鬼斬02
「・・・おい、ここ何処だよ」
「山の中ではないか?」
「へえ遭難ですか、ってか?へし折るぞ・・・あーくそ、お前のせいだ」
「なぜ我が責められる」
「おうツナ公、あんな化け物姿で追っかけて来たらわかる道もわかんなくなるに決まってんだろ」
「だからといって山に迷い込むか?」
そう、ここは山の中、八幡の藪知らずか、富士の樹海かってくらい道も知れないどこかだ。
それと今はツナ公に足は生えてない。
正直またあんな姿で追いかけられるのは嫌すぎるから仕方なくまた持ち歩いている。
・・・どう捨ててくれようか。
「む、妖の気配がするな」
「待て、アヤカシってなんだ、鬼以外にも居るのか」
「主の認識で言えば・・・妖怪と言ったほうがわかりやすいか」
「妖怪ね、そんなのも居るのか。冗談じゃないぞ」
「そ、僕みたいなね」
「・・・!」
負い皮を手繰り、ライフルを構える。
照星の先には・・・ガキ、か
・・・いや、油断はできない。
こいつ何を持ってるのかと思ったらナイフだ。
いや小刀ってやつか?
「あ、おい!そんなんでなく安綱を抜け!」
うるせぇ。
それに、こいつ人間じゃない。
少なくとも頭の上、灰色の長い髪の合間にピンと立つ耳があって、尻尾が生えた生き物を俺は普通の人間とは思えない。
「そうかそうか、お前が妖ってやつか」
「大まかに言えばそうだね、正しくは僕は人狼、狼と人の血を持つ、君達人間の上に立つ存在だよ」
狼。
確かに頭頂の耳と尻尾はそれっぽい。
それっぽいのはその部分だけなんだけどな。
「会話ができるとはずいぶん友好的だな。どこぞの大鬼には出会い頭にプレスされそうだったが」
「あぁ、やはり門番を殺したのは君か。人間がこんな所で何をしてるのかと思えば、次の獲物を探してでもいたのかな?」
狼の口が僅かに歪められ、その端から鋭い牙が覗く。
殆ど人の型をしているのだからまさかその口で噛み付いてくるとも思わないが、喉笛を食いちぎるくらいはしかねないとも思える。
「ええい、早く安綱を抜け!」
「・・・この声、君の刀か?」
「五月蝿くて悪いが、少し口と頭とおまけにハバキも緩いみたいなんだ」
「いや、構わないよ。しかし喋る刀とは、付喪神の類かな」
「いかにも安綱はーー」
「どうだか。それより、なぜ俺の前に姿を現した」
「君が縄張りに入ったからね、自分を食う相手の顔を見せてあげようと思ったんだ」
「要らない気遣いをどうも。頼むから見逃してくれよ」
「ダメだよ。君は僕のご飯だ」
飛びかかって来たそいつを安綱で防ごうとする。
銃でなくこっちを選んだのはなんとなく直感的なものだったのだが、正解だったらしく触れる前に狼はその場から飛び退いた。
「なるほど、鬼を斬るだけの力はありそうだ」
「俺の見立てじゃお前も切れ「頭を下げろ!」おわっ?!」
ツナ公の言葉に反射的に動いた途端、頭上でブンと音がなった。
視界では狼がその腕を振り抜いていた。
しかし、その一撃を避けた所で意味はなかった。
飛びつかれ押し倒され・・・
くそっ、力強いなこいつ!
「でも君は弱すぎ」
狼が俺の喉笛に食らいつこうとした時、俺は握ったツナ公をその口元に突き出した。
刃はその牙に止められ、巻かれた布にその牙が食い込む。
だがこの距離なら、外さないだろ!
バスバスバスッ!
