鬼斬04
「なぁ、ツナ公」
「何だ主」
「この先にいるのは中級鬼とか言ったがどんな奴なんだ」
「・・・そうだな、今まで現れた鬼の傾向から考えるに『戦鬼』だろう」
「大層な名前だがそいつだっていう根拠は」
「門鬼も油鬼もかつてから奴の手下だったからだ」
「なんだ面識があるのか?」
「・・・五代前の担い手、主を除けば最も安綱との適性が高かった者がそいつと戦い殺された」
「お前の目から見てやりようはあったか?」
「・・・あれは鬼の軍勢が『現』に大侵攻を企んでいた頃。信州の扉から現れた鬼共の指揮官が戦鬼だった」
「長話は勘弁だ」
「一つ言えるのは一対一であれば結果はわからなかったということだ」
「そりゃ希望が見えてきたな」
「だが、当時の我が担い手は剣の達人であった。主では到底かなわないほどに」
「やめろよ景気のいい話だけにしてくれる優しさはないのか」
「絶望を想定し希望をもって行動せよ、そう言うではないか」
「誰の言葉だ、前の男か?」
「おかしな言い方をするでない、前の担い手だ」
「なんだよ死人の言葉は信用しないことにしてるんだ。なぁ、オオカミ」
「索敵してんだから話しかけないでよ」
「おっと悪い」
「緊張感がないんだから」
・・・これから向かうのは間違いなく死地。
俺だって緊張がないわけじゃない。
ただ、今更足を震わせるところなんて見られたくないだけだ。
くっちゃべってる間は気楽だしな。
そして辿り着いたのは見上げんばかりの石段の前。
「・・・山寺かよ」
「この上に神社がある。さっきここを上がっていくのが見えたし、やっぱり鬼の臭いもここからだ」
「くそ、これじゃ登るだけで一苦労だ」
「それなら運んであげよっか」
「は?・・・は?!」
急に鬼の手が背と膝裏に回ったかと思うと浮遊感が・・・
「お前何を!」
「じゃ、行くよ」
「うおわっ?!」
三段飛ばしでオオカミは駆け上がる。
顔を横に向けると石段が凄まじい勢いで通り過ぎていく。
不安定な姿勢、揺れる揺れる・・・俺はこのまま階段から落ちて死ぬのでは?
そんな思考がよぎるほどだった。
しかし、見上げるのも億劫な階段をたちまちのうちに狼は登りきって敵の目の前へ。
・・・心の準備も何もない。
目の前には筋骨隆々の鬼と子鬼の群れ。
「女に担がれてご登場とは、愉快な輩だな」
その明らかに異彩を放つ鬼の第一声はそれだった。
「愉快でもなんでもねえよ・・・シェイクされて吐きそうだ」
降ろされたところで軽口で返し、ツナ公を構える。
「その刀は・・・なるほど、門鬼を殺したのは貴様か」
「御察しの通り。ついでだが下の肉達磨もこんがり焼いてやったさ」
「・・・挑発のつもりか」
「テメーの足元のそれと同じだ」
小さな、とても小さな人の足。
その食いちぎられた断面から骨が覗く。
それだけじゃない。彼方此方に喰いかけの人の破片が散らばっていた。
「ああ。そうだ、これがなんだかわかるか?」
「・・・なんだ、それは」
「お前が言う門鬼の肉だ、クソみたいに不味かった」
これ見よがしに地面に放り捨て踏みにじれば鬼の額に怒りが滲む。
「人間如きが・・・!」
「鬼風情が何か言ってやがる」
「・・・下がれ、こいつは俺が殺す」
子鬼やそれに混ざる下級の鬼と思わしい奴らを一声で制し、戦鬼は近くに転がる岩を持ち上げる。
「ふんっ!」
投げつけられた岩はそれこそ風を切るような速さだったが、俺の目前で砕け落ちた。
