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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第三章 ワンダフル・ライフ
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遥か望む未来の花


 ペガーナ城に併設された研究所の外観は、ペガーナ城と同じく白い立方体の建物だった。

 しかし内部の造りが少々違い、またそこを根城とする人間が醸し出す雰囲気も、城の本丸とは少しだけ違っている。

 研究所は中央の大広間を中心として、各研究室は互いに隣接してあったので研究者は好きなように自分の担当以外の研究室に行き来できるようになっていた。

 これは研究室同士の積極的な交流を推奨し、研究が行き詰った際に別の研究が刺激となって突破口を開くことを期待しての設計である。

 いつでもどこでも互いの研究について語り合えるよう、室内だけでなく、廊下や、階段の踊り場、果てはトイレの中にまで黒板が置かれる念の入れようだった。

 無論この場合機密性はある程度犠牲となるが、ペガーナ騎士団は機密性と研究の進捗というトレードオフに応じた。


 この知識の砦を率いるのは、アーサー卿という名の男だった。

 一般的な研究者像から大きくかけ離れていた男で、外見はまるで熊のようだった。体格がよく、ヒゲが濃く、腹も腕も太く、声も大きかった。

 しかしどこか子供っぽい、少年のような純粋さが、威圧的な外見を相殺していた。

 好奇心という虫取り網を振り回しながら、研究所という森の中を徘徊する大きな子供、とでも言おうか。

 アーサー卿は何にでも興味を持ち、お喋りも好きで、誰よりも研究所の理念と方針を体現していた。

 実際、ある程度の機密保護を犠牲にしても、可能な限り研究室同士の壁を破壊するという方針はアーサー卿が作ったものだった。


 研究が行き詰る気配を感じたり、あるいは何か思いつくと、アーサー卿は研究室を飛び出して、そこら辺を歩く人間を捕まえては意見を求めた。

「これこれこのような問題が生じたから、このようなアプローチをしようと思うんだが、君はどう思う?」という風に。

 アーサー卿は他人に問題を説明する行為を通して、自分の頭の中身を整理をしていると思う人間もいたが、大半の研究者は、本気でアーサー卿は会話から何かを得ようとしていると信じていた。


 部下の研究にもよく首を突っ込んだ。

 唐突に様々な研究室を訪れては、いま進めているAAの解析や復元やその応用についての説明を求めた。

 またアーサー卿は年に一度、全研究者と技術員を集め、AAの技術を応用した新製品に関する自由な発言をする『大会議』という場を設けた。

 下級技術員でもこのような製品を作ってみたい、作れると発言できる会議だ。


 タラリスとローズが相談に行ったときも、アーサー卿は助手と数人の研究者たちと大声で議論していた。

 机に資料を広げながら、アーサー卿は興奮気味に言う。

「ということは、これは何か……より大きなものの一部なのか? それも移動式の?」

「可能性は十分にあります」

「素晴らしい! それほど巨大なものを動かしていた動力源は一体なんだろうな? 考えるだけでワクワクしてくるよ!」

「はーい、アーサー。ちょっといい?」

 会話の中に割って入ったタラリスに気が付くと、アーサーは一際大きな声を上げた。


「おおおおおお! タラリス! ローズ! そしてマロォォォォォ!!」

 アーサーはマロを乱暴に抱きしめてゴシゴシと毛皮を掻いた。

「グルルル……」

 マロは気持ちよさそうに唸り声を上げる。

「いい所に来た! ちょっとこれを見てくれないか! 君たちの意見も聞きたいんだ!」

 アーサーはすぐ椅子を引いて、二人の着席を促した。

 流れる様にアーサーは二人を会話の輪に引きずり込む。

 タラリスは肩を竦めた。

「何だい。おおげさな。まさかデート行くときの服なんて言うなよ~?」

 言いながらタラリスとローズは椅子に座る。

 そのとき、タラリスは背負っていた鉄弓を椅子の横に立て掛けたが、椅子を少し引いて座り直した瞬間、雑に置かれていた鉄弓が揺れた。


「ひっ!」

 短く悲鳴を上げたのは、アーサーの助手を務めるエミールという小柄な青年だ。

 不運にもたまたまタラリスの隣に座っていたエミールは、ぎょっとして椅子から飛び退いた。

 次の瞬間、鉄弓がコンクリートの床に転がり、ガァァァンというけたたましい金属音が響く。


「タラリスさん気をつけて下さいよ! その弓何キロあると思ってるんですか!? それが倒れてきたら僕の足なんか簡単に潰れますよ!」

「そんなビビらなくても……倒れる前に押さえてくれればよかったのに」

「そんな重い物僕は持てません!」

「そう……ゴメンね。これから気を付けるから許して?」

 タラリスは色っぽくウインクしながら謝った。

 エルフの流し目に誤魔化されたエミールは少し照れた様子で言う。

「そ、それならいいんです」

 

