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ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第二章 糸無き人形のダンス
12/40

闇の道士

『ローズ? 人形がそう名乗ったのか?』

『まあね』

『本当だとしたらお手柄だ。技術部に確認させるよう伝えておく』

「本当だって」

 タラリスとアーヴェインが電送手帳を介してやりとりをしていた最中のことだった。

 タラリスの手元にある電送手帳、そしてアーヴェインの連絡用ボード双方に不自然なノイズが浮かび上がった。

 ぎょっとしたアーヴェインが急いでボードに走り書きする。

『連絡中止! 窃視(ピーピング)されている! すぐにその場を離れろ!』


 不意に現れたノイズは、何者かが電送に介入し情報を盗み見た証だった。

 居場所がバレた!

 タラリスの反応は素早かった。

 パチンと指を弾いてマロの注意を引く。伏せていたオオカミは耳をピンと立てた。

「出るよ! おいで!」

 状況をよく分かっていないローズが、慌ただしく動き出したタラリスとマロを不思議そうに見つめていた。

「ローズ、移動するよ……少し怖いかもしれないけど、我慢してね。あなたのことは私が必ず守るから」

 目覚めたばかりのローズにこの言葉は伝わらないだろう。

 少しでも不安を取り除けられるよう、タラリスはローズの頭を撫でると、その手を引いて部屋のドアを開けた。

 一人と一頭と一体のトリオは宿を出るとなるべく目立たぬよう早足で、テッサの町の曲がりくねった道を進んで行く。

 

 タラリスは耳を澄まして油断なく周囲の気配を探っていた。

 入り組んでいて雑然とした街の中でも、エルフの聴覚ならどこに人間が潜んでいるか見破るのは容易い。

 同様にタラリスの右手に控えるマロも嗅覚によって周囲を警戒していた。

 獰猛なオオカミは低く唸りながら、噛み切るべき相手を探している。


 ちょうど建物の影となる、薄暗い一角に差し掛かったときだった。

 不意にタラリスの耳に聞こえてきたのは、遠い異国の詩句である。

「命薄如紙、乾坤似虚、怨声蓋世……」

 そして一行に立ち塞がるように、陰陽の仮面をつけた闇の道士、咒慍天師が現れた。

 ただならぬ妖気とプレッシャー。

 相手が不死の同盟の一員であることを看破したタラリスの肌が、さあっと褐色に染まっていく。

「マロ、ローズを守ってなさい」

 そう言ってタラリスはズンズンと大股で距離を詰める。


 だが先手を取ったのは咒慍天師だった。

 道士は抜剣しつつ、一息で十五歩の間合いを詰める。そのスピードは、タラリスでさえも目を見張るものがあった。

 目に見えるほどの殺意を叩きつけられ、タラリスの体が反応する。

 タラリスは鉄弓で鋭い剣の一撃を打ち払った。薄闇に激しく散る火花が互いの顔を照らす。


 好機。

 攻撃を防いだ瞬間、攻守が入れ替わる。

 タラリスの集中力が時間感覚を引き伸ばし、己以外の全てが静止する。超感覚『永遠の刹那エターナル・モーメント』の発動だ。

 凍り付いた時間の中で、タラリスは鉄弓を投げ捨てた。

 そして繰り出したのは、実にシンプルな技だった。これまで何百万回と放ってきた片足タックルである。

 熟練者の鋭いタックルは、倒されるまで技を食らったことを認識することができないというが、千リットルの汗と一万個の痣と引き換えに磨き上げたタラリスのタックルは、さらに鋭い切れ味と、兵器的な破壊力を秘めていた。

 それは片足を掬い上げて、押し倒すという表現では生温すぎる。

 受け身も取れない相手の背面及び後頭部を、壁や地面に弾丸の速さで叩きつけると言った方が正しい。

 

