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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第一章 大いなる森のエルフ
3/40

狼レース

 そんな時、私と戦うというエルフが現れた。

 ……いや戦うというのはだいぶ柔らかい表現だな。

 正確には「地獄に叩き込んでやる」とか「あの女を息子と同じ場所に送ってやる。そうなっても文句はねえな、ハバエル」とかそんな感じ。

 そう言ったのは不死身のヴェルエルってエルフ。

 ビッグマウスは逆に弱く見えるけど、ヴェルエルはそこら辺の雑魚とは違った。それどころか守り手の中で唯一父さんより格上の戦士だった。

 ヴェルエルは『地上最高の戦士にしてエルフから危機を遠ざける者』っていう称号を持つ男。

 ただの呼び名でなく、主要部族の代表らが集う部族議会から贈られた正式な称号だ。何千万何億のエルフの中でたった一人だけがそれを贈られる。


 エルフは美形で可愛らしいイメージがあるけど、守り手になるようなエルフはみんなゴツい。ヴェルエルは特にそうだった。

 私が典型的な可愛いエルフだとするなら、ヴェルエルはその対極。

 年食って頭が禿げた身長二メートルのゴリラを想像すればだいたいヴェルエルだ。

 それが戦う前から小娘の私をメチャクチャ煽ってくる。父さんのスパルタで慣れてなきゃ泣いてたな。


 でも私は勝てると思っていた。

 不死身のヴェルエルが小娘に勝つつもりだったのと同じくらい、勝利を確信していた。

 なんで自信があったかというと、当時のヴェルエルは二百歳でエルフの中でも年寄りの部類だったから。

 戦士としてはもうピークを過ぎていた。

 老いぼれに負けるわけがない。

 確かにヴェルエルは『地上最高の戦士』の称号を持っていたけど、あれは一度贈られたら自分の意志で返上するか、死ぬまで移動しないから、昔贈られたヴェルエルが今も保持してるだけのこと。

 ヴェルエルが死ねば次の日には父さんが『地上最高の戦士』だ。

 だから煽りまくって来るヴェルエルに言ってやったわ。

「地上最高の戦士ね……カッコイイわ。その称号を私が父さんにプレゼントしたい」ってね。

 売り言葉に買い言葉で、危うく場外乱闘になりそうだった。

 私も若かった――けどそれ言いだしたら、その小娘にムキになって喧嘩の片棒担いでるのは二百歳だからね。あのゴリラジジイ血の気が多すぎる。

 戦う前からバッチバチに火花を散らして、私たちが競ったのは狼レースだった。


 エルフの狼レースは簡単に言うと流鏑馬と競馬の障害競走を足して二で割ったような競技。乗るのは馬じゃなくてオオカミだけど。

 いろんな障害がある森の中を突っ走りながら、途中にある的に矢を射って、着順と矢を当てた本数の合計点を競う。

 一着は五点、二着は四点、三着は三点……と五着まで点数が入る。

 矢の方は一本当てたら一点で、的は十か所にある。全部当てたら十点だ。

 矢は途中落とすかも知れないってことで、十本以上持っていってもいいってことになってる。けど、当たらなかったといってオオカミを引き返させて射るのは禁止。

 ただし引き返さなきゃ同じ的に二回射るのはオーケーだ。超スゴイ射手は外しても速攻で二射目を射って当てることがある。滅多にないことだけど。


 オオカミを速く走らせすぎると的を狙うのが難しくなる。遅けりゃ着順で点が入らない。

 だからそのバランスが重要な競技だけど、速く走って全部外すより、遅く走ってたくさん当てた方が点が多い。

 それに障害に躓いてコケたり狼に振り落とされたりする危険もあるから、基本的には速く走らせすぎないのが定石だった。着順点はまあボーナスみたいなもん。

 

 レース前、並んでスタート位置についてオオカミに跨ると、一斉に騎手の肌が褐色に変わった……。

 ……ごめん。エルフの変色の話をしてなかったね。

 私たちは普段白磁みたいな白い肌だけど、緊張したりヤバいってなったとき肌の色が褐色に変わるんだ。

 リノーフで生きるために身についた擬態の一種さ。

 エルフが変色したってことはつまり、死の危険があるレースってことを示していた。

 

