第15話「脱出行」
カンテラのシャッターをほとんど下ろし、足元だけを照らしながら息を殺して進む。暗闇の奥から聞こえてくるモンスターの息遣いが、まるで耳元で囁かれているように響いていた。
鎖帷子などの金属鎧は全て外してある。ブーツも、底に毛皮の貼られたものに履き替えている。それでも衣擦れの音にすら神経を尖らせながらの前進は、地面を這うカタツムリのように遅かった。
「絶対に助ける。絶対に助ける。絶対に……」
頭の中で、それだけを繰り返す。
ここで俺が死んでしまえば、異能の力でリュックにしまわれたアミノやロウリーは、永遠に囚われたままとなるだろう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
往路は俺の計画が功を奏してほとんどエンカウントはなかったのだが、復路では何度かモンスターの姿を見ることになった。これも俺の運が悪いせいだろう。きっと往路はアミノやロウリーの幸運をおすそ分けしてもらっていたのだ。
通路の角を曲がった先に何かを引きずるような音を聞き、俺は息を潜め、カンテラのシャッターを完全に閉めた。
――ずる……ずる……
湿った音だ。第五層で発見の報告があるモンスターを考えれば、ラミアー族である可能性が高い。適正レベルの攻撃職が一人でも居れば問題になる敵ではないのだが、俺はただ心臓の鼓動すらも止めたいほどに身を固くして、モンスターが去るのを待つことしかできなかった。
「……ふぅ」
音が消え、思わず小さく息を吐く。自分の発したその音に体を硬直させ、俺はそっと周囲を見回した。
幸いなことに、他のモンスターの気配はなかった。もう一つの幸運は、手当たりしだいに飲んだ解毒剤のどれかがちゃんと効いてくれていることだ。
アンチドートは不用意に飲むと逆に毒性が出ることもある。俺が生きてアミノたちを運んでいられるのは、とても幸運なことだと俺は思った。
しかし、この幸運がずっと続くことを期待するほど俺もおめでたくはない。気持ちに活を入れ直し、俺はカンテラのシャッターを薄く開いて、また暗闇の中をゆっくりと移動した。
あと四つの角を曲がればモンスター避けの加護が効きはじめるはずだ。そこまで行けば絶対に安全というわけはないが、助かる確率は格段に高くなる。
角を曲がり、一歩踏み出した俺の視線の先に、見えるはずのない明かりが瞬いた。
「――まわれ! 足止め――後ろだ!」
「詠唱の――!」
長い一本道の果てから、剣戟の音と途切れがちな叫び声が聞こえてくる。
本来であればすぐにでも援護に入るところなのだが、俺には今、少しでも自分自身の生存確率を高める必要があった。
それに――。
「――あの声は【銀翼】だ……」
よく知る声。戦闘のルーティング。
性格はともかく、アルシンの戦闘力は折り紙付きだ。俺の出る幕はない。
そう結論づけ、俺は戦闘の現場を迂回することにした。【銀翼】パーティの声がすっかり聞こえるほどの距離にある枝道から脇にそれる。枝道を進み、最後に何気なく後ろを振り返ると、アルシンたちの戦いの場所へ向かって巨大な影が横切るのが見えた。
一番太い通路すら塞ぐほどの巨人。――キュクロプス。
第五層のモンスターの中でも指折りの難敵だ。十分な備えをして挑むのであれば、【銀翼】のパーティならなんとか凌ぐだろう。しかし、他のモンスターとの戦闘中にアレに乱入されたのでは、さすがの彼らも命を落とす可能性は低くなかった。
「……っくそっ」
躊躇しているヒマはない。もと来た道を引き返し、リュックからクロスボウを取り出す。枝道の入り口から顔を出すと、キュクロプスの背中が逆光の中に見えた。
「アルシン!! キュクロプスだ!!」
大声で叫ぶ。単眼の巨人は、俺と【銀翼】パーティのちょうど中間でこちらを振り向いた。