オオカミが蹴り砕いたからだ。
「妖・・・貴様、人の味方をするか」
「僕の縄張りを荒らした仕返しはしておかないと」
「ならば貴様も殺すまでだ!」
オオカミが駆け、鬼の振るう腕を回避しながら短刀で傷をつけていく。
「ちょこまかと・・・!」
しかしその傷は僅かのうちに塞がってしまう。
やっぱり、こいつを斬れるのは・・・
「ツナ公」
「握りに力を込めすぎだ」
「・・・鬼を斬らせろ」
「主がそれを願うならば」
「・・・」
斬れよ、斬れろ。
この鬼を斬らせろ。
願うたびに刀身に赤が纏いつく。
徐々にそれは濃くなり終いには刀身そのものが血を流すように赤がつたう。
「これじゃ足りない、そうだろう」
これだけで斬れるなら、死を覚悟する必要はない。
俺より腕の立つ奴が殺されたと言うならば、この程度では足りない。
「主の血を」
「俺の血をどうしろって」
「安綱の刀身に主の血を塗布するのだ」
「血をたっぷり吸わせりゃ良いのか」
腕に刃を押し当てて、引く。
肉は裂け、溢れた血を刀身に塗りたくる。
「痛ぇ、な、クソっ!」
すると刃の輝きは一層増して、触れるだけで切れそうにも思えるほどだった。
これなら、斬れる。
「・・・」
「いくぜ・・・!オオカミ避けろよ!」
ツナ公を地面と水平に、槍のように右半身に構える。
そしてそのまま至近距離まで飛び込み、突き出した。
「ぬぐっ?!」
「がっ?!」
が、肉に刃先がめり込むと同時、俺の身体は蹴り飛ばされ子鬼を巻き込んで近くの木に激突する。
強い衝撃だってのに、何故か痛みはない。
・・・木の枝っ葉が俺の脇腹から出てるってのによ。
「ふへっ、なんだか分からねぇが」
木の枝から身体を引き抜き、ついでに巻き込まれて転がっている子鬼を突き殺してから、ツナ公をもう一度構え直す。
「き、貴様、俺に傷を・・・」
「もう一撃喰らえや!」
両の拳は頭の横に並べ地面に対し垂直に。
至近に迫り一歩よりも近い距離で振り下ろす。
根本から触れた刀身を俺の身体に引きよせるように。深々と刃の半ばまで滑らせる頃には、鬼の腕が落ちていた。
が、俺の左足がカクン、と力を失う。
膝小僧の上に熱。そして冷たさ。
見れば鬼の前蹴りで膝関節が逆に曲がり、骨が突き出ていた。
それでも痛みはない。
「ガッ?!グアァァァァっ!!」
「まだだッ!」
砕けた膝を地につき、目の前の鬼の土手っ腹に横凪にツナ公を振るう。
「っらあぁぁぁぁっ!」
全力で、めり込んだ刀身を動かそうとするが、刃が全く進まない。
分厚い筋肉の層に遮られては腹綿にも達することはできなかった。
「貴様、よくも・・・!」
避けることもできない俺の左腕を鬼の手が掴む。
ぐちゅり、と腕が潰れた。
それでも、相変わらず痛みはない。
そして潰れた腕で吊られる。
「ヤナギ!・・・っ 」
視界の端でオオカミがこちらに気を取られ、鬼に殴り飛ばされた。
・・・俺ってやつは、ざまぁないな。
ツナ公を離し、右手に握り込んだそれを口元に運ぶ。
割りピンを歯で勢いよく引き抜く。
刃が欠けた感覚と同時、シュー、という火薬の燃える音。
「ぐ、ははははは、我が腕を奪った人間がいたということは覚えておいてやろう」
「大口開けて・・・笑ってろ、タコが!」
アンダースローでその口に投げ込んだのは、手榴弾。
戦鬼が吐き出す間もなく、陶器の外殻が火薬で弾けた。
「アグアァァァァっ?!」
万力のように締め上げる手が緩む・・・今度こそ!
