35)焚き火を囲んで
その夜は特に魔物が現れることもなく、静かなものだった。
翌日の天気も穏やかで、昨日と同じようにのんびりと往き道を進む。
「しかし、こうしてみると、アーミーアントの凄まじさがわかる。どこまで続いているのだろうな」
シーラが呆れるように見た先は、ずっとアーミーアントが踏みならした道が続いている。
「知らない人が見たら、こういう道が最初からあったみたいだな」クロトも呆れた声で言う。
「そういえば、ガーヴォ将軍たちはアーミーアントの発生源の確認とかしなくていいのか?」
クロトの疑問に答えるのはアメリアだ。
「もちろん行いますよ。ただ、すぐにという訳にはいかないでしょうね。砦の被害は軽微とはいえ外には数万のアーミーアントの死骸が転がっていますから。ほっとけば疫病の心配もありますし、逆に手早く処理すれば外殻は素材として流通もできますので、なにはなくとも処理を優先するでしょう。それに王都から専門知識のある方が来てから万全の状態で調査団を派遣すると思います」
「それもそうか、俺たちみたいな冷やかしじゃないからな」
「クロトさんは冷やかしで見に行くのですか?」首をかしげるアメリア。
「いや、後学のために見てみたいとは思ったが、別に何か調査する訳じゃあないからな。表現するなら冷やかしが妥当じゃないか?」
「それもそうですね」
道中、シーラが皮袋から取り出しておいた弓で飛んでいた鳥を射落としたり、食べられる木の実を拾ったりする。
「保存食だけの食事は味気ないからな、なるべく食べられる物は採っていこう」
と、血抜きをした鳥を馬の腰に逆さにつりながらいう。
シーラまじで手慣れてんな。
「アメリアの護衛につくまでは月に2〜3回は野外訓練だったぞ。ガーヴォ様にも頻繁に野営に連れていかれたからな」
「あの爺さん、近衛騎士団長だったんじゃないのか?」
「ああ、近衛騎士団長を辞してから、オベリアに向かうまでは若手の訓練を買って出てくれていたのだ。ガーヴォ様がオベリアへ向かうまで、5年くらいは振り回されたぞ」遠い目をするシーラ。
「シーラを含めた数名、ガーヴォ様が見込んだ騎士はガーヴォ組なんて呼ばれてましたからね。でも、その全員が今では国内トップクラスの騎士になっていますので、ガーヴォ様は人を見る目もお持ちなのでしょう」
アメリアも当時のことを思い出し、くすくす笑いながらシーラを慰める。
そんなこんなでこの日も適当な野営地を定め、思い思いに準備を進める。
日もとっぷりと暮れ、焚き火を囲みながらお茶をすすりながらたわいもない話をしていた時、何かの気配に感づいたシーラがすっと立ち上がった。
シーラは防御特化型だけあり、気配察知もうまい。屋外であればバーンのような達人級でなければ、近づく気配は大抵は感付くという。
ちなみにバーンはアラクネの気配にすぐ気付いたようだが、あれも十分化物クラスの気配消しだったそうだ。
クロトもすぐに戦えるように臨戦体勢をとる。
「何かいるのか?」
「何か近づいて来ている。遠くでイエロードラゴンらしき鳴き声も聞こえたな」
「野良ドラゴンか?」
「気配からすると違うと思う」
すると、視線の先にチラチラと松明のような明かりが見え始めた。向こうもこちらの焚き火に気づいて向かって来ているようだ。
声が届きそうなあたりまで近づいたところで、シーラが声を張り上げる。
「こちらに敵意はないが、攻撃の意思ありとみなせば応戦する! そちらも敵意がないようなら、そこでドラゴンから降りてこい!」
2騎のドラゴンが減速し、地上へ降り立つ。
とりあえず好戦的な連中ではないようだ。油断はできないが。
少しして暗闇から現れたのは、ツノのある男たち。魔族だ。
見た感じ若そうな方が喋り出す。
「ほう? 王国の警備かと思ったが、その人数では違うな? 何者だ?」
シーラがしっかりアメリアを庇える位置に移動しながら答える。
「こちらのセリフではあるが、私たちはオベリアからファウザに向かう途中の旅人だ」
「オベリアから、、、オベリアはアーミーアントに襲撃されたばかりと聞くが?」
「なぜ、その話を?」シーラ、クロトが警戒度合いを一段階上げる
「旅人に言う必要が?」睨み合う両者。
張り詰めた緊張感を解いたのは、もう一人の年配の魔族だ
「キーランドよ、、、こんなところで揉めても仕方あるまいに。すまんな、娘さん。こやつ知り合いがオベリアでアーミーアントに襲われたと聞いて、気が立ってるのだ」
両手を上げて、ことさら交戦する気がないことを示す。
「アーミーアントの被害は軽微だったぞ? けが人は出たが、死んだ人間はいなかったはずだ」
クロトも若干抗戦姿勢を解く。
「ふざけるな。災害とも言われるアーミーアントの群れだぞ! 軽微なわけがない! やはり貴様らオベリアから来たなぞ嘘だな!」
「いや、むしろ当事者だ。前線で戦った一人だわ」
未だ攻撃的な目を向けるキーランドをよそに、年配の魔族が前に出る
「ほう? 我々は魔族領の南の方から来たからの、アーミーアントがオベリアの砦を襲ったと言うこと以外、細かい話が伝わって来ていないのだ。すまんが詳しい話を聞かせてもらえんだろうか。ああ、すまん、名乗りが遅れた。私はベルグという」
紳士的な態度にシーラもようやく警戒度を少し下げる。
「構わんが、その前にそやつをなんとかしろ。話はそれからだ」
