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第06話「依頼と銀翼」

「……あの、あなたが異能者の【運び屋】さんですか?」


 声をかけられたのは、その日の探索も終わり、一杯やりながら明日の仕入れ商品をリストアップしている時のことだった。


「ああ、なにか運搬の依頼――」


 ペンを持ったままリストから顔を上げる。

 そこに立っていたのは、喧騒にまみれた大迷宮探索ギルドの酒場には不似合いな、整った顔の少女だった。

 左右に結ばれた亜麻色の長い髪が、絹糸のように体を流れる。薄い金属で補強された皮の鎧が、細い体のラインをなまめかしく浮かび上がらせていた。

 くっきりとした眉の下、長いまつげに縁取られた大きな瞳が、俺を見つめている。

 どう見てもまだ成人したての十五~六歳にしか見えない小娘の姿に、俺は思わず見とれて言葉を失った。


「あの……【運び屋】さん?」


 少女が心配げに顔を近づけて覗き込む。距離が近い。

 ふわりと石鹸の香りが漂い、正気に戻った俺は、慌てて背筋を伸ばした。


「……ごほん。大丈夫だ、なんでもない。あんたの言う【運び屋】ベゾアール・アイベックスはこの俺だ。で? 運搬の依頼か?」


「はい。申し遅れました、わたくしはアミノ・スフェロプラストと申します。異能者の剣士です。あるものを、第五層のとある場所へと運んでほしいんです」


「第五層か……。あそこは危険だ」


「でも【運び屋】さんは第五層の探索許可証を持っていると聞きました」


「もってるさ。たしかに持ってはいるが、ソロであそこへ入るのは……いやソロじゃなくても、あそこは特別だ。すべてが命がけだぜ?」


「それでも、どうしてもあなたでなければ運べないものなのです」


 アミノは真っ直ぐに俺の目を見て、一言一言、噛みしめるように言った。

 どうやら訳アリらしい。しかしそれでも、俺を信用して全て話してくれなきゃあ首を縦にも横にもふりようがない。

 俺は少しでも気を抜くと見とれてしまいそうな彼女の顔から無理矢理に視線を外し、すでに気の抜けはじめているビールをぐいっと煽ると、気を落ち着かせた。


「モノによる、かな……それと場所もだ。一口に第五層と言ってもかなり広いからな。昇降カゴのすぐ近くだってんなら商品価値の五割だが、それより遠くなれば高くなる……いや、話を断ることもあるな。何しろ俺の命がかかってるんだ。とにかく全ての情報を話してくれなきゃ判断はできない」


「そうですよね。……でも、えっと、ここではちょっと……」


 アミノは周囲を見回して口を閉じる。

 夕暮れ時だ。大迷宮の探索から戻ってきたパーティで、酒場はごった返していた。

 なにか人に聞かれたくない理由があるのだとすれば、たしかにこんなところで話はできないだろう。しかし、それはこの仕事がある意味ヤバいと、もっと言ってしまえば非合法かグレーゾーンか、そんな仕事であることも示していた。

 俺に関する悪い噂は収まり始めているとはいえ、今ここで非合法な仕事に手を染めてしまえば、耳ざとい連中から、また変な噂が広がる可能性は高い。

 アミノの整った顔をちらりと覗き見、俺は断りの言葉を告げようと息を吸った。


「おい【運び屋】! 誰に断って酒飲んでやがる!」


 突然、テーブルがガシャンとなった。

 テーブルの上に叩きつけられた銀色の手甲ガントレットが、俺のメモをグシャリと握りつぶす。腕の先を追って視線を上げると、そこには【銀翼ぎんよく】アルシンの、見たくもない顔があった。


「……ここはギルドの酒場だ。犯罪者でもない限り、誰に断りを入れる必要もないだろ」


「はっ! いっちょ前の口をききやがるぜ。【銀翼ぎんよく】の名前に誓って、俺たちの前に二度と姿を現すなってお前には言い渡したはずだ! 大丈夫か?! 共通語コモンは理解できるか?!」


