鬼斬05
「「で、弁明は」」
「腹踊りから裸踊りにエスカレートしたのは俺だってやりすぎだって思ったさ。でも受けは良かっただろ」
気分を上げるために神主さんから貰った酒を一気し始めた俺の高尚な一人漫才はちっともウケず。
早々に追い詰められた俺は腹踊りという強硬手段に打って出たわけだ。
ペンがあって良かったぜ。
鳴り響くアンコール、もう一回と言う声。
んで期待に応えて服を脱ぎだした所でオオカミに蹴り飛ばされた。
昨日の記憶はそこまでだ。
「まったく・・・」
「安綱を放置したことの弁明は!」
「ねぇよんなもん、あと二日酔いの頭に怒鳴るな」
「寒かったのだぞ!」
「そうかよ、いいから静かにしてろ、周りのガキ共が変なものを見る目をしてるだろうが」
焼け残った諸々を積み込む俺の周りをチョロチョロと囲むガキ共が怪訝そうな顔してる。
そりゃそうだ、姿は見えども声はするなんて。
「ねー、お兄ちゃん今のだれー?」
「妖怪だ」
「誰が妖怪か!」
「んなことよりさっさと持ってくもの選んできな」
「はーい」
「ったく・・・しかし量あるな」
味噌や漬物の入った樽と米俵。
水入り桶が二個ついた天秤棒まである。
これらは神社に備えてあったものらしく、このクソ長い石段の下まで降ろすのがかなり面倒だった。
非常用なのは結構だが置く場所考えろとしか言いようがない。
そして幸いにも鬼の侵入があった村の入り口とは逆の場所に損失を免れた荷車があったので、俺は集められた荷物をそれに積み込む作業をしている。
「申し訳ございません、こんなことまで手助けして頂いて」
「いいってことよ、気にしないでくれ」
神主も同じように荷積み作業をしているわけだが・・・こいつも細く見えて馬力あるな。
俺が抱え上げるのに苦労するような味噌樽をひょいひょいと持ち上げちまうんだから驚きだ。
・・・隣で米俵を片手で持ち上げてるオオカミは論外としても。
「ん、なにかな?」
「なんでもねえよ・・・っと、神主さん、そいつはなんだ?」
ふと気づいたが荷物に混じって妙な感じのする漆塗りの箱があり、蓋のないその中には紫の布に包まれた何かが置かれている。
「御神体様です。隣村に分霊祠がございますので一旦そちらの方へ、と」
「なるほどそうか、神社だもんな」
「はい・・・あ、その荷物はあちらの荷車に積みましょう」
神主は簡易のソリのような物で引きずられてきた荷物を別の荷車に誘導していく。
「なぁツナ公。安直で悪いが鬼の狙いがそこの神様だったってのは無いよな」
「さぁな」
「さぁ、ってお前よ」
「わからんものはわからん」
「はぁ・・・」
「なんだ悪態は垂れんのか?」
「そんな気力もねえよ・・・よっこいせ」
米俵を積む。
動いている方が頭の痛みがマシだ。
・・・太陽がそろそろ天頂に届くかという頃になってようやく荷積みが終わった。
「すぐ出発するのか?」
「はい、ここに長居するのは安全ではありませんから」
村人はそれぞれ三台の荷車に付いてオオカミに先導され村を出ていく。
村を出てから隣村までの地理は狼の方が詳しいそうだからだ。
そして俺はその最後尾から更に少し後ろだ。
後方から攻撃されたときに備えてってことらしい。
最後尾の荷車と同行しないのは周囲を見渡しやすく警戒しやすいようにってのもある。
ま、俺が未だ啜り泣きや嗚咽が聞こえらるあの空気に耐えられないってのもあるが。
進み具合はガキの体力に合わせたペース、休憩も頻繁に挟む。
まるでピクニックで退屈すぎるってのはあるな。
となると話し相手になるのはツナ公しかいない。
