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第08話「仕事と誤算」

「とりあえず適当に座ってくれ」


 普段は壁際に置いてあるテーブルを引っ張り出してランタンを置く。

 ベッドとテーブル、椅子が二脚にチェストが一つ。暖炉と煙突はあるが窓もない、そんな質素な部屋をアミノは興味深げに見回し、通路側の椅子にちょこんと座った。

 俺はといえばチェストから一番マシなワインを選んで取り出し、コンシェルジュから借りてきた二つのカップに、なみなみと注いだ。


「……で? そんなにヤバい話なのか?」


 テーブルに片ひじをついて、身を乗り出す。

 カップを両手で持ってワインに口をつけたアミノは、ゆっくりとカップを下ろし、目を伏せた。

 話し始めるまで三十秒ほど。意を決したように顔を上げた彼女は、先程までの毅然とした態度とはまったく違う、驚くほど幼く見える表情で、不安げに言葉を紡いだ。


「第五層の奥深くに、『魔女の指抜き』と言われる場所があるのはご存知でしょうか?」


「……最奥さいおうじゃないか。たしか四~五年前に【紅蓮ぐれん】のパーティが半壊してから禁止区域に指定されたはずだ」


 アミノがこくんとうなずく。

 【紅蓮ぐれん】のシアネートは、当時かなり勢いのある第五層パーティだった。メンバー六人も全員二つ名持ちで、【銀翼ぎんよく】のパーティのように、独善的なリーダーでもない。危なげのない冒険を一ヶ月ほど続けた後、彼らは最奥さいおうへのアタックを試み、翌朝に帰還したのは二人だけだった。

 そこまで思い出して、俺は頭を抱えた。


「ダメだ。あんな奥深くまでソロで行けるやつは誰も居ない。そもそも何を運ぶ? 【紅蓮ぐれん】の落とした遺品アーティファクトでも取ってこいってのか?」


「いえ、【運び屋】さんには、その場所の近くまで荷物を持っていってくださればそれで構いません」


「無理だ。いや、そうだな……せめて護衛ごえいに二つ名持ちが一人でもいれば、近づくだけならあるいはとも思うが、今の俺にそんなツテはない。うん、やっぱり無理だ」


「まだ二つ名までは冠しておりませんが、このわたくしが……異能持ちの剣士であるアミノ・スフェロプラストが全力で戦います」


「甘く考えるな。ただギフトを持っているだけじゃ第五層の許可は出ない。知ってるだろ? ギフトを持った冒険者が、何ヶ月も何年もの実績をギルドに示して初めて、指輪こいつは与えられるんだ。そもそもアミノ、あんたは何層レベルの冒険者なんだ?」


 椅子から立ち上がり、ランタンの明かりに指輪をかざす。それ自体が遺品アーティファクトでもある昇降カゴのキーは、ゆらゆらと炎を反射して、赤く輝いた。

 ちょっと厳し目にたしなめた俺をアミノはキッと見上げると、少し涙のにじむ目でこう言い放った。

 言い放ったのだ。


「わ……わたくしは、まだギルドに所属していません! でも修行はしてきました! 第五層とは言えなくとも、第四層レベルの力はあると思っています!」


 机にドンっと手をついて立ち上がる。

 それでも身長の低いアミノは、涙目のまま俺を見上げる格好になった。

 ギルドに所属していない。

 その言葉を頭の中で何回か再生し、大きく深呼吸してから俺は口を開いた。


「……質問していいか?」


「どうぞ」


「なぜギルドに登録してない?」


「登録に行ったのですが、規定に達していないと断られました」


「どの規定だ?」


「……年齢です」


 ぷくっと頬を膨らませて、アミノは視線を横へ向けた。

 年齢が? 規定に? 達していない?


「おま……何歳だ?」


「もう今年の春節しゅんせつで十四歳になります! わたくしの故郷では、もう働きに出ているものも居る年齢です!」


「十四……いや、まだ十三歳……だと?」


 美しい少女だと思ってしまった。

 女性としての魅力を感じてしまっていた。

 俺は急に悪寒を感じ、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。


「どうしました? 【運び屋】さん?」


「……どうもこうもあるか。それじゃあ第五層どころか、一緒に大迷宮に入ることすらできないだろう」


「いいえ。それはいいえです。【運び屋】さん」


「なにがだよ」


「だって、だからこそ、わたくしは【運び屋】ベゾアール・アイベックスさん、あなたに依頼をしたのですもの」


 ベッドの横に駆け寄り、アミノは俺の手をとって起き上がらせる。

 その表情はくるくると変わり、今は満面の笑みを浮かべていた。


「依頼します、【運び屋】さん! わたくしを、剣士アミノ・スフェロプラストを、第五層まで()()()ください!」


 言っていることがめちゃくちゃだ。

 確かに、俺のギフトは人間でもなんでも運ぶことが出来る。

 しかし、それと実際に子供を第五層へ連れて行くかと言うのは別の話だ。

 そして俺は、十三歳の子供に惚れるほど倒錯した趣味を持っている訳ではない。

 それら全てを合わせて考えれば、答えは自ずと決まっている。

 決まっている。


――はずなのだが。


 視線は周囲をさまよった末に、どうしてもアミノの顔へと吸い寄せられてゆく。

 俺はもう、彼女の笑顔に逆らうことは出来なくなってしまったようだった。

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