116)エル・ポーロ号
船大工ビルの工房の一番奥の扉が開くと、その先は海だった。
眼前に広がる大海原への出陣を今か今かと待ち構えるのは、獅子王ビクトルの新しい旗艦船”咆哮号”だ。
今日は暑さも少し和らいで、正装で船を見つめる人々もホッとした表情で要人席に並んでいる。
ザウベルの有力者が並ぶ隅にはポロンポとクロト達の姿も見えた。
クロト達は普通に住民に混じって見ているつもりだったのだが、ポロンポに旧旗艦船を引き渡すための状況作りの一環としてルルルさんに引きずり出された。
今クロトの前では、島の名士のなんとかというおっさんが挨拶を述べている。
「ふわぁ」
退屈な挨拶につい欠伸が出るが、アメリアが「もう少しですから」と困った顔で小さく注意。
そんな事を繰り返し、やっと進水の儀式へとプログラムは進む。
旗艦船に乗り込み舳先の方で仁王立するビクトルと戦士達。船が滑車で滑り始め、海へと飛び出す!
それを港の方から見ていた住民から大きな歓声!
ビクトルはそれを横目で見ながら満足げな表情で観客の横を通り抜ける。
こうして進水式は無事に終了したのだった。
進水式が終わり人がはけた頃、クロト達はポロンポ商会と一緒にまだ港にいた。
海には昨日までビクトルの旗艦船だった船が泊まっている。
これから皆で新しいポロンポ商会の船を探索しようという事で、引き渡しを待っていたのだ。
「改めて見ると、、、でかいな」クロトが感嘆の声をあげる。
ポロンポ商会の船も中型のしっかりとした作りで悪くはなかったが、この船はそれよりもふた回りは大きく、高さもある。
乗り込むにも渡し板では用が足りず、専用の階段状のタラップで乗り込む。
甲板に上がると思った以上に何もない、平坦で広々とした空間があった。帆以外で目につくのは、荷物の上げ下げをする昇降機と、備え付けの小船くらい。無論操舵室はあるが、他には何もないと言ってもそれほど大げさではない。全体的にのっぺりしている。
「ポロンポさんの船とは随分違いますね」とアメリアがいうと、後ろで聞いていたピエールが答える。
「これは諸島の戦艦の様式ですね。この広場は戦闘向けにわざと広く、遮蔽物を少なくしているんです。
なんでも獣人間の戦闘では法術や魔法が飛び交うことは少ない代わりに、その身体能力を活かして直接船に乗り込んできての肉弾戦が主流なのだそう。
そのため、スムーズに迎撃できるように甲板を広くとっている。また、火矢や少ないとはいえ法術などに襲われた際もすぐに消火などの対応ができるようにすると言った配慮も含まれる。
ジュリアがはしゃいで走り出して波に揺られて転び、そのまま笑いながら転がってゆくのをサリナが慌てて追いかけていた。
船内は三層になっていて、一番下は荷物室。2層目は食堂や船員室、および武器庫。上層は船長室や作戦室、貴賓室などだ。
2層目には手漕ぎもできる櫂などが据えられている。ロック島に最速で来た時はこれを使ったのだろう。
いずれ武器庫などの商船には必要のないものは改装の予定だが、ひとまずはこのまま出発の方向。
「クロトさん達は貴賓室を使ってください」というポロンポ。
クルーと同じ船室でいいというと、「新しい船員が落ち着かないので、おとなしく貴賓室でお願いします」とのこと。了解。
色々凄かったが、特に印象に残ったのは食堂と調理場。流石に王を乗せて進む船だけあって、船とは思えない豪華さだ。
ポロンポ商会の料理長、クラッツさんがとても喜んでいた。
「あ、そうだ。この船の名前なのですが、エル・ポーロ号にしようと思うのですが、いいですか?」
突然ポロンポが聞いて来た。
「別にいいが、折角なんだからポロンポ号とかにすればいいのに」
「いえ、エル・ポーロの方がゲンがいいです。私の”勘”がそう言っています」
そう言われてしまえば、クロト達は苦笑するしかない。
充分に堪能して船を降りたクロト達は、本格的に準備を進めると言って残ったポロンポ達に別れを告げて城へと戻った。
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「いろいろと世話になったな」
「お互いにな」
獅子王ビクトルとがっちりと握手を交わすクロト。
いよいよザウベルを出発の時である。
「クロトさん、これを」とルルルさんに手渡された小箱を開けると、年季の入った指輪が入っている。
「ルルルさん、まさかこれって、、、」渋い顔でルルルさんを見るクロト。
「御察しの通り王証です」
「いらないって言ったのに。代わりに船、もらっただろ?」
「私はもう申し上げたのですが、我が主人がどうしてもと、、、、、」
全く悪びれずにビクトルを見るルルルさん。
「おい、ビクトル。捨てるぞ、これ」
「おい、捨てるな。大切にしろ!」
「いや、いらんと言っているだろ」
「まぁそう言うな、今後王証を使う時があったとして、白虎王には連絡が行くし場合によっては白虎王の格が上がるかもしれんのだろ? それはズルいだろ? 俺にも連絡が来てしかるべき。そう思わんか?」
「いや、全く思わん」
「そう言うなって、、、な、損じゃないだろ? 持って行けって。な?」
怪しげな商売人の押し売りの様相を呈して来たところで、クロトが折れた。
「無くしても文句言うなよ」
「おお! だが無くすなよ!」
そんなやりとりをしている内に、クロト達以外のクルーは全員船に乗り込んでパーティを待っている。
「そんじゃ、また来るよ」
港で見送るビクトルに手を振りながら、船はゆっくりと島を離れていった。
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ザウベル出航から3日。
鳳王が統治するシャピニは、その大半が山で、山に沿って家が並ぶ不思議な光景の島だった。
山頂に鳳王の城があると言うが、あいにく雲に隠れて見ることはできなかった。
シャピニの港に寄港して街を散策。鳥人が多いのかと思ったが通常の獣人と半々くらい。港は外部との取引用に特化しているようで、正直ちょっと肩透かしだな。
シャピニには半日ほど滞在し、再び出航。いよいよ大陸へ戻る。
潮風にさらされながら遠くに見えて来た陸を見ていると、なんだか感傷的な気持ちになる。
「諸島、短いが濃い旅程だったな」クロトは隣で同じ風景を見ていたアメリアに声をかける。
「はい。色々ありましたけど、終わってみれば面白かったですね。諸島にはまた遊びに行きたいです」
「そうだな。またいつかビクトルやヴァーミリアンにも会いに行こう」
「その時は一緒に行きましょうね」
「ん? ああ。そうだな」
うん。海の旅も悪くなかったな。