表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミスティック ナイツ  作者: ミナミ ミツル
第二章 糸無き人形のダンス
11/40

薔薇の目覚め

 人形を奪還したタラリスとマロは、ペガーナ城へと帰還する前にテッサという小さな町に寄り、体を休めることにした。

 テッサは人間よりカモメの数の方が多いような港町だが、ポツポツと人家の明かりが灯る町を見て一目でタラリスはこの町を好きになった。

 理由は二つある。

 まず、小さな町の割に行き交う船は多く、宿には事欠かないこと。

 もう一つは町全体の構造だ。

 うねる海岸線に加え、メチャクチャに引かれたような道路。

 そしてそれらに沿って無秩序に建てられた家屋。

 このゴチャゴチャした感じがとても気に入った。

 総じてエルフという種族は開けた場所が苦手な傾向がある。タラリスも例外ではなかった。


 町を少し歩き、早速宿に潜り込もうとしたが、エルフの横に控える巨大なオオカミを見て、宿の女将はエルフの宿泊に難色を示した。

「そ、そのオオカミを上げるのはちょっと困るな……せめて厩に繋ぐのは無理かい?」

「この子を一晩でも厩に置いたら……怯えた他の馬が病気になるからやめた方がいい」

 事実だった。

 ペガーナ騎士団ではマロのせいで馬がノイローゼになる事態が起こり、それ以降マロは厩舎ではなくタラリスの部屋で寝起きしている。

「この子の分も払ったうえで通常料金の倍出します。つまり四人分。どう? 悪い話じゃないでしょう? 見かけは怖いけどとっても大人しいから! 見てて……マロ、口を開けて」

 と言ってタラリスは口を開けたマロの口内に手を入れて見せた。

「ほら噛まないでしょ。マロは悪い奴しか噛まないの、真実の口みたいに」

「あれま。じゃあウチの人には会わせられないね……はぁ、しょうがない。いいよ、でも料金はさっき言った額だからね」

「ありがとう!」

 こうして無事タラリスはテッサの町で宿を得ることができた。

 よかった、とほっと一息をつく。

 タラリスでも流石に疲れていた。

 人形を窓のすぐそばに置いて、エルフは眠りに落ちた。



 翌日の昼前に、タラリスは空腹で目を覚ました。

 自分の腹の音で目を覚ますのは笑い話のようだが、エルフは人間(ヒューマン)より格段に基礎代謝量が多い。空腹は笑えない問題だった。

 エルフの死因の中で、餓死は珍しい死に方ではない

 急いで持ってきたお弁当――蜂蜜漬けにされた果物や干し肉をかっ込むと、宿屋のおばさんに頼んで買って来てもらった豚肉をマロに与え、自分はさらに直径三十センチのピザを胃に流し込む。

