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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第四章 天空の戦乱
27/40

過去の楔

  雲間に浮かぶ天空の城。

 その一角で有翼人(セイレーン)のシャイアは物憂げ窓の外を見つめていた。

 国土の崩壊――いままさにセイレーンの国ニューハイペリウムは岐路に立っている。

 いまはまだ僅かな綻びに過ぎないが、このまま手をこまねいていれば、確実にニューハイペリウムは……天空の楽園は地上へと落下する。

 セイレーンの女王はそれを阻止するため、地上の勢力と同盟を結び、ニューハイペリウムを支えている太古の機構の修復を依頼することを決定した。


 しかし、それも恐い。

 と、シャイアは感じていた。

 この二百年間、地上のあらゆる勢力と、一切の交流なく過ごしてきたニューハイペリウムは、煩わしい地上の争いとは無縁でいられた。

 再び地上と交流を持てば……。

 どんな禍が転がり込んでくるか見当もつかない。

 場合によっては同盟を結んだ勢力が裏切り、ニューハイペリウムの奪取を目論むかも知れない。ニューハイペリウムには汚い謀略を正当化するほどの価値がある。

 シャイアはそれを懸念し、女王の意見に反対した。

 口には出さずとも多くのセイレーンが自分の同じ意見のはずだと信じ、彼らを代表して具申したつもりだったが、女王の腹は既に決まっていた。

 何人も女王の命令に逆らうことはできない。こうなれば交流の再開は決定事項だ。

 ならば、臣の一人として、この決断によってニューハイペリウムがより良い方向に進むよう、全力を尽くすまでだ。


「シャイア! シャイア!」

 自分の名を呼ぶ喧しい声がシャイアの耳に届いた。

 シャイアは振り返り、翔けてくる男を見つめる。

「オルバ近衛隊長……」

 翔け寄ってきた男は朱に染まった翼をしていた。

 元々の体色ではない。翼を朱に染めたのはセイレーン族の『旗翼』と呼ばれる風習のためであり、これに最も近い概念は戦場で掲げる紋章や馬印といった軍旗である。

 古今、軍というものは、軍団の象徴、武勇の誇示、司令官の明示などの理由により旗を必要とした。

 セイレーンもそれは同様だが、飛行能力を持つ彼らはわざわざ旗を揚げるということはせず、染め上げた翼をもって旗の代わりとしていた。

 朱はやや誇張された太陽の色であり、女王ロザリンドを象徴する色でもある。よって女王の近衛たちは翼を朱色に染めていた。

 ついでながら、シャイアも守備隊の一軍に属し、青みがかかった色に翼を染めていた。

 

