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第01話「運ぶだけの異能者」

 大迷宮、第五層。

 ここは過去に人類が到達することのできた最下層であり、『人の領域』の果てでもある。

 この階層に挑戦できる冒険者は数えるほどしかいない。

 そして俺は、その数少ないパーティの一員だった。


「このクソゴーレムっ! いい加減くたばりやがれっ!」


 叫びざま、パーティリーダーの【銀翼ぎんよく】アルシンが、その二つ名の元になった二刀をたたき下ろす。

 いにしえの魔力で俺たちを襲っていた巨大なゴーレムは、暗闇に描かれた美しい軌跡によって片腕をもがれ、バランスを崩した。

 ゆらりと揺れるゴーレムの足元を、小柄な影がかすめて走る。

 迷宮の石壁に打ち込まれた杭から延びるロープの端が、その手には幾本も握られていた。

 ピンと張ったロープがゴーレムの足を絡めとる。バランスを崩していたゴーレムは、そのまま地響きを立て、石畳へと崩れ落ちた。


 【六指むつゆび】シアン。黒い眼帯ばかりの目立つ顔が、通路の反対側に視線を送る。

 そこでうなずき返したのは、呪文の詠唱を続けていた【蒼煉そうれん】ムッシモールだ。彼は顔の半分を覆う不気味な仮面の下で暗い瞳を輝かせ、両のてのひらをゴーレムへと向けた。


「来たれあお煉獄れんごく! われは行使する! 血の盟約による破壊の力を!」


 周囲の魔法元素マナに、ずっしりと重量が加わったのが俺にも感じられた。

 その刹那せつな、襟首をつかまれ後ろに引き倒される。でかいリュックを背負っていた俺は簡単にバランスを崩され、石畳の上で仰向けに転がった。


「ベアさん、危険です。下がって」


 短い言葉がかけられ、今まで俺の立っていた場所を青黒い炎の舌が這ってゆく。

 見上げる俺の視線の先には、このパーティで()()()()()()()()()()聖職者、イソニアが錫杖しゃくじょうを手に立っていた。


 ベアというのは俺の愛称のようなものだ。

 本名はベゾアール・アイベックスという。このパーティに入ってからもう数ヶ月にもなるが、本名で呼ばれることはほとんどなく、このベアという愛称も、先週新しくパーティに入ったイソニアにしか呼ばれたことはなかった。


 青黒い炎はゴーレムを中心にうずまき、立ち上り、第五層の石壁を焦がす。

 しかしやがてその青黒い炎は、現れたときと同様唐突に消えた。


「どうだ、やったか?」


「おうとも【銀翼ぎんよく】の。我が【蒼煉そうれん】の名に偽りなしよ」


 アルシンの問いかけにムッシモールが無愛想に答える。

 奥の通路の影から、シアンがゆっくりと立ち上がった。


「ん~ムッシモール、タイミング早い。ん~髪の先が焦げたぞ」


「はて、われはいつもの通りに詠唱しただけなのだがな、【六指むつゆび】の。衰えたのではないか?」


「ん~……? なんだとコラ? ん~死にてぇならその汚ねぇ仮面ごと首飛ばすぞ? ん~変態ヤロウ」


 カシャンと小さい音がなり、シアンの右手に短刀が握られる。

 ムッシモールも魔法の込められた指輪に手を這わせ、周囲の魔法元素マナをまた重くした。


「殺し合いは街に戻ってからにしろ。おい【運び屋】! ドロップ品を集めておけ。それからイソニア、回復だ」


「はい、アルシン。……ベアさんは大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だイソニア。怪我はない」


 片手を上げてうなずくと、イソニアは錫杖しゃくじょうを抱えてリーダーに駆け寄る。

 情けない。異能ギフトを授かった冒険者の俺だが、戦闘ではイソニアにも劣る。俺は石畳からのそのそと起き出して、粉々に砕けたゴーレムの周辺を腰をかがめて歩いた。

 人の頭ほどの大きさがあるゴーレムの真核は、この透明度なら金貨五百枚はくだらないだろう。それから、過去にゴーレムに敗れた冒険者の遺品もあった。骨や敗れた衣服などを取り除いて、必要なものだけ袋に詰めてゆく。一つ一つ、確実に。


 俺の二つ名は【運び屋】だ。


 この世界で二つ名で呼ばれるものには必ず異能ギフトの力があるわけだが、俺のギフトは【銀翼】や【蒼煉】のギフトと比べれば、下働きの男としてしか能力の発揮しようのない、つまらないギフトだった。

 腐りかけた冒険者の肉を分厚い革の手袋をつけて丁寧に取り外し、袋が一杯になるまで三十分以上もかけて戦利品を仕分ける。

 袋のサイズと入れた物品の総量には大きな差があった。理由はもちろん俺のギフトだ。

 その力によって荷物の体積は三十分の一以下に縮んでいて、重さも同じく三十分の一程度にしか感じない。

 望みとあらば、四頭引きの馬車だって俺一人で運ぶことが出来る。

 そんな、ただモノを運ぶだけの異能者、【運び屋】ベゾアール・アイベックス。それが俺の名前であり、呪いのようについてまわる二つ名だった。


「ふぅアルシン、戦利品の選別できたぞ」


「ベアさんお疲れさま」


「おせぇ~んだよ!」


 イソニアが笑顔で労ってくれる言葉にかぶせるように、罵声が響く。

 治療を終えたアルシンたちは食事をとっていたのだろう。肉を食べきった鳥の骨が、ひゅっと俺の頭に飛んできて、コツンという乾いた音を立て、はずんだ。


「まったく異能者って言うから誘ったけどよ、ギフト無しのイソニアのほうがよっぽど有能だぜ。こんなんでもギフト持ってるからってよ、いっちょ前の分け前持ってくんだからいい神経してる。なぁ【運び屋】さんよぉ?!」


「はっは。【銀翼ぎんよく】の。それは最初にヌシが決めた取り分であろうが。己の交渉ベタを人のせいにするのは感心せぬの」


「うるせぇモッシムール。俺は度量が広れぇんだよ」


「然り然り。異能者にこだわってたヌシが、癒し手としてギフト無しをつれてきたくらいだからの。ふっふ。広い、広いのう」


「ん~アルシンはイソニアの乳房と顔が目当てだからな。ん~私の体と比べれば確かにギフトみたいなもんだ。ん~どうだイソニアはいっそのこと【巨乳】イソニアとか名乗っちゃ」


「くくくっ、【六指むつゆび】の。言うではないか」


「わっ、わたしは、アルシンとはパーティの一員としてですね」


「黙れお前ら。あまりさえずってるとぶった斬んぞ」


 俺のことを話していたはずなのに、結局一度も会話に混ざることのできないまま、俺達は今日の探索を終えて帰りの昇降カゴに乗り込んだ。

 リーダーの身に付けている迷宮石の指輪が光り、昇降カゴはいっきに地上まで登って停止する。

 これで今日の冒険は終わりだ。

 後は今日の戦利品をさばいて換金し、分配をすることになる。

 そのような雑用も、全て俺の仕事だった。

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[良い点] おもしろかったです! [一言] もっと他の女の子とも、特にイソニアとのイチャイチャか欲しかった。ところでイソニアは結局、ヤツとはそういう仲だったの?
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