 ブランチを終えて、これで一安心と思った矢先。

 窓際に座らせていたはずの生きた人形(リビング・ドール)が立ち上がり、窓から見える景色を眺めていた。

「な、なんで……ウソでしょ……」


 その声に反応して人形はタラリスの方を向いた。

 昨日は閉じられていたサファイアの瞳が、じっとタラリスを見つめている。

 心の中でタラリスは誰かに言い訳していた。

 私もマロも何もやってない。

 勝手に動いたんです。マジで。

 どうしよ、これ。


 人形が口を開く。

 そして何かを喋った。

「~~、~~~~。~~~~~?」

 しかしそれはタラリスには聞いたことのない言語だった。

 人間世界の言葉はもちろんエルフ世界のなまりとも違う。

「~~~~。~~~~~~~?」

 もう一度何かを喋ったが、やはり分からない。

 明らかにこれは滅び去った旧世界(ペガーナ)の言葉だ。

 どうしよう、もう完全に手に負えない。自分の専門はドンパチで、AAの分析や調査ではない。


「あーー……」

 混乱したタラリスが何気なく発した声に、人形が反応した。

「あーー?」

 おっと、これは……。

「……なるほど、そうか。よしよし。分かった。私はタラリス。いい? タラリス、タラリス」

 そう言って、タラリスは何度も自分のことを指差しながら名前を名乗った。

 すると人形は予想以上に物分かりがよく、一つ一つ指差しながら単語を唱えていく行為の意味を理解してくれたようだった。

 人形は意味を咀嚼するようにゆっくりと、タラリスの言った言葉を繰り返す。

「タ、タラリス?」

「そう! 私はタラリス! そしてあれはマロ。いい? マロ」

 とタラリスは遠目で二人を眺めるオオカミを指す。

「マロ?」

「そう! そう!」

「タラリス! マロ!」

 人形は嬉しそうに二人の名前を繰り返し呼んだ。

「うんうん。それで、あなたは?」

 タラリスは人形の胸を指した。

 屈託のない笑みを浮かべ、人形は答えた。

「~~~」

「よし……もう一度」

「~~~」

「……なるほど。フッフフーンね」

 人形は首を振ってもう一度言った。

「~~~」

「うん、うん、なるほど。ごめん。無理です……」

 人形の使う言葉は奇妙な言葉だった。どうしても上手く発音できない。

 発声器官そのものが、自分たちとは全く別物の生物が作った言葉――なぜだかそんな印象を受ける。

 タラリスがしょんぼりして頭を下げると、人形の方もタラリスの真似をして頭を下げた。


 う~。困った。名前が分らない。だがもっと困ったのは、人形が動いてることだ。

 この子が危険とは思えないが、よく分からないAAが勝手に起動しているというのは、あまり良い状況とは言えない。


 そのときタラリスはハッと閃いた。

 どうするかボスに聞けばいいんだ!

 そう思ったタラリスは一冊の手帳を取り出した。

 見かけは普通の手帳だが、ペガーナ騎士団がAAを解析して作ったアイテムの一つ、その名も電送手帳である。

 電送手帳はアーヴェイン団長の執務室にある連絡用ボードと、見えない繋がりを持っており、手帳付属の専用ペンで書き込まれたことが、そっくりそのまま連絡用ボードにも書き込まれ、また逆に連絡用ボードに書かれたものも、手帳に浮かび上がるという代物である。

 二十二世紀の地球人なら、スマートフォンのメッセージアプリのようなもの、と思うかもしれない。

 タラリスは電送手帳を開き、まず名前代わりの薔薇のマークを描いた。


『(薔薇のマーク)団長、いま連絡大丈夫?』

 しばらくして返事が手帳に浮かび上がる。

『大丈夫だ。何かトラブルか?』

 人形もその様子を不思議そうに眺めていたので、タラリスは人形を抱え込み、膝の上に乗せてやる。

『トラブルって程じゃないんだけど……まず昨日の任務は成功した。完璧に。それで人形を取り戻したんだけど、いま起きたらその人形がなんか動いてる』

『何をしたんだ?』

『何もしてないのに動いた!』

 しばらくの間。

『人形はどんな様子だ? いま何をしている?』

『いま私の膝の上でこの会話を眺めてる。様子は外見通りって感じ。子供みたい。それと、ときどきペガーナの言葉を話す』

 次の返信は勢いある字だった。

 文字越しでも団長の興奮が伝わってくるような。

『言葉を話すのか! それは凄いぞ! AAの解析が飛躍的に進む!』

『それはいいんだけど、これどうしたらいい? 扱い方のアドバイスが欲しい』

『どうもこうもない。子供みたいなら子供のように扱えばいい』

『例えば?』

『泣かせるな』

『凄くタメになるアドバイスありがとう団長』

『皮肉はやめろ。いまどこだ?』

『テッサ』

『それくらいなら大丈夫だろう。グチグチ言わずお守しながら連れてこい』

『分かったよもう』


 タラリスが文章による会話を終えようとしたときだった。

 膝の上にいた人形が、腕を伸ばしメッセージの冒頭に描いた薔薇のマークを指差した。

「ん?」

「~~~」

 次に人形は何かを訴える様に、自分の胸を指差してタラリスを見つめる。

「んん? なに?」

「~~~」

 再び人形は同じ行動を繰り返した。薔薇のマークと自分の胸を指し次いでタラリスを見つめる。

「花……? いや……」

 ハッとしてタラリスの目が大きく見開かれた。

 そういうことか!

