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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第二章 糸無き人形のダンス
13/40

夜の片隅で

 死んだ……か?

 倒れた怪物が再び起き上がって来ることを警戒しながら、タラリスは急いでマロとローズの元へ向った。

 一歩歩くごとに、潰れた右腕と背中がずきずきと痛む。

 ローズを乗せたマロも心配そうに近寄って来た。

 オオカミは優しく唸り、その背に乗ったローズも口を開く。

「大丈夫ですか?」


 不思議な旧世界(ペガーナ)の言葉ではなく完璧な現代の言葉だった。

 だが今はそのことにかまっている暇はない。

「大丈夫。でも急いでここから離れよう」

 あの一撃で不死の同盟のメンバーが死んだかどうかは確証が持てなかった。

 何よりも長く生きることを目標にしている連中である。

 あいつらは本当に、本当に、本当にしぶとい。


「手当をしないといけないのです」

「いいから。私は強いんだよ。このくらいなんでもない!」

 強がりの笑みを浮かべて、タラリスはマロの背によじ登りオオカミを走らせた。



 およそ三時間後、ペガーナ騎士団の所領まであと一息というところで、タラリスの痩せ我慢は限界を迎えた。

 普段のタラリスなら苦にならないとはいえ、飛ぶように走る巨森オオカミの乗り心地は快適とはいえない。 

 オオカミが地面を蹴る衝撃が、右腕の粉砕骨折と脊椎への重大なダメージを負っている身に容赦なく響く。

「ごめんね。ちょっと休む」

 オオカミの足を止めたタラリスは再び微笑を浮かべてローズにそう言った。

 その表情には三時間前とは比べ物にならない疲労の色がある。

 元々白いエルフの顔がさらに青ざめ、猛烈な痛みによって発汗が止まらない。

「私は構わないのです」

「ごめんね、ちょっと休んだら平気だから」

「ちょっと休んで治るとは思えないのです。タラリスはしっかり治療を受けなくてはダメなのです」

「そんなに心配するなってば」


 人目を避けるため、道から少し外れた林の中で二人はオオカミの背から降りた。

 すぐにタラリスは木にもたれ掛かるように横になる。

 怪我が熱を持ち、痛みと高熱で意識がぼんやりとしていた。

 その間にローズは適当な太さと長さの枝を折って、小さな余分な枝を払って加工する。

「何してるんだ?」

「タラリスは骨が折れているのです。この場で治療はできませんが、せめて添え木は必要なのです」

 さらにローズはビリビリと自分のドレスを破り、包帯代わりにして添え木を固定していく。

「ああああ。せっかくのドレスを台無しにしちゃって……」

「問題ありません。この状況でローズの服の優先順位は低いのです。タラリスは大人しくしていて下さい」


 ローズが包帯を巻き終わると、タラリスはその出来栄えをしげしげと見つめた。

「ありがとう……上手いな。どこで習った?」

「初めからプログラムされているのです。強いていうなら製作者に習ったと言えるのです。なのでお礼は私ではなくそちらにして下さい」

「じゃあ、ローズとローズの親に。どうも、ありがとう。すぐにでも治っちゃいそうだぜ」

「私は専門家ではありませんが、完治まで少なくとも半年はかかると思うのです」

「そんなにかかんないよ。まあ見てな……。そうだ、マロの左のカバンに革袋とビンがあるから取ってくれない?」

「はい」


 ローズから荷物を受け取ったタラリスはニヤリと笑う。

「なんですかそれは?」

「このビンは薬だ。こいつを飲めばこんな怪我なんてすぐ治る」

「そんなものがあるのですか? なんていう薬です?」

「ローヤルゼリー」

「……」

 ローズは頭を傾けて、とても酸っぱいものを噛んだような顔をした。

「あの、それでは治らないと私は思うのです」

「だから見てろって! それとこっちの袋はね、燻製した(たら)干物(ジャーキー)!」

「消化に悪そうですが……それを食べるのですか? いま?」

 ローズは信じられないという顔をする。

 しかしタラリスには彼女なりの考えがあった。

「食べられるときに食べない方がずっとまずい。それにたくさん食べなきゃエルフは死ぬんだよ。ローズも食べる?」

「ローズは食品を食べられないのです」

「ふーん。じゃあどうやって動いてるの? 燃料は何?」

「はい、ソーラーエネルギーです」

「??? なにそれ?」

 聞いたことのない言葉が出てきた。

「そうですね、えっと……つまりローズはお日様から元気を分けて貰って動いているのです!」

「なにそれすげえ。お日様と友達なの!? 今度私のことも紹介して!」

「それは少し違いますが……。ローズの髪がお日様に当たると少しずつエネルギーが蓄積されていくのです」

「か、髪から? ……あっ。もしかしてそれで動いたの?」


