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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第二章 糸無き人形のダンス
15/40

死を告げるダンス

「さあて第二ラウンドだ。お手並み拝見といこうか」

「だからよ、お前なんで上から目線なんだ?」


 さりげなくタラリスは人差し指を踏天君へと向けた。

『嚙み殺せ』というマロへの合図である。

 踏天君のサイズは、マロよりも優に二回り以上は巨大だったが、調教されたエルフのオオカミはその程度では怯まない。

 音もなく忍び寄り、疾風を置き去りにする速さで、マロは踏天君へと飛び掛かった。

 だが一瞬の交差の後、弾き飛ばされたのは、マロの方であった。

 後ろ脚の蹴りをまともに受けたマロは、「ギャン!」という滅多に発しない苦痛のうめき声を上げながら地面に叩きつけられる。

 間髪入れずタラリスも動いていた。

 踏天君は確かに巨大な四足獣だが、どう見積もってもその体重は三トンに満たない。

 それくらいの重さなら組み付けば転がせる、と考えたタラリスは、姿勢を屈めて果敢にタックルに向かう。

 一つタラリスの誤算だったのは、踏天君――麒麟という幻獣の持つスピードである。

 弾丸のようなタラリスのタックルよりも、踏天君はさらに一段速い。


「!?」

 タラリスがそのことに気付く刹那、踏天君の枝角がタラリスの体に突き立てられ、エルフは宙を舞った。

 さらに中空に投げ出されても踏天君の攻めは終わらない。

 天を踏む君という名に相応しく、踏天君は大地を踏むように天を踏み、空を駆け抜けた。

 空中で自由に身動きの取れないタラリスを、踏天君は容赦なく踏みつけにする。

「ぐっ」

 地面に叩きつけられ、いよいよ後がないタラリスの集中力が研ぎ澄まされる。

 超感覚、永遠の刹那エターナル・モーメント

 刹那の瞬間は引き伸ばされ、タラリス以外の全ては凍り付く。


 ――はずだった。

 弾丸が凍り付く世界の中ですら踏天君の動きは鈍らない。

 変わらぬ速度でこちらに向かってくる。

 このときタラリスは理解した。

 なんて奴だ。

 触れた瞬間伝わる重厚感。漲るパワー。

 あれは私より速い。私より力がある。そして、私より強い。


「ふっ……」

 笑う場面ではないが、危機と緊張感がタラリスの口元が緩んだ。

 私より強くても……勝ちを譲る気はないぞ。

 ムカつく野郎だが、命を賭けるには申し分のない相手だ。

 容易く勝てない相手から勝利を奪ってこそ、誉れ!


 タラリスの肌は、夜を吸い込んだかのように黒く染まり、それに伴い戦い方も変わった。

 普段のタラリスは、どこまでも前へ前へと出る攻撃的なスタイルだが、受け身に回り始めたのである。

 雷光の如き凄まじい速さの踏天君の突進を、タラリスはギリギリまで引きつけ、紙一重の差で避ける。

 踏天君はターンして再びタラリスに迫った。

 二撃目は避け切れなかった。角枝の一部が体に当たり、腕に血が滲む。


 大丈夫。

 これくらい痛くない!