 きっと旧世界(ペガーナ)にも、美しい花冠と棘を持つこの花はあったのだ。その名に由来を持つ者も。

「ローズ! あなたはローズっていうの?」

 少し考えるように躊躇いの顔を見せてからやがて人形は頷く。

「~~、~~~~。ローズ!」

 急いでタラリスは電送手帳に追加のメッセージを書いた。


『追伸:たったいま入った朗報!』

『どうした?』

「お姫様の名前が判明! この子の名前は薔薇(ローズ)!』




 一方、タラリスが去った後の“入り江”にて。

 話は前夜に遡る。

 ドラガンはウイスキーを煽ると、怒りと共にグラスを床に叩きつけた。

 怪物が去り命がひとまず繋がると、残されたのは恥辱である。

 仮にも入り江を仕切ってきた自分が、女一人に震え上がり命乞いをしたという事実。

 そしてその女は、自分など眼中にもなく立ち去ったという事実。

 やり場のない怒りが燃え盛っていた。

「クソックソッ! あの女、ロ、ロバ耳めが……ゆ、許さん……」

 ドラガンは数十分に渡って怒りと呪詛を吐き出し、ようやく思考ができるくらい混乱が治まると、次にその考えを支配したのは、自分の命が危険な状態は変わっていないという現実だった。

 自分の手駒は半壊状態。

 何より不死の同盟――ペガーナ騎士団と相反する秘密結社――に引き渡すはずだったAAを奪われたことだ。

 不死の同盟はこの失敗を簡単には許さないだろう。

 だが幸いなことに秘蔵の美術品と資金はまだ残っている。

 これを使えば捲土重来、もう一度返り咲くことは不可能ではない。

「俺はまだ終わりじゃねえ……終わりじゃねえぞクソ!」

「何をそんなに声を荒げているのかね?」

「あ……」


 その異様な風体の男は影のように音もなく現れた。

 道袍という、この辺りではあまり見かけない東洋風の服装に身を包み、顔は陰陽太極図を象った仮面によって隠されている。

 一見して分かる異質ぶり。

 不死の同盟の一員であり本名は不明。

 自ら咒慍天師(じゅおんてんし)、と名乗る男だった。

 

「ここは酷い有様だ。しかし何があったかは聞かんよ。そんなことよりもだ、生きた人形(リビング・ドール)は無事だろうな?」

 そう尋ねる咒慍天師は、この世のものとは思えない妖気を全身から放っていた。

 仮面の太極図がいまにもグルグルと動きそうな気配さえある。

 心の奥底まで見通すような迫力に、ドラガンはやっとのことで声を絞り出した。

「い……いや……」

 咒慍天師の返答は耐えがたいほどの沈黙だった。

 その静寂に耐えきれず、ドラガンが声を張り上げる。

「だ、だがすぐに取り戻す! もう少し時間さえくれれば、必ず! 」

 咒慍天師はドラガンの言葉をほぼ無視した。

生きた人形(リビング・ドール)を奪った者の特徴は?」

「オオカミを連れた女エルフ……ペガーナの騎士だと言っていた……そ、そいつも必ず捕まえる。まだ遠くまで行ってねえはずだ! アンタたちはもうしばらく待っててくれればいい!」

「待つ? ふっふふふふハハハハハ!」

 咒慍天師は甲高い不快な声で笑いだした。それはつむじ風がピューピューと吹き付けるような非人間的な声だった。

 そして、その笑い声はピタリと唐突に止む。

「君はさっき、自分は終わりではないと言っていたな」

「あ、ああ。そうだチャンスさえくれれば……」

 ドラガンの言葉を遮って、陰陽の仮面の向こうからぞっとするような声が響いた。

「命薄如紙、乾坤似虚、怨声蓋世……」

 謎めいた詩句を唱えると、咒慍天師は再び影となって“入り江”を後にした。

 その場に残されたのは、ひしゃげて潰されたドラガンの死体のみであった


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