「なぁツナ公、今荷締めを直している女の尻なんだが」
「なんっ」
「着物がエロいってのは新発見だ」
後ろ姿で臀部がよく映える。
良い眺めだ。
「す、助平なのは感心せぬぞ」
「ムショ暮らしで溜まってんだよ、仕方ないだろ?ま、暫くはお前へのセクハラで発散するしかないか」
「やめい!」
「というのはさておきだ、一つ気になる点がある」
「・・・なんだ」
「ここはどういう時代背景なんだ?こういう着物ってやつは俺の知識じゃ江戸時代くらいかってイメージなんだが」
「我らがいた現世と同じ時間だ、鬼により進歩を妨げられただけでな」
「鬼に?」
「村から村の移動も命がけであれば、技術が入ってくることも出ていくことも稀なのだ。故に文化という面では確かに遅れている」
「だよな」
俺が思うに国って体裁があるかも怪しい。
少なくともあの村に役場は無かった、村人の戸籍・・・というほどのものでもないが名前を管理してるのも神社だったしな。
「歴史上のどの年代に当たるとは言いにくい、なにせ呪術妖術悪鬼悪霊そういう類があるのだからな」
「どうぞ夢であってほしいもんだ」
「現実を受け止めるのだ」
「喋る刀に言われちゃ世話ないな・・・お、鹿かありゃ」
山の中に栗毛の何かがいたかと思えば、よく見るとそれは角が立派な牡鹿だった。
木の芽を食んで食事中らしい。
「動物ってのは呑気なもんだな、羨ましい」
「主はあまり気を抜くでないぞ?このあたりも鬼の残党がまだいるやもしれん」
「脅かすなよ」
「脅しでは無い」
「まぁ、わかっちゃいるが」
正直、どうしようもないってのが俺の本音だ。
兵法なんてのは知らないが、鬼の群れがこの列の土手っ腹から攻撃してきたらどうやっても大きな被害を防ぐ算段はない。
「敵を見つけるなら先導するオオカミの鼻が頼りか」
「まぁ、あやつに限って鬼を見過ごすなどは無いとは思うが」
「随分能力を買ってるな?今更だがお前からするとあいつは信用できるのか?」
「まだ敵対はしておらん」
「・・・意外とシビアな奴だなお前」
「あれだけ人に友好的な妖も稀だが、どうにも少しばかり引っかかるのだ」
「・・・」
「いや、恐らくは安綱の考え過ぎだ。少なくとも簡単に殺せるであろう主を殺さなかった、今はそれだけでよい」
「そう思っとくしかないよな・・・んだよ、また小休止ってか」
「主は手ぶらだが、他のものは車を牽くか荷を運んでるのだから仕方なかろう」
「立ち往生は勘弁願いたいぞ」
「・・・いや、違う」
「なんだツナ公」
急に声色が変わったことに気づき、俺も周囲を見渡してみる、何も変わった様子はない。
「何かがいる・・・妖の気配だ」
「敵か?」
「わからん、だが恐らくはオオカミも気づいて停止させたのだろう」
「・・・」
ツナ公を構え、周囲を見渡す。
どこにもそれっぽい姿は無い。
気配なんて曖昧な第六感じみたものが俺に捉えられるはずもなく、木々の合間には何の姿も見つけられなかった。
「害意はないようだが監視されているようだ」
「とっとと通り過ぎたほうが・・・お、動き出したな」
結局、目的地に到達する夕刻までの間になにかの襲撃を受けるということは無かった。
「・・・」
ただ、ツナ公はずっとその何かを警戒していたが。
ようやくついた鍬納村というその村は名前の通りに鍬が似合うような農村だった。
あちらこちらに畑があり、耕された土に作物が植えられている。
だが村の周囲にはそれには似つかわしくない柵がある。重厚な丸太の杭で作られた柵が。
厳重に見えるが、いや、鬼にはこれでも足りないか?