肉に銃口が押し付けられたため銃声は低く。
俺は間違いなく殺したと確信した。
していたってのに。
「くく、少しは痛いね。人間の技術も侮れないか」
「・・・なっ」
そいつは平然とツナ公から口を離し笑っていた。
ポロポロと何かが俺の胸元に落ちる。
うまく破裂しないポップコーンみたいなそれは銅でコーティングされた鉛の弾丸だ。
「嘘だろ」
「でもまぁ、少し驚いたよ。さて、もう観念してくれるかな?」
「ま、まて、腹が減ってるなら代わりがある!」
俺は鞄から鬼の干し肉を取り出す。
それを一瞬訝しげに見てから狼は小さく傾げ、そして驚きを顕にしてから急に笑いだした。
「くふっ、あははははっ」
何がそんなに愉快なのか。
笑い声がやんだ頃にはそいつの目の端には涙さえ浮かんでいる。
「それはまさか鬼の肉か!」
「決まってる、他に食うものも無かった。なんなら鬼の血だって啜ったさ」
狼はさらに目を丸くした。
というかこいつの目、本当に犬とかそういうのみたいだな
「馬鹿なのか君は、いや、馬鹿だね、ふふ」
「俺より美味しいと思うから、な?」
「いらない、だってそれ不味いもん」
・・・どうやら味覚は俺とそんなに違わないらしい。
「君はそれを美味しいと思う?」
「数カ月粗末な飯しか食ってなかったが、不味いと言うくらいには不味い」
「だよね、あー、仕方ないな。笑わせてもらったお礼に今回は見逃してあげる。でも次は食べるからね?」
「やめといてくれ、俺は美味しくないだろうから、な?」
答えずにただ小さく笑って狼は背を向け去っていく。
「おいツナ公、今アイツに背後から斬りかかったらどうなると思う?」
「食われて終いだな」
「だろうな」
「・・・この大馬鹿がっ!」
「うるせえ」
「主が今死ななかったのは奴の気まぐれでしかないぞ!」
「知ってるっての、なんだありゃ、妖怪ってのもよっぽど常識外れだ。もう会いたかないね。さて・・・っておい」
「なんだ、どうした?」
「コンパスが壊れちまってる・・・」
「・・・」
「・・・」
・・・・・・・
で
「やぁ、また会ったね」
「ほらみろ、案の定だ!」
「あ、あわ、慌てるでない!いいか、落ち着いて安綱を構え斬れろと念じるのだ!」
「それしか言えないのかよお前はよ!」
「はいはい、そんな怯えなくていいよ、今はお腹いっぱいだから」
「あ、さよか、んじゃ俺はこれで」
「待ちなよ」
音もなく眼前に寄られて、琥珀色の瞳が品定めするように俺を見ている。
・・・肉食動物の目だぜ、こいつ。
「これって運命ってやつなのかな、最近流行りの」
「違う、絶対に違う」
「ん?僕の言葉を疑うの?」
「仰る通りだよ、くそっ」
あぁ、なんか嫌な予感がする。
「ところで君達はどこに行こうとしてるのかな?」
「元の世界に帰る、それだけだ」
「違うわ馬鹿!鬼退治だ!」
「てめえだけでやれ」
「ふぅん、ならその旅に僕も付き合おうかな」
「・・・は?」
何言ってんだこいつ。
「それは心強いな!」
「いやいや、待て、お前はこの山が縄張りなんだろ?!」
「そろそろ違う場所に移るのもいいかなって思ってたんだ。それに僕も探したいものがあるし」
「やめとこうぜ、きっと命がいくつあっても足りない」
俺のな。
「嫌なの?」
不安そうな眼差し、だが俺は気づいてる。
その手が短刀を握りこんでいることに。
拒否すれば・・・ぐさり。
「大歓迎さ」
手の甲を向けて裏返しのピースサインを決めた俺は彼女を心から歓迎した。
「よろしく、人間」
「ああどうも人狼さんよ、で?お前の名前はなんだって?」
「名前・・・って言っていいのかわからないけど、狼様って呼ばれるね」
「オオカミね、わかりやすくて結構だ」
「そういう君は?」
「柳だ、どこにでもいる死刑囚さ」
「へぇ、しけいしゅーってなに?」
「そりゃ・・・あれだ。悪いことして偉い奴に死ねって言われた奴だ」
「なるほど、つまり君は悪い奴だ」
「お前には負けるよ」
幸いというか人狼は夜目が効くのか道に慣れてるのかはたまた野生の勘かどうやら迷うことなく進んでいる。
その後ろをついてくだけでいいから楽だ。
「・・・なぁツナ公」
「ん?あぁ」
「なんだその生返事はお前」
「我も力を使いすぎ眠いのだ・・・」
「力って、あの足生やす化け物モードか、馬鹿じゃねぇの」
「馬鹿とはなんだ、こっちは必死で・・・いま、まで・・・」