もう一度、右手一本でツナ公の柄を握り、ツナ公を引き抜く。
片手で斬るだけの力はない。だったら。
「突き殺してやるこの野郎!」
膨れ上がった腹に、何度も切っ先を打ち込む。
左肩に刃を預け、全体重を載せて、何度も、何度も突く。
「ぐぶっ・・・」
鬼の口から血が吐き出され、広がった傷口から腹圧に押された腸と、その内容物が溢れる。
小さな指や髪の毛が、零れ落ちる。
だが、それでもまだそいつは生きている。
仁王立ちのままにこちらを睨めつけていた。
「人間が、調子に・・・」
石化した破片をボロボロと落としながら、まだ拳を振り上げる。
「ふざけ・・・ふざけるな!貴様・・・!殺す!殺してやる!」
「テメエこそいい加減に・・・死ねや!」
半身を捻りながら逆手の刃をそのままそいつの首に突き刺す。
そして骨が突き出たままの左掌の基部をツナ公の柄の先端、兜金に叩きつけた。
首の皮を破り、刃がその向こうに突き出す。
だが・・・駄目だ、殺しきれない。
鬼がほくそ笑み、俺の頭ほどはある拳が真正面に迫る。
俺の身体を支えてるのはもはや刺した刃と右足のみ。
避けることはできないと一瞬で理解できた。
だが諦めかけたその時、戦鬼を襲ったのは横方向への激しい衝撃。
オオカミが鬼の一体を戦鬼へと投げつけたのだ。
その衝撃で戦鬼の拳が逸れる。
振り下ろされた拳が俺を掠め大太鼓のごとく地面を揺らした。
拳を地に着き、身を乗り出すような姿勢になったその首へとさらにツナ公の刃が深々と刺さる。
「くたばれ、クソがあァァァァァァッ!!」
これ以上ない好機。
片手一本、そこに全力を込めて拳を突き上げる。
みちり、みちりと手の先に伝わるのは鬼の首を裂く感覚、まだだ!まだ力が足りない!
腕を体に引き寄せ、ツナ公を自分の体に巻き込むように全身で振るう。
そして・・・
ぶつり、と抵抗が消えた。
刃が鬼の首を切り裂き、空を切ってから地についたのだ。
それと同時、赤い雨が降ってくる。
まるで噴水のように勢いよく。
バケツを返すような、雨だった。
そしてそれが止んだ頃に、皮一枚で垂れ下がった首が、ぼとり、と水気のある音と共に落ちた。
その視線は俺を憤怒の形相で睨んだまま、だが泣き別れの胴は、拳を膝と共についたまま二度と動かない。
戦鬼はとうとう死んだ。
「は、はは、ざまねえぜ」
周囲がざわめく。鬼共が騒いでいる。
頭領が討たれたことを悲しむように、怒るように、怯えるように。
だが一様に向けるのはこちらへの敵意。
「流石に数が数だね・・・」
「主もこれ以上の戦闘継続は不可能だ。オオカミよ、脱出するぞ」
「何、勝手に言って・・・ぁ」
それが何だったのかはわからない。
感じたことの無いほどの痛み、もはや痛みとさえ理解できない程の感覚が襲う。
「く、クソ・・・こんなところ、で」
そして、またオオカミに抱えられた所で、そのままブツリと俺の意識は潰えた。
・・・・・・
「あるじ、主よ」
んだよ、ツナ公。
「主の血を吸って、安綱は本来の力を取り戻すことができた」
さよか。んで?
「そして、本来の姿も、な」
なんだと?
と、そう疑問を呈する前に、目の前に何故か浮かぶツナ公に変化があった。
刀身から足が生えた。
ハバキの辺りから腕が飛び出る。
そして柄が割れ、縦に2つギョロリ、と目が覗く。
・・・やっぱり化け物じゃねーか!
「誰が化け物か!」
鏡見ろボケ!
・・・・・・
目が覚めた時、目の前にあったのはどこかで見たような面だった。
そいつが俺をここに連れてきたあのいけ好かない優男に見えたのだ。
「このや・・・!」
銃を探そうとして、着替えさせられていることに気づく。
おまけに包帯でぐるぐる巻にされてることにも。
それで少し冷静になってその人物が俺を連れてきたそいつとはどうやら別人と言うことに気づいた。
似てはいるが、違う。
似たような顔で似たような衣装を着た別人のようだった。
「目を覚まされましたか」
「あぁ・・・アンタは」
上体を起こしながら問う。見たところ神主みたいだが・・・
「私はこの九十九神社の神主をさせて頂いております、高穂靖人と申します」
見立ては当たってたらしい。
「俺は柳、柳啓二だ。ところで・・・神社ってのはあれか、さっき鬼に襲われてた・・・」
「はい、その通りです」
そう言って手をつき深々と頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
「なんだよいきなり」
「貴方達が鬼の親玉を倒してくださったおかげで、本殿まで逃げ込めた村の者が助かりました」
「ん・・・あぁ、そういや」
あの戦鬼とかいう鬼を殺して・・・それから・・・?
