか! 全ては繋がっている。私が過去を知りたいのは、より良い未来の可能性を知る為だよ」
タラリスは肩をすくめた。
長身のエルフの隣でその会話を聞いていたローズは、寂しげな目をして口を開いた。
「過去は未来の可能性を知る為ですか……私には過去がないので、未来も予想できないのです。そのことが、ちょっと不安なのです」
「なに言ってるのローズ。分からないから面白いんでしょうが!」
「……そう、かも知れませんね、タラリス」
その後、その話し合いは自然に終わり、オズワルドは諜報部にある自分のオフィスへと向かっていた。
その途中の廊下で、コンコンと窓ガラスと叩く音に気付いたオズワルドは、反射的に懐の銃に手を掛けながら窓を見た。
「鳥……?」
見ると一羽の鷹が窓枠に留まり、窓ガラスを叩いている。
鷹の行動を不審に思ったオズワルドがさらによく見ると、窓枠に留まっている鷹の足には手紙が括りつけられ、さらに見たこともない――当然鷹の物でもない――羽が一本添えられていた。
ピンときたオズワルドは、急いで鷹を中に入れて手紙と羽を回収した。
一応だが、窓から顔を出して念のために周囲を確認する。
当然おかしなものは何も見当たらない。
ほう。この私を相手に中々味な真似をしますな。
そんな言葉を呑みこんで、オズワルドは鷹を外へ放してやった。
鷹は不機嫌そうにオズワルドを一瞥すると、大空へと消えていった。
オズワルドは一日かけて、受け取った手紙と羽を徹底的に調べた。
そしてそこから引きだせるだけの情報を引き出し、即座にアーヴェインに報告した。
紙の生産地、及び販売された店、インクの成分、そして括りつけられていた羽。
初めの三つはヒントにもならなかったが、最後のものは手紙の執筆者の正体を雄弁に語っていた。
「有翼人から接触がありました」
オズワルドがアーヴェインにそう言うと、アーヴェインは知っていたとでもいうかのように鼻を鳴らした。
「向こうから挨拶してきたか。なんと言ってる?」
「まだ何も。書いていたのは場所と日時だけです。そこで会いたいと」
「出迎える人数の制限は?」
「何も書いていません。誰が来いとも書いていません」
「なるほど。……じゃあオズワルド卿、君が会いに行け。護衛にはゴーシュ卿を付ける」
「交渉なら私より適任がいると思いますが」
「先方は君に渡したんだろう? なら会ってきたまえ。私たちは後ろで君が困るのを見ている」
「やれやれ。団長も人が悪い。光の当たる場所に間諜を出さないでいただきたいですな」
「いいじゃないか。モグラと鳥の対談とは実に興味深い」
指定された場所は、ペガーナ領に隣接する町の時計台の上。時刻は夜の八時だった。
直接その場に出向いたのはオズワルドとゴーシュの二人だが、少し離れた場所には他の騎士たちも待機している。
当然だが事前に人払いを済ませ、周囲に一般人などが近寄らないように手配済みである。
「そろそろ時間ですな」
オズワルドが呟くのとほぼ同時に一陣の風が吹いた。
まだ光の弱い、欠けた月の晩。
夜空に現れ時計台に着地したのは、見事な翼を備えたセイレーンの男たちだった。
手は人間と変わりないが、足には鋭いカギ爪を備えており、それが着地する際にカチャカチャと音を立てる。
「まずはこのような形で呼びつけた無礼を謝罪させて下さい。本来であれば正式にあなた方の門を叩くのが筋なのですが、我々は地上と接触を断って久しく、まだ目立つことを避けたかったのでやむなくの処置でした」
頭を下げるセイレーンの男を見て、オズワルドは肩をすくめる。
「既に貴殿らは滅び去ったことになっています。今更余計な波風を立てたくない、という気持ちはお察ししますぞ。それにペガーナ騎士団に相談に来る者の大半は、くれぐれも内密に、と非公式に接触してくるものです。お気になさらず」
「ご配慮痛み入ります」