声が消えた。
・・・振ってみるが反応はない。
「よし、捨てるか」
「わ、薄情」
「それをしたら地の果てまで追い詰めて滅多刺しにして殺すからな」
・・・地獄の怨嗟とはこのことか。
「起きてやがった」
「やめときなよ、今の声は本気だった」
「そうしておく。つか刀が寝るってなんなんだよ」
「付喪神だもの、力を使い過ぎれば眠くもなるよ」
「そういうもんか」
しかし付喪神ってあれか?古いものが時間が経つと、っていう。
「ところで君は外から来たんだよね?外の世界の僕の仲間はどうなったの」
「仲間って、狼か?人間とかお前みたいな半分人間じゃなく?」
「うん」
「・・・嘘と本当どっちがいい?」
「え、何かあったの?」
「さぁな」
「じゃあ・・・本当のことを聞かせて」
「狼なんてのはとっくに絶滅した」
「えっ?」
狼が足を止めたのでそれに続いて俺も立ち止まった。
「日本にはもう狼は居ないはずだ」
「うそ、そんな・・・あんなに仲間がいたのに・・・どうして?」
「ん?」
「どうして滅んだの?」
「人間に住処を奪われて、危険だからと駆除されて、そんなところだろ」
「・・・」
「まぁ海の向こうにはまだいるらしいが」
「・・・そっか、なら日本の狼はもう僕だけなんだね」
「かもな」
「淡白な奴だね、ここは慰めてよ」
「泣いてる奴にはかける言葉もない・・・お前みたいなのはこっちにも他に居ないのか?」
「わかんないよ、でも僕が来た時は僕一人だった」
「来た、ってことはお前も」
「言ったでしょ、僕は人と狼の子供、だから群れを外れて扉を通ってここに来たんだ」
「・・・悪いな、嘘言っとけばよかった」
「いいよ、どうせ事実は変わらない。どうせ僕もあちらにはもう帰れないんだから」
「帰れないって、なんで決めつけてんだ」
「君もそうだよ」
「・・・」
「似てるね、僕たち」
「やめろ、傷の舐め合いは趣味じゃない」
その後もしばらく歩いて休憩に一度腰を落ち着けたが、夜中になると流石に冷え込む。
動いている間はマシだったが足を止めると、な。
上着を着ていてもあんまりに冷えるが、狼は薄着のくせして平然としてやがる。
落ちてた平たい石で地面を掘って焚き火をする用意をしながら聞いてみた。
「お前は寒くないのか?」
「僕は東北の狼だからね、当然さ」
「毛でも生えてりゃ納得行くがな」
「生えてないよ?」
「そうかい。んでツナ公、お前はそのバイブレーションいい加減やめろ」
「そう言われても寒いものは寒い!」
こいつは尋常でなく寒がってるしな。
すごい勢いで振動していて持ってるこっちの手まで震えるくらいだ。
「刀が寒がるとかわけがわからん・・・」
「目が覚める寒さだ!せ、せめて鞘があれば、くぅっ」
覚める目が無いだろ。
・・・あっても気持ち悪いが。
いや、足が生えるんだから目ん玉くらいありえるか?
そうなったら今度こそ捨てよう。
「大変だね」
「ふと思ったが、刀って作るときに火の中に入れるよな」
「何考えてるかわかったけど、やめとけば?」
「お、ついた」
マッチで燃やした布切れを投げ込むと火がつく。
流石に弾の火薬をふりかけると火付きがいいな。
「あー、あったけー」
「安綱ももっと近くにおけ!」
「お、そうだ」
鞄から干し肉を取り出す、そしてツナ公に刺した。
「あ!貴様まさか我を焼き串にするつもりか!」
「一石二鳥だな」
「やめ、貴様!このっ」
「お前も食うか?」
「んー、僕はまだお腹減ってないしいいや。というか、本当に食べるんだね・・・」
「この不味さが意外とな」
白っぽい肉が炙られ、ぼたぼたと油を落とす。
見た目はジャンキーで俺好みだ。
味は最悪だけどな。
「うぅ・・・またもこんな辱めを・・・許せぬ、絶対に許せぬ」
「なんか恨み節が聞こえるけど?」
「そのうち静かになるだろ」
肉を食いちぎる。
不味い。
「そういやオオカミ、お前火とか怖くないのか?」
「別に苦手ってほどでもないよ」
「ふーん、なら何が苦手なんだ?」
「それを聞いて僕への嫌がらせに使うつもりだね?」
「そんなまさか」
そのうち追っ払おうという魂胆が見透かされた気がして少しヒヤッとしたぜ。
「いや、君の考えはお見通しだ、さすがは人間随一の悪人」
「勝手にナンバーワンにされちまった・・・いてっ」
少し刃が口に触れちまった。
切れたか?
