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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第二章 糸無き人形のダンス
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暗がりの追跡者

 回復のためタラリスは深い眠りについていた。

 しかし、例えそうであってもタラリスの脳の一部は活動し、大きな耳を通して常に周囲を警戒している。

 相棒のマロもまた同様。

 ペガーナの騎士として、体に染み込ませた習性である

 よって何者かがタラリスとマロの警戒域に侵入したとき、エルフとオオカミは息を潜めながら覚醒した。


「命薄如紙、乾坤似虚、怨声蓋世……」

 またあの男か!

 その詩句が聞こえた瞬間、タラリスとマロは電撃のように跳び起きた。だが即座に攻撃に移ろうと飛び跳ねる様に間合いを詰めたとき、男の影がぐにゃりと歪み霧散する。


 こいつ本当にムカつく!

 タラリスは心の中苛立った。

 ノーモーションの短距離移動のせいで、戦いのペースが掴めない。常に裏をかかれてしまう。

 タラリスが振り返ると、既に咒慍天師はローズを見下ろしていた。

 ローズはまだ休眠状態で、目覚めていない。

 人形がまだ寝ている間に、咒慍天師が軽く手を動かすと、黒い霧のようなものが縄状に変化しローズの華奢な五体に巻き付いていく。

「やめろ!」

 叫ぶタラリスに対し咒慍天師は楽しそうに言った。

「それは君次第だ」

 そのとき休眠状態だったローズも目を覚ました。

 自分が拘束されているのを知って、バタバタと暴れる。

「なんですかこれは!? ローズが動けないのです!」

「お前は人質だ。大人しくしていろ」

 咒慍天師がぶっきらぼうに言う。

「さて、ペガーナの騎士タラリスと少し話がしたい。ああ、私のことは咒慍天師と呼んでくれ。私の仲間から君のことを少し聞いたよ。君はエルフたちから“より強きタラリス”と呼ばれているそうだな。先ほどは、まさにその名に相応しい戦ぶり……」

「うるせえ。どうだっていいんだよ。そんなことは」

 タラリスは突き放すように言った。

「お前の目的はその子だろう? ホラ手に入れたんなら行けよ。行って無駄な抵抗をしろ。すぐに狩りたててやる」

「はっはっは! 精衛め、海を填めることを欲するか!」

(※精衛とは伝説上の鳥。海で溺れた女性が精衛という鳥に生まれ変わり、自分を溺死させた海への復讐のため、小石や木の枝を運んで海を埋めようとしたが、ついに果たせなかったという中国の伝説から、分を弁えない無謀な者の意。精衛填海。)

「私が精衛だと? ならお前の死体を海に沈めてやるよ」

「ふふっ。いい覇気だ。だがまずは私に話を聞いてくれたまえ。私の当初の目的はこの生きた人形(リビング・ドール)の回収だったが……実はいま君の方に興味がある」

「……」

 タラリスは咒慍天師の真意を見極めようとした。しかし、どれだけ睨みつけても、命を感じさせない無機質な陰陽の仮面が見返すばかりだ。

 次にタラリスは聴力による心理分析を試みた。

 二人の距離は十歩もなく、街道から離れた林は静寂が支配している。タラリスなら十分に心音を拾える状況である。

 だが、その試みも無為に終わった。

 咒慍天師の体が発するあらゆる生体音は平穏そのもの。少しのブレもない。感情の動きが感じられない。これでは何を考えているか予測を立てるのは不可能である。

「不死の同盟が他人に興味を示すとはな。秘密と独占がお前らの身上だろ。それとも私の標本が作りたくなった?」

「我々はただ、知識を共有する相手を慎重に見極めているだけだ。タラリス、君の身体能力は本当に素晴らしい」


 咒慍天師は袖をまくり腕を見せると、唐突に自らの腕に短刀を突き立てた。

 鮮血が刃を伝って流れ、ポタポタと地面に滴り落ちる。

 しかし十秒と経たず流血は止まり、斬りつけた傷は跡形もなく消滅した。

「ご覧の通り、私の体はAAによって強化されている。回復能力も身体能力も常人とは比較にならないはずだが……君の運動能力は明らかに私を上回っている。生身でだ。これは驚異的なことだよ! いったいどうしてそうなっているのか、不思議でならない。そこで君に提案がある。不死の同盟に入らないか?」

「あん?」

 全く予期していなかった言葉にタラリスは不意を突かれた。相手の意図が全く読めない。

「何言ってるんだお前は?」

「私は君の強さの秘密を知りたい。そうすれば真の不死に近づけると確信している。勿論、十分な見返りは用意するつもりだ。同盟の持っている知識の共有や、私と同レベルの肉体強化を約束しよう」