 三度踏天君が迫る。

 躱そうとするがまたも突き飛ばされた。だんだん避けるのが難しくなっている。

 しかも、踏天君はタラリスの重さなど何も感じていないが、弾き飛ばされたタラリスはその衝撃を全身で感じていた。


 やはり強い。

 だが私は負けていない。


 心は折れていない。

 だが、それも強がりである。

 どう贔屓目に見てもタラリスは押されていた。一瞬の判断ミスが即死へと繋がるギリギリの状況である。

 それでも決してタラリスは勝利を諦めない。


 およそ強者と呼ばれる者には二つの共通する特徴がある。

 一つは確かな勝ち方を知っていること。最短で確実に勝利へと向かう能力。

 もう一つは負けから逃れる方法を知っていることである。

 相手にイージーウィンを与えるなど、二流。

 真の強者は圧倒的な不利に陥っても、自分より強い者に出会っても、最後まで粘る。粘って粘って負けを引き伸ばす。

 負けてさえいなければ、諦めなければ、まだ勝利の目はあるのだから。


 このときのタラリスは、まさにそのような戦い方をしていた。

 何度も何度も踏天君は執拗にタラリスを攻め立てる。

 タラリスは吹き飛ばされ、体を擦りむき、地面に血を流した。

 刻一刻と確実に体力は削られていく。

 このままではジリ貧といった状況だが、タラリスはほぼ攻撃を避けることに徹していた。

 いっそのこと全てを込めた乾坤一擲に賭けるという手もあったが、タラリスの本能がそれを否定する。

 一見それは理に適っているように思えるが、それこそ敗北へと誘う甘い罠。


 自らが強者の立場に立ち、相手がしばしばそのような無謀な攻撃を行うのを、タラリスは何度も体験していた。

 そのような破れかぶれの攻撃が最も与し易い。強者は弱者の悪あがきを確実に粉砕するから強者なのだ。


 いま奴はそんな攻撃を待っている。

 だから私はそんなことはしない。

 あくまで耐え、立ち続ける。


 そんな忍耐が実を結んだのか、とどめを刺しきれない踏天君に少々苛立ちが見られた。

「どうしたタラリス! 逃げ回るだけか!」

「……」

 踏天君が再び迫る。

 風を切って猛進するその姿は巨砲から放たれた砲弾に等しい。

 タラリスは木の葉のように吹っ飛ばされた。


 よし。

 宙に投げ出されたタラリスは拳を握り、腕が動くことを確かめた。

 大した衝撃だが、想定は超えてはいない。

 ガードは成功。腕は問題なく動く。

 そして吹き飛ばされた先も狙い通り。

 空中でくるりと身を翻すと、タラリスは見事に着地の衝撃を殺し、ふわりと大地に降り立った。

 その足元にあるのは、エルフの戦士の代名詞、特注の鉄弓だ。

 耐え抜いた先のこの一瞬こそ、勝負の時。

 タラリスの瞳に映るのは、ただ踏天君のみ。

 鉄弓の弦が張り詰めて、風の唸りと共に矢を吐き出す。


 しかし踏天君もまた、それを予想していた。

 ……そう来ると思っていたぞ!

 最後は弓でくる。

 それしか自分を倒す方法はないからだ。

 タラリスが弓を構えるずっと前から、既に踏天君はタラリスの狙いを予期し身構えていた。

 これをかわせば、タラリスに打つ手なく自分の勝ち。

 そして如何に強力無比な攻撃でも、来るのは分かっているのなら避けるのは容易い。


 恐るべき速さで、踏天君の体とタラリスの鉄矢が交差する。

 城壁さえぶち抜く矢は、纏った衝撃波でもって踏天君の体を切り裂いた。

 幻獣の体から血の代わりに吹き上がったのは、黒い煙だった。どす黒い気体がとめどなく舞い上がる。

 だが、それまでだった。

 矢は踏天君の横を通過しただけ。直撃とは程遠い。

 躱した!

 踏天君は勝利を確信する。

 

「!?」

 だが勝ったと確信したはずの踏天君の動きが凍り付いた。

 タラリスの姿が消えていたのだ。


 何処にいった!?

 その疑問が脳内を駆け巡った瞬間、踏天君の首にズンという突き上げるような衝撃が走る。

 馬のような長い首を、鉄の矢が貫いていた。

 初撃を囮にした二の矢。

「あがりィ……」

 小さく、だが確かな勝鬨が上がったのは、踏天君の腹の下だった。

 踏天君の意識が飛来する矢に向けられた瞬間、タラリスは踏天君の足元に滑り込んでいたのである。

 文字通りの灯台下暗し。

 そして初撃を囮にした二の矢が、踏天君の首を貫いたのだ。


 そして、崩れ落ちる踏天君の体をさらなる異変が襲う。

 さ……再生が遅い。

 首を貫かれた踏天君――咒慍天師は煮えたぎる溶鉄を流し込まれたかのような凄まじい苦痛を味わっていた。

 タラリスより開けられた風穴から黒煙がもうもうと立ち上ると、徐々に道術の変化は解け、麒麟は元の姿へと戻っていく。


 肉体の一部が欠ける。

 それは常人にとっては重大な損傷だが、咒慍天師にとってはどうということはない。

 普段であればAAによって強化された咒慍天師の肉体は即座に再生を開始する。

 しかし何かが、その再生を大きく阻害していた。

 何をした?