ともあれ、俺達は問題なくその村に収容されたわけだ。
生き残った大人達は話し合いのためにこの村の村長の元に行き、ガキと俺達はとりあえず集会所に待機することになった。
「くぅ・・・すかー・・・」
寝息をたてるツナ公。
こいつまたマジ寝してやがる。
ガキどもも疲れがたまってか、大半は座り込むか寝てるか・・・
「・・・」
「どこ行くの?」
「クソ」
「汚い言葉はやめなね?」
「ホーリーシット」
「あとツナを置いていくとまたぐちぐち言われるんじゃない?」
小言は聞き捨てて、一応寝込けたままのツナ公も持って外の空気を吸うために建物を出る。
村の四方には櫓が組まれ、火を焚きながら男達が柵の向こうの見張りをしている。
とはいえあの小鬼ならともかくそれ以上には耐えられないんだろうな、ってのが俺の見立てだ。
あの油鬼とかいう奴だけで柵は焼かれちまうだろうし、櫓も家屋もおんなじだ。
門鬼なら尚更、あの馬鹿図体に対処法はない。
「鬼、強すぎんだろ・・・」
俺だってツナ公がいなきゃ最初の門鬼に殺されていたはずだ。
そう考えると、むしろ人類がまだ生き残っていることの方が疑問にさえ思えて・・・
「・・・あ?」
何か妙な音がした。
草葉を揺らすような音だが妙に大きく、そして近くからだった。
・・・
何か居る。
勘違いでなきゃ、俺が背もたれにする木の真上からそれは聞こえた。
「誰かいるのか」
「・・・」
見上げるが影になって何の姿も見えない。
ただ、何かがいるのは間違いないようだ。
・・・よし。
「オラァ!」
試しに幹に思い切り蹴りを入れてみる。
すると
「ひっ?!」
クワガタやら何やらが落ちてくるのに混じって明らかに人の声。
「ん?なんか声が聞こえた気がするな」
「・・・!」
「今のは猫か?」
「にゃ、にゃー」
「いや待て、木に登るのだから猿かもしれない」
「うきゃーっ」
「いや、案外うさぎかもしれないか」
「・・・ぴょ、ぴょん?」
「兎は鳴かねーし木に登んねーよタコ!」
「きゃんっ?!」
「うおわ?!」
幹に蹴りをもう一発かましたら、まさか本当に俺の真上からそいつは落ちてきて思わず受け止めようと出した俺の腕にズシリと乗っかった。
「ううぅー・・・危ないじゃないの!」
「いや、お、おう」
俺の腕の中にいたのは・・・忍者だった、
無地の上下に覆面のそいつの姿はまさに忍者というにふさわしい。
・・・なんで忍者?
「ひ、人がいるってわかったんなら蹴らなくてもいいでしょ!結構揺れるから怖いのよ?!」
「・・・わりい」
なんで俺は忍者に説教くらってるんだ?
いや、まぁいい。とりあえず抱えたままだと重いし下ろしてやる。
「立てるか?」
「当たり前よ!もう、監視対象がこんな蛮族だと私が苦労するわ!」
「ん?・・・おい」
「へ?なによ、あ、さては私の可愛さに思わず口説こうと」
「監視対象ってなんの話だ」
「あ・・・」
「詳しく話聞かせてもらおうじゃねえか」
「・・・逃げるが勝ちっ!」
「待てや・・・っ?!」
ありえないような体術で俺の頭上を飛び越えて背後に回られる。
なんだ今の動き。
「あ、一つだけ教えといたげる」
「・・・なんだ」
「野兎は・・・木に登るわ」
そう言って忍者は走り去っていく。
兎が木に登るからって、それがどうしたって話だが。
いや、考えるのはよそう。今のはきっと悪い夢だった。
そうに違いない。
そうであってくれ。
俺の周りにクレイジーな奴はもう間に合ってる。
っと、今度は足音が近づいてくるな、誰だ?
