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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第四章 天空の戦乱
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シェヘラザード作戦

 どの時代どの場所でも、太陽が沈めば世界が変わる。

 日の下では抑えられていた黒い情熱に突き動かされ、人々は歓楽街を闊歩する。

 そして夜の町の中心にあるのが、『貪欲』(ラミュロス)という名のナイトクラブだった。

 蛇を描いた看板を掲げたその店は、夜が来るたびに何人もの人間を呑みこみ、金を剥ぎ取って快楽という毒を与える。

 毎夜、ラミュロスに人足は絶えない。

 だが貪欲なる蛇が、不死の同盟と関係ある店だという情報を掴んだペガーナ騎士団は、身分を隠したタラリスをラミュロスのオーナーと接触させた。

 

 この作戦はシェヘラザード作戦と名付けられた。

 シェヘラザードとは言わずと知れた千夜一夜物語の語り手である

 女性を憎悪した王に、夜ごと多様な教訓に満ちた物語を聞かせて信頼を得ると、ついにはその憎悪を静めた知恵者だ。

 タラリスもそれに倣い、アキレイアに対し同様の接触を試みた。

 そして、千夜とは言わずとも、十分な月日が過ぎたのち……。



 タラリスは手鏡と睨めっこして、おめかしの最後の確認を行っていた。

 ローズはその横で、普段よりも濃い化粧をしたタラリスを不思議そうに見ている。

 さらにタラリスの服装を上から下まで見たあと、ローズは疑問を発した。

「あの、本気なのですか?」

「んー? なにが?」

「その格好で乗り込むのですか?」

「そうだよ。もう何度も似たような恰好でターゲットに会ってるし」

 タラリスは上下の唇をこすり合わせて口紅の塗りを均しながら言った。

「女の服装は鎧よ。こんな薄っぺらい服が、金属の装甲より役に立つ戦場もある。まあ、お花ちゃんには十年早いけどね」

「むっ。子供扱いしないで欲しいのです!」

 ローズは頬を膨らませたが、自分がおかしいのか確認したくなり、タラリスに聞こえないよう小さな声でマロに意見を求めた。

「……マロはどう思いますか? 変だと思いませんか?」

「ウウ……」

 マロは賢く、忠実なオオカミである。

 主人のことを悪く言いたくないマロは、聞こえないふりをして目を背けることで、忠誠を示した。

「……プイッ」

「あっ。ずるいのです!」

「こっちにも聞こえてるよ、ローズ! 任務に集中しなさい。私が中から合図を出したら、兵士と一緒に突入。それまでは待機、分かってるね?」

「はい」

「じゃあ行ってくる」

「あっ待ってください、カツラを忘れているのです」

「あ、そうだった。ありがと」

 タラリスは用意したカツラを被り、動いてもズレたりしないようにしっかりと固定した。

 この数か月、変装のためタラリスはほぼ丸坊主だった。

 戦場となる場所へ向かうタラリスの背中を見送りながら、ローズは思った。

 スパイを送り込んでの強襲作戦――あまり褒められた作戦ではないのです。

 けど……その為に髪をバッサリと切り、自分の体が汚れることも惜しまないタラリスを見てると、卑劣な作戦だという気があまりしないのです。

 これもまた戦術の一つ。勝つための行動を取っているだけ。タラリスの揺ぎ無さが、他人にそう思わせる。

 きっとタラリスのこれまで歩んできた人生が、威風堂々とした佇まいを支えているのです。

 比べて私には、過去がない。

 ちょっと悔しいのです。



 ラミュロスは、そこらの大衆店や盛り場とは一線を画す高級店である。

 入店する客側にも、相応のドレスコードが要求される。

 しかしラミュロスの門に近づくタラリスの格好は、高級店に相応しいとは言い難かった。

 煌めく宝石のイヤリングとネックレスはともかくとして、ミンクのハーフコートを羽織った下には、乳房がこぼれそうなほど過度に胸元が開いたスパンコールのドレス。

 スカート部分には脚の付け根まで見えそうな深い切れ込み(スリット)が入れられていた。

 さらに、歩くたびにチラチラと見える内ももには『天国への階段→』という文字のタトゥー(に見える特殊ペンでの細工)が刻まれている。

 矢印が指しているのは、無論鼠径部の方向だ。嫌でも下品な発想しか思い浮かばない。

 

 タラリスが近づくとラミュロスの守衛はやや困惑しながら、その前に立ち塞がった。

「この店に娼婦はお呼びじゃない。客を取るのは余所でやれ」

 タラリスは怒るでもなく、紅を引いた唇を吊り上げて、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 手提げ鞄から招待状を取り出して、それを守衛に見せる。

