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第42話「襟章」

『貴様! それをどこでせしめた?!』


 襟章えりしょうを見たプリスニスの瞳は炎のように燃えていた。

 錫杖に身を預け、痛む足を引きずって立ち上がる。

 ドゥムノニア語の叫びの意味は分からなかったが、激高しているのだけはわかった。


「落ち着け。これは拾ったものだ。奪ったわけじゃない」


 俺の言葉に聞く耳も持たず、プリスニスは錫杖を振り回す。

 単なる装飾品のようにしか見えない杖でも、当たればかすり傷では済まない。

 俺は身をかわし、彼女の攻撃範囲から離れた。

 自分の振り回した錫杖の重さに、傷を負った脚はまだ耐えられなかったらしく、プリスニスは地面に勢いよく倒れる。

 それでも這いつくばるようにして、土にまみれた錫杖を彼女はふるい続けた。


『下賤なアングリアの蛮族め! 誇り高き聖堂騎士団を殺して満足か?!』


 アングリア、騎士、殺す。その程度の単語はわかった。

 絶対によくない方向に誤解されている。

 涙を流し、俺をにらみつけるプリスニスの顔が、言葉を超えてすべてを物語っていた。


「聞け! これは以前第六層でドゥムノニアの冒険者とすれ違った後に拾ったものだ! いつか返そうと持っていたが、あんたの留め具と同じだと気付いた! それだけだ! もう暴れるな! 傷が開く!」


 何度も同じことを説明し続けた末に、プリスニスはやっと落ち着きを取り戻した。

 落ち着いたというより、力尽きたと言った方がいいかもしれないが。

 地面から抱き起し、岩を背にして座らせても、何の反応も示さない。

 俺はリュックから清潔なタオルを取り出し、水で濡らして土にまみれた彼女の顔をぬぐった。


「……もう一度言う。これは第六層での()()の後、拾ったものだ」


 事件と言うのはいい表現だと思った。

 もとはと言えば、ドゥムノニアの冒険者がアングリアの冒険者を襲い、鉄化てっかさせたのが始まりなのだ。

 一度タオルを洗い、もう一度絞って顔をぬぐう。

 その間もプリスニスは一言も言葉を発しなかった。


「この戦場で俺も、何人かのドゥムノニア兵を殺した。その中にあんたの知り合いがいたかもしれない。それは否定しないさ。だがな、俺は追い剥ぎのようなことはしない。誓ってな」


 大迷宮の探索中に倒れた冒険者を見つければ、遺体を埋葬し、その所持品は持ち帰る。

 だがそれは、人類にアーティファクトをもたらすために戦った仲間の意思を継ぐためであり、決して盗みを働くためではない。

 冒険者が探索の果てに得たアーティファクトは、ギルドを介して遺族へ、もしくは市場へと流れ、人類の役に立ってゆく。

 少なくとも、俺の目指す冒険者というのはそういうものだった。


「これはあんたに渡す。できれば持ち主に返してやってくれ」


 だらんと地面に伸びている彼女の手に、襟章を握らせる。

 月は頭上はるかに輝き、すでに日付をまたいでいることを示していた。

 薪を足す。炎が大きくなり、立ち上る煙は月明りを受け、闇の中に灰色の線を描いた。


「ここはドゥムノニアの陣とアングリアの陣の中間だ。これだけ大きな火を燃やせば、すぐにもドゥムノニアの斥候が確認に来るだろう。薪は置いていく、火を絶やすな」


 リュックから山積みの薪を取り出し、プリスニスはの脇に積む。

 先ほどの騒ぎで汚れてしまったパンとベーコンの代わりに新しい食事を手渡し、俺は立ち上がった。


「じゃあ俺は行くぞ。ドゥムノニア兵に囲まれるのはごめんだからな」


「……残念ながら、貴様はもう囲まれているぞ、アングリア兵」


 突然、闇の中からヌッと銀色の剣が現れた。

 気が付けば、ドゥムノニアの将校らしき男が立っている。

 男はプリスニスと俺の間にするりと体を滑り込ませ、剣を突き付ける。

 周囲を伺えば、すでに十人以上のドゥムノニア兵の姿が、遠巻きに囲んでいるのが見えた。


『遅参、ご容赦願います。殿下』


『アルモリカ!』


 立ち上がろうとしたプリスニスがよろめく。

 しかし彼女が地面に倒れるより早く、もう一人のドゥムノニア兵がさっと体を支えた。


『お気を付けください、殿下』


『ルフカ! そちも無事であったか』


『殿下の聖堂騎士団はみな無事でございます。イリューシンがケガをしましたが、それとてすぐにでも剣を握れるようになりましょう』


『そうか……そうか……』


 感動の再会というやつだろうか。言葉はわからないが、ドゥムノニア兵の接し方で、プリスニスが予想以上の大物であることが分かった。

 とりあえず、彼女が無事に帰れることは決まった。

 思わずほっとして笑った俺の背中に、冷たい剣の切っ先がふれた。


「さて、これはどんな状況なのか説明してもらおうか、アングリア兵。返答次第によっては野に屍をさらすことになる。そのつもりで話せ」


 もともと武器も持っていない手を肩の高さまで上げ、包み隠さず本当のことを話す。

 襟章のくだりまで話しが進んだところで、剣の先がピクリと動いた。


「貴様……いや、貴殿はあの時の冒険者か!」


 あの時のと言われても、俺の方ではドゥムノニアの冒険者の顔は覚えていない。

 それでも、焚火の火で俺の顔を確認したアルモリカという将校は、別の兵に俺を任せ、プリスニスたちと相談を始めた。

 相談は短い間だった。

 ドゥムノニア語での相談の内容は、ほとんどわからない。

 それでも兵を下げたアルモリカは、俺の前に立ち、手を差し出した。


「ドゥムノニア王国聖堂騎士団第一部隊長を仰せつかっているアルモリカという。アングリアの冒険者殿。あの時は助かった」


「ベゾアール・アイベックス。第三層レベル冒険者だ」


 突然の礼に戸惑いながらも、俺は手を握り返す。

 握った手の上に、アルモリカはもう一方の手も重ね、笑った。


「そうかベゾアール・アイベックス殿……第三層レベル?」


「あぁいや、まぁ今はそうだ」


「……まぁいい。今回はあの時の借りを返す。我らの見ていないうちに立ち去ってくれ」


「いいのか?」


「あぁ。聖堂騎士団は恩義を忘れん。ベゾアール・アイベックス殿、貴殿にはまた大きな借りができてしまったな」


「貸しなら今返してもらうだろう。生きて帰れるとは思わなかったよ」


「何を言う。殿下のご尊命を救ってもらったではないか。いつの日か必ずこの借りも返す。それまで健勝で」


 ふてくされた顔で小さく「大儀であった」と言ったプリスニスと、剣を構え、賓客を送るように敬礼するアルモリカたちドゥムノニア兵に見送られ、俺は自陣へと向かう。

 太陽が昇る前には仲間の守備部隊に見つけられ、無事アミノたちと再会することができた。

 間もなく夜は明け、ウィルトシャー平原を太陽が照らす。

 草原は血の予感に赤く染まった。

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