165)ささやかな休息
エルトラ脱出の翌日。
クロトがテントを出ると、眼前に広がる山々の木々の色付きが目に飛び込んできた。
本来ならこの風景を眺めながら、のんびりお茶でもといきたいところであるが、今はそれどころではない。
直近の懸案であるエルトラの難民達の対応は、アメリアの義兄フォロスが引き受けてくれることで落ち着いた。フォロスに別れを告げると、イグナシアとクートを連れたクロト達は、慌ただしく再び空の上へ。
道中、イグナシアは一旦マルメの王都、マーロウで途中下車となる。
フォニアから受けた”宿題”を片付けてから、バルゲドへ向かう予定だ。
「ではまた、後ほど」そう言ってファニアの背を飛び降りたイグナシアの背後、マーロウの周辺には多くの兵士達がいつでも出撃できる状態でその時を待っていた。
先頭にひときわ豪奢な飾りをつけた馬に乗った騎士が2人。あれがイグナシアの弟達なのだろう。
クロトが軽く頭を下げると、向こうも気づき礼を返してきた。2人同時に。そういえば双子だって言ってたな。
マーロウからバルゲドまで、フォニアの背ではあっという間である。
バルゲドからかなり離れた場所で一旦着陸し、フォニアは人の姿へと戻る。
そこからは徒歩で向かい、入場審査の城門でアメリアが守備兵に何事か耳打ちすると、しばらくしてロッセンの駐在大使へラルが慌ててやってきた。
「アメリア様! クロト様!」
「ヘラル。急ですまないのだけど、入場審査を特別室で行いたいの。クート王太子や、ちょっとここでは明かせない方もいるから、、、」
バルケドは本来、やんごとなき立場の人物であっても事前通達なしに、特別扱いをしないというのが基本だ。
しかし、今、アメリアの後ろで門から街中を興味深そうに覗いている銀髪の少女は魔王である。
さすがに通常の対応はまずかろう。
ヘラルもアメリアがこのように頼む以上、よほどのことであろうと、便宜を図るために再び城内へと走って行った。
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「魔王? え? 魔王ですか? は? え? なんのですか?」
入場審査官の言葉も無理はない。
少々可哀想なくらい狼狽していたが、アメリアとクートという2国の王族の保証の元、無事に入城がかなった。
案内するヘラルも少々笑顔が引きつっている。
前回滞在した時と同様に、城内に部屋を確保してもらう。担当の執事はクロト達の希望もあり、猫大好きなあの執事さんが付いてくれることになった。フレアが嬉しそうに執事さんにスリスリする。
ちなみにこの執事さん、ロアルさんと言う。前回の縁で、エル・ポーロのことを随分と気にかけてくれていたようで、真偽定かならぬゴシップ記事も含めて、エル・ポーロの情報をアルバムにスクラップしてくれていた。
また、せっかくだからと言うフォニアの希望により、フォニアおよびムジュア、クィッチはアメリアやシーラと同じ部屋に。
クートはザーバル不在のため、クロト達と一緒。パオロと、フォニアの側近の2人も一緒の部屋だ。
フォニアの側近の2人とは、ここまでの行程がなかなか慌ただしかったこともあり、あまり接点がなかったが、いい機会なので交流を深めようとなった。
この2人、名前をジレンとグリルという。ジレンは首が離れた騎士、種族はデュラハンだ。フォニアの背に乗っているときは、自分の腰に首を縛り付けるなど、コミカルな動きが多く、比較的気さくな男である。入城審査の時などはたすき掛けにした紐で頭をくくり、首の上に固定していた。
グリルはヴァンパイア。見た目は人と変わらないが、笑うとめちゃくちゃキバが目立つ。
それを気にしてかあまり喋ろうとしないが、別に無愛想というわけではないらしい。
ま、フォニアについて王国へ来るようなタイプだから、ある程度社交性はあるのだろう。
今日はみんなで「灯台亭」で美味しい魚料理を堪能する予定。