こちらがお茶を入れなおして、話をする準備をしている間、ベルグがキーランドを何やら諭して、ようやくキーランドもしぶしぶ大人しく座った。
場が落ち着いたところで、オベリアの砦で起こった顛末を簡単に話す。
もちろんアメリアのくだりなんかは、はしょったが。
「なるほど、、、正直、アーミーアントが相手ではにわかには信じられんが、、、」
「現場にいなければ、そんな話私でも信じられませんね」とアメリアがベルグに同意する。
そんなやりとりを聞きながらずっとそわそわしているキーランド。
「おい、けが人には魔族もいたのか!? まさか魔族は死人に数えていないとかじゃないだろうな!?」
「そんなわけあるか。魔族も王国の人間も関係なしに一緒に戦ったんだぞ」
「嘘つけ! そんなことあるわけないだろう」疑り深いキーランド。短気は損するぞ、お前。
「嘘じゃないぞ。オークのバブやカブなんかはむしろ大活躍だったからな」
と話すと、キーランドとベルグがピタリと動きを止める。そしてキーランドがゴクリと唾を飲んでから口を開く。
「お、おい。バブとカブと言ったな。。。それは、商団と一緒にいたオークか?」
「お、新緑商団知ってんのか? もしかしてムジュアの知り合いか? あいつらならみんな元気だぞ。オーク兄弟が擦り傷作ったくらいで、それもヒールで治してもらってるな」
伝えるや否や、先ほどまで気を張っていた、張りまくっていたキーランドがへなへなと肩を落とし、大きくため息をついた。
それを見たベルグもホッとした表情で言う。
「これは、我らがここであなたたちに出会えたのは僥倖であろう。礼はする。すまんが先ほどの話、もう少し詳しく教えてもらえないだろうか。できれば新緑旅団と貴殿らとの関係についても」
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「ーーーーーなるほど、では、貴殿らは蟻ども以前に、ムジュアの恩人といわけだな」少し長い話になったので、ゆっくりと咀嚼するようにベルグが言った。
「まぁ、行きがかり上だ。ほっといてもムジュアなら勝手にケリつけていたと思うぞ」クロトの前でパチッと焚き火がはぜる。
それよりも、話を聞けば聞くほどしなびていく、そちらの若者は大丈夫ですか?
「それでは、今度は私たちの話をせねばな。まず一番気になるところであろうが、私はハナムの南にある小さな街の領主をしている。ムジュアは私の弟の娘、つまり姪だな。それで、このキーランドは私の領地の隣の領主の息子で、ムジュアの許嫁だ」
なるほど、ハナっから喧嘩腰で行った相手が、実は未来の嫁の恩人だったことがわかって、自己嫌悪でしなびているというわけか。
「まぁ、非礼をしたキーランドが悪いが、そう虐めないでもらえるとありがたい。こやつなりにムジュアを心配してのことだったのでな」
「そうだ、それでムジュアの身内がなんでこんなところを?」
「我らの領はハナムでも辺境寄りなのでな、王国の情報など届くのに時間がかかるのよ。今回もムジュアが度々訪れているオベリアの砦がアーミーアントの群れに襲われたと言う話だけが先に来てな。慌てたキーランドが「すぐに助けに行かねば!」と一人飛び出すところだったので、慌てて付いてきたのだ」
すると、アメリアがふと何かに気づき、眉根を寄せる。
「もしかして、みつにゅ、、、」
「うおっほん! ゲフンゲフン! 偉い人には内緒な」
ウィンクしながら言うお茶目なナイスミドル。
ベルグさん、ご存知ないと思いますが、今あなたの目の前にいる少女、超偉い人です。
しかしアメリアも理由が理由だったので、ここは目を瞑ることにしたのだろう。
「今のは聞かなかったことにしておきましょう。ですが、このままオベリアに向かうのもいささか不都合ではありませんか?」
「確かに。とにかく緊急事態だったのでまぁちょっと裏口を使ったが、ムジュアの名前も出た上で、貴殿らが嘘をついているようにも思えんし。一旦ハナムへ入って正規ルートから向かったほうが良いか。どうかな、キーランド」
地面に突き刺さるんじゃないかと心配になるほどうなだれていたキーランドは、ハッと顔をあげると、突然立ち上がり90度に頭を下げる。
「大変申し訳ございませんでした!! ムジュアの恩人の皆様に無礼な真似を!!」
「あの、頭を上げてください。とにかくムジュアさんが無事でよかったですね」
こういう時、人から頭を下げられ慣れているアメリアは切り替えが早い。
「ところで、貴殿らはファウザへはどんな用で?」
「見聞を広める旅の途中なのですが、ちょっと所用がありまして」
「ほう? では、ハナムにも来る予定が?」
「すぐではありませんが、その予定です。元々の予定ではオベリアからキロル経由でハナムに行く予定でしたので」
と、そこでクロトが話を引き継ぎ、自身が亜人であり、祖父が魔族であることを告げる。
「そうでしたか。それではもしハナムにきたときは、私の領地『ユグラド』へも足を運んでいただきたい。少々辺鄙だが、自然が豊かで綺麗なところだ。歓迎しよう」
「ああ、ぜひお邪魔したいと思う。その時はよろしく」
こうしてベルグとキーランドは、夜のうちに魔族領へ戻るため、ドラゴンに乗って闇に消えていった。
その夜クロトはテントの中で、ユグラドの位置をしっかりと地図に書き込んでから眠りについた。