「すみません遅くなりました柳さん」
「ああ神主さんか・・・話はまとまったのか?」
「はい、そのことなのですが・・・」
・・・
話を聞くに、彼らが生活の拠点をこの村に移すのは問題なく受け入れられた、と言うことだった。
ただ、どうもそれだけではないと言う様子だ、切り出しにくい話があるよう神主さんは言い淀む。
「実はこの村の村長が・・・」
神主さんが何かいいかけて、しかしそれは村の鐘の音に遮られた。
この村の連中が慌てたように各々の家から顔を出しているのを見るに真夜中零時の鐘って訳じゃないらしいな。
何事か。
少しして、一人の男が叫んでいるのが聞こえた
「北の森に鬼が出た!」
嘘だろおい。
「なんてタイミングだよ」
「ま、まさか逃げた私達を追って・・・」
「いや、北だっていうんだから俺らを追って来やがったわけじゃないだろ、多分」
「そ、そうですね・・・とりあえず村長の所へ行こうと思うのですが、柳さん達も来ていただけますか」
「ツナ公、起きてるか」
「うむ、今起きた」
オオカミとも合流して神主さんの後に続いて村の中央の少し大きな建物へ移動する。
むしろを捲り中に入ると数人の男たちがあぐらをかいて控えていた。
そしてその最奥には、人ではない者がいる。
「すまんな若いの、驚かせただろう」
そいつは見事なまでに狸だった、いや、狸といっても現実的な狸ではなく信楽焼の狸だ。
「いや、今更驚かねえよ」
「儂は数百年生きた化け狸といったところだ、そしてこの村は儂の子孫らが作った場所での・・・いや、そんな悠長に話をしとる場合でもないな、単刀直入にお頼みしたい、どうか力を貸してくださらんか」
無い首を曲げて頭を下げられる。
「鬼が来るなら斬らにゃならないらしいし、是も非もないが」
「感謝いたします」
「いいさ、それよりこの村の防備はどうなってるんだ?敵の規模もだ」
「若い男が五十人、あとは年寄りや女子供といったところですじゃ」
「今まではどうしてたんだ?」
「そこは儂の妖術と男衆でどうにか、といったところかの」
「妖術ってのはどの程度の鬼まで通じて、どんな効果なんだ」
「古より狸とは化かすものであり、儂の力もそのようなものじゃ、例えば鬼に化けて同士討ちを誘うか、道を迷わすか、結界もあって、それだけで下級の鬼くらいなら防げたのじゃが・・・」
「だが?」
「今度の鬼は、違うのじゃ」
「違う?」
「『禍ツ鬼』やつはそう呼ばれておる」
「おうツナ公マガツってなんだ?」
「禍福糾える縄のごとしの『カ』の字だ。災や不幸を意味する」
俺の手元から俺以外の声がすることに村の人間の何人かはぎょっとしていた様子だったが、特に何か言われることはなかった。
誰も彼もそれどころじゃないって様子だな。
「縁起が悪いとはこの事だな、知り合いか?」
「いや、名は聞いたことがあるが直接目にしたことはない」
「そいつが、ここより少し北の砦に巣食う鬼の頭領じゃ、今まで村の周りに出て来た鬼とは格が違う。其奴自らが鬼を引き連れてここからわずかの森に陣取っていると報告があっての」
報告、という言い方が気になるが、まぁいい。
相手がなんであろうと最善を尽くすだけだ。
「問題はその禍ツ鬼によって結界が破壊されたようなのじゃ、今この村は殆どの防衛策を奪われてしまっておる、本来村に近づくことにできないはずの小鬼や低位の鬼も含めた鬼の軍勢がすぐそばまで迫っておる」
「・・・」
そんな状況で、俺にできることがあるのか?疑問を口にしてしまいそうになり、噤む。
「あの戦鬼を倒したそのお力でどうかこの村を、お救いください」
・・・無茶言うな。
そんな言葉もやはり、俺は口にできなかった。
どうやら鬼の軍勢はそう遠くない位置にあるということで、時間もない。
敵の集団がいると言う北の森に面する柵の先にて俺達は待機していた。
「何者なんだかな、禍ツ鬼って奴は」
「結界を破壊するならばやはり中位から上位の鬼であろうな」
「その結界ってのはどういう物なんだ」