 太鼓がドンと鳴らされてレースが始まった。

 スタートした瞬間から、私とヴェルエルはオオカミをぶっ飛ばして、開幕から完全に二人のレースになった。

 最強を決める戦いに定石なんかクソくらえよ。


 最初の的は右側にあって、私は良い位置についていた。

 普通にやったら絶対外さない。

 でも射つ瞬間ヴェルエルが外側から突っ掛けてきた。ドンと体当たりされて私は体勢を崩して矢を外してしまった。

 いきなり超危険なラフプレーだよ。オオカミごと転ばせて私をマジで殺す気って感じ。

 怖がるべきだったけど、そんなことより私は矢を外させられたせいでカーッと頭に血が上った。

 逆に私が乗っていたオオカミの方がずっと冷静だった。

 そのとき私が乗ってたのはショコラって名前の赤茶けた毛並みのオオカミ。ウチの集落で飼ってるオオカミの中じゃ一番古株のリーダーで、私より年上だった。


 二射目の時は的が逆の方向にあったから、私は仕返しにヴェルエルに突っ掛けようとしたけどショコラはそうしなかった。

 実際、やっても無駄だったと思う。

 ヴェルエルとそのオオカミは走りながらもこっちの動きを警戒してたし、突っ掛けたところでかわされてたでしょうね。

 それで私も少しだけ冷静になって、反撃は諦めて射ることに集中した。

 勿論、そこからは全部当てた。ただクソ野郎もパーフェクトだったけど。


 密集する木々を躱し、池をぴょんと飛び越して半分まで来たところで、まだ私は最初の一射分だけ負けていて、順位も二狼身くらいリードされていた。

 でもそこでチャンスがやって来た。

 その次の的は、奥まったところにあって、的までの距離が遠かった。

 前で構えるヴェルエルに合わせて、私も弓を構えてほとんど同時に射った。

 私の狙いは的に当てることじゃない。インターセプトだった。つまり的に向かって飛ぶヴェルエルの矢を射落とすってこと。


 自分の矢が的に当たる直前、横から飛んできた矢がそれを射ち落した時、後ろから見てて分かるくらいヴェルエルが驚いていた。

 あいつがチラッとこっちを振り返ったとき、中指でも立ててやろうかと思ったけど、私はそうする代わり素早く第二射を射って的に当てた。それで点数は追い付いた。

 

 追い付いただけじゃない。スーパープレーで流れ自体が変わった。なんかこう勝てそうな雰囲気。

 だけどヴェルエルもしぶとかった。不死身と呼ばれた男だけある。動揺しても大崩れはしない。お互い付かず離れず、決め手がないまま勝負は終盤へともつれ込んだ。

 最後の的も、ヴェルエルは正確に射抜いた。

 別に驚きはない。どうせそうでしょうよと思っていた。

 私も当てて、最後の直線勝負……と思って矢を番えた時ゾッとしたわ。

 最後の的を射ち終えたはずのヴェルエルが弓を構えていた。それも体をひねって後ろを向いて。

 やられた、と思った。

 ゴリラのくせになんて精密な射術だって思った。

 私の矢は間違いなく的に当たる軌道だったけど、空中でヴェルエルの矢にカットされた。しかも、もう矢がなくて二射目を射つこともできなかった。

 お返しのインターセプトで私は完全に戦意を喪失した。

 初めて父さん以外のエルフに負けた、という事実がずーんと肩にのしかかって、最後まで戦い抜く気力がなくなった。


 でもショコラは諦めてなかった。

 私が最後の矢を射ち終えた瞬間、ターボがかかったみたいに猛然と前を行くヴェルエルを追いかけて走った。

 私より経験豊富なオオカミは、最後の脚を残していてくれてた。スパートをかけるのも完璧なタイミングだった。

 ヴェルエルのオオカミも踏ん張ってたけど、それ以上伸びはしなかった。

 決め手となったのは、多分騎手の体重の差。

 可憐な私はゴリラの半分の重さもない。いくら健脚の巨森オオカミでも差が出て当然。

 ゴール直前で私たちはヴェルエルをかわして一着になった。


 ショコラは最高のオオカミだった。

 出だしから私をリードして、最後も勝手にスパートかけて抜いてったもん。文句のつけようがない。あの日の勝ったのはショコラだわ。

 その奮闘のおかげで私とヴェルエルの点数はお互い十三点で同点。

 引き分けだった。


 直前まで私は絶対負けたと思ってたし、ヴェルエルは絶対勝ったと思ってたから二人して絶句よ。

 私は内容では負けていたと感じて悔しかったけど、ヴェルエルも小娘如きに並ばれてさぞ悔しかっただろうな。

 でも、ヴェルエルはもう私や父さんの悪口を言わなかった。

 口は悪いけど戦った後の結果にグチグチいう男じゃない。

 それどころか「見事だった」と私を讃えたわ。そういうところは流石に偉かった。

 それに比べて、そのときの私は素直に相手を讃える言葉を言えなかった。実質的に負けたことが悔しくてね。

 でも今なら言えるよ。

 アンタは凄いよヴェルエル。パルティアンショットで私の矢を射落とすなんて超クールだ。他の誰にも真似できない。


 さて、そんな結果だったんで当時の私は心残りだったわ。

 でも、ヴェルエルと引き分けたことで周りの評価は確実に変わった。

 色物じゃなく、本当の実力者として認められたってこと。

 それにもう、他の守り手が私に負けても恥じゃなくなった。

 偉大なヴェルエルですら私には負けずとも勝てなかったんだ。何を恥ずかしがる必要がある?



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