鬼斬03
「今日って祭日だったりするのかな」
オオカミが口にした唐突な疑問には俺も首を傾げざるを得ない。
少なくとも昨日の飯で蕎麦は食わなかった。
俺が言えるのはそれだけだ。
「少なくとも正月じゃないだろうが、それが?」
「煙が見えるよ、火を焚いてるみたいだ」
「昼飯時だからだろ、あー、米が食いてえ。銀シャリがいい」
「白飯ばかり食うと足を悪くするぞ」
「いつの時代の話だよ」
「・・・」
オオカミは進もうとしない。
足を止めてどこか遠くを見ていた。
「どうしたオオカミ」
「・・・鬼の臭いだ・・・それにあの煙、黒い」
「何を焼べてるんだか。じゃあ少なくとも飯炊きの煙じゃないんだな?」
「ふむ、鬼の襲撃とみた」
「だろうね。これは急がないとまずそうだ」
「急ぐってなんだよ、早急に迂回路を見つけるってことか?」
「鬼がいるなら斬りにゆく、そういうことだ」
「簡潔明快で涙が出そうだ・・・」
急ぎ足で山を下る最中、ようやく俺にも村の様子が見えてきた。
あちらこちらから立ち上る黒煙。
確かにろくな状況じゃなさそうだ。
村の入り口らしき柵の切れ目が見える場所、茂みの立木に身を隠す。
どうやら俺たちと同じようなタイミングでそいつらはやってきた。
そいつらというのは、まぁ俺の知る言葉で表現するなら小鬼というに相応しい。
あの大鬼よりはよっぽど小さく、その身の丈はガキと変わらないが武器として石斧を持っている上に数が九匹ばかり。
相手するには厳しいものがある。
村の内から煙と火が見えるあたり、既に中に鬼はいくらか入り込んでいる。
つまりこいつらは鬼の増援てとこか。
「どうしたもんだか」
「我に策がある」
「オーケー、プランがあるなら言ってみろよ」
「まずは安綱を抜け」
「あ?おう」
「頭の横に両の拳を縦に並べるように、安綱を垂直に立てろ」
「あぁ」
「それから拳の位置を少し下に下げ、息を吐きながら丹田に力を込めろ」
「フゥー・・・で?」
「よし、突撃だっ!」
「は、てめ何大声出してんだコラ!」
「気づかれたよ」
「ざっけんな!まじざけんな!」
小鬼が数匹、こちらに駆けてくる。
距離はおおよそ25mってとこか?!
ツナ公を地面に突き刺して銃を構える。
それぞれの足の付け根や肩に命中し小鬼の二、三匹が倒れるが・・・くそ、立ち上がりやがった!
傷口もすぐに回復しちまう。奴らやっぱり銃弾じゃ死なないってのかよ!
「こんなん逃げるしかないだろ!」
「おい敵前逃亡は重営倉行きだぞ!」
「知るかよ!」
「もう、情けないなぁ」
「オオカミ!お前でどうにかならないのか!」
「じゃあ五匹は僕が、残りは君に任すね」
「いや任すってなぁ?!」
「ほら、近づいてきてるよ」
オオカミは駆け出し小鬼の群れに飛び込んで撹乱し見事に分断する。
そして、宣言どおりに五匹を引き連れて離れていく。
くそ、マジかよ。
「ったく、俺は虫を殺すのも躊躇うような善良な市民だってのに!」
安綱を構える。
鬼どもはオオカミに気をとられていたが、また此方を見やり。
「鬼とは言っても、こうも小さきゃ人間と大差ないものな」
そいつらは、くる病のように骨盤が変形し、腹水の用に腹が膨れ上がり、辰砂でも塗りたくっているかのように肌が赤い。
そして何より角がある。
それでも、二足で歩き、両手足と頭がある。
猿くらいには人間と変わらない。
「これは鬼だ、絶やさなければならない人類の仇敵であるぞ」
「大義があって殺せるなら文句はないと思ってるのか?言っとくが俺は殺人姦淫窃盗火付け、おまけに立ち小便だってしたこと無いんだ」