「基本的には六方に位置する道祖神を起点に悪鬼悪妖を立ち入れない領域をつくりだすものなのだ、他の地神の力を借りている場合もあるが」
「おい、人食い狼」
「失礼なこと言ってると八つ裂きだよ?」
「こいつ八つ裂きとか言ったぞ、これでも悪妖とかいうのにならないのか?」
「戯れであろう」
「うんうん」
「えらく都合のいい判定基準だな・・・あの村に鬼が攻めてきた時、子鬼は幾らか統率されていたように見えたがあれはやっぱり子鬼より上の鬼に従ってか?」
「そうだ、下級以上の鬼は子鬼を使役することができる。上級鬼にもなれば千の小鬼を従える程だ」
「なんだそりゃよ・・・」
「だが安綱なら千どころか万を切っても刃こぼれせん」
「テレフォンショッピングか何かか?もうちょっと売り込み文句考えろ」
「・・・程よく重いぞ?」
「アピール下手かよ」
などといってる合間にも、じわり、じわりと離れた木々の隙間に影が現れる。
何れも武器を手に突撃の合図を待っている小鬼だろう。
「暗くてよく見えないが、いち、に、たくさん、っと、鬼が七分に森が三分くらいか?」
「百体って所だね、小鬼だけで」
オオカミは無情にも数を告げる。
「・・・機関銃でも足らねえよ、銃をありったけ掻き集めてこれりゃまだ何とかなったかもしれないが」
「そんなものでは子鬼はともかく低位の鬼にも厳しいぞ」
「鍬やらよりかはマシだろ」
離れた位置で五人一組で固まる彼らの手にあるのは殆どが農具。
一部にちらほら弓矢や刀槍を持った奴がいるくらいだ。
「それにあの門の出口は鬼にとっても重要な場所だ、恐らくは他の鬼が既に配置されているであろう」
「ライフルは前の村で捨てなきゃよかったか・・・」
血塗れな上に鬼に踏まれたかひん曲がってたから捨てちまったが、もったいない事をした。
「今更嘆いても仕方あるまい、案ずるな、安綱がいるであろう」
「頼りになるな、全く」
「オオカミでも下級鬼以上は殺しきれん、斬れるのは安綱と主のみということを忘れるな」
「・・・この子鬼は任せて俺は突撃すりゃいいか?」
「うむ、上位の鬼を殺すか、あるいは気を散らすだけでも子鬼の各個撃破がしやすくなるはずだ」
「そうだね、それが一番だと僕も思う」
「そいつは話が早いな・・・ところでオオカミ、ちょっと手貸してくれ」
「ん、何かな」
「この布切れで俺の手とツナ公を固定したい。戦ってる最中にすっぽ抜けたらたまらんからな」
「なるほどね」
ツナ公を握った手を乾布で包み、縛る。
血濡れると手の中で滑るみたいだからな、これで対策は十分だろう。
「っし・・・」
とはいえ明かりもなしに森に突っ込むわけにもいかず、先ずは松明でも調達するかと適当な村人に声をかけに行こうとしたときだ。
銃声のような音が森の奥から聞こえてきた。
そしてまるでそれを合図にしたかのように同時に石弾が数発こちらに飛んでくる。
投石・・・野蛮で原始的にして最も効果的な攻撃だった。
小鬼の膂力を持って森の中から射出されたそれは正確ではないが、確実な威力というものを持って俺と村を守る男達に飛来した。
「っ!いってぇな!」
頭を庇うと同時、数発が掠めていく。そして左腕にも衝撃。
折れてこそないが派手に打撲した、これは痣もできてるだろう。
「まずいね」
村の男達は一応は柵の内側にいたが柵は所詮小鬼や人の侵入を阻害できるかという程度のものであり、投石に対する盾とはならない。
額から血を流し倒れている者、武器を取落す者もいる。
続いて鬼の雄叫びがもう一度響き、森の中から一斉に小鬼の群れが飛び出す。
手には石斧や、どこから奪ったのか刀など。
俺は、鬼は馬鹿で人に劣るとそう思っていた。
少なくとも小鬼においては、そうであると思いたかった、
だがこの光景を見ると、俺よりかはよっぽど『戦い』と言うものを知っているように見る。
・・・くそ。
一部の小鬼が明らかにおかしな方向に走り出したり同士討ちを始めたのはあの狸の爺の化かすとかいう奴か。