「おいおいタラリス、ウチの若いのを誘惑するなよ! それより、これを見てくれ。何に見える?」

 強引に二人を座らせたアーサーは机に写真を広げた。

 白黒の写真に写っていたのは、散乱した瓦礫の山の様に見えた。

 どこか崩れた建物のような……。

「これは遺跡ですか?」

 とローズ。

「その通り! ゴルドー山脈の麓にある町から西に十五キロの地点で見つかった遺跡だ。いや、出現したというべきか……」

 アーサーは自分の言葉を咀嚼するかのように言った。

「ご覧の通り、何か建物の残骸が広範囲に広がっているが、現地の人間の話では、ついこの間までここには何もなかったそうなんだ。実際、地面に基礎部分などの遺構が全く見られないらしい」

「というと、どういうことなんです?」

「もっと詳しく調査しなければ何ともいえないが……この遺跡は空から落ちてきた、そういう証言が出ている!」

 興奮気味に語るアーサーとは対照的に、タラリスは冷ややかな答えを返した。

「ありえないってそんなこと。そんなものが空に浮かんでたらいくら何でも気付くよ」

「確かに証言だけで決めつけるのは良くないな! 常に別の可能性も頭に入れておくべきだ……ローズ、君はどう思う?」

「……」

 少し考えてからローズが答えた。

「空飛ぶ建造物を作ることは不可能ではないと思うのです」

「本当か?」

「はい。ところで、これ、私たちが見ていい資料なのですか? 機密保護のプロトコールを破っているように思えるのです」


 思いがけず飛び出た真面目な回答に、アーサーは破顔した。

「まあ厳密にはまだ見せちゃダメな奴だ! 団長には内緒にしておいてくれ! 」

 エミールが、ローズを見て苦笑いしながら首を振った。

 諦めの境地に至った笑みである。

「空から落ちてきたという話の真偽はともかく、この遺跡自体がAAだ。早速調査団を派遣するつもりだが、調査団の護衛にタラリスとローズも同行して欲しいと思っている。どうかな?」

 タラリスは即答した。

「悪いねアーサー、それはダメ」

「なんでだ、タラリス!? 私と君の仲だろ!」

「その前に解決して欲しい問題があるからここに来たの。実は……」

 言葉を遮り、アーサーが割って入った。


「待て、当ててやろう……このあいだ電送手帳のやり取りが窃視(ピーピング)されてたことだな? 本来の対象以外に受信されないよう、プロテクトを一段強化したからもうその件は安心してくれ。今度は大丈夫だ!」