 シャイアは翔けてくる近衛兵を不思議そうに見つめた。

「随分焦っているようだが何か問題でも起きたのか?」

「お前が問題なんだよ!」

 と、オルバはシャイアに詰め寄った。

「お前、あの場で女王陛下に意見するなんて何考えてるんだ!?」

「私は女王様は意見を求めておられたと感じたから、そうしたまでだ。ときに主君をお諫めするのが臣下の務めだろう」

「しかし、言い方ってものがあるだろう! あんなに真っ向から反論なんて馬鹿な真似を……こんな調子じゃ、そのうちお前の首が飛ぶぞ」

「回りくどい言い方は性に合わなくてな。それに女王様はその程度で臣を罰したりはしない。何の問題もない」

 シャイアが胸を張ってそう言うと、オルバは呆れたように溜息をついた。

「あのな、俺たちはこの小さな国以外には、五つの世界のどこにも居場所なんてねえんだ。分かってるのか? そんな中で、もしも陛下に睨まれたらどうなるか……」


 オルバが女王を気色を気にするのには理由がある。

 少し前のことだ。

 セイレーンの神を祀る神官の不正が発覚した。

 その神とは、死して魂となった先祖の霊である。死した者は互いに溶け合い、セイレーン族を守護する聖なる風となる、と彼らは信じている。

 ところが件の神官は、神霊を祀る儀式を大幅に簡略化し、計上された予算と実費の差額を懐に入れていたのである。

 ことが露見すると、ただちに神官は逮捕され裁判にかけられることになった。

 だがここで「待った」をかけたのが、セイレーンの女王だった。

「その者を連れて来なさい」

 との命令が下り、ただちにその神官は女王の前に引き出された。

「なんで神霊を欺いたのか。言い訳があったら聞くわ」

 と、女王は問いただした。

 思わぬ機会を得た神官は、初め驚いていたが、これはまたとない好機であることに気付いた。

 女王さえやり込めれば、減刑があるかも知れない。

 そう考えた神官は、舌鋒を尽くして自身の行為を正当化した。

「なるほど」

 神官が話し終えると、女王は一言そう言って頷き、次に「もっと近くに寄りなさい」と言って神官を手招いた。

 神官は前に二、三歩進んだが、女王は首を振って、ここまで来い、と自分の手元を示した。

 前章でも触れたが、セイレーンの女王は巨大である。

 身の丈は通常の十倍は優にある。そのため神官は翼を広げて女王の示した場所まで飛んだ。


 ――バチン。


 樹木が裂けるような音が、謁見の間に響いたのはその時だった。

 女王が中指を弾き、ノコノコと近寄ってきた神官の腹を打ったのだ。

 いわゆるデコピンだが、そんな可愛らしいものではない。女王の指は人の足よりも太いのだ。

 神官は二十メートルも後方に飛ばされ、落下した。

 内臓が破れ、落下の衝撃でさらに腰骨を折った神官は、治療は受けたものの、結局一両日苦しんだ末に死亡した。


 女王自ら、堕落した神官を誅した。

 庶民の多くはそう考え、女王の行為を支持したが、上流階級に属する者ほど、この件には眉を顰めた。

 近代的な遵法精神の芽生えていた者は、たとえ罪を犯した者であってもその罪は法に則って裁くべきだ、という意識を持っている。

 また、いかに女王であっても法を蔑ろにするべきではないという考えも強い。

 裁判もなしに私刑のような形で神官を処したことで、女王の前では法など無意味だということが囁かれるようになり、一部の者たちは女王の勘気を恐れるようになった。


 近衛隊長オルバもその一人である。

 そんな旧友を見てシャイアは苦笑した。

 実直なシャイアから見ると、オルバはやや狡い所がある。

 しかし、シャイアはそれをオルバは慎重なのだと思い直した。宮廷の中ではそれも必要だろう。

 ただ、自分には難しい。

「オルバ、私はお前みたいに器用には生きられん。女王様の不興を買ったらその時はその時だ。だから、お前がもっと出世して、私がやらかした時は女王様に口を利いて助けてくれよ」

 シャイアはポンとオルバの肩を叩きニヤリと笑う。

「頼んだぞ、オルバ近衛隊長」

「笑い事じゃないぞ」

「私の心配なんかしなくてもいい。お前が心配することは女王様の身の安全だろ。あの場では引いたが、再び地上の勢力との交流が始まれば厄介なことになる、という私の意見は変わらん」

「そのことだが……」

 とオルバは一際表情を曇らせた。

「お前は随分気に入られたらしい。地上勢力との交渉役、陛下はお前に任せるおつもりだ」

「なに?」

 そんな馬鹿なと口から出そうになるのを、シャイアはすんでのところで飲み込んだ。

 自分は政治家でも外交官でもなく、一介の将校にすぎない。もっと適任者がいるはずだ。

「そんな……」

「女王陛下のお言葉だ。誰にも覆せない。何を言っても無駄だ」

 シャイアの心の内を読んだかのようにオルバは言った。

「頑張ってこい。ただ、もし女王の意に沿わない結果になったら……これがあるかも知れん」

 オルバはビンッと中指を弾いた。

「そうなったら俺の所に来い。匿ってやる」

「……ふ。ありがとうオルバ」

「で、何から手を付ける?」

「まずは信頼の醸造からだ。私たちは地上の者が恐い。しかし、向こうもやはりそう思っているはずだ。お互い敵ではないと、胸襟を開いて話し合ってみるさ」

「胸襟を開いて話し合うか……。なんとまあ愚直で、外交の妙がないな」

「しょうがないだろう! 私は兵士だぞ!」

「ま、気負い過ぎてあまり馬鹿な真似はするなよシャイア」

「ああ」

 二人のセイレーンはこつんと拳を突き合わせた。

「ふっ。地上との折衝役か。私たちも出世したものだな」

「じいさんみたいなことを言うな。俺はまだ満足してない」

 オルバがそう返し、それぞれの部署へと飛んでいった。



 一方その頃、ペガーナ騎士団の城で、タラリスは深い眠りの中にいた。

 まどろみの中で、タラリスはぼんやりと気付く。

 夢。

 私は夢を見ている……。


 見慣れたペガーナ城の廊下を、いるはずのない人間たちが歩いていた。

 人間世界から遠く離れた故郷の戦士たち。

 かつての相棒として肩を並べた騎士。

 そして技術開発部の新星、エミール。

 彼らの共通点は、既にこの世に居ないということだ。

 夢に出てきた彼らは、自分の身に起こったことなど全く知らないようだった。

 生前の姿のまま私に挨拶して、何事もなかったかのように通り過ぎていく。

 そんな彼らの姿を見ていると強烈なパンチを受けたような気分になる。


 私が人間の世界に行くと言ったとき、父さんは反対しなかった。

 それは私のことを自分の知っている限り最高の戦士……いや、それ以上の存在だと信じていたからだ。

 強き弓のハバエルを超える女。五つの世界全てにエルフの強さを知らしめるはずの女。

 その名も、より強きタラリス。


 だが、それが全くなんてザマだ。

 マヌケなエルフめ。いったい何人の命を取り零した?