「っ?!」
「ん、じゃあ君がそれを教えてくれたら僕も答えてあげよう」
「あぁ、実は饅頭が怖い」
「饅頭?ってあの蒸したお菓子?お供えされたことがあるね」
「あぁ、特にこしあんがたっぷり入った奴が死ぬほど恐ろしい。震え上がってしまいそうだ。更に熱い緑茶があったらもう肝が冷えるなんてもんじゃないな」
「へー、ふーん」
ニマニマと笑みを浮かべる狼、愛すべき頭の悪さだ。
ガキの頃近所にいたバカ犬を思い出す。
「だ、騙されるな狼!其奴の今の話は全て嘘だ!」
「あ!ツナ公!てめえオチまで持って行かずにバラすんじゃねぇよ」
「え?」
「今のは饅頭怖いという落語であってな、語り出しは町人の寄り合いから始まり」
・・・刀の癖に本当ペラペラ喋るなこいつ。
「というわけだ。つまり頭の緩い女を引っ掛けて貢がせようとする悪い男の話となる」
「なんか違くね?」
「君、悪い奴とは思ってたがそんなことまで・・・」
「あとお前は自分が頭の緩い女扱いされたことについて文句はないのか?、まぁ安心しろ、お前ほど騙されやすいのはそう居ない」
「ふーん・・・あ、僕は肉が怖い、今は特に君の肉が」
「この流れでよく言えたな、俺はお前が怖い」
・・・
んで、そんなくだらない話をしていたら、いつの間にか寝落ちして夜が明けていた。
久々に看守の見張りもなく寝られたからかお陰様でぐっすりと。
それはいいが、目の前にいきなりオオカミの顔があったのは少しビビった。
「・・・朝か」
「主も起きたか、いい天気だな」
「あぁ、全くだ、それでこの状態はなんだ?」
「主が寝入ってから寒そうにしてるのを見かねて狼が寄ってくれたのだぞ」
「ありがたいが、寝起きで目の前に女がいるのは心臓に悪い」
「しかし間に挟まれてるとぬくいな」
「それは良かったな・・・おい起きろ、朝だ、点呼されるぞ」
狼を揺する。
「むにゃ」
「狼って夜行性だったか?」
「半分人なら問題なかろう」
「おーい、起きろー、起きないと猫騙しすんぞ」
「ん・・・ご飯・・・」
むくり、と焦点の合わない瞳のまま起き上がる。
その牙が鋭く光る。
「おい、ツナ公、これまさか、おい」
「主!逃げるぞ」
襲われるか、そう身構えたが、狼はゆっくり動いたかと思うと近くの木のウロから鳥を出してその羽を毟って食らいついた。
「もぐ・・・僕だってちゃんとご飯の用意はしてるよ。昨日の夜に狩っといたの」
「そ、そうか」
「うん、だから大丈夫だよ」
「なぁ主よ、非常食という言葉を知っとるか?」
「知ってるさ、俺も今同じ言葉が浮かんだ・・・しかしワイルドな食い方だな」
羽をむしってかぶりつくその姿はそれしか言いようがない。
首を裂いて血は抜いてるようだが・・・生だよな。
「鬼の肉よりは美味しいけど?昨日の夜に狩っといたの、君も食べる?」
「あ、あぁ」
新鮮な鶏肉は生でいけるらしいが、果たして・・・
渡された鳥に食らいついてみる。
グニ、と皮は固い、それでもどうにか噛みちぎると生臭い血が・・・
「お、おう・・・」
「あれ、血抜きしたほうがよかった?」
「そ、そうだな・・・」
朝一番の血の味。
くそ、グロッキーになりそうだ。
「鬼の血を平然と飲んでるからてっきり好きなのかと」
「水が好きだよ、俺は、水が」
「あ、なら近くに沢があるけど?」
「それを早く言えよ!」
・・・・・・
鳥は川の水に晒して血を抜きながら、俺は流水の上澄みを掬い、口に含む。
・・・今までの人生で、一番うまい。
ベトベトしてないし生臭くない・・・水というのはこんなにも素晴らしかったんだな。
「わ、すごい飲んでるね」
「まぁ、鬼の血と肉しか口にしてなかったからな、無理もなかろう」
ふぅ、満足した。
「おうツナ公お前も洗ってやるよ!」
「なっ、主!みだりに刀身に触れるな!」
「んー?じゃあ僕も水浴びしようかな」
は?