「いや違う」

「じゃあ君が電気自動車を爆走させた件を謝りたい? 怪我人はでなかったし、私は気にしてないが」

「それも違う」

「分かった!」

 パチン、とアーサーが指を鳴らした。

「技術部の大会議に参加したいんだな? 私も実戦に出る人間の意見をもっと聞くべきだと思っていたんだ。勿論構わないよ、君が何を言うか楽しみだ!」

「違うって!」

「ふーむ? あと何があった? 数字の7に横棒引くガイドラインがまだ気に入らないとか?」

「ローズのことで相談したいことがあるの!」

 ローズの名前が出ると、アーサーはちょっと驚いたように目を丸くした。

「……なるほどそっちか。で、私にどうして欲しい?」



 タラリスがローズの活動時間を伸ばしたいということを説明すると、アーサー卿は顎髭をじょりじょりと撫でた。

「なるほど、なるほど。確かに活動時間に不安があるなら実戦には出せないな!」

「どうしたらいい?」

「今日来たのはいいタイミングだったな! ちょうど私たちは自動車に載せる新型のバッテリーを開発中だ。それをちょっと調整すればローズの役に立つかもしれない」

 アーサーはローズの方を向いて尋ねた。

「太陽光発電以外に外部から電力を給電する機能はあるかい?」

「はい。人間でいう第七頸椎のところにソケットがあるのです」

 ローズが自分の首の根元辺りを指で押すと、機械が作動してその部分に差込口が出現した。

「ほう。こんなところにあったか。これならバッテリーをバックパックのように背負う形にできるな」

「接続端子の規格や推奨ボルト等々についてはデータがあるのです」

「話が早いな!。しかしローズのことをもう少し詳しく調べないといけないんだが、構わないか?」

「はい。その為に来たのです」

 ローズが頷くと、アーサーは次にタラリスに視線をやってもう一度念押しした。

「いいんだな、タラリス?」

「ローズがいいっていうなら私からどうこう言うことはないだろ」

「分った。じゃあローズは午後になったら七番研究室に行ってくれ。準備をしておく」

「はい」


「じゃあ、これで解決したってことでいいんだね?」

「解決? ハハハハ。冗談を言うなタラリス! もし仮に上手くいったとしても、この程度で解決したとはとてもとても……」

「なんで? いまから作る凄い機械で何とかできるんじゃないの?」

「いくらなんでも女の子にバッテリー背負わせながら戦わせるわけにはいかんだろう。今回私たちが作るのは、あくまで普段の消費を抑える為のものだと思って欲しい。いざという時に動けるようにね」

「そう……」

「他に誰か案のある人はいるか?」

「ちょっといいですか」

 控え目に手を挙げたのはエミールだった。

「ローズの活動時間が短いと感じるのは、活動するのが昼間なのに、太陽光発電に必要な時間帯も昼間だということも理由の一つだと思うんです。だから夜中にフル充電できれば活動時間が延びると思いませんか?」

「よく分からないけど、そんなことできるの? 夜は太陽出てないじゃん」

「いやタラリス。直接発電せずとも夜の間バッテリーに繋いでおけば充電は出来る。しかし、その口ぶりだとそれだけじゃないな。なにを考えてるエミール?」

「はい。これからの時代は電化の時代です。ローズにせよ自動車にせよ、これからどんどん電気の需要は増していきます。だからいっそのこと、ちゃんとした発電施設作っちゃいませんか? 今ある発電機じゃ心もとない」


 控え目な印章とは裏腹に、エミールがしたのは大胆不敵な提案だった。

 他の研究者は「おお……」と感嘆と声を上げた。

 そしてこういう提案に一番大きな反応をするアーサーは、肺から全ての空気を押し出すくらい深く深く息を吐き、それと同じくらい大きく息を吸って大きな声で言った。

「それな~~~! 私も考えてたんだよな~~~~~! 先に言われたか~~~~~~~~~!」

「あの、なんだか話が大ごとになっているのですが、そこまでしてもらわなくても……」

 おずおずとローズが言うと、アーサーはブンブンと首を振った。

「ローズ、これは君だけの問題じゃない。いずれ必ずやらなければならないことだ。今日こんな話になったのもいい機会かもしれん! 建てるか、発電所!」

「建てるかってそんな軽く……」

 珍しくタラリスが困惑したが、対照的に研究者たちは俄かに活気づいた。

「いいですね、アーサー卿!」

「団長も賛成すると思いますよ!」

「我々の自動車が売れないのは電気の安定供給に難があるのも理由の一つですしね! 世界中に発電所を建てれば、金持ちしか馬に乗らない時代が来るーーーー!」


 電化という概念にいま一つピンとこないタラリスは、呆れたように溜息をついた。

「ここの連中はすぐワケの分からないことを……そんな時代が来るはずないだろ」

「いいえ」

 ローズが隣で首を振った。

「もうすぐ電気で全てを動かす時代がやって来るのです。ペガーナ城を丸ごと、空に浮かべることだってできるのです!」

 その言葉に研究者はさらに勇気付けられた。

「いいねえ! それ! 私が生きてるうちにやってみたいもんだ!」

「やりましょう部長!」


「ちっ」

 目を開けながら夢を見る研究者たちを尻目に、タラリスはわざと全員に聞こえるように舌を打った。

「……お花ちゃん、お前もそっち側か……」

「元から私は科学の子なのです!」

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