36)ファウザ入国
南へ向かい始めて3日目。今日は起きたら曇天。昼前から小雨が降り始めた。
「今日あたり、国境を越えるかもしれませんね」
とは雨よけの外套を羽織ったアメリア。
「それじゃあ、何か手続きがいるのか?」
「いえ、ロッセンとファウザに国境の壁や関所はありません。他の王国とはありますけどね」
ロッセンとファウザに国境がない理由は、魔族領、ハナムと隣接していることが大きく関係しているそうだ。
まだ、魔族との戦いが活発だった頃、地理の関係で魔族との戦闘の矢面に立つ2国は、互いにすぐに援軍を出せるようにするために、通行の妨げとなる国境壁を撤廃。いまに至る。
「苦楽を共にしているため、他国よりも両国の関係は良好です。ロッセンの先代王の妃、私の祖母はファウザの貴族の出ですしね。なので、国境を越えたあと、適当な街で入国申請すれば旅人でも問題ありません」
なお、ハナムとの国境も壁などはないが、こちらは戦時中ならではの理由。相手国が自身の国境付近の防衛のための壁を作るのを、指をくわえて見ている敵国など存在しない。
その頃の名残で、今でも国境の壁はないのだそうだ。ただし、互いに監視塔を置いて、兵が進軍できそうな場所は監視を怠らないのだとか。いろんな国境があるんだな。
「ゆえに昨日のお二人のように、少数の場合は結構簡単に密入国できるのです。発覚すればだいぶ問題になりますが」
そんな話をしながら、小雨に気持ちを急かされるように先を急ぐ。
「ああ、この辺りが国境だな」
ちょっとした丘陵の頂点でシーラが馬の脚を止め、クロトに指で示す。線が引いてあるわけでもない、なんでもない場所。それでも「国境」と言われれば、何か特別な場所に感じられるので不思議なものだ。
雨よけの外套のフードを跳ね上げ周囲を見渡す。
「お、向こうは晴れてそうだな」ファウザ方向は遠くに青空が広がっている。
フードをとったシーラも「そうだな、もう少ししたら雨も上がりそうだ、、、、、、ん?」同じ方向を見て、目を細める。
「何かあったか?」
「あそこ、、、あの丁度青空の見えている辺り、何人か人がいないか?」
改めて確認してみると、まだ米粒程度の大きさだが、確かに何かが動いているように見える。
「本当だ。人っぽいな。何人もいる。あと、あの黒いでかいの、、、なんだ?」
「あんな場所に人が集まってる? もしかしたらあの場所が、、、」
隣に来て右手をおでこにかざしながら、目を細めているアメリア。
「ここから馬なら、日が暮れる前にあそこまでいけるだろう。とにかく行ってみよう」
シーラが話をまとめて、馬の腹を蹴った。
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「おい! そこの! 止まれ!」
昼も大分過ぎた頃、目的の場所に着いた。
ゆっくり近づくと、見張りらしき兵が両手を大きく左右にふり、止めようとする。
馬の脚を止めながら目を走らせると、30人近い兵と騎士っぽい仕立ての者が4人ほどいた。
しかしそれよりも目を引くのは、兵たちが覗いている”巨大な穴”。
「お前たち、どこから来た!」
先ほど手を振っていた兵が近づいて来た。
「怪しい者ではない。ロッセンからの旅の者だ。オベリアでアーミーアントに襲われたので、何があったのか蟻の道を逆に辿って来たところだ」
「オベリアから? では、ロッセンの調査団か?」
「いや、オベリアは今も蟻の死骸だらけなので、調査団の派遣はもう少し時間がかかる。私はロッセンの騎士団に所属する騎士、シーラという。今回は休暇を利用してオベリアに来ていたのだが、事が事なだけに、連れとともに様子を見に来たのだ」
と、柄にロッセンの紋章が入った剣を見せる。この紋章入りの剣は騎士にしか与えられない物で、身分証代わりになる。
