人生盗み、キャリバン
一時間前。
「すみません、ゴーシュ卿」
キャンプの物資を管理している主計はゴーシュを見つけると申し訳なさそうに声をかけた。
「あのう……在庫が合わないんですけど……」
その報告を聞いたゴーシュも顔をしかめる。
「ちっ。また誰かが勝手に盗み食いしたんだろう。食い意地張ったエルフの女とか、そいつのオオカミとかがな……」
「いえ、そういうわけではなくて、衣料品の在庫が一箱多いんですよ。誰か買い足しました?」
「俺は聞いてない。タラリスたちが持ち込んだ追加分の数が間違ってなかったのか確認しろ」
「それももう確認しましたけど、どうも数が合わないのはその少し前からみたいで」
「馬鹿な。そんなはずはないだろう」
「ええ。変なんですよ。現金の出納記録は合っているので、途中で在庫が増えたとしか……」
「在庫は自分で数えたのか?」
「いえそれは、その係りの者が……」
「馬鹿者が! 俺に話す前に自分で在庫を確認しろ!」
「す、すみません」
「もういい、来い。俺も一緒に確認する!」
ゴーシュは主計を伴って簡易倉庫になっている天幕へと入った。
二人が置かれていた衣料品の木箱の数を数えてみると確かに一つ多い。
「やっぱり多い。変ですねえ」
どこか呑気な主計の声がゴーシュの神経を逆なでした。
「変ですね、じゃない! 服が一枚二枚足りないというならいざ知らず……一箱も多いだと? 明らかな発注ミスだろうが」
「しかし、発注に間違いはありませんよ」
チッとゴーシュは舌を打った。
「じゃあなんだ、あれは空箱だとでも?」
そう言ってから、二人は同時にハッとした。
本当に空箱が混ざってるかも知れない。
ゴーシュは木の蓋を開けて中身を確認した。
しかし別段変わったところはない。
「……入ってますね、やっぱり」
「待て」
主計が蓋をしようとするのをゴーシュは止めた。
「どうしたんです?」
「……」
木箱を開けた瞬間にゴーシュは不快な、だが馴染みのある腐臭を嗅ぎ取った。
戦場で感じる死の匂いである。
嫌な予感がしたゴーシュは、木箱の中に入っていた乱暴に衣料品をはぎ取るように投げ捨てた。
そして木箱の底を剥ぎ取る。
「!?」
瞬間、目に飛び込んできた物に主計係は腰を抜かしそうになった。
ゴーシュですら目を見開き、ワナワナと震える。
木箱は二重底となっていて、ご丁寧にも隙間から匂いが漏れないよう、蜜蝋でぴっちりと封じられていた。
木箱の奥に隠されていたのは、死後数週間は経ってると思われるヴィーカの遺体だった。
その顔といい、体に刻まれた傷跡といい、間違いなくゴーシュの相棒であるダルシーである。
「ば、馬鹿な……さっきまで俺はダルシーと一緒に……」
ゴーシュは混乱し茫然自失して声を失った。
だがそれは、ほんの僅かな間だけだった。
混乱が治まると同時に、火山の噴火の如き怒りがゴーシュの胸の奥底から脳天にかけて突きあがってきた。
ダルシーは何日も前に殺されていた。
そして何者かがずっと入れ替わっていたのだ。
なんということだ。
こんなことに気付かなかった自分に腹が立つ。
不覚。
これ以上ない不覚。
ゆ、許せん!
絶対に許せん!
相棒を殺された怒りと、そのことに何日も気付かなかった自分への不甲斐なさが、狂った獣のようにゴーシュを駆り立てた。
ゴーシュは目を血走らせながら天幕を出ると、大地を踏みにじるようにずんずんと早足でダルシーの偽物を探した。
そして、その姿を認めたとき、ゴーシュの怒りは爆発した。
「貴様ァァァァァァァァ!!」
五分後。
行き違いにより、ゴーシュはタラリスが対峙していた。
「そこをどけ、タラリス!」
「そりゃ無理だ。ここを通りたいなら窓口で許可証を貰ってきな」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」
ゴーシュは炎刃を鞘に納め、力の限り突進した。
タラリスを突き飛ばして、さっさダルシーの仇を追おうというのがゴーシュの腹だったが、素手の取っ組み合いはタラリスの得意分野である。
ゴーシュの体当たりをタラリスは真正面から受け止めた。
エルフの肌とヴィーカの鱗がぶつかり合い、ゴンという鈍い音が鳴る。
傍からみれば一見互角のぶつかり合いにも見えたが、ゴーシュからすればそれは大間違いだった。
十分に勢いをつけたぶちかましでも、タラリスはビクともしない。想像以上の足腰の強さである。
組み合った瞬間からタラリスの膂力が伝わってくる。
まずい、と思った瞬間、タラリスの頭突きが顔面に直撃した。
「がっ」
ラフプレーに全く躊躇のないタラリスは、頭突きが決まるや否やゴーシュを投げ飛ばし、地面に叩きつけていた。
全身の骨が砕けたかと錯覚するほどの、強烈な投げである。
ゴーシュは朦朧とする意識の中で、なにかが首と腹に巻きついていくのを感じた。
ともづな!?