「嘘だな」
「正解だ、ちなみにどれだと思う?」
「馬鹿な問答をしてる余裕は・・・避けろ!」
忠告と同時、飛んできた石斧が俺の顔を掠め熱が頰を伝う。
「・・・あ、あーわかったよ!先に手出したのはテメーらだ!膾にして俺の飯にしてやらあな!」
「いや食う必要は・・・っておい!むやみに飛び出るな!」
三歩踏み込みツナ公を振り下ろす。
渾身の力で叩きつければ鎖骨を断って脇腹までを斬り裂いた。
おまけに刃先は地面までざっくりめり込む。
「二枚卸だ、ざまあみろ!」
真二つにされた身体がやはり石のような灰色になり崩れていく。
「刃を地面につけるな!」
「同田貫みたいなもんだろ!」
刃を返し、近づいてきたもう一匹に斜め下から切り上げ、力不足で背骨にめり込んだ刃を蹴り飛ばして引き抜く。
「そこ危ない」
オオカミの忠告の声と同時、俺の前に影がよぎる。
跳躍したオオカミが俺に投げられた石斧を口でキャッチしたのだ。
「・・・フリスビーと犬だな。こりゃ」
「あんなのと一緒にしないでくれる?」
「悪いな、助かった・・・ぜ!」
オオカミの口から取った斧を鬼に向けて投げ返す。
その石斧が肩に突き刺さり、動きを止めたところを斬り殺す。
「あと一匹・・・!」
「力任せに振るわず技を用いろ!」
「一々喧しい!」
「あ?!こら何だその投擲の姿勢はやめろ馬鹿者!」
「くたばれ!」
ひゅんひゅんと音を立ててツナ公は鬼の胸に突き刺さる。そしてその身体も石が侵食し砂となって朽ちた。
「・・・ふぃー、今度もどうにかなったな」
「なぜいちいち投げるのだ!おかしいだろう!安綱は鬼を斬る為の存在であって投げるものではないぞ!」
「刀振るくらい近づいたら危ないだろうが。極力遠くから攻撃できる方法を試すに決まってるだろ」
「だからといって投げるか?!我がなければ鬼は倒せんのだぞ?!」
「言われてみれば異論の挟みようもないな」
地面に落ちたツナ公を拾い上げる。
「刀は投げるものじゃない。んなこたわかってる。安全距離を稼ぐにもやりようはあった」
「・・・わかればいいのだ」
「ところでこんな言葉がある。剣術三倍段」
「は?主、何を」
小銃を拾い、ツナ公に鞘代わりで巻いていた布を広い縦に割く。
それから銃身と平行になるようにツナ公を銃と布で固定し合体させる。
「な、何のつもりだ!」
「刀よりかは槍の方がよっぽど扱いやすそうだろ?」
着剣した銃のように構えて木に軽く突き出してみる。
よし、ぐらつかない。
「ふざけるな!我は」
「揉めてないで早く村に入ろうよ」
「だな。静かにしてろよツナ公」
「誰のせいか!」
オオカミに続き柵を乗り越える。
見える範囲に小鬼の姿はない。
人の気配も、だ。
しかし、音は聞こえてくる。
「この先にたくさん匂いがする」
先導されるままに辿り着いた村の中央に当たるであろう広場は地獄絵図と言うに相応しい光景だった。
手足を切り落とされた人間が何人も捕らえられ、鬼はその周りで小躍りしてやがる。
何人かは腹まで捌かれ、ハラワタを小鬼が手掴みで喰らっていた。
「・・・何つー光景だよ」
その小鬼たちの中でもひときわ体躯のでかい、俺より上背のある鬼が一匹。
やけに体が膨れたそいつは一人の男に近づくと、その身体を掴み、炭の山へ運ぶ。
そして、そこに無造作に投げ捨てると、口から吐いた白濁色の液体を浴びせかけた。
そこにすかさず松明で小鬼が火を放つ。
液体は勢いよく燃焼し、男の体がのたうつと共に黒い煙が立ち上る。
ありゃ油か?