 アルシンの大声に、周囲の視線が集まる。後ろに立っていたシアンとムッシモールはニヤニヤしながら奥の半個室へと入り、こちらには興味はないとでも言いたげに、酒を注文していた。

 あとから遅れて酒場に姿を表したイソニアが、驚いたように一瞬立ち止まり、悲しげな笑顔で小さく手をふる。俺の視線を追って振り返ったアルシンは、その姿を目にして一層怒りをつのらせた。


「おいおいゲス野郎、お前まだイソニアを諦めてねぇってか? これは忠告だけどよ、これ以上悪い噂が立たねぇように、少しは自重したほうがいいんじゃねぇのか?!」


 自分で話を作っておいてよく言う。しかし事を荒立てる気のない俺は、黙ったまま安酒の代金をテーブルに置き、腰を浮かした。


「待ておいコラ! 無視してんじゃねぇ! 逃げんのか?!」


 アルシンが俺の肩に手をかける。まったく、顔を見せるなと言ったり無視するなと言ったり忙しいやつだ。二度と関わり合いになりたくないと言う意見は一致しているはずなのに、どうしてこうも突っかかってくるのか、本当に意味がわからない。

 流石にカチンと来た俺が手を払おうと肩を持ち上げると、目の前を別の手がサッとよぎった。


――パシッ!


 乾いた音を立てて【銀翼ぎんよく】アルシンの手を跳ね上げたのは、アミノの細くしなやかな掌だった。

 アルシン本人も、俺も、もちろんこの酒場にいる誰もが、信じられないものでも見せられたかのように、ただその光景を見つめることしかできない。

 アルシンは異能者だ。しかもその異能ギフトは【銀翼ぎんよく】と呼ばれる二振ふたふりの長剣。異能者と言うだけで一般の冒険者より数倍は強いと言われる腕力の、極致きょくちとも言える力を持つはずだった。

 その力で俺を押さえつけていた腕を、一五~六歳の娘が簡単に跳ね上げた。

 酒場中の視線が集中する美しく整った顔は、意志の強さをたたえた瞳で、数少ない第五層パーティのリーダーを見据えていた。


「おやめなさい! 仮にも【銀翼ぎんよく】などと二つ名を持つ高名な冒険者ならば、同じく二つ名を持つ異能者にも敬意を払うべきです!」


 アルシンは肩の上で止まっていた自分の腕を下ろす。

 腕とアミノ、両方を何度か見比べると、やっと頭の整理がついたのだろう、ゆっくりと口を開いた。


「驚いたぜ。知らねぇ顔だが異能者か……二つ名は?」


「二つ名は……まだございません。それよりも【運び屋】さんに謝ってください」


「はぁ~ん? そうか、まだ第四層以下の異能者ってことか。どうせこいつにたぶらかされたんだろ? この【運び屋】はよぉ、女に取り入るのだけはやたら上手いからな」


「取り入られてなどいません。さぁ、謝罪を」


「知るかよ、そいつは俺たちにこうされても仕方ないような事をしたんだ。まぁあんたが俺のパーティに加わるってんだったら、考えなくもないけどな」


 アルシンの手がアミノへ伸びる。俺はアルシンとアミノの間に体を滑り込ませ、アミノを背中にかばった。


「アルシン、これからはお前らの帰ってくる時間は避けるようにする。それでいいだろう? この女性は俺の顧客だ、運搬のな。頼むからこっちの仕事にまで口をだすのはやめてくれ」


 急に下手に出られて面食らったアルシンが口を開く前に、俺はアミノの手を引いて酒場を出る。イソニアのそばを通り抜けるとき、彼女が小さく「お元気そうですね」と笑うのに軽く手を上げて答え、そのまま酒場のドアを開け、黄昏時たそがれどきの街へと足を踏み出した。

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