「ここに来るよう、アキレイア様に呼ばれましたの。通して下さる?」

「えっ?」

 守衛が確認すると、確かにそこにはラミュロスのオーナーであるアキレイアのサインが書かれている。

「こ、これは失礼しました、ステァ様」

「構いませんよ。お仕事ご苦労様」

 ステァという名の娼婦に成り済ましたタラリスは、手をひらひらさせながら、店内へと入ってく。


 娼婦の恰好をしたエルフの存在は、店内でも少し浮いていた。

 タラリスはボーイに先導されラミュロスの中に案内されたが、その途中で場違いな存在に気付いた客たちは、不思議そうにエルフを眺めて通り過ぎる。

 何か奇異なものを見る目。

 だがそんな目など気にも留めず、タラリスは時折軽く会釈し微笑みを返した。

 正直ちょっと男たちの視線を集めるのは楽しかった。


 エルフが案内されたのはカーテンで仕切られた個室の前だった。

「失礼します。ステァ様がいらっしゃいました」とボーイはカーテンを開ける前に一言断りを入れる。

 すると中から女の声が返って来た。

「おう。通せ通せ」

 ボーイはカーテンを開けると「ごゆるりと」と言って中へ入るよう促した。


 淫靡な香の匂いが充満する部屋の奥に、アキレイアは女帝の如く座していた。

 外見は黒髪の若い女だが、少なくとも八十年はラミュロスとその周辺一帯を支配するギャングの長として君臨している。

 タラリスは偽名を使い、これまで何度かアキレイアと接触したが、会う度に圧迫感を感じていた。

 こいつは相手を呑みこもうとする蛇だな。貪欲(ラミュロス)とはこいつのことだ、とタラリスは思った。

「どうした? 突っ立ってないで来いよ、ステァ」

 そう言うアキレイアの顔には自信が満ちていた。

 自分の力に酔い痴れている顔――まるで調子に乗っているときの自分を見てるようだ。

 うーん。客観的に見るとムカつくなあ。


 同族嫌悪を感じながらも、言われるがままタラリスは近づいて、ソファに腰を下ろす。アキレイアはグイッとその体を引き寄せて、腕を首に絡ませた。

「今日こそお前の本当の名前を教えてもらうぞ。覚悟しろよ」

「野暮な……そのような真似をしなくても、私はあなたの物ですよ」

「ダメだな。親がお前につけた名前を教えてもらう。ステァ、お前はいったい何者だ?」


 その言葉にタラリスは少しドキッとしたが、アキレイアが開いた胸元に手を滑り込ませてきたので杞憂だと分った。

 胸を揉まれながら、このスケベめ、と心の中でなじる。

「お前の体は筋肉(にく)までも美しい」

「良いオイルを使っているので。宜しければアキレイア様にも教えましょうか?」

「とぼけるな。そんなものでこの体が造れるか。娼婦に身をやつしていてもただ者でないことは分かる。どこで何をしでかして、ここに流れてきた?」


 タラリスは胸元に入れられた手を払い、すっと立ち上がって言った。

「そのようなことをお聞きになるなら、今夜はもうお開きに致しましょう」

「待て待て。私が悪かった、機嫌を直せステァ。ふふふ、この私を前に大した豪胆ぶりだ。お前のそういうところが好きだぞ」

 アキレイアはタラリスを宥め、半ば強引に座らせると今度は肩を組むようにして抱き寄せた。

「確かに野暮だったな。聞かずともお前の気性と体を見れば、大方のことは想像はつく」

 アキレイアはタラリスの長い耳の先から根元まで、ゆっくり舌を這わせた。

「ふふふ。血を抜いた痕があるぞ。鍛えこんだ証だな。それともいまでもまだ鍛えているのか? いずれにせよ、さぞ男どもに恥を掻かせたことだろう」

「私が自尊心を傷つけた相手は男だけとは限りませんよ、アキレイア様」

「確かにな! 美しさを誇る女ほど、お前の体を見れば歯ぎしりして悔しがるわ!」

「ふん」

 とタラリスはアキレイアの言葉を鼻で笑った。

「一時の美しさがなんになりましょう? 誰だっていつかは老いていくものです。エルフとてそれは同じ」

「それはどうかな。もし、そうでないとしたらどうする? 老いぼれることない永遠の命があるとしたら、欲しくないか?」

「そのようなことはありそうもないことです。エルフに伝わる物語にこんな話があります」

 そう前置きして、シェヘラザードさながら、タラリスは教訓を語った。

「人生は長い長い橋。“死”とは優れた射手。人が橋を渡り始めたとき、“死”の放つ矢の狙いはまだ荒く、逃れられる者は多い。しかし橋を渡るにつれ、“死”の狙いは少しづつ正確になっていきます。一人また一人と“死”の矢に射止められ、人は橋の下の深い霧の中へと落ちていく……」

