67)ノブレス・オブリュージュ
翌朝、レーバール滞在予定の最終日だったが、アメリアより
「多分、午前中のうちに来客というか、使者というかが来ると思うので、すみませんがお時間をください」
との提案があったので待機。フレアを連れてアーヴァントの部屋に行く。
宝具解読の邪魔を、、もとい手伝いに行ったが「邪魔だ」と斬って捨てられた。
フレアはおかまいなしにアーヴァントの部屋で日向ぼっこを決め込むようだ。
すごすごと自室に戻ろうとしたら、ロビーから声が。
「エル・ポーロの皆様がご滞在中の宿はこちらか!」
「何!? 確かにこちらの宿と聞いたぞ!」
「隠すな!」
などと非常に大きな声が響いてきた。
クロトたちは宿の予約にエル・ポーロとは書いていないので、宿主は困惑の一途であろう。
クロトが慌ててロビーに向かい「エル・ポーロは俺たちだけど、何か用か?」と声をかける。
ホッとした顔で慌てて奥へと引っ込む宿主。
クロトの眼前にはいかにも「騎士でござい」という雰囲気の鎧をまとい、顔なのかヒゲなのかと聞かれたら「ヒゲ」と答えてしまうそうな豊かなヒゲを蓄えた男が残された。
「おお! 貴殿がアメリア姫様のー!!」
ロビーでいきなりアメリアの身分をバラそうとするおっさんを慌てて止め、ひとまずクロトの部屋へ連れて行き、アメリアを呼んで来る。
「ロビーが騒がしいなとは思い、まさかとは思いましたが。。。ディポー様がいらっしゃるとは。。」
連れてきたアメリアが驚きの表情でディポーと呼ばれたおっさんを見る。
「おお、おお、誠にアメリア姫! ご無沙汰しております! 姫様におかれましてはご機嫌麗しゅう、、、」
「待って、ちょっと待ってくださいディポー様。声、おっきい! 一応私、お忍びなので!」
ついついアメリアの声も大きくなる。ついてきたシーラに突っ込まれて、アメリアは恥ずかしそうに俯いた。
「これは誠に申し訳ない! 声が大きいのは生来でしてな」
ディポーはわっはっはと笑う。これは、ガーヴォ将軍以来の強力なの、来たな。
とりあえずパーティ全員を集めて、ディポーと対面となる。
「私はディポー。マーロウの司法官の末端に所属するものだ。以後よろしく頼む」
司法官? 武官や騎士じゃなくて?
「ディポー様は末端どころか、マルメの法の執行者と呼ばれるほどのお方です。まさか、これほどの方がいらっしゃるのは完全に想定外でした」
「何の、こちらこそアメリア姫からこのような話がくるとは思ってもおりませんでしたぞ!」
このような話?
「ええ。もちろん一昨日の領主の件です。昨日、マーロウにいるお姉さまに調査員を派遣してほしいとヤモチ鳥でお手紙を出したところ、今日にも到着するように手配すると返信がきてましたので」
「そうして私が馳せ参じたというわけだ」
「本当は調査員に同行させていただいて、必要とあらばクロトさんに王証の提示をお願いする可能性も考えていたのですが、ディポー様がいらしたなら私たちの出番はありませんね」
「いや、せっかくだ。皆も一緒に来るといい。それなりに実力はあるのだろう?」
あー、これガーヴォ将軍と同じパターン。断れないやつだわ。
予想通りディポーに引き連れられて、希望橋を渡る事になったクロト達。
橋の受付、料金ゲートでは「私は久々に故郷に帰ってきたレーバール市民なのだが?」と言い、市民でも有料であることやいつから変わったかなどを聞いてから通過するディポー。
橋を渡り終えると、何やら帳面のようなものを取り出し「ふーむ」と眺める。
「それは?」興味を持ったクロトが問うと。ニヤリとこちらを見る。
「これは先代領主までが報告してきた過去の橋の修復にかかった費用と、王都への納税のための観光客の年間往来数。それに市民を含めた総往来数。それに新領主になってからの納税金額などだ。差額を計算しているが、クロトも手伝ってくれるか?」
「いや、悪いが遠慮する」即座に断るクロト。
「そうか。こういうものも面白いぞ」と笑うディポー。
そんなやりとりをしながら到着した領主の館。門番に
「調査で来た! これはマーロウより勅命である!」と言って羊皮紙を突き出す。
「ちょ、少しお待ちを」慌てて館へ走ろうとする門番に対して
「待たん!」
と言いながら、門をけやぶり進むディポー。