「僕がここで村への侵入を食い止める!柳は敵の親玉を早く!」
オオカミは投石の攻撃を回避したのか防いだのか、少なくとも目に見える怪我はない。
他の村人も武器を構え直し鬼に備えている。
俺が余計なことを考えてる暇もないか。
「わーったら!ツナ公、援護は期待できないとよ」
「一騎駆けこそ誉れだろう」
「俺が馬かよ・・・いいさ、行くぞ!」
目前に迫りつつあった小鬼を突く。
深々と刺した胴体から蹴り抜き、鬼の石斧を奪う。
石斧を投擲、左前方の鬼腕にあたり、突き刺さる。
怯んだ隙に隣を駆け抜けて森の中へ。
鬱蒼としたその木々の合間に布切れが転がっている。
・・・スリングか。
どうやらあの投石の威力は鬼の力だけってわけではないらしいが、こんなものも扱えるだけの知恵があるってのは恐ろしい事だ。
ついでに小屋の残骸と石の破片が散らばる場所を発見する。
「やはり道祖神は破壊されておるようだ、恐らく敵は近くにいるぞ」
そうらしいな。
足音を殺し歩き、かすかに見える人影に歩み寄る。
そこにいたのは人間の女・・・に、見えた。
しかし、その額からは角が生え、血色の目をしていた。
・・・鬼だ。
「まずい、敵の実力が測れん。しかし恐らくはかなり高位の鬼のはずだ、油断するでないぞ!」
「わーってら」
近づけば足音に気づいてかそいつは此方を見て、笑う。
「・・・こんにちは」
そしてあろう事か俺に挨拶まで寄越してきた。
「信じられない、鬼と話が通じるなんてな」
「鬼も人も使う言葉は同じよ」
「言葉は同じでも話が通じるかは別だろ。で?親玉っつーのは否定しねえと」
「それを憚る意味がないもの・・・私の名は、『禍ツ鬼』災禍をもたらす、それこそ私の楽しみ」
「聞かせて貰ってなんだが、てめえの名前なんざ興味はねえ」
隙なんてものは見て取れない。
そいつは棒立ちという全くの無防備な姿勢だった。
だが、こうしている間にも、村への侵攻は続いているはずだ。
手をこまねいている場合じゃない。
「・・・いいから命置いてけや!l
俺はツナ公で斬りかかろうとした。
が、一歩を踏み出したところで、その音に気づきその場から飛び退く。
巨大な影が銅鑼のような足音と共に俺のいた場所を通り過ぎようとする。
それに対して俺は振り向きざまにツナ公を振るったが、金属質の何かに弾かれた。
刃をその大盾で受けたのは、筋骨隆々の鬼らしい鬼。
「なっ?!」
驚く間も無く盾が引かれ、今度は叩きつけられる。
盾で殴られたと気付くまで少しの時間を要した。
・・・口の中に血の味が広がる。
「戦鬼を倒したと言うから期待してみれば、この程度か」
盾を引いたそいつは、見下したように嗤った。
「・・・っち、ツナ公、ひん曲がって無いか?」
「安綱なら大丈夫だ、主こそ問題ないか?」
「おう」
起き上がり構え直す。
ニ対一、しかし禍ツ鬼はこちらを興味深げに見るばかりで手を出してくる様子はない。
よく見りゃ武器も持ってないか・・・後回しだ。
「耄碌したとはいえ奴を殺すのは俺だと思ってたんだがな、まさか人間如きに殺されるとは」
「うだうだ言ってやるなよ、どうせてめえもおんなじ地獄行きだ」
「大口を・・・ふんっ!」
盾を正面に構えての突撃。
盾からはみ出るほどの大角も合わさり、その姿はまるで巨大な牛だ。
揺れる地面に足を取られそうになりながらも、すんでのところで回避するが、背後にあった木がまさに粉砕された。
まともに受けたら助からないな、こりゃ。
「あの盾を切れるか?」
「恐らくは樫を鉄板で挟んだものであろうな、主の技量では無理だ」
「また俺の力不足かよ、嫌になるな、くそ。」
「案ずるな、盾は切れずとも」
もう一度突っ込んできたそいつを避ける。
「鬼は斬れる、だろ」
敵の突撃を避けながらも軽口を叩ける自分に少し疑問を持つ。
てか、妙に自分の体が軽く感じるのはなんだ?
気のせいかもしれないが俺はあんな速さで突っ込んでくる奴をこうも簡単に避けられたか?