 咒慍天師の後頭部が煉瓦作りの壁に強かに打ち付けられ、砕けた煉瓦の破片が散乱する。

 だがそれでも咒慍天師は生きていた。

 仮面の奥で青ざめた唇が動く。

「これはこれは! 凄い力だな!」


 減らず口を……。

 心の中でそう思いつつ、さらに寝技に移行しようとしたタラリスだったが、がっちりと腕の中で掴んでいた咒慍天師の体が突然煙のように消えた。

 ほぼ同時に、背後から感じる刺すような殺気。

 転げまわるように身をかわすと、その後ろを剣が閃く。

 致命傷となりうる斬撃はかわしたが、避けた先で思いきり胸の辺りを蹴り上げられた。

 現在のタラリスの体格は、女性としてはやや大柄、百七十七センチ、七十キログラムあまり。そのタラリスの体がただの一蹴りで跳ね上がる。

 咒慍天師は跳ね上げたタラリスの顔面をわし掴みにして、先ほど自分がやられたように、タラリスの後頭部を煉瓦の壁に叩きつけた。


「がっ……」

 申し分ない一撃だった。久々にいいのを貰ってしまった。

 強く頭を打った衝撃でタラリスの意識が体を離れていく。

 そのような状態であったので、次にタラリスがとった行動は意識してのものではない。

 血のにじむような反復練習によって本能レベルにまで戦術を叩き込んだ成果である。

 脳機能が一時停止した無意識の体が、完全なる脊髄反射で動いた。

 自分の顔面をわし掴みにしている手を掴んで落とし、咒慍天師の顔を刈り取るように足が弧を描いたかと思うと、瞬時に相手の肘関節を極める――飛びつき腕十字固めである。

 エルフの戦士は眠りながら相手を破壊する。

 タラリスを気付けさせたのは、自分の体が咒慍天師の肘関節を破壊したボギッという気色悪い感触だった。


 タフな咒慍天師も、左腕を壊された瞬間痛みで僅かに体をよじった。

 痛撃に怯んだ咒慍天師は、再び形のない影となりタラリスの手から逃れると、やや距離を置いて実体化する。

「フフフ、なるほど。君と取っ組み合いをするのは得策ではないな」

「女一人に怖じ気づいたのか?」

「勝率の高い戦い方に変えるのさ」

 言いながら咒慍天師は折れたはずの左腕をプラプラと振る。

 初めは軽く、次第に確かめるように。ゆっくりと力を込めて。


 完全に折った肘関節があっという間に再生した。

 どうやら相手は何らかのAAの力で体を強化しているようだった。

 再生能力に加え、自分に対抗できるほどの不可解なパワーから見てもそれは間違いない。

 不死の同盟。

 それは名前の通り、AAの力を使い不老不死を求める集団である。

 こいつらに生半可な攻撃はまるで通用しない。


 ……なんてずるい奴らだ、とタラリスは思った。

 こっちはまだ頭が痛えんだよ。

 ズキズキする後頭部を堪えつつ、タラリスは咒慍天師の動きを探り仕掛けるタイミングを窺う。


 その咒慍天師はタラリスの前で不可解なステップを踏んだ。

 なんだあれは?

 タラリスはその意図が読めず、踏み込むのを躊躇う。

 タラリスには知る由もなかったが、このとき咒慍天師が行ったのは步罡踏斗(ほこうとうと)と呼ばれる呪法の一種である。

 北斗の七つの星と、それを補佐する輔星、弼星を合わせた九つの星の形を踏み、自らの道術の効果を引き上げる歩行法だ。

 さらに、咒慍天師は懐から一枚の呪符を取り出し、呪文を唱え道術を完成させる。

「召請神霊、震山君! 急急如律令!」

 呪文を唱え終えると、咒慍天師の手の中で呪符がメラメラと燃え出した。

 燃え立つ呪符は、もうもうと黒い煙を勢いよく吐き出していく。

 その呪符の煙が咒慍天師の体にまとわりついたかと思うと、煙は次第に形を成し、実体化していく。

 咒慍天師の姿は、魔物としか言えない巨大な怪物へと変化した。


「おおっ……!」

 不死の同盟が使った謎の技……予想外の展開に、タラリスも舌を巻いて驚いた。

 出現したのは下半身は象、そして本来首のある場所に巨大な人間の上半身を持つ怪物だった。

 半人半馬ケンタウルスならぬ、半人半象の化け物である。

 それもそのサイズは普通の象より倍以上も大きく、筋骨隆々の上半身は鉄の鎧を纏い、手に七、八メートルはある矛を持っていた。


「驚いてくれたかな? これぞ山々を震わす大君の姿なり」

「馬鹿な! そんな姿で暴れたら目的の物もぶっ壊れるぞ!」

「あれは最悪、壊れても問題ない。このままペガーナの騎士に持っていかれるよりは、な」

 半人半象の姿となった咒慍天師はせせら笑うように言った。

「命薄如紙、乾坤似虚、怨声蓋世……」

「クソ、付き合ってられるか! マロ!」


 タラリスは落ちていた弓を拾うと、震山君という巨大な怪物に背を向けて走り出した。

 生まれ故郷で巨大な怪物には慣れているものの、いまの自分の任務は人形(ローズ)を連れて帰ることである。優先順位を間違えてはいけない。

 タラリスはローズをひょいと持ち上げて、素早くマロに跨ると、オオカミを疾走させた。

 エルフのオオカミの走りは力強く、ガタガタと揺れ、そして乗り手が恐怖を覚えるほど速い。汽車だって楽々と抜き去っていくほどだ。

 それだけでも恐ろしい体験だが、さらに背後からは巨大な象の怪物が石畳の道を踏みしだき、長大な槍で建物を粉砕しながら迫って来る。


「~~~~!? ~~~!? ~~~~~~~~~!」

 ローズは何かを叫びながら何度も後ろを振り向き、タラリスを見た。

「ごめん! ちょっと我慢して! 怖いよね、怖いよな!? でも安心して」

 タラリスはローズを宥める様にそう言ったが、背後から聞こえる凄まじい轟音は誤魔化しようもない。


 しかも、マロが引き離せない!

 化け物め、でかい図体のくせになんて奴!

 タラリスは苛立ちながら矢筒から矢を取り出し、体をひねって後ろを振り向きながら、震山君の巨体に弓を向ける。

 だが弦を引き絞ろうとした時、十メートルはあろうかという震山君の体が煙のように消えた。

「!?」

 しまった。

 またあの消える術!


