不死の霊薬
竜巻のようなタラリスの蹴りを受けて、アキレイアの体は物凄い勢いですっ飛んでいいく。
その隙に、タラリスは武器を取り出した。
今夜のタラリスの衣装は露出が多く、ごく薄い布地の娼婦の格好である。
とても武器などを仕込む余地はありそうにない。
しかし、一つだけタラリスはラミュロスの中に爆発物を持ち込んでいた。
隠していたのは髪の中である。
髪飾りを抜いて髪を解くと、中からピンポン玉ほどの大きさの球体が現れた。
片手に納まるほどのサイズながら、騎士団技術部特製の爆弾である。
「じゃあな! アキレイア!」
タラリスは左手で不死の霊薬の入った壺を掴むと同時に、右手で爆弾をアキレイアに向って放り投げた。
ゆっくりと弧を描いて飛ぶ爆弾の腹には、記号と数字が記されていた。
『E-10』
「あれ」
……E-10?
タラリスの目が大きく見開かれ、ここへ来る前に交わしたアーサー卿との会話が脳内で再上演された。
「小さくていい爆弾だろ。Eっていいうのはエレファントの頭文字だ。例えばE-1だったらゾウを一匹バラバラに吹っ飛ばす威力って意味さ!」
タラリスは並べられたE爆弾シリーズの一つを手に取る。
「うーん。じゃこれで」
「おいおいおい。E-5だと!? 屋内で使うんならE-1にしておけよ。生き埋めになるぞ!」
「じゃあそれで」
……E-10って……。
現実の世界に帰ってきタラリスは短く悪態をついた。
「ああ…くそっ!」
アーサーめ、渡す爆弾間違えたな!
ほんの数瞬の間に、タラリスも急いで部屋から飛び出した。
ドゴォォォォォォン。
閃光。そして大地を揺する衝撃。そして空気を震わせる轟音に、繁華街のシンボルともいうべき大店が飲み込まれた。
予定より遥かに巨大な爆発に、待機していたローズやペガーナ騎士団の兵たちさえも唖然としていた。
事前の計画ではタラリスがアキレイアを押さえ小規模な爆発を起こし、混乱したところに突入。ラミュロスに潜むギャングたちを一網打尽にするという話だったのだが、もはや突入すべき目標は吹っ飛び、もうもうと黒煙を上げている。
「タ、タラリス……?」
呼吸を必要としないローズが息を呑む。
何もかも吹き飛んだかに思われたが、しばらくすると瓦礫を押しのけてタラリスが這い出して来た。
「あ~~~~~~くそ! あまりにも馬鹿な死に方すぎて死ぬのが恐いと思ったわ!」
間一髪生還したとは思えないほど、普段通りギャーギャーと騒ぎながらタラリスは立ち上がる。
しかし、そのとき立ち上がった人影は一つではなかった。
「おい、私に一言もなしか。ステァ!!」
「アキレイア!?」
普段であれば、タラリスが無防備に敵の接近を許すことはまずない。
だがこの時、爆発の轟音がエルフの聴覚を一時的に麻痺させていた。その為にタラリスの反応が一拍子も二拍子も遅れる。
振り返った瞬間、今度はタラリスが肘を極められながら引き倒され、その拍子にアキレイアは不死の霊薬の入った壷を奪った。
「やってくれたな。やってくれたな!!」
とアキレイアは目を剥いてタラリスの耳元で声を荒げた。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ、ダーリン。キーンってなるからやめろ」
不意を突かれて床に押し付けられていたタラリスだったが、そんな態勢でも軽口を叩くことを忘れなかった。
不利な体勢だが、こんな調子で土のリングに押さえつけられたのは、一度や二度じゃない。
「放してくれよ。私とお前の仲だろ」
「ああ、そうだ! ペガーナの騎士なんてやめて私と来い! そしたら殺さないでやる!」
「優しいな! じゃあ私も不死の霊薬をくれたら殺さないでやるよ!」
骨が折られる寸前でタラリスはアキレイアを振り払い、お返しに蹴りを放った。
だがその蹴りは、どこからか飛んできた円形の盾によってあっけなく防がれる。
盾だけでなく、投擲用の短槍、さらに兜や鎧が飛んできて次々にアキレイアはそれらを装着していく。
「おっ」
とタラリスは素直に感嘆した。
「それがアマゾン族に伝わっていたAAか。相手にとって不足なしだ」
「今日の侮辱は忘れんぞステァ! 首を洗って待ってろ!」
アキレイアは兜の奥から眼光を発し、恨めし気にタラリスを睨んだ。
周囲では既にペガーナ騎士団の兵士たちが包囲網作り、じわじわと近づきつつある。
アキレイアとしては目に見えて分の悪い状況である。
反対に余裕のタラリスは、いつものように自信ありげな表情を浮かべていた。
「何を言っている、ここから逃げられるって思うか?」
「……不死の霊薬が欲しいと言ったな。くれてやるよ」