「いや、頭を上げてくれ。それより鬼の残りはどうしたんだ?結構な数がいたはずだ」
「それなら主が寝てる間にこの神主が封じたぞ」
「ツナ公?お前どこに・・・」
「主の枕の下だ」
「なんだってそんな場所にいるんだ」
「夢魔払いをしていたのだ」
「夢・・・あのふざけた夢はテメェのせいか」
「なんのことだ?」
「なんのことって・・・まぁいい」
夢は夢だ、気にするほうが馬鹿馬鹿しいか。
「で、封じたって言うのは」
「私には鬼を封じる力があるのです、とはいえせいぜいが子鬼くらいにしか通じませんが」
「下級の鬼は僕が始末したよ」
「オオカミもいたのか・・・って何茶菓子貪ってんだ俺にも寄越せ」
「はいはい」
「・・・葬式饅頭じゃねーか」
「嫌いなの?」
「いや嫌いじゃないが・・・お前は怪我とかないのか」
「まぁ、多少の打撲なんかはあったけど平気だよ。君の方がよっぽど酷いし。よく生きてたねえ」
「そんなにか?」
「腹部に穴が開いて左手左足は開放骨折、肋は折れて内臓に刺さり、小腸が破裂、おまけに血が足りておらんかった」
「そりゃ死んだな」
だから枕元に刃物だったのか納得。
・・・できるかボケ。
「死なせるものか・・・どんな犠牲を払っても」
「あ?」
「柳様、よろしければお食事をご用意しますがこちらに運びましょうか」
「いや、動くのは大丈夫みたいだが・・・」
流石におかしい。
俺の足も手も普通に動くようだ。
痛みはなかったつってもあの傷じゃ二度と使い物にならくてもおかしくない。
だってのに・・・包帯こそ巻かれているが、それ以外は全く健康だ。
なんなら、今すぐ走り回るにだってできそうなほどに。
まぁいい。動くのならそれはそれだ。
「飯はいい。それよりやることは山ほどあるんだろ、手伝わせろ」
「そんな、村を救っていただいた方に」
「いいんだ、今は寝転がって飯食うより体を動かしたい」
立ち上がり伸びを一つ。
やっぱり、立つのも問題ないか。
「そんで、生き残ったってのはどのくらいだ」
「私含めて二十九・・・いえ二十八人、そのほとんどがまだ子供です」
「そうか、だがこの後はどうする?村を再建するのか?」
「それをするにしても人手が足りません。約定がありますのでひとまずは隣村に移住させてもらうことになるでしょうか」
「・・・そうか」
「亡くなった方を葬ったらなるべく早く出立するつもりです」
「じゃあその手伝いをさせてもらうか。ツナ公は邪魔だからおいてくな」
「邪魔とはなんだ!」
「シャベルに鍛え直されてから出直してこい」
神社を出て、その境内へ。
まだ戦闘の後がひどく残るそこでは数人の子供が、同じような年頃の子供の亡骸を引きずり、その断片を拾い集めていた。
「・・・村の方はどうするんだ」
「大人たちが行っています。とはいえ、ほとんどが焼けてしまっているとは思いますが・・・私もそちらに行ってきます」
「そうか」
石段を降りていく神主を見送り、とりあえず目についた胸から上のない亡骸をどうにか運ぼうとしているガキの所へ。
「手伝うぜ、一人で運ぶのはきついだろ」
「いいよ自分でやる」
「つっても流石に無理があるだろ」
「おれの、兄ちゃんなんだ」
「・・・そうか、邪魔したな」
本当に、嫌になる。
邪魔にならないよう、まだ回収が進んでない少し離れた場所で落ちている死体の破片を拾う。
そしてそれらを地面に幾つも掘られた穴へと運んだ。
むしろの上に積まれていくのは女子供の死体しかなくて嫌になる。
しかも、そのどれもが鬼に食われて五体満足な者はない。
「鬼ってのは、なんだってこんなことをするんだ」
「鬼だからではないかな」
「・・・どっちの意味だ?」
鬼故にという理由だからか。鬼故にと言う理由ではないのか。
オオカミの言葉はどちらとも取れるような曖昧な言い方だった。
「人だって鬼になるし妖だって鬼になる、そして、人にとっては鬼ってのは酷いやつだよね」
「・・・だから何が言いたい」
「ん?馬鹿だなーって」
「あ゛?」
「君にとって人間は何?」
「やけに饒舌だな・・・人間は人間だ」