いや、今考えることじゃないな。
俺に都合がいいならそれでいい。
此方に向き直るそいつに向け、俺も駆け出す。
同時にそいつも真正面から突っ込んできたがそこで俺はわざと姿勢を崩した。
スライディングの要領で鬼の足首を狙ったわけだ。
大楯とはいえ鬼の体躯の膝までしか隠れていない。
それに盾で視界が悪いそいつの足元はおろそかだったと言えよう。
さらに幸運なことにツナ公の峰が上手く奴の左足の後ろに引っかかるように入り込んだ。
結果・・・盾鬼の右足首はそいつ自身の加速を持って刎ね飛ばされた。
鬼の体が地面を滑る音。
石のように断面が硬化した足首より下が俺の目の前を転がった。
この機を逃すわけにはいかない。
盾鬼に斬りかかり、盾に遮られながらも何度もその隙間から突く。
足を、腕を、脇腹を。
野太い悲鳴と共に、俺の体が力任せに投げ飛ばされる。
強かに地面に叩きつけられたが、大した痛みはない。
血脂を地面に擦り落とし、正眼で構える。
対して、よろりと盾を支えに鬼も立ち上がる。
が
「もう十分かしら」
その声と共に、盾鬼の頭部は爆ぜた。
何が起きたのかはわからない。
ただ、現象として鬼の頭は弾けて血肉脳漿骨片を周囲十メートルばかりにぶち撒けた。
流石に俺でも今のを誰がやったのかはわかる。
「・・・仲間ぶっ殺して何か言うことはねえのかクソアマ」
「仲間ではないし、それが死んだのは私にとって価値がないから」
「そうかよ、なら今度こそてめーも血祭りに・・・」
「主!避けろ!」
「んなっ・・・」
禍ツ鬼の手が振れる。
火薬の炸裂する音。
肩に衝撃。
抑えた手には・・・血。
「う、ぐあぁぁぁぁぁっ!」
「加減が難しいわ。家畜を躾けるには少しばかり強すぎる」
それは拳銃だった。
馬鹿な、なぜ、鬼が・・・
「なぜ私が人間の武器を使うか、不思議?」
「・・・っ」
「信州の扉、あそこ人間の武器がたくさんあるから私の従順な手下に使わせているの」
禍ツ鬼が指を鳴らす。
森の奥から現れたのは小鬼ではない。
いずれも低級以上の鬼ども。
そしてこの手には銃がある。
そうか、最初に聞こえた鬼の号令も、こういうことか。
「頭の古臭い他の鬼には反対されるけど、使えるものは使うのが私の主義、鬼を殺せる刀とそれを扱える人間、これも私なら上手に使える」
何言ってんだ、こいつは。
「私がわざわざ直々に来た理由は、お前に会うため・・・あぁ、そうね、私の軍門に降りなさいということよ」
「ざ・・・けんな!」
俺も銃を抜き撃つ・・・が。
「下手くそ」
弾丸は鬼を掠めただけ。
逆に、禍ツ鬼の銃弾は俺の手の中の拳銃を吹き飛ばした、
引き金にかけていた人差し指に激痛。捻り上げられたような痛みだった。
「すぐに答えを出せとは言わない、もともと、今日は見逃すつもりだった。お前を見に来ただけ」
「あ、そうだ、私の『畜産場』を荒らした戦鬼を処理してくれてありがと」
「待てや、この・・・っ・・・!」
向けられた銃に怯み、一歩さえも踏み出せない。
「じゃあ次会った時はちゃんと頭を下げて傅いてね」
そう言って禍ツ鬼は森の奥へと消えていく。
その後ろを他の鬼が続き・・・森の中は静けさを取り戻した。
小鬼共もそれに続いて恐らくは撤退していったのだろう。
今までのは、戦いですらなかったっつーことかよ・・・
「・・・あのような鬼がいるとは・・・いや、それより今は主、早く止血を・・・」
「ふざけんなよ・・・どこまでもなめ腐りやがって!」
俺の悪態はきっと何の意味もないままに虚空に消えていく。
「・・・くそったれ」
無力感、今の俺にあるのはそれだけだった。