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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第三章 ワンダフル・ライフ
17/40

生きてるって感じ!

 朝の陽ざしがペガーナ城に差し込むと、空気の震えるブゥゥゥンという音がした。

 休眠モードから目覚めたローズの起動音である。

「……」

 自動人形は無言のまま部屋を横切り、蓄音機のゼンマイを回す。

 レコードが回転を始めると、ローズはそっとその上に針を置いた。

 やがて蓄音機のホーン部分から音楽が鳴りだす。

 ヴァイオリンのメロディに合わせて始まった歌は、少女に恋をした男が少女の美しさを讃える愛の歌だった。


 軽快なサビが終わると、歌を遮るようにしてローズが叫ぶ

「朝なのですーっ! 起きて下さーい!」

「ううううう……」

「ガルルルル……」

 蓄音機から流れる美しい歌とは真逆の、獣じみた呻き声がエルフとオオカミから漏れた。

 パチンとタラリスは自分の顔を叩き、眠気を吹き飛ばす。

「よーし、今日もやるか、特訓!」

「やりましょう!」


 ペガーナの騎士となりたいというローズの意見は、一旦保留という形に落ち着いたが、上層部の反応は良い兆しだとタラリスは考えた。

 許可は出ていないが、ダメだとも言われていない。

 なら、許可が下りた日に備えて準備するのは当然だ。

 即座にタラリスはローズをペガーナの騎士にすべく訓練を始めた。


「走れ走れ走れ! 死神を振り切るくらい速く走れーっ!」

 屋外訓練場にタラリスの声が響いた。

 ローズはマロに追い立てられ、懸命に走る。

「敵は優しくないぞ!」

「分っているのです!」


 ロードワークをするローズから少し離れたところで、二人の騎士が首を傾げた。

 そのコンビは厳めしい顔をしたリザードマン(ヴィーカ)だった。

 二人の名はゴーシュとダルシー。深緑の鱗に刻まれた無数の傷が、彼らの履歴書代わりだ。

「なんだあれは……あの娘は機械だぞ。タラリスはついにイカレたのか?」

「まあそう言うなって兄弟。きっとタラリスにもなにか考えがあるはずだ」

「考えるなんてことがあの女にできるならな……」


 エルフは押し並べて地獄耳である。

 ゴーシュの言葉に反応して、タラリスの耳がピンと動いた。

 声を上げながら、タラリスは二人に詰め寄った。

「おい、聞こえてるよ! 言いたいことがあるならはっきり言いな!」

「おう、そうか。じゃあ言うがな、訓練場でふざけるな。怪我するぞ」

「心配ありがとう。でも誰もふざけてない。準備運動もちゃんとやったよ」

「機械と犬を走り回らせてるのがふざけてないだと?」

「おい兄弟、もうよせって!」

 相棒ダルシーの制止を振り切ってゴーシュはさらに続ける。

「機械は箱にしまえ。犬には引き綱(リード)を付けろ」

「ローズはただの機械じゃない。生きている。それとマロは犬じゃないし、私が先導(リード)してるから安心しろ。噛みつきはしないよ、多分な」


「はいはいはい! 二人ともそこまでだ! それ以上やると団長にチクるぞ! ゴーシュ、お前はもう行け!」

「なんで俺が行かなきゃ――」

「いいから行け!」

 ダルシーは険呑になった二人の間に割って入り、強引に相棒を退去させた。

 ゴーシュが不承不承その場を立ち去ると、ダルシーはほっと息を吐いた。

「悪かったな、タラリス。兄弟はちょっとホラ、アレだその……喧嘩っ早いというか……」

「いや、違うな」

 とタラリスは言った。

「私やお前と違って、ゴーシュは生真面目なんだよ。訓練場で遊んでると思ったから怒ったんだと思う。私も悪かったよ、あいつには一言断るべきだったかも」

「そ、そうか。そう言ってもらうと助かる」

 ダルシーはそう言ってから、ちょっと間をおいて答えた。

「……あの、俺を勝手に不真面目組に入れようとしてない?」

「私だって別にふざけてないよ。そこは分って欲しいな」

「俺だってタラリスがふざけてないのは分かってるつもりだよ……。ただ、ゴーシュじゃねえけどさ、機械を鍛えるってのは、ちょっと……無茶じゃね?」

 ダルシーのもっともな言葉に、タラリスは謎めいた含み笑いで答えた。

「そうかな? 私はそう思わない」

「いやさ、仮に上手くいったとしてもだぞ……それはそれで問題があるんじゃないか?」