「じゃあ鬼にとっての鬼は?」
「そりゃ鬼だろ」
「本当に馬鹿だね」
オオカミは子供の亡骸も鬼の屍も一緒くたに墓穴に放る。
「おい」
「死ねばみんな仏様、死んだ子はみんないい子だ」
「・・・」
「おやすみ」
死体が浅い穴に満ちたら、もう一枚むしろをかけて土をかぶせていく。
「俺にはお前がわからない」
俺はその場は任せて背を向ける。
「・・・」
その後、神社周辺の全ての遺体の回収が終わるまで、オオカミと顔を合わせることはなかった。
「文明の味がする」
日もくれ始めた頃。
神社裏の倒木を椅子にして炊き出しの握り飯を喰らい、味噌汁を啜る。
・・・生き残った奴らはどうにも陰鬱な雰囲気で、いやそりゃ当然なんだが俺にはなんともできない。
その気まずさに耐えきれず、俺はここに逃げてきたわけだ。
だが、オオカミは思うところがあるのかそいつらのところに行っている。
面倒見がいいのか、なんなのか。
「・・・んで、これからどうするか。この村での物資の調達には失敗したが」
「安綱はここにいる者達と同行すべきと思うのだ」
「その心は」
「中級鬼が直々に現れたのだ。この村を、あるいはこの村の人間を狙ったのには何か理由があるはずだ」
「陰謀論は嫌いじゃないが勘ぐりすぎじゃないか」
「さてな」
「・・・まぁいい、どうせ補給なしにはどこにも行けない。同行すると言う案には俺も賛成だ」
「文無し宿無し根無し草だものな」
「鬼を切るしか能が無い奴が何言ってやがる」
「安綱はそれで良いのだ。鬼を斬り、鬼を斬らせるだけのための存在だからな」
「つまんない野郎だ」
「野郎ではないぞ」
胡瓜の漬物を齧る。
はぁ、美味い。
「そういやツナ公、あの戦鬼とか言う鬼がこのあたりの親玉って認識で良かったんだよな」
「あぁ、しかし数百年も昔の話だから今の鬼の情勢は変わっているとも考えられよう」
「ま、死ぬだ何だと脅されたが結局俺はなんともなかったわけだしな。中級鬼だろうとなんとかなるってことだろ」
「奢るな!主の命は・・・!」
「大声出すなよ、わかってる冗談だ・・・俺は間違いなく死にかけた。いや、死んだのかもな」
「・・・」
「それに、そんな反応するっつーことは俺が生きてるのには何か理由があるわけだ」
「!」
「どうやって俺を生かした」
「・・・」
「・・・」
沈黙。しばし間をおいてツナ公は話し出す。
「・・・主の血を安綱が受けたあの時、一時的にではあるが安綱と主の存在は繋がっていた。故に痛みを感じず動くことができた」
「それは理解できないが納得してやる。聞きたいのはその時受けた傷をどうやって直したか、だ」
「・・・」
「答えろ」
「安綱は斬ったものの生を奪う、そして奪った生を担い手へと移すことができる」
「なるほど、じゃあ俺は鬼の命で生かされてるのか?・・・違うだろう」
そんなことなら別段言い渋ることはない。
「・・・そうだ。鬼の命は鬼に、人の命は人に」
「俺が寝てる間に、何をした」
「・・・童を斬った、神主に贄を見繕わせ、オオカミに斬らせた」
「・・・」
その言葉を頭が理解するまでには何秒もかかった。
考えていたよりずっと最悪だったその言葉を、頭が拒絶していた。
「・・・ふ」
声が震える。怒りに近い感情で俺はもう、狂いそうなくらい、
「ふざけるな!」
ツナ公を倒木に叩きつける。
「俺がそんなこと望むと思ったか?!」
「主が背負ってるのは世界だ。そのためならどんな犠牲も払わねばならない・・・主が失われれば今度こそ鬼の軍勢が」
「知ったことかよ!ガキ殺さなきゃ救われない世界なんざ滅びちまえ!」
「戯け!」
「っ」
「主が鬼と戦い続けなければその千倍、いや、万倍は死ぬのだぞ!」
「・・・」
「力不足を分かってそれでも押し通そうとした!主が選んだことだろう!間違っていたとは言わん!後悔するなとも言わん!だがその責から逃げるな!」
「・・・クソがっ!」
俺は早足で神社に戻る
入り口近くで荷車に荷物を積んでる女に神主はどこだと聞けば、もう村から戻り、奥の間に居ると言われ、そこまで案内された。