「おい待・・・て」
制止する間も無く、着ていた薄布の服を脱ぎ捨てて川に入っていった。
「・・・野生児だなあれ」
「主よっ、そのようなところばかり洗うのは・・・!」
「お前血と脂でべっとりだろうがよ、しかも柄まで・・・」
「それは主が鬼に刺したままにしたからだろうが!吹き出す血を浴びる気持ち悪さ・・・わかるか?!」
「知らねえ」
適当に水で流すと少しはマシになった気がする。
少なくとも握ったあと手がベタベタで生臭くなる事はなくなってくれただろう。
「うぅ、このような男に洗われてしまった・・・」
「生娘みたいなこと言ってんなよ」
「あれ?君は水浴びしないの?」
少し離れたところにいる狼が水に半身を浸からせながら聞いてきた。
ほんと恥じらいも何も無いやつだ。
「あぁ、服だけ洗うからいい」
「ふーん、つまんない」
そう呟きながら犬かきで川の真ん中あたりまで泳いでいく。
あれって狼要素か人間要素か、どっちだ?
ともあれ俺も山歩きで汚れた服を・・・
「・・・何見てんだ?」
「み、みみ、見てないぞ!」
「そうか、まぁ、刀に目があるわけないもんな」
「そ、そうだろう、そうだろう」
「足が生えるし物を言う刀だけどな」
「我は何も見えぬな、うむ」
「おっとパンツが」
「ぎゃーっ!」
「・・・刀にセクハラとか新境地に達したな。よし」
「何が良いものかバカー!早くどけろー!」
「いいのか?今俺は何も着てないぞ?素っ裸だ」
「な、なな・・・なんだと?!」
「・・・冗談だ。こんな状況で下まで脱がねーよ、お前に被せたのはシャツだっての」
「騙したな?!」
「というか鞘のない刀も裸みたいなもんだろ」
「にゃっ?!な、なんてことを言う?!」
ついでにシャツで拭いて水気を取る。
思ったより綺麗な銀色してんな。
「ふぅ、さてと、洗濯板っぽい石・・・」
「じー・・・」
ふと、前を見たらいつのまにか目の前には狼がいて、やけにじっとりとした目で俺を見ていた。
「・・・セクハラかっ?!」
「主が言えることかっ!」
確かに。
「洗濯板みたいな石を探していただけで洗濯板を探していたわけじゃない、つまりあっちで遊んでこい。な?」
「・・・どう言う意味?今のは僕を馬鹿にしたのかい?」
「まさか。あ、いい感じの石見つけた」
肋がそれっぽいな、とかは断じて思ってない。
「しかし乾かすのに時間かかりそうだな・・・ツナ公がもう少し長ければ都合いいんだが」
「今度は物干し竿扱いかっ!」
「僕のも洗っといて?」
「自分でやれ」
「む、使えないな」
「・・・そういやあんな山の中で服なんてどうやって手に入れてたんだ?」
「普通に人里に降りて買ったけど?」
「は?」
思わず俺の思考と手が停止した。
「人間ってここにもいるのか?!」
「そりゃね」
「当然であろう」
「鬼がいて妖怪がいるのに何が当然かなんて分かるかよ。つか人間が生きていけるかここ?お前みたいに人を食うやつがいるんだろ?つか人を食うような奴が人里に降りて買い物するのか?」
なんだってんだ。突っ込みどころが多すぎる!