アメリアに隠れて目立つことはないが、よく考えれば、シーラもそれなりに偉いんだよな。二つ名あるし。
シーラがロッセンの騎士だとわかると兵は居住まいを正す。
「そうでしたか。それは失礼を」
「いや、任務中に邪魔してすまない。蟻の道がここで終わっているということは、その穴が何か関係しているのか?」
「我々も昨日ここに着き調べ始めたところなので、詳しいことはまだ、、、しかし、アーミーアントの群れに遭遇して、大きな被害が出ていないと聞きました。さすが“連合王国の剣”と称されるロッセン騎士団ですね」
「いろいろ運が良かったところもあるんだ」と、ちらりとクロトを見るシーラ。
「そうだ、とりあえず我々の団長にロッセンの騎士様が見えていると伝えてきます。すみませんがこの辺で少し待っていてください」
兵士は一番大きな天幕に走っていった。
「しかし、凄まじい穴だな。。。」シーラが独り言のように呟く。
丘の上からでも違和感を感じた黒い丸は、巨大なすり鉢状の穴。直線で100メートルはありそうだ。穴の縁は焦げているのか黒くなっていた。
「この穴から蟻が出て来たってことか?」クロトも近くに行って覗き込む。深い穴の中央には地下へと続くのか、底に溜まった瓦礫を人々が片付けながら通路を確保しているようだった。
しかし、アメリアは何か考えるように
「これは巣穴というより、、、」と言ったまま黙った。
「シーラ! やはりお前か!」
そうこうしていると、穴を覗く3人の後ろからよく通る声がする。
大股で近づいてきたのは、髪をおかっぱに切りそろえた、中世的な凛々しい美男子、、、いや、女騎士か。男前な美女だわ。
「パールか! 団長とはお前のことだったのだな! 久しぶりだ」
熱い握手を交わす凛々しい女騎士2人。大変絵になる。
「そちらの方は、シーラの連れか?」
「ああ、紹介を、、、と、できれば衆目を集めないところで話をしたいな。時間を取れないか?」
「もちろんだ、今のところ穴から魔物が出てくるわけでもなし、私の出番はないからな」
パールは天幕へと3人を促した。
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天幕内に腰を落ち着け、「気の利いたものはないが」と、パール自らお茶を入れてくれる。
落ち着いたところで、アメリアが正体を明かした。
「なんと、あなた様がアメリア姫でしたか。これは大変失礼を」
「私はお忍び中ですので、ここでは一介の旅人、シーラの友人として扱ってください。様付けもなしでお願いします。もちろん、他の方には内緒で」
アメリアが指を立て、口に寄せる。しーのポーズ。
「もちろん、ご希望とあらば他言はいたしません。しかしオベリアでの活躍は聞いておりますよ。今日の朝には“姫と奇跡の鐘”はファウザでも大きな話題になっておりました」
「忘れてください。誤報です」素早く断ずるアメリア。
「むしろ、オベリアの砦をアーミーアントから守った英雄は、シーラやこちらのクロトさんのような前線で戦った勇者の皆様ですよ」
「クロト殿はシーラやアメリア様、失礼、アメリアさんとどういう関係でパーティーに?」
どういう理由なのかは俺が一番聞きたい。
「私たちがクロトさんの旅に同行を願ったのです。色々あって。。。」
ちょっとだけ目を見開いたパールは、面白そうに笑う。
「どんな事情があったら、姫に同行を請われるのか。まぁ、深くは詮索しないでおきましょう。しかし、腕は立つのでしょうな」
クロトがなんと答えようか考えていると、シーラが代わりに
「クロトは私など足元に及ばぬほどの実力者だ」と宣言。途端にパールの目つきが挑戦的なものになる。
「ほお、シーラの実力は私も認めるところだが、足元にも及ばないとは大きく出たな。機会があれば、是非一度手合わせ願いたいものだ」
ガーヴォにしろ、騎士、好戦的すぎだろ。。。




