第04話「運び屋の矜持」
血まみれの鎧を魔法でキレイにしてもらうのに、銀貨三枚もかかった。
安い店なら軽く酔っぱらえるくらいの値段だ。
しかし、血の匂いを嗅ぎつけるモンスターが徘徊する大迷宮へ入るには、これは欠かせない出費と言えた。
今日の稼ぎはたぶん銀貨五~六枚と言ったところだろう。ポーションを全部使ってしまったので買い直さなきゃならない。
どう考えても赤字だ。
治癒室のベンチで深くため息をついていると、ツーロンとケイロスが戻ってきた。
「……ありがとう【運び屋】……。マグリアは傷も後遺症も残るそうだが、命ばかりは助かった」
「そうか、そりゃあ良かった。……いや、最悪ではないって意味でな。俺のギフトはしまい込んだ物の時間経過も三十分の一にするからな。間に合って何よりだ」
「しかしどうやって礼をしたらいい? 俺たちは見てのとおり第一層パーティだ。ギルドへの治癒代金の支払いもある。とてもあんたへの報酬なんか払えない」
「報酬? マグリアへ使ったポーションのことなら、一ダースほど使ったんでギルドから買ってきてくれ。第一層パーティに請求するのも何だが……悪いな、いま懐が寂しくてさ」
「……そのくらいなら問題ないが……それだけでいいのか?」
「あぁ、ギルドの約款にもあるだろう? 『迷宮内での不慮の事態には助け合いを推奨する』ってな」
ツーロンとケイロスは顔を見合わせる。ホッとした顔と、まだ疑わしいものでも見るような顔のないまぜになった複雑な表情で、買ってきたポーションを渡してくれた。
「あんた、噂とは違う人なんだな」
「噂?」
リュックへとポーションを片付けながら、何気なく顔を上げる。
不思議そうに「知らないのか?」と聞くツーロンへ首を縦に振ると、彼は言いにくそうに噂とやらを教えてくれた。
「ああ、【運び屋】ベゾアール・アイベックスは、【銀翼】のパーティで分け前をちょろまかした上、リーダーの女を手篭めにしようとした、強欲で非道な男だってもっぱらの噂だぜ」
「……初耳だ」
「そのせいで第五層の探索許可も取り消されたって……だから昇降カゴも使わずに、第一層に居たんじゃないのか?」
第五層パーティどころか、第四層以下のパーティにも無下に断られた理由がやっとわかった。これはアレだ、アルシンのやつが噂を流したに違いない。
しかしアルシンが流言飛語を流した証拠もないし、実際に【銀翼】のパーティをクビになったという事実は、噂に真実味を与えていることだろう。
大迷宮探索ギルドの法廷へ訴え出ることも一瞬頭をよぎったが、向こうには【六指】シアンがいるんだ。俺とアルシンの対立というだけなら動きはしないだろうが、【銀翼】のパーティに悪い評判やペナルティがつくとなれば、彼女も動くことだろう。
シアン相手に情報戦なんて、賢者と口喧嘩するようなものだ。
とにかく、今は下手に動けない。それだけはわかった。
「……教えてくれてありがとうな。ただ、それは根も葉もない噂だってことは信じてくれ」
がっくりと肩を落とし、今日の戦利品を売りに行こうと歩き始めた俺の背中に、ケイロスが駆け寄った。
肩を強くつかまれ、振り返る。
ケイロスは一歩下がると、深く頭を下げた。
「感謝する、そして謝罪もする。【運び屋】ベゾアール・アイベックス。根も葉もない噂を信じた俺たちを許してくれ。俺たちはまだ第一層パーティだが、あんたに困ったことがあったらなんでもやる。いつでも、どんなときでも、あんたに命をかける人間がいることは覚えておいてくれ」
ツーロンも歩み寄り、手を差し伸べる。俺たちは握手を交わして、ギルドの前で別れることになった。
ハズれギフトと呼ばれようが、とんでもないゲス野郎と言う噂をたてられようが、俺は俺だ。変わることはできないし、変わろうとも思わない。
それでも、わかってくれる人間もいて、正しい行いは評価してくれるものも居るのだ。
それがわかっただけでも、今日の収穫はあった。
噂のことで落ち込んだ気分は、意外と悪くない程度まで回復していた。