「なんの問題があるの?」

「このあいだルールーとかいうタイトルの芝居見たんだけど、その中でロボットとかいう連中が出てきてさ、人間に反乱を……」

「お前本気か? フランケンシュタイン博士と同じ心配してるの?」

「少しな……」

「ちゃんと劇を見てないな。ロボットも、フランケンシュタイン博士の怪物も、愛を知らないからおかしくなったんだ。ローズは知ってるよ」

「本当か?」

 タラリスは、マロに追い立てられながら走るローズを真っ直ぐ見ながら言った。

「まあ、見てなって」



 ゴーシュほど露骨な拒否感を持つ者は少なかったにせよ、ローズは生きているというタラリスの主張は、当初ただの感傷だと受け止められた。

 どれほど精巧でも、人工物であるローズが『生きている』というのは言いすぎだと。

 しかし、ローズがペガーナ騎士団の中で暮らしていると、タラリスの言葉は事実であるという認識が浸透していくのに、それほど時間はかからなかった。

 ローズは単なる機械というにはあまりにも生物的すぎ、そして人間的すぎた。


 ローズは悲しい時は落ち込み、面白ければ笑った。

 最初の頃ローズは物を食べることも料理することもできなかった。

 レシピ通りに作ることはできても、味を感じる機能がなかったせいで「自分が良いものか分からないなら、人には出せないのです」としばらく落ち込んでいた。

 そこでタラリスは「一人で全部することはない」と笑い、ローズの手伝いをするようになった。

 ローズは物を食べることはできないが、ときどきタラリスと一緒にお菓子を焼いたり夕飯を作ることができるようになり、喜んだ。


 ローズは体が汚れると、すぐに入浴したがった。

 特に訓練後は、真っ直ぐお手製の小さな浴槽にダイブして、歌を歌いながら体を洗うのが日課だった。

 またローズには好みの香りがあり、その匂いがする石鹸を使いたがった。


 ローズは睡眠を必要とした。

 休眠し、体を休めながら、同時に外部の情報を遮断して、一日の間に得た情報データを纏め取捨選択する必要があったのだ。

 そして朝、目を覚ますと、鏡の前で洗顔し、髪をとかして寝癖を直した。


 ローズは内容を覚えている本を何度も読み返し、蓄音機を回して何度も同じ曲を聴いた。

 なぜそんなことをするのかと言われると、その物語が好きだから、と答えた。


 ローズはしばしば理由なく行動したり、無意味なことをした。

 タラリスと一緒に、城下町へ買い物に出かけるという名目で城から出ても、何も買わずに帰ってくることなどしょっちゅうだった。

 またマロをブラッシングしている途中で突然「ポポポ、ポポポロ」と鳩の鳴き真似をした。本当になにも理由はないそうだ。


 だが最もローズがペガーナ騎士団を驚かせたのは、学習能力だった。

 ローズは騎士の見習いとしてタラリスの訓練を受けていたが、初めは多くの人間がそれを冷ややかな目で見られていた。

 しかし訓練は実際に成果があった。

 ローズは日に日に成長を始めたのだ。

 一月前より一週間前の方がロードワークのタイムがいい。

 一週間前よりも三日前の方が攻撃に対する反応がいい。

 昨日よりも今日の方が攻めに鋭さがある。


 遠巻きに見ていた騎士たちも、ローズのからくりに興味を持っていた技術開発部も、ともにざわついた。

 自動人形に走り込みさせるタラリスもタラリスだが、実際に成果が上がっているのはどういうことだ?

 機械がトレーニングを積むことで、性能が上昇するというのはあまりにも直感に反していた。

 それは、たくさん自動車を走らせればエンジンのパワーが上がり、昨日よりスピードが出るようなものだ。

 そんなことはありえないはずだった


 初めにその理由を看過したのは、ローズを間近で見ていたタラリスだった。

 遅れて技術開発部の研究員たちもその理由を見破った。

 ローズは単なる自動車とは違う。

 彼女自身の出せる総出力を上昇させることはできないが、タラリスのアドバイスと運動情報の蓄積により、ローズは少しずつ各部の動きに微調整を加えて動作の最適化を行っていたのだ。

 それにより、ローズは見かけ上のパワーや素早さを増やしていた。

 つまり学習し成長していたのだ。

 ほんの数か月足らずで、ローズが鏡の前で化粧をしたり、座って勉強をしたり、寝転んで絵を描いたり、訓練場を走ったり、組み手をしたりすることに、誰一人として疑問を抱かなくなっていた。


