第37話「VSアース・ドラゴン」
砂煙を上げ、キャラバンは草原をひた走る。
夕暮れと宵闇の中間、黄昏時だった。
キャラバンの最後尾では、二台の馬車が殿を務める。
その屋根には、俺のリュックから取り出した、城門を破壊する際に使われる攻城兵器、バリスタが一台ずつ据え付けられていた。
そのさらに後ろ、砂塵の渦巻く向こうに、うろこに覆われた巨体が見え隠れしている。
分厚い金属の鎧で覆われた体を十対の太い足でぞろぞろと運ぶそれは、ドラゴンとムカデの合いの子のような姿をしていた。
――アースドラゴン。
その顔に顎はなく、円形の口にナイフのような歯が同心円状に生えている。
不浄な体液をまき散らす口の後ろ、顔の横には黒曜石のような目が四つずつ並び、生きのいい餌を見つめていた。
「来るぞっ! 【運び屋】っ!」
「ああ、わかってる! しかし予定より早い!」
「ベアにゃん、にゃーの再詠唱までまだ五十六秒あるにゃん!」
「こちらもだいたい同じです。【運び屋】さん」
マグリアと【静謐】が同時に叫ぶ。
この二人は、目くらましの光魔法を準備しているため、それまで戦闘には参加できなかった。
バリスタで狙いをつけ、鉄の槍を飛ばす。
頑丈な城門をも吹き飛ばすその槍は、アースドラゴンの鋼鉄の装甲にぶつかり、派手な音を立てて弾かれた。
「なんだありゃ?! あんな城塞みたいな装甲ありかよっ!」
バリスタの照準器から目を上げて、ロウリーが叫ぶ。
俺もその意見には全く同感だったが、彼女にそれを伝えている暇はなかった。
じわじわと距離を詰めるアース・ドラゴン。その背中にドゥムノニア兵の姿が見えた。
こちらと同じく、バリスタを構えている。
次の瞬間鉄の槍が飛び、木でできたこちらの馬車の壁に大穴を開けた。
「わっ! うっそだろ!」
「こっちには重い装甲なんかないんだ! シールドを持ってる奴は前に出せ! 守り切るぞ!」
「ベアさんっ! 後ろっ!」
仲間の方へと体をひねり、防御の指示を送る俺に、アミノの声が響く。
慌てて振り返ると、そこには俺の体と同じほどもあるアース・ドラゴンの口が迫っていた。
ざわりとナイフのような歯がうごめく。
もう避けられない。本能的にそう悟った俺の目の前で、その巨大な口が爆ぜた。
――どんっ!
アースドラゴンはよろめき、その間に馬車一台分の距離が開く。
馬車の後方のスッテプに立った【豪拳】が、筋肉を見せつけるようにポーズを決め、豪快に笑った。
「だぁっはっはぁっ! 俺さまの拳の味はどうだ! 地虫!」
「っ助かった! 恩に着る――」
礼を言う俺の見ている前で、【豪拳】の脇腹に鉄の槍が突き刺さる。
馬車に縫い付けられるように突き刺さったそれを、彼は気合とともに引き抜いた。
「大丈夫かっ?!」
「効くかぁ! こんなもん! それより作戦時間まだかよ!」
「あと二十五秒ですにゃあ!」
まだそんなにあるのか。
マグリアの言葉に少しの絶望を感じ、それでも俺の作戦に命を預けてくれる仲間のために踏みとどまる。
ドゥムノニア兵をけん制するために、こちらもバリスタの狙いをアース・ドラゴンの背に向けて放つが、バリスタの前にも重い鋼鉄のシールドを備えるドゥムノニアには、大した効果はないように見えた。
「うわっ! うわぁっ!」
もう一台の馬車から、冒険者の悲鳴が上がる。顔を向けると、そこに見えたのは、いつの間にか横付けされていたアース・ドラゴンの恐ろしい姿。
応戦していた冒険者が底なし沼のような口に咥えられた瞬間だった。
注意が餌に向かって少しそれ、速度が下がったアース・ドラゴンは一気に馬車数台分も後ろに下がる。
もうこちらからは手が出せないところまで離れた後、アース・ドラゴンは冒険者を咥えなおした。
「おやめなさい!」
こちらの馬車から声が上がる。屋根の上から空中へと飛び出したのは、まるで戦場に降り立った天使のように美しい少女の姿だった。
「ダメだアミノ! 間に合わん!」
空中へと手を伸ばす。しかしアミノは、その美しい瞳で俺を見て、満面の笑みを見せた。
「大丈夫! すぐに戻ります!」
すでに落下し始めているアミノだったが、突然可愛らしい足が空中を踏みしめる。
第六層アーティファクト、『一秒にも満たない瞬間だけ空間を固定する』能力によりできた半透明のブロックを次々に蹴り、彼女はまるで本当の天使のように、宙を舞った。
「行きますっ! ……インジェクション!!」
今にも冒険者を飲み込もうとするアースドラゴンの、四つ並んだ目の一つに、アミノのパイルバンカーが突き刺さる。
アースドラゴンの魂を裂くような絶叫が鳴り響き、冒険者は青緑色の体液とともに吐き出された。
「スネアッ!」
同時に、隣の馬車からギフトの起動ワードが聞こえる。
細い鋼の糸で編まれた丈夫なロープが生き物のように宙を舞い、落ちてゆく冒険者を空中でからめとった。
「捕った! お嬢ちゃん、こっちは任せろ!」
「はいっ!」
もう一度空中を蹴りながら、アミノは宙を舞って馬車へと戻りはじめる。
ほっと胸をなでおろす俺の頬が、むにゅっと柔らかい肉球でつつかれた。
「準備完了にゃん」
振り返ると、マグリアは空中に球体の魔法陣を浮き上がらせ、ネコの両耳をぴんと立てている。
「こちらも……行けますよ【運び屋】さん」
アミノが向こうの馬車にたどり着いたのを確認して、俺はリュックに手を突っ込んだ。
「よしっ! 【静謐】は右三つ! マグリアはその横二つ! 残りは俺がやる!」
「ええ、任されました」
「おっけーにゃん!」
「ロウリー、合図を!」
「はいよー!」
ロウリーの空気振動により、魔法発動の合図が仲間全員へと同時に響き渡る。
それを待って、【静謐】とマグリアは、準備していた目くらましの光魔法を連続で放った。
俺はリュックに入れた手で、五分前に二人が放った魔法を引っ張り出す。
リュックから出た瞬間、第六層アーティファクトの力で物質化していた魔法は、光の矢となってアース・ドラゴンへと飛んだ。
たった十秒、物理現象を物質化するという使い道のわからないアーティファクト。それは魔法ですら『物』として、【運び屋】の能力にからめとった。
十秒の物質化時間は、俺のギフトにより時間経過が三十倍になり、約五分の物質化時間に化ける。
すべてのアース・ドラゴンを同時に襲った光魔法は、敵の視力を一気に奪うことに成功した。
「兄ちゃん! やったぁ!」
「ベアさん!」
「やったにゃん!」
ロウリーの連絡で、光の爆発とも言える魔法から目を守った味方から歓声が上がる。
十頭のアース・ドラゴンと、その数倍のドゥムノニア兵は、もれなく視界を奪われ、蛇行し、我々との差は一気に開いた。
「よし! 逃げるぞ!」
キャラバンは速度を増して宵闇の平原をまっすぐに走る。
やがて見えたアングリア王国ウィルトシャー方面軍の陣地へと、俺たち大迷宮ギルドの面々は、一人もかけることなくたどり着くことができた。