30)奮起
戦闘開始から2時間もすると、塀の内側には次々とケガ人が運び込まれてくるようになってきた。
重傷の者から優先して治癒師が法術をかける。一人癒しても次、また次と、アメリアも治癒法術を繰り返す。
なお、万が一アメリアの顔を知っているものがいることを懸念して、ここでもフードを被って奔走していた。
「こりゃぁ、思ったよりも厳しい状況かもね。想定よりも内側にくる人数が多い」
アメリアの横で手伝っているのはムジュアだ。ムジュアも多少は治癒魔術の心得があるとのことで、アメリアと共に手伝っている。
「ええ、怪我をしていない方も消耗が激しいです。こう、休憩もなく戦い続きでは、、、」
「とにかく、なるべく早く戦線に復帰できるように、私たちもできるだけの事をするしかないね」
「はい。頑張りましょう!」
しかし3時間を過ぎた頃から、塀の内側に入ってくる人間より、出ていく人間の方が明らかに少なくなってきた。
「これは、怪我や体力の消耗よりも、終わりのない戦闘に心が折れてきてるっぽいね。まずいかも」
ムジュアが眉根をひそめる。
永遠に終わらぬかもしれない戦闘は、どれほど精神を消耗するのか。それはアメリアにも痛いほど分かる。
「何か、希望となるものでもあればいいんだけどねぇ」
「希望、、、ですか」
アメリアは少し何か考える仕草をしてから立ち上がる。
「ムジュアさん、手伝ってください! もしかしたら少しでも元気付けることができるかもしれないです」
と言って、ムジュアを連れて走り出した。
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「いやー、厳しいっすねー!」
パオロが軽口を叩くが、さっき剣を取り落としていたのを見ると、疲労は相当なものか。
すでに凸型の陣形は崩れ、半円の形にして、しのいでいる状態だ。
戦力も足りなくなりつつあり、シーラ達後衛の者も前に出て戦闘に参加している。
もはや取りこぼしたら、都度追っていって叩くという、自転車操業が続いている。
「無駄口叩いている暇があったら一匹でも潰すが良い!」
応じるガーヴォも肩で息をしながら剣をぶん回している。
「援軍もそうだが、下がった兵達の補充はまだでしょうか!?」
悲鳴にも似た声をあげるのは副官。しかし、前線にいるものたちは皆、この状況に戻ってくるだけの精神力がある戦士がほとんど残っていないことは察していた。いつ誰の心が折れてもおかしくない状況である。
それでも「後1時間も耐えれば援軍がくる!」と叫び、必死に気持ちを持ち直しながらアリを潰し続ける。
すると不思議なことが起こった。前線に出てくる戦士の数が徐々に増え始めたのだ。
心が折れたと思われた騎士や傭兵達が少しずつだが戻ってきている。
「どうなってるんだ?」
前線に残っていた戦士達が首を傾げた時、後方から大きな歓声。直後に多数の兵たちが、戦線復帰のため城門から飛び出してくる。
「姫のために!」「姫を守れ!」という声が、前線で戦う者達にも届く。
「姫か! やりおるわ!」とガーヴォが破顔する。
こりゃあ、弱音は吐けないな、とクロトも気合を入れ直した。
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少し前、走り出したアメリアは後方指揮を任されたライズ将軍のいる部屋に飛び込んだ。
「すみませんが、今この砦にある一番目立つドレスをお貸しください! お願いします! それからーーー」
何事かと目を白黒させたライズ将軍だったが、衣装室にあるものは自由に使っていいと許可を出す。
もう一つの件も了解したと。
「ありがとうございます! ムジュアさん、着付け、手伝ってください!」
「おいおい、こんな時にドレスなんて、、、」
「説明している時間が惜しいです! 急いで!」
ムジュアはアメリアの勢いに押されて衣装室へ走った。
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「お、おい、アレ、、、誰だ?」
最初に気がついたのは、精魂尽き果てぼんやりと空を眺めていた騎士だった。
オベリアの二重塀の内側の塀に誰かがドレス姿で立っている。
この火急時に、ドレス姿の女性という場にそぐわぬ状況に、力尽きて下を向いていた兵たちも注目し始める。
ドレス姿の女性は青い空に映える、真っ白なドレスをはためかせ、よく通る声で語りかける。
「皆様、私はロッセン王国の第二王女、ロッセン=バルデ=アメリアです。オベリアの皆様の日々の働きを労うためにこの地へ訪れましたが、緊急事態のため城内で守られておりました。ですが! この有事に私だけが安全な場所にいることなどできません! 私もこの場で皆様の戦いを見守ります!」
兵士たちは口々に言葉を紡ぐ。
「本物か、、、」
「まさか、、、」
「いや、でも確か、ちょっと前にアメリア姫が慰労にお越しになるという話があったはずだ」
「じゃあやはり、本物、、、」
今まで絶望の表情をしていた兵士たちに、徐々に気力が戻ってきていた。
気の早いものは、姫のためにと早々に城門を飛び出し、前線へと戻っていく。
「先ほどライズ将軍に確認しました! もうすぐ援軍が到着するそうです! 後ほんの少しの辛抱です! 勇敢なオベリアの戦士達よ! 後もう少しだけ! もう少しだけ! この国に力をお貸しください!!」
その瞬間
「おおおおおおおお!!!!」
割れんばかりの歓声とともに、多くの兵が戦線復帰のために駆け出していった。
内側の塀の上からでも外の戦いに熱が入ったのが伝わってくる。
「、、、驚いた。貴族の出とは思っていたが、姫様だったとは、、、いま言ったことは本当かい?」
聞くのはアメリアと同行していたムジュアだ。
「一応、姫なのは本当ですね。あ、今は一介の旅人なので、今まで通りの付き合いでお願いしますね。援軍は、、、わかりません。ライズ将軍からも何も聞いていませんから」
「それなのに言い切ったのかい。大したもんだよ、アンタ」
「もし、援軍が遅れれば、せっかく再び戦場に出ていった方々も死んでしまうかもしれません。。。それでも、私にはこうするしか。。」
ムジュアはちょっと目を見開いてから、優しく微笑んで言った。
「逆さ、アメリア。今の演説がなかったら、多分この砦、陥ちていたよ。むしろアンタが救ったんだ。胸を張りな」
風が2人の頬を撫でる。
先ほどまで向かい風だった風が、にわかに追い風に変わった。