「今更遅いぞ」
タラリスはそれを、不死の霊薬をやるから見逃せ、という意味だと解釈したが、違った。
アキレイアは不死の霊薬の壷を瓦礫の地面にぶちまけると、飛び散った不死の霊薬の上にさらになにか薬品を振りかけた。
すると不死の霊薬はその薬品に激しく反応し、ボコボコと音を立てて膨れ上がり始めた。
黒い液体はあっという間に膨張し、巨大なアメーバとでもいうような黒いタール状の怪物となって、タラリスの前に立ちふさがる。
タール状の怪物は奇妙な甲高い咆哮を上げて、タラリスを威嚇した。
「ティィィィィィィィィィィィ!」
「うげ……なんだこのやかましい鼻水は?」
「これこそ不死の霊薬だ。不死をもたらす原形質にして、あらゆる生命のアーキタイプよ! 今夜はたっぷり不死の味を味わうがいい」
それだけいうとアキレイアは身を翻し、集まってきた野次馬に紛れ、夜の町へと消えていった。
タラリスはその後を追おうとしたものの、不死の霊薬から生まれた怪物が行く手を塞いだ。
タール状の怪物が伸ばした触腕を避けたとき、もうアキレイアの姿は完全に見えなくなっていた。
「タラリス! 無事でよかったのです!」
不定形の怪物と向き合っているタラリスの元へ、ローズとマロが駆けつけた。
状況をよく飲みこめていないローズは、目を丸くして戸惑いながら言う。
「え……その、ここ数か月これの“お相手”していたですか?」
「違うよ!?」
妙な誤解にタラリスは即訂正した。変な想像されても困る。ハニートラップやる側にだってNGくらいある。
「じゃあこれはなんなのですか?」
「さあね。いまから解剖して調べるからちょっと手伝って!」
そういいながらもタラリスは怪物を攻撃する。
しかし、怪物はドロドロの不定形であり、タラリスが殴っても蹴っても表面が少々裂けるだけで、その傷さえすぐに再生してしまうのだった。
マロの噛みつきもまた同様である。
一時的な傷をつけても、その傷はすぐに消えてしまう。
さらに怪物は攻撃の際に体の一部を硬質化するらしく、振り回す触腕は石畳の地面をカステラのように引き裂いてた。
通常の攻撃は効果が薄いと思ったローズは、全身のエネルギーを集中させて両目から二条のレーザービームを放った。
レーザーによってじゅうじゅうと音を立てながら怪物の表面が焼け、一瞬怯んだ仕草をしたものの、タール状の体が波打つと火傷は飲み込まれるように消えてしまった。
背負っていたバッテリーをパージしたローズが呆れたように言う。
「う、効きませんか。これでもローズのレーザーはそれなりの熱量があるのですが……」
さらに駆けつけた騎士団の兵たちも手にしたライフルで援護射撃を行うものの、やはり不定形の怪物に殆ど効果が無いようだった。
弾丸が体にめり込んでもすぐに発射の勢いを失い、呆気なく鉛玉を弾き返してしまう。。
慌ててローズが叫ぶ。
「皆さんは近づかないでください!」
「ああ、奴は不死身の怪物だ。私とローズが時間を稼ぐ。その間にありったけの焼夷弾を持ってきて!」
と、怪物の攻撃を避けながらタラリスが叫ぶ。
「……!
ローズは後ろにいた兵士に目配せすると、その兵士は頷いて急いで後方の作戦本部へと向かった。
タラリスはタールの怪物と対峙しながら、目と耳で怪物の動きを観察していた。
粘菌のよう不定形の体……そこから不規則に繰り出される攻撃は、行動の起点を読みずらい。
体のいたるところから鞭のようにしなる触腕が飛び出したとき、思わずタラリスは呟く。
「う、気持ち悪い……こりゃ触りたくないな」
攻撃は速く速い。
だが、私ほどじゃない、と考えたタラリスは腰を据えて攻略方法を考えようとした。
決して油断したわけではない。
だが、その瞬間タリスの注意は、グネグネと動く触腕に集中していた。
その時。
タラリスは突然両足首を掴まれ「あっ」と、思わず声を上げた。
タール状の怪物は、本体と触腕でタラリスの注意を引いている間に、別の触腕を地面の下に伸ばし、タラリスの足元へと絡みついたのだ。
アキレイアに押さえつけられても余裕を崩さなかったタラリスも、思わずゾッとして肌の色を褐色に変化させる。
まずい。
次の瞬間タラリスの体は宙吊りとなり、天地が反転する。
まずい。本気でまずい!
受け身が取れない……!
ドゴォォンという轟音を立てて、タラリスは石畳へと叩きつけられた。
怪物の攻撃が一撃で終わるはずもなく、タラリスは人形の様に振り回されたまま、何度も周囲の壁や瓦礫の中に叩きつけられる。
その光景にローズの顔が引きつった。完璧な左右対称に造られている、人形の顔が歪む。
……いくらタラリスでもあれはまずいのです!