 アキレイアは黙ってそれを聞いていた。

 タラリスはさらに続ける。

「そしてようやく対岸が見え、橋の渡り切る直前というところで、“死”の矢の狙いは完全になると言います。どんなエルフの射手さえも及ばぬほど正確に、“死”は橋を渡るものを射落としていく。だから結局橋の先に何があるのか、誰も分からぬままなのだと。人生とはつまるところ、そのようなもの……」


 話を終えるとアキレイアは例の自信たっぷりな表情で微笑んだ。

「ふふふ。興味深い話だ。だがなステァ、その橋を渡る方法、あるんだなこれが」

 アキレイアは微笑を浮かべたまま、片手に乗るほどの小さな壺を取り出した。

「これがそうだ」

 言いながらアキレイアは壺の蓋を取り、その中身をタラリスに見せた。

 壺の中は黒くドロドロした液体で満たされている。

 タラリスはそれを一瞥し、僅かな嘲りを込めて言った。

「……故郷の森で、これとよく似た物を見たことがあります。命懸けの戦いに赴く際に、戦士が飲むものだと聞きました。死が恐ろしくなくなる代物だとか」

「ふっ。エルフの闘いの水か。あれは幻覚作用のある蜂蜜に数種の薬草を調合したものだ。こいつはそんなものとはわけが違う。飲んだ者を不死なる者(アタナトス)に変える、本物の不死の霊薬(ネクタール)だ」

「まさか」

「嘘じゃあねえよ。私自身が証人だ。私がネオタリアの支配者になったのは百年は前の話だ。人間にしちゃあちっと長生きだろう? 実を言うとな、そこら辺のエルフより私の方がずっと年上だ」

「まさかそんなことが……アキレイア様は特殊な一族の出だと聞いております。それで――」

 アキレイアはタラリスの言葉を遮って言った。

「ああ、確かに私はアマゾン族だ。だが、それと長生きとは関係ない。変わった風習を除けば、アマゾンだって普通の人間と変わらねえよ」

「し……“死”の矢を避ける霊薬、そんなものが現実に存在すると……」


 タラリスはゆっくりと壺に手を伸ばしたが、さっとアキレイアが横から壺を掻っ攫った。

「目の色が変わったな。お前が望むなら、これをやってもいい」

「本当に?」

「ああ。だがそれには条件がある。分かっているだろ」

「私の名前、でございますか」

「そうだ」

「なぜそのようなことに拘るのです? アキレイア様にとって私のような者など取るに足らないでしょう」

(シシュ)の手により、お前をこのまま老いぼれさせるのには忍びない……なんてな。ふっ、気取った言い回しはやめよう。私はお前が好きだ。お前が欲しい。結婚するぞ! 共に不死なる者(アタナトス)になり、橋の向こうに何があるか拝もうじゃないか! だから名前くらい教えろ!」

 真っ直ぐで情熱的な告白だった。

 アキレイアは真剣な眼差しで相手の瞳を見つめ、返事を待つ。


 一方のタラリスも驚いていた。

 本気で驚いていた。

 誑し込んだのは自分だが、この展開は流石に予想していなかった。

 ここまで自分にハマってくれるとは……中々悪い気はしない。

 だが――手加減するつもりはない。

「アキレイア様……私の名前いまこそ教えましょう。しかし、その前に一つ物語があります」

「聞こう」

「むかしむかし。暴虐な、しかし強大な猿の王がいました。かの猿王の名はヴァリ……猿だろうと人だろうと、それどころか神が相手でも戦えば(・・・)必ず勝つほどの力の持ち主でした。そんな猿王に挑んだのはラーマという若者。偉大なる勇者です」

 くくく、とあふれ出そうになる笑みを噛み殺して、タラリスは続ける。

「ラーマはヴァリ王の背後から矢を放ち、あっけなく無敵の王を仕留めました。死の間際ヴァリ王は叫びます。『卑怯なり!こんな戦いでお前は誇れるのか!』勇者ラーマ答えて曰く『悪猿を殺すのは戦いではなく狩りだ。誰からも責められる謂れはない』」

「……? どういう意味の話だそれは」

 アキレイアは首を傾げた。 

 タラリスは今度こそ声を上げて笑った。

「あはははは!つまり、こういうことだ……私の本当の名前は、ハバエルの娘タラリス。ペガーナの騎士だ。お前を駆除する」


 相手が言葉の意味を理解する前に、タラリスは動き出した。

 手の甲でアキレイアの顔を打ち、視界を封じる。

「なっ!?」

 その刹那。

 アキレイアは、狭まった視界と混乱する思考の中で、自身の運命を暗示するような不吉な一文を垣間見た。

『天国への階段→』

 その直後、木を伐る斧のような蹴りが、アキレイアの側頭部に炸裂した。

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