だが、何の意味が・・・
「オオカミ、あいつはなんだ」
「油鬼だよ。人を燃して他の鬼を呼ぶ、下級鬼の中では最悪の部類だよ」
「なるほどな」
などといってる間にも、また一人油鬼に引きずられ、少し離れた位置で狼煙の種とされる。
村の入り口の鬼はこれに呼ばれたってか。
「僕とも相性が悪い、あの脂は普通の刃物をすぐダメにするし・・・」
「つまりは俺が行けって事だろ、これ以上小鬼が増えたらたまったもんじゃない」
「その通り、周りの雑魚は僕が倒すから」
短刀を手にオオカミが小鬼共に襲いかかる。
次々と鬼の血が飛び散り悲鳴が響く。
・・・やっぱあいつ一人で十分だろ。
「おいツナ公、むくれてないでお前も気合入れろ」
「・・・ふん」
「ま、いいさ。俺は奴の土手っ腹にお前を突き刺すとするだけだ・・・行くぞ!」
ツナ公、改め銃槍を構え一直線に突っ込む。
こちらに気づき間に入ろうとした鬼はオオカミが斬り、或いは殴り飛ばした。
道は開けている、俺は文字通り突き進むだけだ。
「串刺しだボケ!」
振り向いたそいつの腹に深々と、ツナ公の刀身から銃の照星までが深々と突き刺さった・・・が。
「ぐあっ?!」
油鬼の腕が俺の体を殴り飛ばす。
「野郎、効いてないのか?!」
「崩化はしている、単純に突いた場所が悪かったか、致命傷にならなかっただけだ」
口の端が切れ、垂れた血を拭い立ち上がる。
そこで俺はとんでもない光景を目にした。
油鬼はその身の丈と同じくらいの、俺くらい簡単にぺしゃんこにしそうなハンマーを振り上げていた。
「槌だ!」
すんでのところで、ずっこけるようにその一撃を回避する。
ドオン!、と近くで大太鼓を叩かれたような衝撃が腹まで伝った。
「・・・へ、へへ、危うく豚野郎にミートハンマーされるとこだった」
「笑ってる場合か!」
「人間どうしようもないときには笑えてくるんだな」
ツナ公に付着したデロデロと血の混じった脂を地面に擦り付け拭い、もう一度構える。
そして飛びかかり今度は首を斬ろうと水平に振る。
が、今度は太すぎる首に刃がブヨリと沈み込むばかり。
そりゃ姿勢が悪くて力は入りにくかったさ、しかしまさか皮さえ切れないとは思わなかった。
「主の力では奴を斬れん!突きに専念しろ!」
「わーったよ!」
距離を取り、おおよそ心臓がありそうな位置へと刃を突き出す。
だが、ガッ、という衝撃が銃槍を伝い響いてくる。
「骨か?!」
「また鎚が来るぞ!」
脂鬼は平然と片手でハンマーを振り上げる。
そしてもう片方の手が銃槍を、掴む。
引くのは間に合わない。
力で奪い返すのも不可能だ。
「っぐ・・・ウラァ!」
俺は銃槍を手放し、場を離れるのでなく、肉薄した。
いくら分厚い脂肪の鎧があっても、守れない場所はある・・・目ん玉だ!
アストラのスライドを引き、顔面を狙いマガジンの全弾を撃ち込む。
すると奴は痛みからかハンマーを落とし、膝をついて顔をその手で抑えた。
その隙に銃床のくびれを掴み、ツナ公の刃の背にあたる部分を思いっきり蹴り飛ばした。
横一線、浅くではあるが刃はしっかりと斬り裂いた。
だくだく脈動に合わせ吹き出す血と脂。
それを浴びせられて布が緩んだのか、血脂塗れのツナ公が銃から外れたので奪い返しまた距離をとる。
「うわ、また柄までヌトヌトじゃねーか・・・」
「誰のせいだ!しかも我を足蹴にしおったな?!」
「しゃーないだろ、人間は手より足の方が力入るようにできてんだ」
「・・・あとで説教だ、覚えとけ!」
「生きてりゃ覚えててやるよ」
鬼は血を吹き出しながらもまだ立ち上がる。
タフな野郎だ。
石化した肉の合間から溢れる血も脂の塊でふさがりつつある。
「しっかし何食ってたらあれだけデヴになれるんだ」
「人だろう?」
「もっとウィットに富んだ返しが欲しいんだよ俺はよ」
上着を脱いで、柄と左手に巻く。
これで滑るのはマシになっただろ。
「槍にするよりこっちのほうがしっくりはくるな」
「当たり前だ、安綱は刀であるぞ」
「へいへい、んじゃ・・・行くぞ」