 咒慍天師は目でタラリスに訴えた。

「毒」

 と、タラリスは一言だけ答える。

 エルフの戦士はその毒を矢筒(えびら)の端に取り付けた薬瓶に入れて持ち歩くことから、その名もずばりエビラハシ。

 またエルフの神話において、エビラハシを塗った矢が災いをもたらす悪星を射落としたことから、さらに転じてホシオトシとも呼ばれる猛毒である。


「百パーセント致死量だ。諦めるんだな」

「……み、見事だ。君はまさに不屈の、猛き精衛だ。決して諦めぬ鳥……」

「気付くのが遅い」

 タラリスが毅然と言った、そのとき。

 倒れ伏していた咒慍天師の体が見えない糸で引っ張られたかのように持ち上がった。

「奉勅、重身移山法!」

 最後の力を込め、咒慍天師は道術の身振りを交えつつ、タラリスに呪詛の言葉を投げかけた。

 その瞬間、目に見えない何かがタラリスの体にのしかかる。


「ぐふっ」

 踏みつぶされた虫のようにタラリスは地面に這いつくばった。

 体が鉛になったように、重い。

「こ、この程度で私は止まらないよ!」

 追い詰められた状況下でタラリスの筋肉が意志の要望に応える。

 極限の馬鹿力、『自分次第(アップトゥミー)』。

「ああああああっ!」

 咆哮を上げながら、タラリスは立ち上がった。

「奉勅! 重身移山法!」

 咒慍天師が先ほどと同じ呪文を繰り返すと、さらに重さが倍になる。

 さしものタラリスもこれには堪らず、今度こそ地面に縫い留められた。


 ウソだろ!?

 動けない、本当に!

 こ、こんな……。


 タラリスは倒れたまま、もがいた。

 しかし、どうしても立つことができない。

 ずりずりと這うのが精いっぱいだった。

 その様子を見て咒慍天師は感心したように言う。

「重身移山法を二発も受けて、なお完全に動きを止めるには至らぬとは……流石だな、猛き精衛。だが、紙一重で私の勝ちだ。こちらは君の毒、致死量には及んでいないようだ」

「てめえ……ふざけるな……」

「今日のところは君のことは諦めるとしよう。人形だけ貰っていくぞ」

「やめろ! くそ、やめろおおおおお!」

 タラリスの絶叫を無視してフラフラと、だが確かな歩みで咒慍天師はローズの元へと近づいて行った。


「さて、お待たせしたな生きた人形(リビング・ドール)。行こうか」

「私はお前に付いて行ったりしないのです!」

「抵抗してみるか? いまの私は満身創痍だ。勝てるかも知れんぞ」

 ふっふふ、と咒慍天師は余裕の笑い声をあげる。


「……」

 精密に作られたローズの機巧(からくり)の中で自身のエネルギー量が表示される。

 残存エネルギー2%。

 コンバットモードを起動した瞬間、動けなくなる数字である。

「……警告するのです! それ以上ローズに近づいたら容赦しないのです!」

「ハッハッハ!」

 哄笑しながら咒慍天師はさらにローズに近づいた。

「人形如きが私を脅すか! 命薄如紙……」

命薄如紙いのちのうすきはかみのごとく乾坤似虚(てんちはうつろににて)怨声蓋世うらみのこえはよをおおう

「!?」

 咒慍天師の足が止まった。

 ローズがやったことは咒慍天師が口癖のように言っていた詩句を繰り返しただけだが、一つ違和感を覚えることがあった。

 可愛らしい人形の喉から出た声は、咒慍天師の声そのものだったのだ。

「音声情報をコピーしました。ローズは人の真似が得意なのです。人工ミラーニューロンを搭載しているのです」

「それがどうした」

 ひらり、とローズは一枚の紙を取り出した。

 それは咒慍天師が変身に使う呪符であった。先のコンバットモード起動時に一枚懐から盗み取っていたのだ。

「なに!」

 ローズの意図を察した咒慍天師が叫ぶ。

 しかし猛毒に冒されている咒慍天師には、もはやそれを止める余力は残っていなかった。

 ローズは踊るように軽やかに罡を踏んでいく。


 その歩形は死を司る北斗の星々。並びにそれを補佐する二つの星だ。

 咒慍天師にとってまさにそれは己の最後を告げる死の舞踊であった。

 步罡踏斗を踏み終えて仕上げにローズは咒慍天師自身の声で告げる。

「召請神霊、震山君! 急急如律令!」


 小さな人形が黒煙の中に消え、現れたのは天突くような象の怪物。

 陰陽の仮面の奥で咒慍天師の目が見開かれる。

「ばかなっ、そんな……」

 ぐしゃ。

 杵が餅を搗くように巨大な足は咒慍天師の体を粉砕した。


 林の中に差し込んだ曙光と爽やかな朝の風が黒煙を掻き消すと、象の怪物の姿も消え、そこには小さな人形が胸を張って立っていた。

「美味しいところ、頂きなのです!」

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