ゴーシュは反射的にそう思った。ともづなとは、船を係留する際に使用する太い綱のことである。
無論本当にともづなが巻きついたわけではなく、ゴーシュがそう感じたものの正体はタラリスの手足であった。
エルフの手足は胴と喉をギリギリと圧迫し、ゴーシュの視界が一気に暗転する。
く、くそ。馬鹿力のエルフめ……。
だが意識が失う寸前で、突然ゴーシュは解放された。
ゲホゲホとむせながら顔を上げると、タラリスが調査団の人間と話し合っている。
ゴーシュと一緒にダルシーの死体を見つけた主計が、そのことを仲間に報せ、その報せが間一髪タラリスの元に届いたのだ。
タラリスは手を差し伸べてゴーシュを引き起こすと、バツの悪そうに言った。
「ごめん、どうも間違いだったみたい」
「いいから早く行け! あいつを見つけろ! エミールが危険だ!」
「お、おう」
怒鳴られたタラリスは、その場を逃げるようにダルシーの姿をした敵の後を追った。
「……マロ」
ローズが巨大なオオカミをポンポンと撫でた。
「動くなと言われてますが、緊急事態なのです。私たちもエミールを探しに行きましょう」
「ゴルルルル……」
マロは喉を鳴らして答えると、ローズはマロの背に飛び乗った。
混乱の中で、ローズとマロがそっとその場を離れたことに気付く者はいなかった。
「エミール! 見つけたのです!」
見慣れた後ろ姿を見てローズが興奮気味に言った。
「ん、ああ。ローズか。助かった~」
「よかった、無事なようですね。ダルシーはどこへ? 一緒だったのでは?」
「えっ? 僕をあの場から離した後、タラリスを助けに行くって言って向かったけど、そっちこそ一緒じゃないのか?」
「逃げられましたか……」
「どういうこと?」
エミールの姿を盗んだ男、不死の同盟の一人キャリバンは素知らぬ顔でそう言った。
AAによってエミールの姿形や声、記憶さえもコピーしたキャリバンの変化は完璧と言える。
機械の目を持つローズにも、野生の鼻を持つマロにも見破ることはできない。
「事情は歩きながら話すのです。まずは野営地本部へ行きましょう。あっその前に……」
「なに?」
「ちょっとこれを持って欲しいのです」
ローズは背負っていたバッテリーのコード外すと、ポンとエミールに向かって投げた。
「おっとと」
エミールが放り投げられたバッテリーを受け止めた瞬間、ローズの全身が唸りを上げる様に駆動した。
急加速したローズはそのまま強烈な回し蹴りを放つ。
エミールの姿をしたキャリバンはバッテリーを盾にしてその蹴りを防いだ。
グシャグシャに変形したバッテリーから電解液が飛び散る。
邪悪な笑みを浮かべながらキャリバンが口を開く。
「おほっ危ねえ危ねえ。なんで分かった?」
「そのバッテリーの重さは約四十四キログラム! エミールにはとても持てないのです! それに一人でいるのも不自然だったのです!」
「ああ、そうかあ。避けなきゃならんかったのか。うっかりしてたぜ」
キャリバンはヘラヘラと笑った。
ローズは既にコンバットモードに移行。マロも同じく牙を剥いて戦闘態勢だが、まるで意に介していない。
それどころか見下すように笑い続けた。
「へっ。それタラリスの真似だな」
キャリバンはローズの取る構えを見て言った。
「人の真似をして人に仕え、ぶっ壊れるまで人を守る人形か。なんだか哀れな奴だなあ、お前は。」
「そんなことはないのです! 私は人生楽しいですよ」
「ヒャヒャヒャ! 犬っころや機械に人生なんかあるかよぉっ!」
エミールの姿をした怪人キャリバンは、懐中から二本の剣を取り出した。
左手に握るのはダルシーから奪った氷の剣、ポリアルジャン。右手に握るのは切り裂いた相手の体と心を写し取る魔剣、エグゼキューターである。
生半な戦士ならば二振りの魔剣の輝きの前に、背を見せて逃げただろう。
しかし、このときキャリバンの前に立っていたのは、タラリスが鍛えた恐れ知らずのオオカミである。彼を恐れさせるのは不可能だ。
牙を剥いたマロは一陣の風となってキャリバンへと飛び掛かった。
マロはキャリバンを押し潰そうと、前脚を振り下ろした。
その踏み付けに合わせて、氷剣とエグゼキューターが閃く。
キャリバンの見切りは、凄まじいスピードで疾走するオオカミの速度を読み切る、見事な合わせだった。
しかし誤算は斬った後のことだった。
硬ええ。
二振りの剣でマロの前脚を斬りつけたキャリバンは、剣を通してそう感じた。
金属とまた違う硬さ。
オオカミの剛脚は、まるで百本の樫の木を一本に圧縮したような弾力のある硬さだった。
斬り飛ばせねえ。
そう悟ると同時にキャリバンはさっと後退する。
対するマロは少々斬りつけられたくらいでは止まらない。ここぞとばかり退いたキャリバンを追い立てる。
「ちっ。犬っコロが」