前回同様に、ロアルさんに予約をお願いしてある。
「張り詰め続けては体が持たぬ。どの道、王達が集まるのは早くて2日後じゃ。今日明日は休んで、、、遊べ!」
とはフォニアの言。その意見を入れ、このような事態ではあるが今日明日は、飲んで騒いで寝て遊ぶことにする。
特にエルトラ脱出以降次々と飛び込む自国の惨状に、塞ぐことの多いクートを元気付けるためでもある。
当のクートだが、部屋に落ち着いても隅の方に座って静かにしている。
「クートくーん、まーたそんな隅っこで佇んじゃって〜」
とクートに絡んでいるのはパオロ。
クートがうるさそうに手であしらうが、めげずに絡んでゆく。
パオロなりの気遣いだ。最初はクートを”様”呼びで色々と声をかけていたが、反応が芳しくないのでちゃん付けや呼び捨てなどで色々試した結果、くん呼びが反応が良かったのでそれで通している。
もっとも、それとて「ワシは王太子じゃ。君付けは無礼であろう」と行った程度ものであったが。
再三絡まれて、クートも半ば諦め気味に「好きにせよ」といった感じであった。
ただ、クートの対応を見る限り、パオロの行動は多少なりとも救いになっているようなので、クートのことはひとまずパオロに任せることにする。
クート達とは逆を見ると、アーヴァントとジレンとグリルがウィルックカードに興じながら何やら話し込んでいる。
フレアは現在、ロアルさんとお出かけ中だ。
クロトはアーヴァントに「ちょっと出かけてくるな」と言い残して部屋を出た。
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沈みゆく夕日が中庭を照らしている。
クロトが何の気なしに通りかかると、かつてダスクが飛んだ(飛ばした)中庭の端、通路に腰掛けて足をぶらぶらしているうさ耳があった。
そっと近づき、声をかける。
「クィッチ」
「ヒャい!!」
文字通り飛び上がったクィッチは「驚かさないでくださいよぅ」と、クロトを確認すると胸をなでおろした。
いや、勝手に驚いたんだろ? っていうか、そんなビビリっぷりでよく侠客とかやってたな?
というクロトの心の声は
「あのぅ、途中から声が漏れてますよぅ」
というクイッチの言葉で「おっと」と口を閉じる。
「すまんすまん。ついな」
謝罪すると
「いいんですよ。私、元々侠客じゃないんですぅ」
といい、再び通路に腰をかける。
そんなクイッチの隣に腰掛け、「話を聞いてもいいか?」と言うクロトにそちらを見ずにコクリと頷く。
「私の両親は小さい頃に亡くなっていて、私は孤児院で育ちました。ところが、その孤児院を乗っ取って、人身売買の隠れ蓑にしようとした悪者達が来たんですよぅ。それを助けてくれたのが座長だったんですぅ。座長達はみんなで悪者を追い払ってくれて、、、」
「へえ、いいところあるじゃん、コムタ」
「そうなんですよぅ。その後しばらくした後に、また座長達がやって来て興行を行いながら旅をすることになったからって、身軽な私を誘いに来てくれたんですぅ」
「ああ、だからクイッチだけそんなに不用意なのか」
「あ! 失礼ですよぅ! 私だってしっかりしますぅ!」
「しっかりしている奴はワニの上に飛び乗って怒らせたりしない」
「それを言われると、、、ちょっと浮かれてたんですぅ、、、、」
それからクイッチ達の旅程やクロトの旅路に関して会話を楽しんでいると、太陽が完全に沈み、中庭にも夜の帳が降りて来た。
「お、そろそろ飯に出かけるか。うまいんだ、あの店」そんなクロトの言葉に
「やったぁ! じゃあ準備して来まーす!」と、ぴょんぴょんと駆けていった。
そんなクィッチの後ろ姿を見ながら、
何だか別の事情がありそうな話だったなあと考えてから、クロトも出かける準備に戻るのだった。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
久々ののんびり回。