そう思いつつも、ローズとマロが割って入るのを躊躇ったのは、瀕死に見えるタラリスから反応があったからである。
掌を向けて「待て」のジェスチャー。
「グルルルル……」とマロは歯がゆそうに唸りながらも主人に従った。
効いた。凄く。
一瞬意識を失っていたタラリスは流れた血が頭の方へ上っていくのを感じて、自分が再び逆さ吊りになっていることに気が付いた。
意識を取り戻して、反射的にローズとマロに待ての指示を出す。
いい考えがあるわけではなかった
そんな無謀な指示を出したのは、ただの負けず嫌いだ。
相手が中々の化け物だってことは認めよう。地元でもここまで私を追い詰める生物は珍しい。
でもなあ。私だって、より強きタラリスだ。このままただ助けられたんじゃ名が廃る。
僅かに攻撃の手が緩まった瞬間、タラリスは体を折り曲げて足首に絡みついた触腕を力任せにねじ切った。
支えがなくなって落下すると、蛙のように無様に着地した。
痛みで体中が燃えるように熱い。それでもまだ四肢は動く。意識もはっきりしている。
満身創痍の体に無理を言わせ、永遠の一瞬を発動させた。
加速したタラリスの意識が、時が凍らせる。。
その凍った時間の中、タラリスは怪物の体に全力で飛び蹴りを放った。
十抱えもある怪物の体が、大きくひしゃげる。
渾身の一撃は大きな衝撃のはず。しかし流動する怪物に実質ダメージはない。
怪物の体が変形するのは、衝撃を逃がすため。
「ローズ、レーザー!」
タラリスは叫び、もう一度ローズにレーザーを発射させた。
光線が再び怪物の表皮を焼くが、やはり決定的なダメージを与えるには程遠い。
怪物は触腕を盾のように変形させてローズのレーザーを遮った。
「ダメなのです!」
「いいや。もう時間稼ぎは終わりだ」
「えっ?」
「私たちの勝ちだ」
タラリスは血を流しながらも、勝ち誇ったように言う。
戦っているうちに、怪物は再生中に攻撃しないことにタラリスは気付いた。
つまり攻め続けていれば、その間は怪物を封殺できる。今日のところはそれでいい。
兵士たちが焼夷手榴弾を持って戻ってきたのだ。
「やれ!」
怒号が飛ぶと兵士たちは一斉に焼夷弾を怪物に投げつける。
その焼夷弾もE爆弾と同じく、技術開発部の作った逸品だ。
基本は酸化鉄とアルミニウム粉末によるテルミット反応の高熱を起こす、という単純な構造の焼夷弾だが、新たに触媒としてクセリオンという元素を加えたことにより、燃焼温度が飛躍的に上昇。
瞬時に一万度近いの高温を発生させることに成功した。
この温度で個体の状態を保っていられる物質は、現在見つかっていない。
次々に投げ込まれる焼夷弾が巻き起こす高熱と閃光の中で、怪物は奇妙な断末魔を上げた。
「テケィィィィ! リィィィィィィィィィィ!!」
やがてそれも収まり、じゅうじゅうと嫌な音を立てて、怪物の体は蒸発し縮んでいく。
ローズはホッとして胸を撫で下ろした。
「終わりましたね」
血を拭いながらタラリスは首を振る。
「まだだね。一個、焼夷弾貸して」
焼夷弾を受け取ったタラリスは、その場で高くジャンプし、燃えカスとなった怪物の残骸目掛けて、上から叩きつける様に焼夷弾を投げ込んだ。
次の瞬間床にめり込んだ焼夷弾が光と熱を発し、僅かに残った燃えカスが、石畳ごとジュウジュウと蒸発していく。
「これでよし」
「最後のはなんですか?」
「念のため」
「もっと詳しい説明を求めるのです」
フッとタラリスは笑った。
自分には十年かかっても解けない数学の計算を一瞬で解いてしまうローズが、こうやって素直に自分に物を尋ねるのが最近では何だか面白かった。
「あー例えば普通の生き物は、骨とか筋肉とか堅い殻なんかで身を守ろうとするだろ」
「はい」
「だから大体の動物ってのは、骨やら筋肉に囲まれて、守らなきゃいけない臓器の周りが分厚くなるもんだ。そこがその生き物が本当に守りたい部分ってコト」
「ふむふむ」
「でもまあ分厚い場所が弱点ってのは本質じゃない。要するに生き物は安全な場所に重要な臓器を置きたがるってことね。あの化け物が最後まで足掻くとしたら、熱の届かない地面の下に体の一部を逃がそうとするだろって思ったんだ」
「……」
タラリスが説明するとローズは黙り込んでしまった。
「あのローズ? どうした?」
「はっ。あ、いえ。ちょっと感心してしまったのです。タラリスはちゃんと色々考えているのですね!」
「はーっ!? お花ちゃんよ、さては私のこと山育ちの無学なエルフだって見下してたな! 言っとくけど私はな、魚と虫と鳥と四本足の動物と足のない生き物の捌き方を知ってるんだからな!」
「そ、そんなコト思ってないのです!」