油鬼が、此方に油を吐く。
ラードより真っ白で悪臭のするそれをすんでのところで回避し、脆そうな膝下を突いて駆け抜けるままに切り裂く。
「デカブツは足回りが脆いってのは定石みたいだ、な!」
反転し、奴が膝をついたのを確認してからツナ公の刃先が天を刺すほどに振り上げる。
それから体重をかけて脳天めがけて叩きつけた。
「くたばれ!」
グチャり、という音。
側頭部の肉が削げるが、骨を断つには至らなかった。
「唐竹みたいにはいかないか?」
「振り下ろす時はしっかり刃を立てろ!」
「素人に無理言うな、テメーを振り回すのだって疲れるってのに」
そう、俺の腕力、体力はもう限界に近づいてる。
さっきから何遍もツナ公を振り回して走り回ってんだ。
息こそ上がってないが、もう腕は重いし正直、限界が近いなってのが自分でも分かる。
「正直に言えば俺の体力の方が持たないぞ、このままじゃ」
「・・・こうなれば、一度引くしか」
「おいおい、敵前逃亡はなんとかじゃないのか?」
「逃亡ではなく転進だ」
「ものは言いようだな、だが、また鬼を呼ばれたらなおさら収集がつかなくなるだろ」
「その通りだが・・・くっ、奴が立ち上がるぞ」
「・・・あ?」
ゆらり、と起き上がった油鬼はおかしな仕草を見せた。
オオカミが蹴殺したであろう、小鬼の持っていた松明がその近くに落ちた時、明らかにそれを避けるように移動したことだ。
わざわざ放り出された武器のハンマーとは逆の方向にだ。
転がる松明に・・・怯えたように?・・・そうか!
あの鬼、傷を負ってから火の気を避けてやがる!
そりゃ油袋みたいなもんだものなぁ!
「勝ち筋が見えたぜ、ツナ公!無茶に付き合う肝はあるな?」
「あるにはあるが、元より嫌と言っても聞かぬだろう」
「俺のことが分かってきたようで何よりだ」
「ああ、全くもって不本意であるが」
水筒の水を手の巻布とツナ公の柄を濡らし、燻る炭に刃を突き刺す。
「敵討ちに使わせてもらうぜ」
未だ燻る火種が。刀身を濡らす油へと移り、ぼう、と刀身を火が纏う。
「抜けば油散る炎の刃、なんてな」
「上手くないぞ」
「るせぇ」
鬼を睨めつければ、油鬼は此方に怯えた様子を見せた。
先ほどまでの下品な面は何処へやら。
両手を地につき、這い蹲り、必死に俺から逃げようとする。
「生への執着は鬼も同じってか」
「いいから早く殺せ!」
「待てよ。まだ俺の手まで焼くには時間がある・・・おい、油鬼よ」
呼びかける。
声に鬼は振り向いた。
涙と血に塗れた、酷い顔で。
「お前はなぜ人を殺してたんだ?」
「・・・◻︎◻︎◻︎◻︎」
鬼はモゴモゴと何かを言う。
だが俺にはそれは言葉として聞き取れなかった。
獣の唸りと同じようなものとしか、思えなかった。
「鬼に問答は無意味か」
「何を当然のことを」
一歩、足を進める。
鬼は怯えを顔に貼り付けたまま後ずさろうとして、自身が垂れ流した脂で、その身を滑らせた。
「四足で這いずる様は豚にしか見えないな、よく肥えた豚にしか・・・」
「◻︎◻︎◻︎◻︎!◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎!」
何を叫んでいるかは、やはり聞き取れず。
「お前は人を焼いた。お前が俺に焼かれるのも道理だろ?・・・ポクテキにしてやるよ!」
燃える刃を袈裟斬りに振り下ろす。
と、同時、火がその体を一瞬で包み、油鬼はまるで松明のように燃え上がった。
「ギャアアァァァァァァァァッ?!?!」
断末魔の悲鳴だけは、鬼も人も変わらないらしい。
それがかすれていって、聞こえなくなっても火は燃え続けた。
「・・・」
ツナ公の纏う炎を転がる小鬼の屍で油ごと刮ぎ拭って消してから、あたりに生存者がいないかを探す。
しかし、焼かれたものは当然、四肢を落とされた者、内臓を食われた者、そのどちらも生きては・・・
「・・・ぅ」
聞こえたのは、かすかなうめき声。
「どこだ!どこにいる!」
呼びかけるが返事はない。