と悪態をつきながら、キャリバンは氷剣をマロ目掛けて投げつけた。
ビュンと加速して氷剣を回避したマロは、一飛びの間合いギリギリの距離で再び牙を剥く。
キャリバンはエグゼキューターを両手に握り、剣の切っ先を下に下段の構え。
狙いは先ほどと同じく、向ってくるオオカミの脚斬りである。
そして初撃と違うのは、剣を一本にして両手持ちになっていること。
片手で剣を振り回していては致命傷を与えられないと認めた証拠ではあるが、両手持ちなら絶対に斬れるという自信が漲っていた。
「来い」
オオカミが動いた瞬間、キャリバンもそれに合わせて間合いを取る。
だが、キャリバンが攻撃の動作に移った瞬間、マロの動きが止まった。
うっ、とキャリバンの呼吸に乱れが生じた刹那、マロに隠れるようにして動いていたローズが突如その姿を現した。
遠心力を踵に乗せた胴廻し回転蹴り。
キャリバンは辛うじて剣の柄で受ける。
「人形よぉぉ、お前の実力は知ってるぜえ。タラリスの猿真似格闘術で俺に勝てるかぁ?」
「そのつもりなのです」
「分かってねえなあ。この剣、エグゼキューターは殺した相手の情報を完璧に記録して俺にそれを与える。つまりよう、姿だけじゃなく斬った相手の人生を丸ごと頂くってコト。お前の実力はダルシーの記憶を通してお見通しってわけだ」
「ダルシー卿の知っているローズはひと月前のローズなのです。それに他人の人生を覗き見しても、それはあなたの物にはならないのです」
「はっ! 黙れガラクタが!」
事実上初めての実戦にローズの心は僅かに高揚していた。緊張は恐怖からではなく、芽生え始めた闘争心によるもの。
体を流れる電流の電圧が普段より高い気がする。人工関節が軋み、その瞬間に備える。記録装置がタラリスの教えを再生し、やるべきことを確認する。
動作は細かく、そしてときに狡く。
キャリバンは流れるような足捌きで間合いを詰めつつ、突きの構えを見せた。
相手の視線が自分に向けられたと感じた瞬間、ローズは目を発光させた。
高出力のレーザービームではない。
光を収束させず殺傷能力がない代わり、即座に点灯可能な大光量ライトである。
「おっ……」
キャリバンの目が眩んだ隙に、ローズは軽やかに跳躍し、ローリングソバットを放つ。
胸を蹴り上げたローズは回転を加速させ、さらにバックブローでキャリバンの顎を打ち抜く。
完全に懐に入り込んだローズはダメ押しの肘鉄を相手の脇腹へと突き刺す。
効いてるのです!
とローズは確かな手応えを感じた。
明らかに相手は三連打に苦悶の表情を見せている。
息つく間を与えずマロがそこへ飛び掛かった。キャリバンの体が木の葉のように吹っ飛ぶ。
さらにローズはマロと連携を続ける。前方宙返りしつつ、上空から打ち下ろすようにキャリバンを蹴り飛ばす。
全く想定外の事態にキャリバンの余裕が消えた。
二対一とは言え不死の同盟の一員である自分が、ペガーナの騎士ですらない人形と飼い犬に圧倒されているという認めがたい事実。
怒りが込み上げたキャリバンは威圧するように叫んだ。
「くるくる、くるくると……うざってえなァーー!」
「これが私の戦い方なのです!」
キャリバンが振りかぶった剣をダンサーのように回って回避しながらローズが言った。
ローズの戦い方はタラリスの模倣から始まったが、すぐにそれでは限界があることに気付いた。
自分にはタラリスほどの力はない。
身長もタラリスより低く、手足も短い。手の様に器用な足を使った足技については言わずもがな。
そこでバックボーンにエルフの格闘術を置きながら、少しずつローズは戦い方を進化させていった。
ローズが大きく取り入れたのは、回転である。
大抵の人型生物よりも、機械である自分の関節可動域の方がずっと広い。
また小柄な身長も回転する上では長所となる。
敵の懐で回るというのはタラリスにもできないこと。
回転の動作によって、攻撃に遠心力と体重を加え少しでもパワーの不足を補い、同時に防御においては受け流しを狙う。
模倣から始まったローズの格闘術は、そのような新しい戦闘スタイルへと変わっていた。
だが。
ローズとマロの善戦が、キャリバンの真の力を引き出した。
劣勢を自覚したキャリバンは剣を振り回しながら、魔剣の名を叫ぶ。
「クソクソっ! もっと力を寄越せ、エグゼキュータァァァァァ!!」
刀身が怪しく輝くと、小柄な研究者の面影は消え、キャリバンの姿が変化していく。
そうして出現したのは、人間の顔にトロールの巨体、エルフの耳、ヴィーカの鱗……それらの要素が統一感なく混ぜ合わさった怪物である。
斬ったものの情報を記録し、その情報を使用者に与える魔剣。
その力を必要以上に引き出した結果生まれた異形だった。
「さぁ続きだぜぇ、ガラクタ人形ぉぉぉぉ!!」