 タラリスは宿に泊まったときローズを窓際に置いて数時間放っておいたことを思い出した。

 ローズが動きだしたのはその後である。

「はい。知らないところで目が覚めたので、ちょっとびっくりしたのです」

「私もびっくりしたよ。変な言葉喋るし……そういえばどうやって今の言葉を覚えた?」

「というよりも思い出したのです。前回の起動時のメモリは大部分が消えていて覚えていませんが、言語の基礎データだけは残っていました」

「それって……記憶がないってこと?」

「そうですね。恐らく意図的に消されているのです。何かがあって私自身が消したのかも知れないのです」

「……それは……その……なんて言ったらいいか分からないけど、元気出せよ」

「私は元気ですよ! 覚えてないものはしょうがないのです。それよりこれからのことなのです。私たちを襲った男は何者なんですか? そして……」

 躊躇いがちにローズは言った。

「あなたもただのエルフではないのです……タラリス、あなたは一体何者ですか?」


 傾いた夕日が木々の影を長く伸ばす。

 風が木の枝を揺らす音と、マロの低く小さな唸りがとてもよく聞こえる。

 タラリスは一息おき、干し魚を食べる手を止めて答えた。


「私たちは、ペガーナ騎士団。AA――旧世界崩壊以前の遺物アンテディルヴィアン・アーティファクトを収集して、それを適切に管理するのが私たちの仕事。AAってのはつまり、旧世界で作られた武器とか機械とか本とか薬のこと。あなたもそうよ、ローズ」

「……“適切に管理”とはどういうものです?」

「AAを調べて、それが危ないものなら、安全な使用方法が見つかるまで封印する。安全だと分ったものは世間に技術を開放する」

「私はどちらですか?」

「ローズは安全な方でしょ」

 言いながらタラリスは添え木を巻かれた腕を軽く上げた。

「ほら、助けてくれたし。封印なんかしないよ」

「本当ですか?」

「勿論。そんなことは私が許さない」

「本当に、本当ですか?」

「エルフの戦士に二言はない、って私の父さんなら言うだろうな。私もそう思う」

「良かった。実は私、お出かけが好きなのです。窮屈なのはちょっぴり嫌なのです」

「そうか。なら私たちを襲った奴らには捕まらないようにしないとな。あいつらは絶対あなたを閉じ込める」

「いったい何者ですか、それは?」

「不死の同盟。AAの力を使って不死身になろうって秘密結社さ。あいつらは手段を選ばないし、AAの秘密を誰かに明かすようなこともしない」

「では、あの男には仲間がいるんですか?」

「ああ。不死の同盟と戦うのも私たちペガーナ騎士団の役目だ」

「それではタラリスとペガーナ騎士団は正義の味方ですね」

「まあ……騎士団の方は組織的なゴタゴタがあったりするから、そこまでではないけど、私は自分のことを正義だと思ってるよ」

「ふふっ」

 ローズが顔をほころばせた。

「自分でそういう人は危ない人なのです」

「酷いな。じゃあ助けなきゃよかった!」

 ふふふふ、と二人はしばらく笑い合っていたが、やがてローズがまた切り出した。

「なんでタラリスは、こんな危険な仕事をやっているのです? 本当に正義のためですか?」

「んー。そんな深い理由はないな。強いていうなら、体動かすの好きだから、かな。ついでにそれが世界にとっていいことなら、気分もいいでしょ。そんなところ」

「……」

「ローズは何かやりたいことある? 落ち着いたらさ」

「……いま、タラリスと一緒に世界のため戦うのもいいな、と思ったところです」

「いや、それはちょっと……難しいかな。危ない任務だし」

「ローズは強いので、それは恐らく大丈夫なのです! いまは起動したてでエネルギーの残量が足りませんが、満タンなら目からビームも出せるのです!」

「いや、でもね……」

 タラリスは言葉を濁した。

 正直言って難しい要望だった。

 ローズ自身がAAである以上、外に出すこと自体がリスクになる。


「タラリス……私には過去がないのです。だから、なにかをして自分の未来を作りたいのです。過去も、未来もないのは寂しいのです。私のような人工物が寂しがるのも変ですが」

「……」

 タラリスが短くふっと息を吐いた。

「ま、私から団長に掛け合ってみるわ」

「ありがとうございます!」

「上手くいくかどうかは分からないよ。それに、いまは確実にペガーナ城に着くことを考えなきゃ。ちゃんと休んでもう寝なさい」

「タラリスこそ、ちゃんと休むのです! 怪我人なのですから!」

「……ほら。見ろ」

 と言ってタラリスは折れた方の手を開いたり握ったりした。

「きっと手当てが良かったんだな。もう半分治ってるから、明日の朝には全快してるよ」

「う、うそ……」

「何言ってんの手当したのはアンタでしょ? 胸を張りな! じゃあ、おやすみ~」


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