 ローズを観察し続けていたペガーナ騎士団技術開発部――AAによって何度も常識を覆されているせいで、常識を放り捨てることに最も抵抗のない集団はこう問いかけた。

「もしローズが、あれが生きていないというのなら……私たち自身は生きていると言えるのだろうか?」



「グルルル……グルルル……」

 マロは唸り声を上げて木に登った。

 鋭い爪によってガリガリと木の表皮が削られ、マロの体重がミシミシと木の幹を軋ませる。

 巨大なオオカミが木を登ったり降りたりするのは、初めて見る人にとっては恐ろしい光景だが、マロとしては遊んでるだけである。


 マロが遊んでいるすぐ下でローズとタラリスは向き合って立っていた。

 特にローズは構えを取りながら、真剣な表情でタラリスの動きを窺う。


 ほう。

 と、タラリスは眉をツンと上げた。

 近頃はローズの構えが堂に入ってきた。中々のプレッシャーを感じる。

 さらに、相手の呼吸を聞くことで、タラリスは相手の初動を読むが、呼吸をしていないローズはやり辛い相手と言えた。

 攻撃の起点が分りづらい。


 静止した状態から、前ぶりなくローズが一気に加速した。

 スピードもパワーも申し分ない、とタラリスは思った。

 打撃のフォームも完璧。

 だが、それではまだ足りない。

 ローズは教えられた通りの動きをする。

 パンチを振って、上体を意識させてからのタックル。

 素直すぎる、とタラリスは思った。

 良く言えば基本に忠実。

 悪く言えば工夫が足りない。


 タラリスはパンチを受け流しつつ、タックルもあっさりと切る。

 反撃に膝蹴りを叩き込み、ローズが咳き込んだ。

「くっ」

 ローズは一旦離れて距離を取った。

 それを見たタラリスが、ふと悪戯を思いついた。

 少しからかってやるか……。


 タラリスは構えを変えた。

 片足を上げ、ぎゅっと足に力を込め、足を“握る”。

 握った足から繰り出されるのは、蹴りというよりも拳による突きだった。

 足で殴る――手のように発達した足を持つエルフならではの攻撃だ。

 ローズには構造的に真似できない技でもある。

「う……」

 未知の技の対応に窮したローズは、足でのパンチをガードしようとした。

 そのときタラリスの足の指がバッと開き、ローズの腕を掴む。

「え……」

 タラリスは足でローズの腕を掴んだまま、その場でバク転し、ローズを後方に投げ飛ばした。

 放り出されるように投げられたローズは、何とか着地し、起死回生の攻撃を狙う。

「まだです!」


 普段は青いローズの両目が赤く変色するのを、タラリスは見逃さなかった。瞳から発せられるレーザービームの起こり(・・・)だ。

 流石に光より速く動くことはできない。

 だからタラリスは発射される前に身を躱す。

 熱線が空を切り、背後に回ったタラリスの足が、ポンっと軽くローズの後頭部を叩く。

 勝負ありだ。


「う~また負けたのです!」

「五十点」

 とタラリス。

「赤点じゃないけど、通用するのは普通の相手までって感じ。分かってると思うけど私たちの相手は普通じゃない」

「何がダメでしたか?」

「戦いの組み立てが甘いね。仕掛けはもっと工夫した方がいい。それと押されてる時こそ冷静に。大振りで一発逆転を狙うんじゃなく、細かく戦わなきゃ」

「つい癖が出てしまったのです……」

「ローズのレーザーやロケットパンチは強力だけど、隙も多い。それを確実に当てるように戦いを組み立てるんだ。ローズは正直すぎるんだよ。もっとずるく戦わなきゃ」

「なるほどです。他に何かありますか?」

「そうだね……もっと自分らしさを大切にした方がいい」

 抽象的な言葉にローズは頭を捻った。

「自分らしさとは? ど、どういうことです?」

「ローズ、いまのアンタの動きは私そっくりすぎる」

「はい! 戦闘に関しては、タラリスの動きをモデルにしているのです!」

「そこがねえ、少し引っかかるんだ。私の動きを真似するだけじゃ、私以上にはなれないよ。アンタは私じゃないんだから。せっかく誰にも真似できない技を持ってるんだ、ゆっくりでいいから自分のスタイルって奴を考えておいた方がいい」

「はい、次はもっと考えるのです! 確かにタラリスは凄いのです、あの変な動きに惑わされてしまいました! とても真似できないのです!」

「変な、は余計だろ! もう一本いっとくか?」

「あ、いえ。さっきのビームでもうエネルギーが残っていないのです」

 言いながら、ローズはコンバットモードを解除した。


「ああ、もうエネルギー切れか。これはちょっと問題だな……」

 タラリスは腕を組んで考えた。

 騎士として活動するにあたり、ローズには二つの問題点が浮かび上がってきた。

 一つは先に挙げた戦いにおける戦術面の未熟さ。

 しかし、これは時間が解決するだろう。ローズの学習能力は高い。

 

 もう一つはエネルギー問題だった。

 普通に生活する分には問題にならないが、エネルギー消費の激しいコンバットモードで動いていると、すぐにローズはエネルギー切れを起こす。

 そして一度切れたエネルギーの回復には長い時間がかかる。

 この問題は、自然に解決するとは思えなかった。

「どうしたらいいでしょう?」

 ローズが不安げに言った。

「なーに。そんな顔するなって。自分じゃどうしようもないなら、何とかできそうな奴に頼めばいいんだ」

「そんなことができるのですか?」

「ここをどこだと思ってるんだい? AA研究の最先端、ぺガーナ騎士団だぞ!」

 タラリスはローズを連れて、技術開発部の研究所に向かった。

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