「それで、貴殿は何者ですかな?」
オズワルドは、一行の中で正使らしい男に向って尋ねた。
「私はシャイアと申します。我らの女王、ロザリンド・タイタニス・ハイペリオンの命を受けて参上しました」
挨拶をしながら、オズワルドとゴーシュは、セイレーンの男たちを慎重に観察していた。
ふむ。
向こうも本業の交渉人ではありませんな。本来は軍人の類か。
雰囲気も格好もそういう雰囲気が感じられますな、とオズワルドは思った。
さらに、さりげなく腰に目をやると、剣が提げられている。
話し合いと言いつつ武器を持ち込むのは非礼である。
が、本気で不意打ちする気なら武器は隠すもの。この場合は単に護身用か。
そもそもこの状況で私を襲う意味もないでしょうし。
シャイアと名乗る男の歳はかなりの若輩……おそらく人間でいうところの三十代を過ぎたあたり。
それで主君からこの大役を任されるとは、信の厚さが見て取れますな……本当に女王とやらの命を受けて接触してきたのならば、ですが。
「もう知っておられると思いますが、私はペガーナ騎士団のオズワルド。よろしくシャイア殿。で、単刀直入に聞きましょう。ご用件は何かな?」
「……ペガーナ騎士団のご助力をいただきたい」
「兵が欲しいと? 戦ですかな?」
「いえ、頭脳を貸していただきたいのです。実は……」
といいつつも、シャイアは口ごもった。
「ま、ま、そう緊張なさらず。立ち話もなんですな。少し座って寛ぎなされ」
パチン。
と、オズワルドが指を鳴らす。
すると二人の目の前に、椅子とテーブルが出現した。テーブルの上には湯気の立つお茶まで置かれている。
技術開発部自慢の光学迷彩技術を使った手品に、シャイアは目を丸くした。
「なっ……!」
んー。期待通りの反応をされると楽しくなりますな。可愛げがある
二人は席につき、セイレーン民族が今抱えている問題を語り始めた。
「我らはいま地上を離れ、他の者たちから隠された場所で暮らしています。先日発見された、あなた方がゴルドーの空中遺跡と呼ぶものは、その一部です。我らはニューハイペリウムと呼んでいますが」
「ほう。結構なことですな。私も引退したらそのような静かな場所で暮らしたいものです」
「ええ。良いところですよ。ここ二百年ほどは我々はそこで平和に暮らしていました。しかしいま、その国土が脅かされています」
「というと?」
「先の崩落事故。あのようなことは我らにとっても初めての事態。既にご存知と思いますが、我らの国土はペガーナ文明の遺物の力によって空中へと浮かんでいる。その力が尽きようとしているのです。そうなれば未曽有の大惨事になることは必定……それだけは何としててでも避けたいのです」
「ふむ。あなた方のニューハイペリウムの大きさはどの程度です?」
「面積は約250平方キロメートル。底部から最高部の高さは約9キロメートル。総体積が……」
「あ、もういいですぞ……ふむ、ふむ。思っていたよりだいぶ大きいですな。人口はどれくらいですかな?」
「……およそ百万だと思っていただければ」
声を絞り出すようにシャイアは言った。それはいま彼の肩にかかっている人命の数である。
「何卒力をお貸しください! 我らではニューハイペリウムを支えているシステムに手が出せないのです」
深々と頭を下げるシャイアに向ってオズワルドは穏やかに言った。
「どうか頭を上げて下され、シャイア殿。よくぞ我々に打ち明けて下された……あなた方は正しい選択をされましたぞ」
「では……!」
「こちらから技術者を派遣する方向で調整することを約束しましょう」
失礼、と言ってからオズワルドは電送手帳を開き、さらさらと文字を書き込んだ。
「時間はあまりなさそうだ。いま私の上司と技術部の責任者を呼びましたので。ここからは派遣する人数、ニューハイペリウムまでの移動手段について話し合いましょう」