「おい本気かお前。本気で言ってるのか?」

「勿論本気だ。突然の申し出で混乱するだろうが、よく考えてくれ。私たちに協力すれば、何世紀にも渡って我々がかき集めた、不死に近づく知識と恩恵を与えようというのだ。悪い話ではないだろう」

「その引き換えに悪党の仲間入りだけどな」

「そうは言うがな、誰だって死にたくはない。死を遠ざけるのはあらゆる生命の持つ本能だ。我々はその欲求を満たそうとしているに過ぎんよ。それが悪かな? 実際のところ我々はある種の平和主義者だ。博愛主義者ではないが、実利として社会は平和であるのが望ましいと思っている。本当は君たちペガーナ騎士団と戦いたくもない。面倒なだけだからな」

「……」


 タラリスの顔色はいつもの白い肌でも戦闘態勢の黒い肌でもなく、怒りで真っ赤に染まった。

「殺人鬼が勝手なことばかりベラベラ言うじゃないか。私がそんな奴らの仲間になると思われてるのが一番ムカつく。お前らは私のことなんも分かってないんだよ」

「善悪など立場によって変わる」

「そういう話じゃないんだよ。私がこの仕事やってるのはな、とびっきりヤバい仕事だからだよ。『死を遠ざけるのはあらゆる生命の持つ本能』? 人の気持ちを勝手に代弁するな。私はな、死にかけないと生きてる感じがしないんだよ。死神は私の友達で、傍に居てくれなきゃ困る。不死なんて御免だ」

「……ふん。思ったよりお互いの価値観に断絶があるようだ。では仕方ない……」

「何が仕方ないんだよ、ええ?」



 むう。二人とも舌戦に夢中なのです!

 いつの間にか、私は無視されているのです!

 不可視の力線によって縛られていたローズは、火花を散らす両者を最も冷静に観察していた。

 そして、もがくフリをしながら力線の強度を確認し自力で脱出できるか慎重に見極める。


 残存エネルギー量4%……。

 うー、起動したばっかりで充電されたエネルギーが少なすぎるのです。

 このままコンバットモードで動いたら一分もせず動けなくなるのです……。

 拘束から抜け出した後は……タラリスを信じるしかないのです。

 ……まあ、いいっか。

 何とかなるでしょう。

 出たとこ勝負なのです!

 コンバットモード起動!


 機械の心臓から送り出されたエネルギーが、瞬時にして全身の人工筋肉を活性化させる。

 ローズは体の中で無数の火花が走ったような気がした。

 百年ぶりの戦闘モードに、体内を走る回路が焼け焦げそうだった。

 だがその僅かな痛みさえ、いまは心地よい。


「はああああああああっ!」

 コンバットモード中の力は通常時と比較にならない。

 両腕に力を込めたローズは、力任せに咒慍天師の道術を打ち破った。

 睨み合っていた二人は突然のローズの行動に不意を突かれ目を見開く。

 そしてローズの右腕――肘関節の辺りが爆ぜた。

「ロケットパンチなのです!」

「おおおお……!?」


 砲弾のような勢いで射出されたローズの右腕が、咒慍天師の胸を強く打ち据える。

 飛び出した腕は肘からチェーンが伸びており、そのチェーンがローズ本体と腕を結んでいた。

 チェーンを巻き上げて右腕を本体に再接続する間に、さらにローズは左腕を構える。

「もう一発なのです!」

 

 バァンッっという爆発音とともに、今度はローズの左腕が発射された。

 ローズの左腕は確かに咒慍天師の体に当たり、服の一部を千切り破ったが、これまで何度もしたように、次の瞬間にはもう煙となって姿を消していた。

 ローズはその間にチェーンを巻き上げて左腕も体に再接続する。

「やるじゃん、ローズ!」

 周囲を警戒しながら、タラリスが興奮気味に言った。

「はい。でももうエネルギー切れなのです。タラリス、後は頼んだのです」

「任せろ!」

「それはどうかな?」

 闇の中で咒慍天師の声がした。


「人形だと侮りすぎたようだ。気を取り直して仕事を始めるとしよう。命薄如紙、乾坤似虚、怨声蓋世……」

 トントントンという罡を踏む足音と声だけがこだまする。

「召請神霊、踏天君! 急急如律令!」

 夜の帳を切り裂くように、タラリスとローズの前で激しい光が明滅した。

 閃光を纏い稲妻さながらに降臨したのは、東方諸国に伝わる伝説の獣。

 頭部に生えた二本の枝角は雄鹿の如く、厳めしい顔つきは龍の如く、皮膚を覆う鱗は鰐の如く、力の漲る脚部並びに蹄は馬の如く。

 咒慍天師がその姿を借りて変化したのは、諸獣の祖にして王。

 麒麟なる幻獣であった。

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