「エル・ポーロの者達も邪魔するものがいたら、好きに暴れて良い! 我が国の勅命調査とはそういうものである!」
修羅の国か? マルメ。
「ディポー様はああ言ってますが、実際には昨日のうちに一通りの調査を終えて、今日来ているのだと思います。そういう方ですので」
アメリアがフォローしながら後に続く。
ヘカトンケイルまで用意して明らかに悪さをしていたハンベット卿とは違い、この街の領主は私腹を肥やしていただけなので、警備は比較にならないくらい薄い。
たまに出て来る私兵もディポーの鞘に入れたままの剣の一振りで戦闘能力を失っていく。
「これ、俺たちいらなくないか?」
「はい。だから宿で出番はないと言ったのですが、、、」
呆れるクロトと達観したアメリア。
そうして領主の部屋に着き、勢いよく扉を開けると、おそらく不正の証拠となる書類らしきものを乱暴に掴んで、今まさに暖炉で燃やそうとしている領主の姿だった。
「ジュリア!」
「うん!」
クロトの声と同時に放たれる矢。尖ってないやつが領主の肩に直撃し、書類を撒き散らしながら床に倒れこむ領主。
「ほう、やるな」と言いながら、領主の胸ぐらを掴むディポー。
「調べはついている。言い訳を聞く気はない。貴様には貴族たる資格はない」
どすの利いた声で伝えられた領主の股にはじんわりとシミが広がっていく。放り投げられ床に転がる領主。
「ひっ、ひっ」と短く小さな悲鳴を繰り返す領主にアメリアが近づく。
「な、なんだお前らは! 俺はこの街の領主だぞ! 平民が私を見下すな! メーリーアーナ様に選ばれた民だぞ!」
「あなたは貴族の義務を守ることを怠りました。ディポー様がおっしゃった通り、今この瞬間にあなたは貴族の資格を失いました。今、床に転がっているのは、ただの『クズ』です」
小柄ながら王族らしい、気品のある威圧感をモロに食らって領主は「ううう」と呻きながらうずくまった。
「ノブレス・オブリュージュ」呟いたシーラがクロトの視線に気づいて補足する
「簡単にいうと貴族の義務といった意味だ。権力と金を持つものが負うべき公平性や庶民に対する責務。アメリアは王族として、そのあたりを子供の頃から厳しく躾けられて来たから、こういう情けない貴族は許せないのだろうな」
「そうか」クロトは厳しい表情で領主を睨みつけるアメリアを見て、凛々しくて綺麗だなと思った。
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「領主が捕まって、橋の通行が市民はまたタダになったってよ」
「マジかよ!」
そんな会話をしている子供達の所へ、別の少年が走ってくる。
「ピレロ! ここにいたか! 先生が呼んでるぞ!」
先生に呼ばれたピレロは首をかしげる。こんな風に呼ばれるときはお説教だが、最近は特に心当たりがない。
もしかして、この間旅人に橋の通行料おごってもらったのバレたかな? なんて思いながら渋々と孤児院へ帰る。
孤児院の前には多くの孤児達が集まって騒ぎになっていた。
「?」ピレロが近づいたことに気がつくと、一斉に道を開ける。
その先には様々な食材が山になっていた。新鮮な果物から長期保存が可能な乾物。お菓子も沢山。
「なんだこれ? どうしたんだ?」
「おお、ピレロ! 来たか!」
食べ物の前にいた先生が走り走り寄ってくる。
「先生、なんですかこれ?」
「領主が捕まって、不当に取り立てられていた財産が全て没収になったのだ。そのお金が孤児院や病院などに回されることになってな。孤児達の教育などに使える基金もできるらしい」
「はぁ」
興奮する先生と、対照的に状況がわからずキョトンとするピレロ。
「それでな、食材を届けてくれた衛兵さんが、ピレロ、お前にこれを、と」
そういって橋の上の屋台で売っている果実水を渡す。
「併せて衛兵さんがピレロって子に伝えてくれと頼まれたそうだ」
「なんて?」
「言伝は『情報料のお釣りだから、気にするな』だ。ピレロ、お前いったい何があったんだい?」
ピレロは果実水を一口含む。
爽やかな酸味が喉を通り抜け、先生の言葉も周囲の子供達の喧騒も吹き飛ぶ。
代わりに、この間会ったちょっと変わった旅人達の顔が思い浮かんだ。
「たっけえ情報料!」
そういってピレロは噴き出した。