その後アーヴェインとアーサーがその場に現れ、事態は急激に現実感を帯びて進行を始めた。
四者の話し合いは明け方まで続いた。
だが話し合いを終えてペガーナ城に帰ったアーヴェインは、さらに寝る間を惜しんで会議を招集した。
「ニューハイペリウムへの出発は明後日だ]
充血した目のアーヴェインが口を開く。
「派遣団は技術者がアーサー卿以下十二名。騎士が八名。ローズも連れていくぞ、分かってるなタラリス、つまりお前もだ。行儀良くしろよ」
「分ってるって。団長がいなくても私はちゃんとやるから」
「いや? 今回はただの技術協力でなく、外交使節も兼ねている。つまり俺とアリアも同行する。向こうで俺の仕事を増やすなよ」
タラリスはむっとして言い返そうとしたが、疲労からアーヴェインの口調が荒くなっていると感じて、言葉を呑みこんだ。
「俺の留守の間がオズワルド卿が団長代理だ。不死の同盟が攻めてくるかもしれん。頼んだぞオズ」
「いやはや、責任重大ですな。どうせならもっと楽な状況でペガーナ騎士団の指揮を執ってみたかったのですが。必ず成功させて帰ってきて下され。百万人の難民の受け入れ先を手配するのは面倒なので」
オズワルドは肩を竦めた。
一方のシャイアたちセイレーンも話し合いを終え、やや疲れた面持ちで隠れ家へと帰還した。
疲労しているが、それ以上に使者の仕事やり遂げたという満足感が強い。
まさか話がこんなにもスムーズに進むとは思って見なかった。
明後日には、ペガーナ騎士団がニューハイペリウムに来る。女王様もお喜びになるだろう。
セイレーンの隠れ家は人里から離れた森の中にあり、もっとも近い人家ですら二十キロ以上の距離を隔てている。
だが隠れ家に近づくと、朝日に照らされて中で人影が動いているのが見えた。
「……!」
我々の存在がバレた?
同行の者たちは浮足立った。
息を潜め、互いに顔を見合わせながら、武器に手を伸ばす。
しかしシャイアはあることに気が付いた。
窓から見えたシルエットには翼があった。しかもその翼は赤い。
見覚えのある翼だ。
部下を押し留めながら、シャイアはそのまま無造作に隠れ家の戸を開けた。
「オルバ! お前ここで何をしてる!」
「お前が心配でな。ちょいと様子を見に来た」
案の定、見知った旧友がそこにいた。
翼が赤く染めているのは近衛隊の特徴である。
「女王様の命令か?」
「いや。俺の意思だ。みんなには内緒にしててくれ」
「勝手にニューハイペリウムを降りたのか!? 一体どうやって……」
「なんにでも裏道ってものがあるのさ」
「軽率なことを! お前らしくもない! 勝手に抜け出して地上に降りたなんてことがバレたら、ただじゃ済まんぞ」
と、シャイアは口を尖らせた。
「だからチクらないでくれよ。で、ペガーナ騎士団の連中はどうだった?」
「たった一日話しただけで分かるか。ただ、協力はしてくれることになった。向こうはすぐに動くぞ」
「……そりゃあすぐに動くだろ。奴らはニューハイペリウムを見たいんだ……見るだけで済めばいいが」
シャイアは皮肉を交えていった。
「お前の言いたいことは分っている」
「奴らはいつ来る?」
「明後日だ」
「早いな……」
ぽつりと呟いてシャイアは目を伏せた。
しかしすぐいつもの調子に戻って顔を上げる。
「じゃ、俺はさっさと帰って精々出迎える準備でもするよ」
「帰りは大丈夫か?」
ニューハイペリウムの出入りには特殊な鍵が必要である。
オルバがここに居る時点で、それを何とかする方法があるはずだが、シャイアは一応尋ねた。
「言ったろ、裏道があるのさ」
「そうか……だがしかし、お前がいないことがバレる前に早く帰った方がいいぞ」
「分ってますって。へへ、じゃ向こうでな」
「ああ。早く行け」
シャイアに急き立てられ、オルバはニューハイペリウムに帰っていった。




