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第34話「出征」

 平和だった。

 平和だったはずだった。


 いくつかの試練を乗り越えた俺たちは、ギルドの酒場で楽しい酒を飲み、バカな話に涙を流して笑っていたのだ。

 しかし、戦火の狼煙は突然だ。

 アングリア王国の南西、ドゥムノニア王国との国境にほど近い街が竜騎兵の襲撃を受ける。

 酒場にギルドの上級職員が唐突に表れ、口火を切った。


「戦争です」


 彼女の告げた第一声は、浮かれた酒場の空気を一変させた。

 その言葉に続いた情報によれば、我が王国のウィルトシャー方面軍が常に警戒していたはずなのだが、たった一度の攻撃で壊滅的な打撃を被ったとのことだ。

 冒険者と同様、他国では見られないような高品質アーティファクトで武装し、ギフト持ちも少なくない国境守備隊が負けるところなど想像できなかったが、ギルド職員の表情を見ると、とても誤報や冗談の類とは思えなかった。


「それで、現状はどうなっている?」


「……第一報によると、ドゥムノニア軍は占領した商業都市エディントンを橋頭保に、ウィルトシャー平原一帯に陣を敷いている模様です。兵数は五万とも六万とも……。現在周囲の街からウィルトシャー方面軍の部隊が集結し、防衛線を構築しているとのことでした」


 六万の兵。その言葉にまた酒場の空気は凍った。

 アングリアの国軍は十万と言われている。対して南部の小国であるドゥムノニアは、国力で言えばアングリアの半分にも満たない。

 それを考えれば、国を挙げての総力戦と言っても差し支えない数だった。

 張り詰めた空気に、アミノが不安げに俺を見上げる。服の端を握っている小さな手をポンポンとたたいて、気休めに過ぎないにせよ、俺は笑って見せた。


「アミノやロウリーは知らないだろうが、国境あたりでの戦争なんか十年くらい前まではよくあったんだ。心配することはない」


 ドゥムノニアの国王が代替わりする前の話だが、実際毎年の決まりごとのように、国境付近での小競り合いはあったのだ。

 しかしそれは逆に、ドゥムノニアの年若い王が満を持して兵をあげたのだとも言える。

 ついこのあいだの第六層での事件のこともあり、その強硬な姿勢と周到な用意は、俺に嫌な予感を抱かせた。


「ベアにゃんの言うとおりですにゃ。にゃーが冒険者になる前には毎年のように戦争があったにゃん。でもアングリアは何十年も負けてないのですにゃ」


 アミノたちを落ち着かせようという俺の意をくんで、マグリアがにっこりとほほ笑む。

 糸のように細めた目を見て、アミノとロウリーはやっと少し落ち着いたように見えた。


「そこで、ギルドからの依頼なのですが」


 ギルド職員が言いづらそうに口を開く。

 普段は奥の部屋で事務処理を行っている上級職員だ。いくら戦争とはいえ、酒場に情報を伝えに来ただけということはないだろう。

 俺も他の冒険者も、その先の言葉はもうわかっていた。

 もう一度アミノを見て、ロウリー、マグリアへと視線を移す。

 うなずくマグリアを確認すると、俺は立ち上がった。


「ああ、その依頼……もちろん受ける。すぐにもドゥムノニア国境へと向かわせてもらおう」


 ただし、これは冒険ではない。戦争して子供を守るのは大人の役目だ。

 周囲で気勢を上げる冒険者たちと拳をぶつけ、俺はアミノとロウリーの髪をくしゃくしゃと撫でた。


 ◇ ◇ ◇


「だからー! なんであたしたちが行っちゃダメなんだよ!」


「そうです! 納得いきません!」


 まだ特例で使わせてもらっている、ギルドの第五層冒険者用宿舎のロビーで、俺は自分の胸までしか身長のない二人の少女に詰め寄られていた。

 ドゥムノニア国境へと向かうギルドのキャラバン隊出発まで、もう数時間ほどしか間はない。

 リュックを担ぎなおし、俺は何度目かの説明を繰り返した。


「これはな、戦争なんだ。アングリア王国には『兵役は成人のみ』という規則がある。だからお前たちは連れていけない」


「ですが、これは大迷宮探索ギルドからの正式な『依頼』です! ですから、正式なギルドメンバーであるわたくしたちには、参加する資格があります!」


「そーだそーだ!」


 これも何度目かの同じ反論を受け、話は振り出しに戻ってしまう。

 そもそもギルドにも『登録は成人のみ』という規則があるのだが、特例として無理やり規則を曲げた俺に、そのことを持ち出すことはできなかった。

 頭を抱える俺に、マグリアがにっこり笑って提案した。


「ここでうだうだ言ってても仕方ないにゃん。時間もないことですし、キャラバンの受け付けに行って、ギルドの裁定を仰いだらどうですかにゃ?」


「いやしかしだな……」


「それでいいだろ! ギルドがいいって言うなら、兄ちゃんがダメだって言ってもあたしたちは個人的に依頼を受けられる。ギルドがダメだって言うなら、兄ちゃんがいいって言ってもどうせついていけない。わかりやすいじゃん」


「それで決まりです! さぁベアさん、行きますよ!」


 ロウリーが先頭に立ち、アミノが俺の手を引いてキャラバン隊の受け付けへと向かう。

 俺の思いとは裏腹に、受け付けはアミノとロウリーの冒険者登録を確認すると、あっさり『許可』の判を押した。


「ええと、第三層レベル【運び屋】パーティの皆さんですね。七号馬車へお願いします」


「え? おい、いいのか? この子たちはまだ十三歳だぞ?」


「はぁ、ギルドに登録していらっしゃいますよね?」


「まぁ特例だがそうだ」


「それに、こちらは最近よくお名前を聞く『新世代の英雄』のお二人だと記憶しておりますが」


「……あぁそうだ」


「であれば、実力的にはなんの問題もありません。よろしくお願いします」


 受け付けは、後ろにまだまだ並んでいる冒険者へと視線を移し、「どうぞー」と声をかける。

 この緊急時に職務の邪魔をするわけにはいかないので、俺たちはその場を離れ、七号馬車へと向かった。


「あたしたちの勝ちだな!」


「ええ、わたくしたちの勝ちです!」


 俺の両腕に一人ずつぶら下がるようにつかまって、アミノとロウリーが得意げに見上げる。

 こうなってしまったからには仕方がない。

 俺も覚悟を決めるしかないのだが、胃はキリキリと悲鳴を上げた。

 アミノとロウリー、そして俺の表情を順番に眺め、マグリアは「にゃはは」と面白そうに笑うのだった。

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