 タラリスが前に向き直ると、震山君が目の前に出現していた。

 城門さえ一撃で吹っ飛ばすような矛を振りかぶって……。

 猛スピードで、走っていたマロが急ブレーキをかける。その衝撃でローズの体が投げ出されて宙を舞った。

 華奢な人形に三十トンはあろうかという怪物が猛スピードで迫る。


 刹那、タラリスは自分の頭から血の気が引くのを感じた。

 タラリスは死など恐くない。死はずっと自分の傍らにあった。

 地獄に突っ込んでいったことなど何度もある。

 それにこれまで幾度となく戦いの中で仲間を失った。

 それでも、敵に怒りこそすれ心折れることなどない――もっともそれは力を出し尽くした結果の場合だ。


 ……いまローズが壊されるなど決して許されない。

 まだ自分は力を尽くしていない。


 投げ出されたローズを追って、狼の鞍の上からタラリスは飛んだ。

 タラリスは空中で手を伸ばし、ローズの手を掴むと一旦自分の方へ引き寄せ、そのまま体をひねって背後のマロへとローズを中継する。

 遠ざかっていくローズがサファイアの瞳を見開き叫ぶ。

「タラリス!」


 ああ。心配してくれてんのね。

 でも私は大丈夫。自分の心配だけしてなさい。

 そう思ったが口に出す暇はなかった。

 代わりにマロがその大きな口でローズを優しくキャッチしたのを見届ける。

 よし!


 そう思った瞬間、圧倒的質量の怪物の脚が嵐のようにタラリスの頭上に降り注いだ。

 芋虫のようにゴロゴロと転がって、なんとか荒れ狂う超質量の踏み付けを避けようとタラリスは身をよじる。

 無様だが見た目に拘っている場合ではない。

 それだけ形振り構わず土にまみれても、全てを避けることは不可能だった。

 地面を粉砕するスタンプが、何度もタラリスの体を押しつぶした。


 グシャっという嫌な音と共に激痛が走る。

 踏み潰されたのは背中、そして弓を引く右手だった。手首の辺りから肘にかけてが、文字通り潰され全く動かない。動かしたくない。


 だが、自分はまだ生きてる。死んでなきゃ上等。

 そして今こそチャンスだった。

 震山君――咒慍天師はもう私の事なんて眼中になく、無防備な背中を晒していた。

 弓さえ引ければ……。


 自分の弓はエルフの中で最高の強弓。

 そのことを誇りに思っていたタラリスだったが、このとき初めてそのことを後悔した。

 バ~~~ッカ野郎……!

 なんでこんなに引き分けを重くしたんだよ!!

 くっそ~~~!


 頭の中で愚痴をこぼしながらタラリスは矢を咥えて弓に番えた。

 腕が使えない以上は、こうするしかなかった。

 だが、彼女の使用する矢は尋常の矢ではない。その鉄矢の重さは約三キロ。

 それだけの重さの鉄塊を咥えるだけで中々の負担だが、さらにその鉄矢を口に咥えつつ無双の強弓を引かねばならない。

 歯を軋ませながら弦を食み、タラリスは弓を引いた。

 あまりに強い力で噛み締めたため、歯が歯茎にめり込み口中に血の味が溢れる。

 これだけ苦労してるのに、当然ながら満足に弓を引くことはできない。威力は四分の一も出れば上等と言ったところ。

 

 その代わり的はデカい。絶対外さねえ。


 だがタラリスが放つその殺気を、震山君は見逃さなかった。

 タラリスが矢を放つ刹那、再び怪物の姿が煙となって消える。

「うっ……」

 タラリスは構えを維持するのだけで精一杯だった。歯が、口が、もう限界。敵がどこへ行ったなどと見渡す余裕などない。


「タラリス、後ろ!」

 ギリギリの状況で誰かがそう叫んだ。

 逡巡する間もなく、タラリスはその声に従って、矢を構えたまま振り向く。

 視界いっぱいに巨大な矛を振りかぶる半人半象の怪物が映った。

 怪物の矛とほぼ同時にタラリスの矢が射ち出される。

 両者の攻撃は出始めのタイミング、スピード共に殆ど互角であった。

 だが、震山君の矛は大きく円を描くような軌道の一撃だったのに対し、タラリスの矢は、どこまでも真っ直ぐに最短の軌道で対象へと向かっていく。

 矛が振り終わる遥か手前で、タラリスの矢は震山君へと辿り着いた。


 タラリスの矢は必殺である。

 音速を超えるその矢は衝撃波を纏い、触れずして人体を引き裂く。

 たとえ不完全な一射でも、相手が三十トンの怪物でも、それは変わらない。

 放たれた矢は震山君の上半身、鉄の鎧を貫き、心臓を貫き、厚さ二メートルある肉の壁をぶち抜いた。

 震山君は信じられないという表情を浮かべた。

「み、見事だ……! ペガーナの騎士!」

 そしてその名の通り、山を震わすほどの地響きを立てながら、巨大な怪物の体が崩れ落ちた。


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