 たった一人の強さなど、運命の前には嵐に翻弄される木の葉のように、吹けば飛ぶものに過ぎないとでもいうつもりか。

 この先も仲間が死んでいく姿を見続けていく気か。

 ……いや。

 そんなことは許されない。

 もし私がもっと強ければ、彼らを救えたはずだ。

 私は昨日より今日、今日より明日、より強くならないといけない。

 そうであってこそ私だ。そうでなければ、より強きものなどと名乗る資格はない。


「タラリス、どうしたのですか?」

 声を掛けられて振り返ると、そこにはローズがいた。その背後にずらりと死者を従えている。

 まるでローズが死者たちに混じっている気がして、ゾッと背筋が凍りついた。

 夢の中特有の思考の混乱によって、何が現実か判別がつかない。

 ローズが死んだ?

 いやそんな馬鹿な……ローズはまだ生きて……。



「ろ、ローズ!」

「うわっ、びっくりしたのです。ど、どうしたのですか?」

「……!」


 完全に意識が覚醒したタラリスはベッドの上で身を起こした。

 ああ、なんて夢だ。くそ。

 あんな自己嫌悪にまみれた夢なんて、私らしくもない。

 気が付くと、ローズも心配そうな顔でこちらを見ていた。

「うなされていたみたいですが、大丈夫ですか?」

「うー。なんか変な夢見た。寝覚めが悪くて食欲ないわ」

「朝はちゃんと食べないとダメなのです」

「自分で作る気もしない~。お花ちゃ~ん、作ってよ、お願い~」

「前も言いましたが、ローズは味見ができないので、一人では料理を作れないのです」

「いやいや。いま食欲ないから軽めにサラダとかでいいんだよ。それなら味見も何もないでしょ」

「そうですか。では作ってみるのです」


 タラリスが洗顔や着替えをしている間、ローズは言われた通りサラダを作り始めた。

 一度見た動きを完全にトレースするローズには、一切の無駄がない。しかも素早い。

 野菜を水洗いすると、レタス一玉とグリーンリーフ二房を高速で千切り、さらに紫キャベツ一玉、ニンジンとパプリカを五個ずつ、玉ねぎを十玉薄切りにしていく。

 無論自動人形のローズは、玉ねぎの硫化アリルで涙を流すようなことはない。無言で玉ねぎを刻む。

 バケツより大きいサラダボウル(特注)に野菜を盛りつけると、ちょうど準備していた半熟卵が茹であがった。

 お湯から取り出したダチョウの半熟卵をハンマーで叩き割り、サラダボウルの中心にIN。

 粉チーズと塩コショウを少々?振って特製シーザーサラダの完成である。


「ありがとう。ローズゥ~」

 出来上がったサラダとローズに手を合わせてからタラリスは野菜を貪った。

 野菜のシャキシャキという感触を味わっていると、なんだかお腹がすいてきて、やっぱりサラダだけじゃ足りなかったので、バゲットも一本も食べた。

「元気出ましたか?」

 とローズが尋ねるとタラリスは首を斜めに傾げた。

「うーん……いやまだちょっとハグ分が足りないわ。ぎゅーしてローズ」

「分りました! はい、ぎゅー!」

「ああああ、癒される~~」

 しばらく二人は抱き合ってからタラリスは力瘤を出していった。

「充電完了! 私、今日は午前中団長に呼ばれてるから、午前の特訓は無しね。マロの散歩やって遊んであげて」

「了解です!」

 いつも通りの一日の始まりだ。

 嫌なことなんて忘れて、さあいっちょやるか。



 小会議室に入ったタラリスは片眉をピンと釣り上げた。

 遺跡調査の一件があって以来、小会議室は不死の同盟対策本部が設置され、各部署から招集された人員が情報収集と対抗策の実施に明け暮れていた。

 部屋の中を探るように視線を走らせる。

 忙しなく働く職員に混じって、デスクに座るアーヴェイン団長。

 その後ろにはアーヴェインの影のように付き添う秘書、顔焼けのアリアが控えている。

 酷い火傷で顔の半分が爛れたアリアは、いつもと変わらぬ表情をしたまま団長の背後で睨みを利かせていた。

 いつも通りの光景だが、何かがおかしい。

 タラリスの長い耳が、痙攣したみたいにピクピクと動く。

 やがてハッ気が付いて、タラリスは口を開いた。

「……オズ。悪ふざけはやめて。私には通じないよ」

「ははは。いや申し訳ない。それにしても、この光学迷彩は技術部の自信作だったのですが。あっさり見破ったのは流石というべきですな、タラリス卿。どうしてお分かりに?」