襖の向こうからは物音一つ無い。
女が去っていってから、一拍おいて襖を開ける。
その部屋はロウソクの明りだけが照らしていた。
部屋の真中には首元を白布で隠されたその娘と、神主の男だけが居る。
「・・・柳様」
「様付けはやめてくれ・・・そいつが俺が殺した子か」
あぐらをかいて、その顔を見る。
まだ十かそこらの小娘だった。
そして、そいつにはある部分が欠けていた。
左下腹部から足先までが、なかった。
包帯で覆い隠されたその下に恐らくは、鬼の歯型があるのだろう。
「この子はいずれ助からなかったのです。どうせ死ぬのならと本人が贄となることを願い出ました」
「そうかよ」
「よく神社の境内を掃除してくれた、とてもとても良い子でした。最後の言葉も・・・皆のためになれば、と」
「・・・」
「ですから、どうか彼女の命を負ったことを気には病まないで下さい・・・それで柳さん、私にご用でしたか?」
「・・・いや、こいつの名前を聞いておきたかっただけだ」
「沙羅、という名です」
「・・・そうか」
・・・それ以上の言葉が口にできないまま、俺は部屋を出る。
そして、暫く歩いて・・・
歩いて
誰も来ないような隅っこの、突き出た柱に自分の頭を叩きつけた。
「何やってんだ、俺は」
苛立ちを、叩きつけた。
中途半端に手ぇ出して、結局生き残ったのはほんの僅か。
おまけに当の俺はガキを殺して生き延びた。
「くそっ!」
柱を殴る。
八つ当たりでしかない、んなことはわかってる。
だが自分の血を見ないと気がすまなかった。
皮が向け血が滲み、柱に血がついた。
それでも拳は砕けない。
俺にそんな度胸がないからだ。
心の奥底で自分は傷つきたくないと、考えてるからだ。
「・・・ちくしょう」
柱を背にもたれかかる。
「・・・惨めだ」
初めて、死んでしまいたいほどに自分が嫌いになった。
ふと、着替えさせられた着物の帯にピストルを挟んでおいたことを思い出し、手に取る。
死ねば、償いにはなるのか。
同様に帯に挟んだ弾倉を・・・
「こんなところで何してるの」
「・・・何もしてねぇよ」
かけられた声に、銃をまた帯へと戻す。
「そう」
「なんか用か?」
「ううん、なんにも」
まるでむくれたガキに対するように、オオカミは黙って俺の隣に来る。
それが無性に腹立たしくて。
「お前はガキを殺してなんとも思わないのか」
「可愛そうだと思ったよ。どうにかできるものなら助けてあげたかった・・・でもどうしようもない。だから、沙羅のことは早く楽にしてあげなきゃとしか思わなかった」
「・・・知り合い、だったのか」
「服屋の娘さ。僕の尻尾を触りたがってチョロチョロと後ろに回ろうとするような可愛い子だった」
「悪い、最低なことを聞いた」
俺なんかより、よっぽど堪えてるはずだってのに・・・
どうして俺は、こんなにも・・・
「そんな顔しないで、君がこの村に来なければ一人も生き残れなかったんだよ、あの子も鬼に食われて死んでいたんだ」
「俺は・・・俺は・・・」
誰も彼もを助けられるなんて思ってなかった。
そもそも積極的に動こうともしてなかった。
そのくせに・・・なんで、どうして。
「救えなかった命を悔やむだけじゃダメだよ、まだやるべきことはあるんだから」
「・・・なんだよ」
「子供達がみんな元気ないんだ、ヤナギが笑わせてあげなよ」
「お前・・・」
「ね?一緒に笑われに行こう」
差し伸べられた手。
・・・犬は飼い主が悲しんでる時でも散歩に連れ出す、そういう話を思い出した。
何も理解してないようで、そいつなりに見えるものを見て、考えている。
こいつは俺よりよっぽど、物を見ているんだろうか。
「・・・わかった。独房で俺に好評だった俺の一人漫才を披露するときが来たらしい」
ウジウジとしていても、確かに糞の役にもたたない。
結局、今俺にやれることをやるしかない。
頬を叩いてからオオカミの手を借りて立ち上がる。
今俺がすべきこと。
それが本当にガキどもを笑わせる事なのかはともかくとして。