鬼と人の屍の入り交じる中でようやく、はっはっとえづくような呼吸をしているような男を見つけた。
鬼に解体される最中だったのか、その腹には鋭い石斧の先端が・・・
「おい!」
「助け・・・」
うわ言のように弱々しい声。
「わかってる、何も言うな!すぐに医者を連れてくる」
「妻を・・・息子を、どうか・・・どうか」
「もういい喋るな!いいか、気を強く保って・・・」
「お願いだ、どうか・・・」
弱々しく腕を掴まれたかと思うと、すぐにその手は力を失って地に落ちる。
「・・・ちっ」
揺れていた瞳孔が、涙を残したまま動きを止める。
・・・死んだ。
せめて瞳をとじてやり、生存者を探しすためにまた周囲を彷徨う。
だが一人だって見つけられなかった。
屍を食い漁ろうと集り始める烏共に石ころを投げてから、俺はそういやオオカミの姿がないということに気づく。
「あいつ、どこまで行ったんだ」
逃げる小鬼を追って何処かに行くのは見ていたが、さて・・・
と見渡す必要もなく、そいつは崩れた家屋の影から姿を表した。
「ん?僕を探してた?」
「よう、小鬼はどうした」
「もうあらかた狩って来たよ。こっちも無事済んだみたいだね、お疲れ様」
「無事なものかよ・・・いや、『あらかた』っつーことはまだいるのか?」
「村の奥、山の方にいるみたいなんだ。逃げた村人を追っていったみたい」
「そういや、ここの死体は男連中か老人かばかりだったな」
彼らのものだったと思われる肉片やその屍に入り混じり転がる鍬や弓、簡素な槍。
・・・そういや、妻と息子、とか言ってたか。
ここに転がる奴らは、自分の家族を、親しい者をどうにかして鬼から逃がそうと、ここで戦おうとしたのか。
「うん、女子供は上の神社に避難たらしいね。そこの人間が結界で鬼が入らないようにしていたけど時間の問題だよ・・・なにせ相手は中級鬼だったから」
「中級・・・そういや今の油鬼は下級とか言ってたよな、ツナ公」
「あぁ、門鬼や油鬼、つまり主が倒した鬼は未だ下級の存在、人には脅威だが鬼としてはまだ未熟の者共だ」
「この化物共のもう一段階上とか正気かよ」
「流石の僕も中級鬼の相手はしたくないからね。早くここを離れるべきだ。僕らが狙われる前に」
「・・・その通りだ。主よ、此処は退け」
「あ?なんだよ今度は突撃しろって言わないのか」
「当たり前だ、疲弊したその身体では相対して生き残れる見込みは無い」
「見捨てろと、そういうわけだ」
「二次被害を防ぐのは当然のことだろう、違うか?それに主を今ここで失うわけにはいかん」
「反吐の出る正論だ」
「・・・」
「だがな、俺の中にも天邪鬼とかいう鬼がいるんだ。つまり困ったことに反骨精神が疼いてくれる」
「死にに行くようなものだぞ」
「かもな。だから俺一人で行かせてもらう」
どうせ近くいうちに絞首台で終えてたはずの命。
ガキを逃がすために死ぬなら上等だ。
「馬鹿な!主一人で何ができる!」
「何もできないかもな。だけどそれは俺にとって理由にならねぇよ」
もしかすれば、何もできず喰われて終わりか。
だけど生きてる限りは必死こいて逃げて敵を引き付ける。
それだけだ。
「それに・・・見捨てて逃げたら明日の飯が不味くなる。そんなの臭い飯を食うより、鬼の肉を食うよりも御免だ」
「君は物を食べることしか頭にないんだね」
「褒めるなよ」
「呆れてるの・・・こんなのが道連れなんて、僕も耄碌したね」
「いや耄碌って歳でもねぇだろ」
「死ぬまでは付き合わないからね?危なくなったら君を置いて僕は逃げるから」
「どうぞそうしてくれ、お前はどうするツナ公」
「鬼を斬るのが我の存在理由だ。それ以外は主の意に従う」
「なんだ、結局お前も来るのか」
「主が死ねば、もはや次の担い手に会うことは叶わないだろう。だからこれだけは約束しろ。絶対に死ぬな」
「わかってるっての。さてオオカミ、その神社まで案内頼んだ」
「分かったよ」
「じゃ・・・行くか」
あるき出したオオカミに続いて俺も進む。
十三階段よりはよっぽど、足取りも軽く、な。