 虚空から笑い声が響いたかと思うと、空間が蜃気楼のように一瞬歪み、歪みは人型のシルエットへ、そしてシルエットは黒人男性へと目まぐるしく変化していく。

 現れたのはペガーナの騎士の一人、騎士団の諜報部門を統括する諜報部長、オズワルド卿であった。


「心臓の音が聞こえた」

 と、タラリス。

「私の美貌を見てドキドキしたのが失敗だったね」

「ふ、では今日のところはそういう事にしておきますぞ」

「んで、今日の呼び出しは何なの団長? 最近はいい子にしてたよ。あー、その、悪い子の基準ではいい子にしてた」

「叱るために呼んだんじゃない。まずオズワルド卿から説明がある」

 アーヴェインが身振りで促すとオズワルドが小さく頷いた。

「まあ座って下され、タラリス卿」

 オズワルドが資料を広げつつ着席を促すと、いつの間にかアリアがテーブルの上に二杯の紅茶をそっと差し出していた。

「ご覧の通り不死の同盟の動きが活発化してるのですが、最近の動きは聞いておられるかな?」

「一応、だいたいは」

「だいたいでは困るので、そこから説明しますぞ。不死の同盟の下部組織がこのところかなり荒っぽく資金を調達しているのです。目的はまだ不明ですが、なにか大規模な動きの前触れだろうと推測されます」

「大規模な動きって?」

「戦争ですな。言わずもがな、相手として最も可能性が高いのは、我々ペガーナ騎士団でしょう」

 ほう、とタラリスは眉を吊り上げた。

「ここに攻めてくるって? じゃあご馳走作って出迎えてあげないとな」

「落ち着きなされタラリス卿。可能性が高いとはいえ、まだそうなると決まったわけではありませんぞ。幸い諜報部(ウチ)で敵の電送暗号を解析に成功したので、いま資金の流れを追っているところです」

「さらっと言ってるけど、やるじゃん諜報部」

「私も部下を褒めてやりたいんですが、残念ながら相手の失態ですな。奴らの上層部の暗号は全く解ける気配がありませんが、命令系統が下に行くにつれて、どんどん雑な暗号になっているのです。兵の質が低くて暗号のやり取りをめんどくさがってるんでしょうな」

 慇懃な口調でオズワルドは続けた。

「古典的なシーザー暗号を使っている者までいましたよ。いや、実に古風な趣味で大変結構ですな。というわけで、最上位の命令や連絡は相変わらず霧に包まれていても、下の動きからどのような連絡が下ったのか、我々は推測することが可能というわけです」


 うんうんと頷きながら、ボソッとタラリスが言った。

「……あの私も、いままで電送手帳使うとき暗号なんて使ってないんだけど……」

「それで構わないのですよ。この話の教訓は、中途半端な暗号で機密をやり取りするくらいなら、暗号など使わない方がよいということです。私も団長も敵に知られて困るような情報はあなたに伝えておりませぬので、今まで通りで結構ですぞ」

「うーんそれはそれで釈然としないな」

「話を戻しますぞ。あなたにやって貰いたいのはそういった下部組織の掃討なのですが、調査を進めていくうちに大物が引っ掛かったのです」

 オズワルドは一枚のスケッチをテーブルの上に置きそれをタラリスに見せた。


 描かれているのは見るからに気の強そうな女だった。

 目じりの釣りあがった目、不遜その物を表現したような口。

「アキレイアという女です。戦乱世界(ウォーランド)のアマゾン族出身、いまはネオタリア地方の暗黒街の顔役に納まっていなす。そして不死の同盟の一員でもある。この女を潰すため力を貸していただきたい」

「へえ、アマゾン出身のギャングねえ。怖そうだな」

「なぁにタラリス卿ほどではありませぬ。ただ資金力が豊富で、この女の周りでかなりの金が動いている。是非叩いておきたい」

「OK。私とローズでお邪魔して捕まえてくるさ」

「それはやめろ。相手は不死の同盟の正規メンバーだぞ。何百年も生きてる化け物だ。正面から殴り込むのはやめろ」

 とアーヴェイン。

「じゃあどうするんだい団長? ラブレターでも書いておびき出すか?」

「はっはっは」

 オズワルドは乾いた笑いをした後、真顔になって言った。

「それは名案ですな」

「何を思いついた、オズ?」

「こういうのはどうですかな」


「アッハッハッハ!」

 オズワルドの作戦を聞くと、タラリスも哄笑した。

「それは面白そうだな、よーし、じゃあまずはバリカンが必要だな」

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