「やだな、僕はまだ人を食べたことなんてないよ」
「おい、ならなんで俺を襲った」
「それは君を食べるため」
「なんで食べようとしたか聞いてんだよ」
「なんとなく、かな。今まで迷い込んできて縄張りを荒らした人間を殺したことはあったけど、食べたことはなかったよ」
「なんとなくで食われたら死に切れねえよ・・・」
「というか鬼はともかく、わざわざ人を食べる妖怪は多くないよ。人を狙う奴も人の一部だったり感情だったりを食べるし」
「感情を食べる?」
「そんなのもいるって聞いただけ、僕は見たことない」
「・・・お前はどうなんだ?」
「僕?・・・僕は何も食べる必要ないかな、ただ習慣みたいに獲物を狩って食べてるだけ」
「食わずに生きていけるのか」
「僕はただの妖怪じゃないしね、あ、そういえば君を食べたいって思った理由があった」
「参考までに聞くがなんでだ?」
「匂いが好みだったから」
「・・・消臭剤でも探してみるか」
「あ、その匂い消したら許さないから、八つ裂きにするよ?」
「俺にどうしろと・・・いや、妖怪はいい。だが鬼は人を襲うんだろ?あんな馬鹿でかいのからどうやって自分を守る?」
「それはまぁ、結界とかだよ。それと図体がでかい鬼ばかりでもないし」
「結界とか陰陽師か何かか・・・いや、鬼がいるならいてもおかしくないか」
「そういえば主も先ほど呪言を唱えていたな」
「あ?、あぁ、化け物相手には効かなかったがな」
オンキリキリ、田舎の爺様から教わった魔除けの一節だ。
その部分しか覚えてない上に糞の役にも立たなかったが。
「誰が化け物だ」
「足の生えた刀が化け物でないならあの鬼が隣の家に住んでる幼馴染でも驚かないな」
正直、刀から人間の足を生やしているのは滅茶苦茶気持ち悪かった。
言い表すならば狂気以外の何者でもない。
「一応聞くがあの足はいつでも出せるのか?」
「勿論、力さえ戻れば完全なる姿にもな」
「気持ち悪そう」
手足の生えた刀がクラウチングからの全力疾走するのをイメージした感想がそれだ。
キモ。
「我を愚弄するか?!」
「純然たる事実だ」
「そういやツナは何年前から生きているの?」
狼がパタパタと尻尾を振って水気を飛ばしながらようやく川から上がってくる。
川の水も冷たいのに本当よく平気だな。
「綱吉だ・・・長らく眠りについていたが打たれて千年は経ったろうか」
「嘘こけせいぜいが昭和新刀だろ」
「あのような新参も新参と一緒にするでない!」
「だって千年っつったら・・・何時代だ?」
「僕に聞かれても」
狼は服を着ながら困ったという顔で眉尻を下げる。
「まぁ、石ころが岩になって苔むすような長い時間って事だろ、そんな昔の刀なら柄も腐って錆まみれだ」
「つい数十年前に社から持ち出され白木から移し替えられたばかりなのだから当然だろう、それとしっかり保管してある刀は錆などせん!」
「俺が見た限りじゃ野ざらしで捨ててあったが?」
「捨てられておらん!」
「はいはい」
「千年かぁ、それならその神力も納得いくね」
「貴様はわかるようだな狼よ・・・しかしそういう貴様もなかなかに古い妖のようだが」
「そういや狼が日本にいたってのもだいぶ前だよな?十年そこらじゃないだろ」
「わかんないよ、何回日が昇ったかなんて千を超えたら忘れた」
「・・・流石にお前が俺より年上ってのはないよな?」
「ん?」
「いや、知らないほうがよさそうだな、答えてくれなくていいぞ・・・ところで俺らはどこに行こうとしてるんだ?」
狼の誘導に任せるまま歩いてたがふと気になって尋ねる。
「北東、鬼の都だろう」
「ツナ公の言うことは聞かなくていい、北東でなけりゃどこでも・・・っつーか本当に出口どこだよ」
「言っとるだろうが、鬼を倒さねば扉にはたどり着けぬし、もとの場所に帰れんぞ」
「そうだね、この世界から出るにはその鬼の都にある扉を使うしかない」
「・・・間違いないのか?」
「うん。現世に帰にはそこを通るしかないって言われてるね」
「おい、なぜオオカミの話は素直に聞く」
「テメーの発言を省みろ」
しかし、参った。
本当にあんな鬼とまたやり合わなきゃいけないのか。
なんとも夢も希望もない話だ。
「なぁよ、オオカミがツナ公使った方が早いんじゃないのか」
あんだけ力が強い奴だ。
俺よりよっぽど上手く使いそうだが。
「不可能だ。適正というものがある」
つくづく面倒なやつだ。
「それに鬼を倒すのは簡単じゃない。奴ら多少の傷ならすぐ回復するし」
「そこで我が必要となるわけだ、わかるな?」
「・・・結局鬼を切るしか道はない、か」
「諦めはついたか?」
「・・・そうだな。こうなりゃうだうだ言ってても仕方ないだろ。鬼の都でも地の底でも行ってやるさクソッ!」
「うむ、それでよい」
「まぁ、どこに行くにしてもまずは支度が必要だよ。というわけで人里に降りるんだけどそれでよかったかな」
「お前、物を考える頭がちゃんとあるんだな」
「ん?」
笑顔で首根っこを掴まれた。
「悪い」
「言葉には気をつけてね」
「ハイ」
「全く、人間なんだから」
人間なんだからってなんだよ。
「さ、早く行くよ」
オオカミに手を引かれる。
「あ、おい待てあんま強く引くなって」
・・・元気な奴だ。
犬ころにリードを引かれるように俺も引っ張られ。
そうして俺は山を下っていくのであった。